ワンライ参加作品です。
お題「伝説」
スレイヤーズ本編終了後500年後くらいを妄想。
----------------------------------------
「――兄ちゃん、聞いてるか?」
「聞いてますよお」
酒場のカウンターで長々と『500年前の伝説』を語る酔っ払いの中年男に、その青年はにこやかに笑って話の続きを促す。それと同時に、店主にホットミルクの追加を頼んだ。
「あんた、酒飲めないのかい?」
延々とホットミルクばかり頼む青年に嫌味をちらと投げてみても、彼は小さく肩を竦めて笑うだけで、すぐに話好きの酔っ払いに向き直る。
店主の男にとっては聞き飽きたその与太話が、青年にとっては余程興味深いらしい。ミルクを火にかけながら、店主の男はその青年を物珍しいものでも見るように眺めた。
男にしては少し長い黒髪を、肩より少し高い位置で切り揃えたいわゆる「おかっぱ頭」。朗らかな笑顔の似合う男だが、しかし先ほどからの言動を見るに店主の頭にはひとつの単語がちらついている。慇懃無礼。
「……それでな。その『デモンスレイヤー』リナ=インバースは実はとんでもない女だった。魔族共を何匹も倒し、盗賊団を軒並み壊滅させ、時には罪もない村を焼いた事まであるとさ。まるで今『戦女神』扱いなのが笑っちまう程凶暴で災厄のような女だったと」
「ほうほう、それで?」
「対してそのパートナー、ガウリイ=ガブリエフの方はまあ頭の鈍い男だったらしい。リナ=インバースはそれに乗じて他の男とも複数人と関係を持っていた。その中にはあのキメラの魔剣士もいたとか……だからリナ=インバースには20人を超える子供がいたと…」
「ぶふぅッ…」
突然、話の途中で青年が飲んでいたミルクを噴き出した。
「……あ? 大丈夫か兄ちゃん」
「だ、大丈夫ですお気になさらず」
そう言いつつも、彼の肩は小刻みに震えている。
「――ええっと、どこまで話したか。そうそう、俺は思うんだ。リナ=インバースは大量に子を成す事で、その子供たちを各国の要職に就けて、最終的には世界の掌握を狙っていたんじゃないかって」
「へええ、なかなか面白い考えですね」
関心したように何度も頷いて見せる青年に、店主は業を煮やして声をかけた。
「馬鹿な話を真に受けるなよ若いの。そこの親父の与太話は99%妄想だ」
「んだとう!? 客をホラ吹き呼ばわりかマスター!」
怒りよりもアルコールで顔を真っ赤にした男は、憤慨したようにテーブルの酒を呷って店主を睨む。
「そう呼ばれたくなきゃ溜まってるツケを早く全額払うこった」
チリが積もって溜まった額は金貨何枚分か。指で数えて見せれば酔っ払いは不貞腐れたように口をつぐんで肩を竦めた。
「――それじゃあ。マスターはどうお考えなんですか?」
ふと、青年はこちらに向き直った。
「どうって、『デモン・スレイヤー』の伝説かい?」
「ええ、そうです」
興味深げな紫色の視線が店主の男を捉える。――どうしてこの若者は、そこまでその伝説について聞きたがるのか。
「……どうも何も、そんな破天荒な伝説は大体ホラ話じゃないかと思うね。本当の話もあるだろうが、人の口なんてもんは話を盛り上げる為に大げさに話を盛ったりするもんさ」
「現実主義なんですね」
「まあな。第一、確かにリナ=インバースの伝説は有名だが、大体の話が二人目の魔王討伐で終わっちまってる。それ以降の話はみんな曖昧で適当なもんだ。有名な『戦女神』がどこで死んだのか、どんな最期を迎えたのか、なんにも伝わっちゃいない」
「そうなんですか」
「そうなんですかってあんた、なんでそんなに興味津津のくせにこんな有名な話を知らないんだよ……」
「いやあ。『こちら』に来るのは久しぶりなもので……」
「……?」
