1980年代に入るとLDやVHDによる絵の出るカラオケやCDカラオケが登場し、邦楽のほか洋楽もカラオケで歌われるようになる。ここでは、1980年代後半のLDカラオケとCDカラオケの曲目のうち、昭和の時代に生まれた洋楽(ポピュラー)から、気ままに10曲を選んでみた。
(1)テネシ-ワルツ(Tennessee Waltz)
キング作曲、スチュアート作詞、パティ・ページ歌の1948年の曲。この歌には和田寿三の訳詞があり、英語の歌詞と合わせて江利チエミが歌い大ヒットとなる。当時、ラジオから流れてきた江利チエミの歌は、日本の歌声でもあり、アメリカの歌声でもあった。
(2)恋人よ我に帰れ(Lover Come Back To Me)
ロンバーグ作曲、ハマースタイン作詞のミュージカル「ニュームーン」の曲。1928年。今はむかし、新人研修のために集まった宿舎で、この曲を何人かで歌っていた微かな記憶がある。今はなつかしい曲である。
(3)嘘は罪(It‘s A Sin To Tell A Lie)
メイヒューが作詞作曲した三拍子の曲。1936年。歌いやすい割には、それなりに格好がつけやすく、年配の人が好む曲であるらしい。
(4)ドリーム(DREAM)
J.マーサーの作詞作曲による1944年の曲で、ヴォーカル・グループのパイド・パイパ-ズが歌っている。落ち込んでいる人を励ます歌で、マーサ三宅・ヴォーカルハウスでは校歌のように使われていたという。また、NHKのサラメシという番組のエンディングにも使われている。
(5)時の過ぎ行くままに(As times goes by)
フップヘルド作詞作曲の1931年の曲。ハンフリー・ボガードとイングリッド・バークマン主演の1942年の映画「カサブランカ」の中で、思い出の曲として使われる。この映画はテレビで見ているが、第二次大戦下のカサブランカを舞台に、昨日は遠い過去になり、明日はどうなるか分からぬ時の流れの中での人間模様が描かれている。
(6)追憶(The Way We Were)
ロバート・レッドフォードとバーブラ・ストライサンドが共演した1973年の映画「追憶」の主題歌で、作曲はハムリッシュ、作詞はバーグマン夫妻、歌はバーブラ・ストライサンドである。
(7)思い出のサンフランシスコ(I Left My Heart in San Francisco)
クロス作詞、コウリー作曲による1954年の曲で、1962年にトニー・ベネットが歌って大ヒットとなる。この曲には、“The loveliness of Paris”から“by the bay”までのヴァースと呼ばれる導入部があり、歌の背景の語りになっている。ヴァースは、オペラで言えばレチタティーボ(叙唱)に相当するだろうか。ヴァースを省略して歌うポピュラーソングは多いようだが、この曲は省略せずに歌う方が良さそうな気もする。
(8)いそしぎ(The Shadow Of Your Smile)
無名の女流画家役のエリザベス・テーラーと校長役のリチャード・バートンが共演した1965年の映画「いそしぎ」(The Sandpiper)の主題歌で、作曲はマンデル、作詞はウエブスターである。この映画は見ていないが、公開時の評判は良くなかったらしい。ただ、この主題歌だけは評価され、歌曲賞を受賞している。
(9)スワンダフル(‘S Wonderful)
アイラ・ガーシュイン作詞、ジョージ・ガーシュイン作曲による、1927年のミュージカルの曲である。It’sのItを省略する言い回しが、この歌詞の特徴になっている。
(10)スターダスト(Stardust)
1927年にカーマイケルが作曲し、1929年にパリッシュが作詞した曲。戦後復興から経済成長の時代へと移っていく時期に、シャボン玉ホリデーというテレビ番組があった。ザ・ピーナッツやクレージーキャッツが出演する音楽バラエティで、番組のエンディングにピーナッツが歌っていたのが、この曲だった。
以上、カラオケで歌いたいポピュラーソングを10曲取り上げたが、いざ歌おうとすると、そんなに簡単ではないので、今のところは、カラオケで歌えたらいいなという意味の10曲になっている。