信じられませんでした!これは冗談だ、夫はふざけているのだと。
今日はエイプリールフール?いえいえまだ1月です。
まるで歩くために生まれてきたような、颯爽と毎日風を切って歩くアクティヴな夫が突然歩けなくなったのです。
1月18日のことです。
普段と変わりない様子で「ウォーキングに行ってくる」と11時ごろ、鍼から帰宅した私と入れ違に出かけていきました。
左肩上腕部の骨折の痛みもなくなり、週末からそろそろリハビリに入る予定でした。
手は不自由ですが、足は問題なく、せめて足腰だけは衰えないようにと、
以前のように最近は毎日6~7キロののウォーキングを日課としていました。
が、その日は出かけて15分もしないうちに戻ってきたのです。
「あら!今日はずいぶんお早いのね、お帰りなさい」とPCを打ちながら暢気に返事をする私。
「いや~なんだか変なんだ~」と夫が玄関で言います。
あわてて玄関土間にいった私が見たのはいつもの元気な夫ではありませんでした。
崩れるように座り込み、立つことも靴も脱ぐことができず、顔色も悪く・・・・。
苦しそうではありませんでしたし、意識レベルもしっかりしていました。
一体どうなっちゃったんだろう、あなた、大丈夫?救急車呼びましょうか?いやタクシーでいい。
うろたえる私に対し、夫は意外と冷静でした。
すぐにタクシーを手配し、少々遠いですが私たち行きつけの横浜の病院に向かいました。
タクシーの中であれこれ考えました。脳梗塞?脳出血?パーキンソン病?
が、私はふと思いつきました、これは12月16日の転倒の後遺症ではないかと!
私には思い当たる病気がありました。もう16年くらい前になります。
長女の下の子が生まれた折、姪っ子がその当時まだ2歳だった子連れて遊びに来ました。
壁に書けてあるクック時計の重りを引っ張り、鳩時計が落下、R君の頭をかすめました。
少し怪我をしましたので、大急ぎで病院へ。
その時、ドクターがこの病名を紙に書き、今は異常がなくても1~2カ月ぐらいは注意するようにと仰いました。
もちろん彼は何ともなく健やかに成長、今は大学受験の真っ只中です。
その病名とは”慢性硬膜下血腫”。
救急外来で問診、検査もろもろから、やはり両側性慢性硬膜下血腫という診断が下り、即手術入院となりました。
決して難しい手術ではないとのことでしたが、その手術の内容は聞くも恐ろしい、素人にはぞっとするものでした。
次回の記事で簡単にこの病気(外傷)についてお話し、手術から退院までの様子を綴ります。
その前にこの病気(外傷)を詳しくお知りになりたい方は以下のサイトをご覧ください。
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