にこにこと笑う青年の言葉の意味がさっぱり分からない。が、店主は深く突っ込む事を本能的に控えた。嫌な予感がしたためだ。――知らない方が幸せな事はある。
「最近はリナ=インバースやガウリイ=ガブリエフの子孫について言及する話をよく聞くが、俺なんかは子孫なんて残っちゃいないと思うんだ」
「なぜです?」
「そりゃ、魔族と魔王の討伐の伝説が全部本当だとしたら、その後他の魔族に狙われた可能性が高いと思うからさ。どうせ、殺されたんだよ。二人とも。だからその後の伝説が残っちゃいないのさ」
「相変わらず、マスターは夢がねえな」
酒がまずくなるぜ。そう言って、酔っ払いは店主に銀貨を三枚投げて寄こした。そのまま席を立つ。
「全然足りてねえぞ……」
ツケに追加だ。そう言う前に、青年が小さく手を挙げた。
「――ああ、それじゃ僕が代りに払いますよ。色々お話を教えて頂いたお礼に」
「おお、それはありがたい。恩に着るぜ兄ちゃん」
口笛を吹きながら出て行った酔っ払いを見送ってから、青年は上機嫌にホットミルクをすする。
「良かったのか?」
「ええ。……本当に、今日は面白い話を沢山聞けました」
満足そうにほほ笑む青年に、店主は不思議な気持ちになった。この青年は一体何者なのだろうか。まるでなんでも聞きたがる子供のようでいて、実はすべてを知っている賢者が自分たちを試しているようでもある。
「……あんたはどう思う」
「僕ですか?」
「ああ。あんたはリナ=インバースは一体どんな女で、どんな生涯を送ったと思ってるんだい?」
「そうですねえ……」
店主の問いに、青年はしばし考え込むように視線を天井に向けた。そしてこちらに向き直る。
「マスター。良い言葉を教えて差し上げましょう。……事実は小説より奇なり」
それだけ。それだけを言い残して、青年は席を立った。
お題「伝説」
スレイヤーズ本編終了後500年後くらいを妄想。
----------------------------------------
「――兄ちゃん、聞いてるか?」
「聞いてますよお」
酒場のカウンターで長々と『500年前の伝説』を語る酔っ払いの中年男に、その青年はにこやかに笑って話の続きを促す。それと同時に、店主にホットミルクの追加を頼んだ。
「あんた、酒飲めないのかい?」
延々とホットミルクばかり頼む青年に嫌味をちらと投げてみても、彼は小さく肩を竦めて笑うだけで、すぐに話好きの酔っ払いに向き直る。
店主の男にとっては聞き飽きたその与太話が、青年にとっては余程興味深いらしい。ミルクを火にかけながら、店主の男はその青年を物珍しいものでも見るように眺めた。
男にしては少し長い黒髪を、肩より少し高い位置で切り揃えたいわゆる「おかっぱ頭」。朗らかな笑顔の似合う男だが、しかし先ほどからの言動を見るに店主の頭にはひとつの単語がちらついている。慇懃無礼。
「……それでな。その『デモンスレイヤー』リナ=インバースは実はとんでもない女だった。魔族共を何匹も倒し、盗賊団を軒並み壊滅させ、時には罪もない村を焼いた事まであるとさ。まるで今『戦女神』扱いなのが笑っちまう程凶暴で災厄のような女だったと」
「ほうほう、それで?」
「対してそのパートナー、ガウリイ=ガブリエフの方はまあ頭の鈍い男だったらしい。リナ=インバースはそれに乗じて他の男とも複数人と関係を持っていた。その中にはあのキメラの魔剣士もいたとか……だからリナ=インバースには20人を超える子供がいたと…」
「ぶふぅッ…」
突然、話の途中で青年が飲んでいたミルクを噴き出した。
「……あ? 大丈夫か兄ちゃん」
「だ、大丈夫ですお気になさらず」
そう言いつつも、彼の肩は小刻みに震えている。
「――ええっと、どこまで話したか。そうそう、俺は思うんだ。リナ=インバースは大量に子を成す事で、その子供たちを各国の要職に就けて、最終的には世界の掌握を狙っていたんじゃないかって」
「へええ、なかなか面白い考えですね」
関心したように何度も頷いて見せる青年に、店主は業を煮やして声をかけた。
「馬鹿な話を真に受けるなよ若いの。そこの親父の与太話は99%妄想だ」
「んだとう!? 客をホラ吹き呼ばわりかマスター!」
怒りよりもアルコールで顔を真っ赤にした男は、憤慨したようにテーブルの酒を呷って店主を睨む。
「そう呼ばれたくなきゃ溜まってるツケを早く全額払うこった」
チリが積もって溜まった額は金貨何枚分か。指で数えて見せれば酔っ払いは不貞腐れたように口をつぐんで肩を竦めた。
「――それじゃあ。マスターはどうお考えなんですか?」
ふと、青年はこちらに向き直った。
「どうって、『デモン・スレイヤー』の伝説かい?」
「ええ、そうです」
興味深げな紫色の視線が店主の男を捉える。――どうしてこの若者は、そこまでその伝説について聞きたがるのか。
「……どうも何も、そんな破天荒な伝説は大体ホラ話じゃないかと思うね。本当の話もあるだろうが、人の口なんてもんは話を盛り上げる為に大げさに話を盛ったりするもんさ」
「現実主義なんですね」
「まあな。第一、確かにリナ=インバースの伝説は有名だが、大体の話が二人目の魔王討伐で終わっちまってる。それ以降の話はみんな曖昧で適当なもんだ。有名な『戦女神』がどこで死んだのか、どんな最期を迎えたのか、なんにも伝わっちゃいない」
「そうなんですか」
「そうなんですかってあんた、なんでそんなに興味津津のくせにこんな有名な話を知らないんだよ……」
「いやあ。『こちら』に来るのは久しぶりなもので……」
「……?」
にこにこと笑う青年の言葉の意味がさっぱり分からない。が、店主は深く突っ込む事を本能的に控えた。嫌な予感がしたためだ。――知らない方が幸せな事はある。
「最近はリナ=インバースやガウリイ=ガブリエフの子孫について言及する話をよく聞くが、俺なんかは子孫なんて残っちゃいないと思うんだ」
「なぜです?」
「そりゃ、魔族と魔王の討伐の伝説が全部本当だとしたら、その後他の魔族に狙われた可能性が高いと思うからさ。どうせ、殺されたんだよ。二人とも。だからその後の伝説が残っちゃいないのさ」
「相変わらず、マスターは夢がねえな」
酒がまずくなるぜ。そう言って、酔っ払いは店主に銀貨を三枚投げて寄こした。そのまま席を立つ。
「全然足りてねえぞ……」
ツケに追加だ。そう言う前に、青年が小さく手を挙げた。
「――ああ、それじゃ僕が代りに払いますよ。色々お話を教えて頂いたお礼に」
「おお、それはありがたい。恩に着るぜ兄ちゃん」
口笛を吹きながら出て行った酔っ払いを見送ってから、青年は上機嫌にホットミルクをすする。
「良かったのか?」
「ええ。……本当に、今日は面白い話を沢山聞けました」
満足そうにほほ笑む青年に、店主は不思議な気持ちになった。この青年は一体何者なのだろうか。まるでなんでも聞きたがる子供のようでいて、実はすべてを知っている賢者が自分たちを試しているようでもある。
「……あんたはどう思う」
「僕ですか?」
「ああ。あんたはリナ=インバースは一体どんな女で、どんな生涯を送ったと思ってるんだい?」
「そうですねえ……」
店主の問いに、青年はしばし考え込むように視線を天井に向けた。そしてこちらに向き直る。
「マスター。良い言葉を教えて差し上げましょう。……事実は小説より奇なり」
それだけ。それだけを言い残して、青年は席を立った。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます