北大路機関

京都防衛フォーラム:榛名研究室/鞍馬事務室(OCNブログ:2005.07.29~/gooブログ:2014.11.24~)

陸上自衛隊 下志津駐屯地創設52周年記念行事速報

2007-04-30 22:01:47 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■最新装備“中SAM”猛訓練実施中

 高射特科部隊は、対空戦闘を受け持ち、戦場防空及び後方の策源地防空を以て作戦行動全般の遂行を担保する。この専門教育、特技教育を受け持つのが、下志津駐屯地に所在する高射学校である。

Img_0033  現在、高射学校では、陸上自衛隊に配備が進められている新型装備03式中距離地対空誘導弾、通称“中SAM”(写真左)、その慣熟訓練、そして戦術開発を全力で進めている。これは、航空自衛隊のペトリオット(写真右)と補完し合い戦域防空を担う比較的射程の長い装備である。

Img_9707_1  高射学校は、JR総武線を千葉駅にて乗り換え、成田空港行き電車を四街道駅で下車、駅から徒歩でも15分くらいの場所に所在している。駐屯地では観閲行進に備え待機している車輌も見ることが出来、小生も見学した。写真は6連装発射機。射程は、一説には60km程あるのでは、といわれる。

Img_9715_1  駐屯地グラウンドに整列した高射学校の隊員。残念ながら逆光の撮影となっている。なお、高射学校は、隷下に各種装備の教育訓練及び支援に当たる中隊があり、全部隊の模範となるべき教育訓練部隊ということで、待機姿勢一つとってもその意気込みが伝わってくる。

Img_9727  整列した部隊の前を車輌により部隊巡閲を行う高射学校長平野陸将補。紹介では、3月30日に着任したとのことである。訓示では日進月歩の高性能化著しい航空機に対応する重要さに触れ、一刻も早く新装備である中SAMの慣熟に務めることが使命である、と訓示した。

Img_9733  観閲行進へ!。その号令のもと、64式小銃を手にした隊員が駆け足で待機位置に向かってゆく。この白い建物の裏には87式自走高射機関砲などが待機していたようだ。行進して退場する部隊と駆け足で退場する部隊があるが、高射学校では駆け足で退場した。

Img_9778  ライト眩しく、本部管理中隊の対空レーダー車輌などとともに、高教-1と書かれた81式短距離地対空誘導弾セットが行進、その後方には第二中隊の93式近距離地対空誘導弾が観閲行進を行っている。この二つの装備が、師団高射特科大隊の対空装備となっている。

Img_9801  03式中SAMも観閲行進に参加する。写真はレーダー車である。この中SAMシステムを輸送する車輌として、かなり大きめの車両が新規開発されており、重装輪回収車などファミリーを構成している。横幅が広く、公道での運転には注意が必要とのことだ。

Img_9813  改良ホーク3型に続き、第三中隊の車列が、96式装輪装甲車を先頭に進む。3輌が参加した87式自走高射機関砲は戦車部隊の対空防御を主眼として開発されたもので、戦車師団である第七師団の第七高射特科連隊や、戦車連隊を有する第二師団の第二高射特科連隊などに配備された装備である。

Img_9682  観閲行進に続いての訓練展示では、対空戦闘の展示が行われた。驚いたのは、03式中SAMのレーダー装置がかなり早く回転していたことだ。旋回はしても索敵では基本的に回転しないペトリオットに見慣れた小生には意外であった。

Img_9961  航空機接近!との報に際し、各種装備が射撃しこれを迎撃する。とはいっても、ペトリオットや中SAM、改良ホークが射撃すれば、特に展示されたペトリオットの場合は熱海や宇都宮、前橋まで届く為、射撃は当然無く、スモークを焚いて代えた。子供たちが装備品展示で隊員にしきりに聞いていたが、まあ、大人向けの展示というべきであろうか(笑)。

Img_9990_1  防空網をかいくぐって飛来した仮設敵のAH-1S対戦車ヘリコプター。木更津から飛来した機体だろうか、この他、仮設敵にはOH-6D観測ヘリコプターなども展示に飛来した。その後装備品展示では着陸して展示に参加している。

Img_9967  接近したヘリに対して96式装輪装甲車の12.7㍉機銃が空包を発射する。87式自走高射機関砲を装備する中隊に配備されており、部隊では指揮官が乗車すると、装備品展示において説明を受けた。写真では見えないが、96式の後ろ側には93式近SAMが待機している。

Img_9824_1  訓練展示が修了し、訓練展示のために展開した位置のまま、装備品展示が開始された。訓練展示の位置のままの展示というのは意外であった。もっとも人だかりが出来たのはこの中SAMである。中には『これがペトリオットですか』と聞く人もいた(旧軍や米軍の防空砲兵といったイメージかな)。改良ホークも3型はかなり信頼性が高いとの説明を受け、中SAMは改良ホーク2型を装備している部隊から導入されるとの事だ。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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陸上自衛隊03式中距離地対空誘導弾

2007-04-29 22:55:20 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■陸上自衛隊高射学校

 首都圏に所用があった為、時期を調整し資料調達と併せて千葉県の陸上自衛隊下志津駐屯地祭に展開した。

Img_9824  本日、52周年を迎えた下志津駐屯地には陸上自衛隊の高射特科部隊における部隊指揮や専門教育を行う高射学校が置かれている。この中には、写真の87式自走高射機関砲など中々他の部隊では目にすることの出来ない装備が教育用に配備されている。

Img_9854  この中で、今回最も注目する装備が写真の03式中距離地対空誘導弾、通称“中SAM”である。昨年の下志津駐屯地祭において初公開されたこの新装備は、改良ホーク地対空誘導弾の後継となる国産ミサイルであり、今後、ホークミサイル改善Ⅱ型を配備している部隊に代替として配備されてゆくとのことである。詳しくは後日、お伝えしたい。

HARUNA

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陸上自衛隊守山駐屯地祭における観閲行進

2007-04-28 13:22:25 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■第10師団創立44周年記念行事

 2006年10月13日、陸上自衛隊守山駐屯地において第10師団創立記念行事が行われた。第十師団創設44周年 守山駐屯地祭として既報だが、今回は詳報掲載時に紹介し切れなかった写真を用いて、師団駐屯地祭における観閲行進を特集したい。

Img_9022  観閲行進は1058時に第十音楽隊の入場と共に開始される。音楽隊は徒歩行進、車両行進の間、グラウンドにおいて行進曲を演奏する。先頭の県旗に続き、各普通科連隊を代表する普通科隊員が行進を行う。

Img_9017_1  軽装甲機動車。バンパーには、三重県久居駐屯地の第33普通科連隊第4中隊であることが記されている。なお、第十師団の全ての普通科連隊に軽装甲機動車が配備されており、高機動車とともに普通科部隊の友として、戦闘訓練はもとより、頑丈な車体を活かし災害派遣など、任務全般に当たっている。

Img_9034  1105時頃、高機動車の車列が前進する。1993年より配備が開始された車輌で、職種を問わず、様々な用途に用いられている。普通科部隊では主に一個小銃班を同時に輸送できる装備として配備されているが、写真は第33普通科連隊の重迫撃砲中隊のもので、120㍉重迫撃砲牽引車として用いられている。

Img_9022_1  79式対舟艇対戦車誘導弾を搭載した73式小型トラック。バンパーには守山駐屯地の第35普通科連隊対戦車中隊所属とあった。射程4000㍍の誘導弾で、対戦車用途の他、上陸用舟艇を攻撃する対舟艇弾頭なども装備できる。従来は、師団の対戦車隊に集中装備されていたが、第十師団は師団改編により全普通科連隊に対戦車中隊を置いている。

Img_9033  春日井駐屯地より参加した第十偵察隊。画像データによれば1108時に撮影。新旧の偵察オートバイが混在している。続いて斥候小隊の73式小型トラックが、更に最後尾には、威力偵察を行う87式偵察警戒車が殿を務めている。

Img_9044_1  豊川駐屯地の第十特科連隊情報中隊より参加した気象測定装置JMMQ-M5,数十kmを隔てて展開される対砲兵戦闘では、湿度や風速など僅かな差異が命中精度に大きな影響を及ぼす為、天候観測は重要である。野戦特科情報処理システムとの自動伝送能力を有する。

Img_9046_1  対砲レーダーJTPS-16,同じく情報中隊所属である。砲弾の弾道をレーダーで察知し、発射した位置を逆探知するもので、“月刊軍事研究通巻356号”によれば、敵砲兵を40kmで探知、同時に18目標を把握出来、評定幅は50°、6名で操作する。

Img_9048  FH-70榴弾砲。北部方面隊を除く陸上自衛隊師団野戦特科部隊の主力火砲である。読売新聞社の“日本の防衛戦力:陸上自衛隊”によれば、緊急時は13秒間に3発、持続射撃でも60秒間に6発という牽引式中砲としては高い発射速度を有しており、通常榴弾での射程は24km、ロケット噴進弾で30km、特殊な装薬を用いた場合の射程は31kmとされる。

Img_9053_1  豊川駐屯地第十高射特科大隊第一中隊の93式近距離地対空誘導弾。通称近SAMといい、携帯式対空ミサイル8発と複合式光学照準器を搭載している。35㍉連装機関砲L-90の後継として全国の師団・旅団高射特科部隊に配備が進んでいる。

Img_9057_1  第十高射特科大隊第二中隊の81式地対空短距離誘導弾。射撃指揮車1輌と発射機搭載車輌2輌より構成される。4セットが配備されている。“月刊 丸 通巻664号”によれば、高度15~3000㍍の航空機に対して有効で、赤外線ホーミング式ミサイルで7km、アクティヴレーダー式ミサイルで14kmの射程を有する。レーダーは最大索敵距離40km、追随開始距離30kmで同時に8目標を粗追尾、2目標を精密追尾可能である。

Img_9065_1  春日井駐屯地の第十施設大隊より参加した81式自走架橋装置。詳細は春日井駐屯地祭 2007年3月11日の詳報記事をご覧いただきたい。障害除去や渡河支援などの部隊前進支援、地雷敷設や障害構築と陣地構築などの防御支援が師団施設科部隊の任務である。

Img_9068_1  同じく施設大隊の渡河ボート。組み立てて使用するもので、大津駐屯地祭では複数の渡河ボートに導板を渡し、高機動車を琵琶湖から上陸させるという展示が行われた。このほか、83式地雷敷設装置や道路障害作業車、油圧ショベルなどが行進に参加していた。

Img_9078_1  第十通信大隊本部管理中隊の車輌。この他、主・前方・後方合通小隊よりなる第一中隊、四個支援合通小隊よりなる第二中隊から編成されている。指揮命令系統の維持に加え、電子戦も通信大隊の任務として挙げられる。

Img_9060  衛星単一通信可搬装置JMRC-C4。装備品展示における説明では、音声及び画像、データ通信能力があり、周波数はXバンド方式、アクセス方式はSSMA,回線数は5回線で送信出力は30wとのことである。後方には無線搬送装置2号や電子交換装置2号を搭載した73式中型トラックが続く。

Img_9065  第十化学防護隊の車列。以前は師団司令部付隊隷下の化学防護小隊であったが、化学防護隊として若干規模を拡大した。なお、お隣の第三師団では化学防護隊は特殊武器防護隊として改編されており、NBC防護用シェルターなどを配備しているとのこと。

Img_9099_1  第十後方支援連隊第一整備大隊の車輌。バンパーには火器小隊とあった。恐らくコンテナ型のシェルター内部が工作室になっており、火器の整備などを支援するのだろう。後方からも続々と後方支援連隊の車輌が続いている。

Img_9091_1  諸般の事情で飛行展示を行うことが自粛されている明野駐屯地第十飛行隊から参加した燃料車。蛇足ながら小生一行は、OH-6Dを搭載した73式大型トラックでも来るのかな?という話をしていた。この他、発動車なども行進に参加。

Img_9072  重レッカー。後方支援連隊第二整備大隊の車輌である。第二整備大隊は戦闘部隊への直接支援が任務である為、エンジンの換装や故障した軽装甲機動車や通信関連車輌などの回収を行うのではないかと推測する。二両揃えば96式装輪装甲車の回収も可能である。

Img_9114_1  1117時、観閲行進の最後を飾るのは今津駐屯地から参加した第十戦車大隊の74式戦車である。38㌧の戦車が105㍉砲を掲げ行進する様子は勇壮そのものだ。なお、観閲行進では通常、最後に戦車が行進することが多く、また同時に祝賀飛行が行われる。師団駐屯地祭では、主要装備の多くを一度に見ることが出来、陸上自衛隊の今を知ることが出来る行事である。

HARUNA

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海上保安庁第八管区海上保安部『わかさ』

2007-04-27 23:03:57 | コラム

■舞鶴海上保安部の大型巡視船

 海上保安庁は、全国を11の管区に分け、わが国周辺海域における警備救難任務にあたっている。今回は、舞鶴基地護衛艦隊集合訓練福井港サマーフェスタの際に撮影した巡視船“わかさ”を特集したい。

Img_1638  護衛艦隊集合訓練撮影二日目、商業港である西舞鶴において艦艇の見学を終えた頃、白い一隻の巡視船がこちらに向かってくることに気付いた。望遠レンズのフレーム一杯に写る船型から“しれとこ”型巡視船であることが見て取れた。

Img_1643  “しれとこ”型巡視船三番船“わかさ”は常備排水量1200㌧、全長77.8㍍、最大幅9.6㍍、喫水5.3㍍で、ディーゼルエンジン二基7000馬力の出力は20ノットの速力を発揮する。公称船型は1000トン型で、航続距離は4400浬と外洋航行に適した型である。就役当時は警告用に40㍉単装機銃、20㍉単装機銃各1基を搭載していたが、現在は20㍉多銃身機銃に換装している。

Img_1644  ブリッジ前方にグリーンのカバーが被せられているのが20㍉多銃身機銃である。他方で、後部マスト直下にある搭載艇は7メートル型警備救難艇で、同型船には標準装備として搭載されている。なお、原作コミック、映画、ドラマともに大ヒットの“海猿”に登場する巡視船“ながれ”はこのタイプシップという設定である。

Img_1646  “しれとこ”型は、1978年11月から1982年3月にかけて28隻が建造された巡視船であり、これにより警備救難能力は大幅に向上したものの、現在では一斉に老朽化を迎えていることもあり、後継船の建造が急務となっている一方で、決して潤沢とはいえない海上保安庁の予算枠内において、予算工面をなんとか行っているのが実情という。

Img_4537  福井港サマーフェスタに向かう途上の一枚。真夏の日本海が醸す広大な情景であるが、同時に海難事故の危険性が高まる期間でもある。第八管区海上保安部では、舞鶴・敦賀・境の海上保安部、浜田・宮津・香住・網代・三国に海上保安署、美保航空基地などを設置し警備救難を展開する。

Img_4517  長大な海岸道路を順調に進む途上、海水浴場の沖合いに“わかさ”が停泊しているのを発見した。国連海洋法条約に基づく新海洋秩序に対応するべく建造された巡視船であるが、海上保安庁の第一任務は“海の安全”ということを端的に示す様子である。

Img_4518  能登半島沖工作船侵入事案、九州南西海域工作船事件というように、わが国近海の情勢は年々緊迫度合いを増し、また、冷戦時代にあっては東西冷戦の最前線として工作船による法人拉致事案や工作員上陸の舞台となっていた日本海であるが、“しれとこ”型巡視船はいましばらく、第一線において任務にあたるのであろう。

HARUNA

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陸上自衛隊 春日井駐屯地祭 2007年3月11日

2007-04-26 18:26:55 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■春日井駐屯地創立40周年記念行事

 2007年3月11日、愛知県春日井市に所在する陸上自衛隊春日井駐屯地において毎年恒例の駐屯地創立記念行事が行われ、まだ寒さの残る中多くの市民が行事を観覧した。駐屯地広報の発表では入場者は2200名とのことだ。

Img_6813 春日井駐屯地は名古屋市に司令部を置く第十師団の後方支援部隊が駐屯しており、車両を中心とした観閲行進に加え、戦闘職種である第十偵察隊を中心とした訓練展示が行われ、戦車や火砲の空包射撃は無いものの市街地戦闘という密度の濃い内容であった。

Img_3985  0945時より部隊の集結が始まり、0950時、部隊入場。駐屯地には第十後方支援連隊、第十施設大隊、第十偵察隊、春日井駐屯地業務隊、第426会計隊、第306基地通信中隊、第114警務隊、第104輸送業務隊第1端末地業務班が駐屯している(駐屯部隊に関する参考資料:第10師団HP)。

Img_3992  整列した部隊。この写真だけアングルが異なるが、観閲台右の一般立体席に若干余裕があった為、観閲台側面の立体席から、大急ぎで展開し数枚を撮影したもの。風の強さが部隊旗の様子からも見て取れる。

Img_4008  1005時、第十後方支援連隊長で第21代駐屯地司令である上野榮1佐が部隊巡閲を行う。指揮官車輌通過と同時に敬意を込めて大隊旗や中隊旗が高々と掲げられ、疾風が部隊旗を鮮明に靡かせる。第十音楽隊の演奏が臨場感を一層強める。

Img_4005_1  指揮官訓示、来賓祝辞。第十師団は名実共に中部方面隊最強の火力を有し、同時に東海地震を筆頭とした大規模災害の危険性が年々指摘される東海地方を警備区として受け持ち、更にゲリラコマンド対処任務では名古屋市や原発を多く有する若狭湾を任務区域に含めており、責任は重大である。

Img_4029  観閲行進前へッ!1025時、号令一下整列部隊は駆け足で会場から車輌待機位置へ向かう。1029時、いよいよ観閲行進の開始である。先頭は第十後方支援連隊の連隊旗を掲げた73式小型トラックである。

Img_6819_1  第十施設大隊の車輌。先頭の銀色のコンテナは人命救助セットを搭載した73式大型トラック。装備品展示において受けた説明では、大規模災害生起から72時間以内に必要な装備品が搭載されており、コンテナ一個に各種100名が使用する機材が搭載されているとのことだ。

Img_6821_1  81式自走架橋装置。アルミ製の橋桁を油圧で延長し、複数の伸縮式支柱により水深にあわせ架橋する。読売新聞社の“日本の防衛戦力P176”によれば1セット6両で60㍍の架橋が二時間で可能という。橋梁等級は42。

Img_6822_1  装輪式バケットローダー。最高速度38km/hと比較的高い速度を有する。自衛隊装備年鑑によれば、掘削、廃土、整地、牽引などの能力を有し、アタッチメントの取替えにより除雪作業も可能とのことで、施設大隊の他、普通科部隊、高射特科部隊においても運用されているとのこと。

Img_6825_1  道路障害作業車。施設大隊に1985年より装備開始され、六種類のアタッチメントを使用することで例えばクレーンアタッチメントにコンクリートカッターを搭載し舗装道路に対戦車地雷を敷設するなどし、路上障害を構築し、敵の前進を妨害する。無論災害時には障害除去にも運用可能。

Img_6828_1  83式地雷敷設装置。第十施設大隊の他、普通科連隊にも装備されている。スプリング方式の80式対人地雷、87式ヘリコプター散布対人地雷など対人地雷は対人地雷全廃条約により姿を消したが、92式対戦車地雷などは現役である。一台で一時間当たり三個施設小隊分の地雷敷設が可能である。

Img_4036  後方支援連隊。全般的な後方支援を行う第一大隊と、主要部隊に派遣し整備などを行う直接支援中隊から成る第二大隊、そして衛生隊、輸送隊などにより編成されている。恐らく後ろのコンテナは工作車であると推測する。

Img_4050  衛生隊の救急車小隊。1/2t救急車は第一線に展開し、重傷者担架4床、若しくは軽傷者8名を輸送可能。後方には野外手術システムが続く。開腹、開頭、開胸手術能力を有し、一日辺り10~15名の手術能力を有する。

Img_4065_1  観閲行進の最後は82式指揮通信車を先頭に前進する第十偵察隊。後方を行く87式偵察警戒車の更に後ろにも偵察隊の車列があるが、即応予備自衛官部隊で、偵察隊にも即応予備自衛官制度が導入されているのは少し驚いた。

Img_6839_1  87式偵察警戒車が二両並んで進む。約100輌が調達されており偵察隊に配備されている。路上機動により偵察警戒任務に就くほか、側方警戒行動も行う。時計を見れば1039時、いよいよ観閲行進も終了である。

 観閲行進終了後、昨年の状況展開から訓練展示を撮影するに最適な位置へ陣地転換を敢行する。

Img_6759  訓練展示は、春日井発電所(想定)に武装ゲリラが侵入し占拠したとの想定で行われた。1114時、想定発電所に不審な車輌が侵入、小銃や機関銃で武装したゲリラにより発電所が占拠された。

Img_6767  明野駐屯地より飛来した第十飛行隊のOH-6D観測ヘリコプターが上空より情報収集を行う。最大全備重量1.36㌧の機体は軽快な運動性能を有し、また視界の広いキャノピーにより高い観測能力を有している。

Img_6787 偵察を妨害せんと、仮設敵が小銃や機関銃を以て射撃を展開する。発砲焔こそ写っていないが硝煙が靡いているのがわかるだろうか。左側の仮設敵が構えているMINIMI分隊機銃の巨大な薬莢受が印象的である。

Img_6790  航空偵察により判明した状況を元に、更に情報を収集するべく87式偵察警戒車が春日井発電所に向かい前進する。機銃掃射には偵察警戒車も同軸の7.62㍉機銃を以て応戦する。この射撃に隠れていた他の仮設敵も応戦した為、一号棟二号棟が占拠されていることが判明した。小規模な攻撃を加えてその反応を見る一連の動作を威力偵察という。

Img_6803_2  後方より浸透した第十偵察隊の隊員が春日井発電所一号棟にロープ進入の準備を行う。偵察隊は機甲科隊員であるが、普通科部隊に劣らない近接戦闘訓練を行っていることがわかる。市街戦では、こうした立体戦闘が多数発生する為、野戦とは異なる装備や訓練が必要となる。

Img_6793  オートバイ斥候の隊員がオートバイを盾にし、後方より展開した斥候小隊の73式小型トラックに仮設敵陣地の方角を示す。装甲を有さない中で、見敵必殺の迅速さが無ければ、という瞬間である、示した方向に対してMINIMIが火を噴く(無論空包だよ)。ちなみに、普通のオートバイでマネすると燃料が漏れるので注意が必要。 

Img_6804_1  地上の斥候小隊が射撃により仮設敵の動きを封じている隙に、ロープにより一気に建物内になだれ込む。入るが速いか、ホルスターから9㍉拳銃を引き抜き射撃。閉所では時に取り回しの容易な拳銃の方が威力を発揮することがある一幕である。

Img_6844_1 爆竹の弾けるような激しい銃撃戦の後(爆竹使ったんで無いの?という突っ込みはナシで)、無事奪還した春日井発電所一号棟上空へ観測ヘリが接近する。思わずヘリコプターのエンジン音にカメラを向け、小生一行がヘリを撮影していると・・・。

Img_6846_1  その隙に87式偵察警戒車を盾に前進した偵察隊員が春日井発電所二号棟に突入していた。ううむ、見事。オランダの列車ジャックでも突入の瞬間に戦闘機を超低空で飛行させテロリストの注意を引かせたというが、今回は小生一行、まんまと引っかかってしまった(笑)。

Img_6848_1  春日井発電所二号棟では銃撃戦の結果、発電所員に負傷者が出たようで、防護盾を先頭に負傷した所員を屋外に誘導する。この間も生き残った敵による狙撃に備え偵察隊員は89式小銃を各方向に向け、警戒を怠らない。

Img_6824  衛生隊の救急車が展開し、担架を持った隊員が駆けつける。後ろの衛生隊員は64式小銃を携行しているが、これは現在の武力紛争法では、戦闘へ参加しないという条件で自衛用の火器携行が認められているからである。

Img_6830  救急車に負傷者を収容する瞬間も偵察隊員は89式小銃を構え全周警戒の姿勢をとっている。法システムの虚無地帯、State of Exception、日本語では例外状態と訳すのだが、近年のテロとの戦いでは武力紛争法が本来定義していない形態の武力紛争形態が進展しており、問題となっている。

Img_6834  1125時、状況終了。偵察隊員はそのまま駆け足で車輌に戻り、会場を去っていった。以上をもって訓練展示は終了である。寒い天候もあり、観閲台周辺の立体席も、人出が疎らになっているのがわかる。小生一行の撮影位置のすぐ後ろには自販機があり、温かい缶コーヒーなどを調達した。

Img_6872  訓練展示は、銃剣格闘、徒手格闘の展示に移行する。これまではオートバイドリルや航空自衛隊警備犬訓練展示があったのだが、昨年は実施されず、40周年の今年は若しや、とおもったが行われなかったのは、少し残念である。

Img_6850  吶喊の叫びが聞こえてきそうな一枚、近接戦闘では最後には個々人の戦闘技量が自己の生存を左右する。89式小銃に89式銃剣を装着し行う訓練展示、刃はついていないとはいえ、一つ間違えれば重大事故に繋がる訓練展示だけに、真剣さが伝わってくる。

Img_6862  徒手格闘。実際に市街戦や近接戦闘において用いる手段としてよりも、隊員の胆力強化を目的としたもののように思える。予備役人員比率が少ないわが国にあっては、自衛官は文字通りプロでなければならないということである。1133時、訓練展示は終了した。

Img_6979 1159時、装備品展示に向け74式戦車のエンジンが始動する。エンジン発動と同時に走行状態で後ろに向けられていた砲塔が、長い105㍉砲とともに旋回を始める。74式戦車自慢の油気圧サスペンションが一番低い状態に維持されているのは、観閲行進で目立たない為であろうか。

Img_7013  装備品展示において降ろされる掩体掘削機。一見、油圧ショベルによく似ているが、ショベルアーム部分が回転するようになっており、自動で掩体を構築する機能も有しているとのこと。地形を防護手段として戦う普通科部隊の陣地を迅速に構築する。

Img_7000_1  装備品展示にむけての車輌部隊がグラウンドに整列する。戦車や火砲とともに、人命救助装備や架橋装備などが立ち並ぶ一角もあり、春日井駐屯地が師団後方支援や戦闘支援の中枢であるということが端的にみてとれる一枚である。後方支援という言葉への印象は様々であろうが、後方支援部隊の駐屯地祭の雰囲気だけでもお伝えすることが出来れば、幸いである。

HARUNA

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京都仁和寺散りぞめの“おむろ桜”撮影紀行

2007-04-25 17:15:29 | 写真

■御室桜

 京都の桜の中で比較的開花が遅いのは、おむろ桜といわれている。昨年、他の桜が満開だった時期に仁和寺に行ったらばまだ蕾でガッカリさせられたときもある。今回は京都のほかの桜がほぼ青葉に換わった時期に展開した。

Img_9053  撮影したのは4月18日、この日を選んだのは一雨来そうな予報であり、早すぎず遅すぎずという時期ということで選定した。青空を背景に撮りたかったが、贅沢はいえまい。12系統バスを59系統バスに乗り換え、仁和寺へ着くと、まさにそこは満開であった。

Img_9059  仁和寺は本ブログにおいて既報であるが、その詳細は既報記事を見ていただくとして山門より中にはいる。特別公開が行われていたが、零細時間の有効活用ということで無理をして展開したために、そうした場所によることは出来ない。

Img_9019  入城料金は500円ということで、その売り場のところに開花状況が記されている。桜吹雪とあれば、文字通り青葉が花びらを押しのけている状況であるが、このときは満開を少しすぎた“散りぞめ”という状況であった。

Img_9044  入り口から階段を上り中に進む。平日の昼間ということもありそこまで観光客の数は多くなかったものの、それでもこの入り口付近は人が溢れていた。何となれこの時期、京都市内において奥比叡を例外とすればここ以外では中々史跡での満開の桜は観られない。

Img_9028  曇り空に三重塔と御室桜を一枚に収める。最初の一枚は光量不足となったため、三重塔に合わせて調整し、手前の桜が写るようにフラッシュを使用した。フレームにははいっていないが、この下では茶店や土産物の仮設店舗が軒を連ねている。

Img_9043  写真は回廊、その奥では抹茶席があるとのことで、通路に沿って間近に木々を見ることが出来る。余談ながら山頂にある白山分屯基地の桜はまだ五分咲きか七分咲きであった、恐らく奥比叡もそろそろ満開を迎えるのであろう。大急ぎで一通り、桜と名所を撮影した後、取って返してバス停に向かった。来年も桜の時期を期待しつつ。

HARUNA

(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)

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京都駅琵琶湖祭り 本日は彦根城特集

2007-04-24 18:43:21 | 写真

■京都駅で見つけた

 行事関係の記事が山積しているが多忙につき、これを掲載する時間が無い為、本日所用があり京都駅に行ったのだが、京都駅の横断通路、そこで見つけたコネタを掲載したい。

Img_9606  京都駅の横断通路、ここでは何かしらの展示が行われており、京都駅ビルからの眺望を求める人や喫茶店に立ち寄る人が、ついでということで立ち寄るに適した場所である。ここでは現在、観光の紹介を行う近江フェアが行われていた。

Img_9614  本日は、彦根の展示が行われるとのことで、アンケートに答えるとくじ引きに挑戦できるというコーナーがあった。急ぎの用というわけでもなく、時計を見て立ち寄った。京都駅は阪急河原町駅などと比べた場合、特に観光客の利用も多く、修学旅行生の大群がいた。

Img_9608  さて、アンケートは彦根城についてのアンケートであったが、アンケート用紙に“ひこにゃん”のイラストが入っていたため、“彦根といえば?”という問いに“ひこにゃん”と書くのもなんだし、しかたなく“さこにゃん”を書いた。会場はレプリカの鎧が三つ展示されており、中々の雰囲気だ。

Img_9615  くじ引きの戦利品。“ひこにゃんグッズ”を少し期待したが、“天下取り餅”ハンカチ。確か天下分け目の戦いの場所、関ヶ原は滋賀県ではなく岐阜県と記憶するのだが、近江に含んじゃうのかな?それとも“ひこにゃん”の愛称“モチ~”に絡めたものであろうか、文字通りコネタである。

HARUNA

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観閲台最上席から望む陸上自衛隊駐屯地祭

2007-04-23 22:21:05 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■趣向を一つ、かえてみて

 陸上自衛隊の駐屯地祭と航空自衛隊の分屯基地祭を一日で両方観覧するという昨日であるが、ありがたいことに名古屋で近鉄電車に乗り換えて展開した小生にC.ジョニー氏とTさんが観閲台最上席を確保していただき、そこから撮影できた。

Img_9247  観閲台は、駐屯地によっては招待者専用のものだけとなっているが、駐屯地によっては一部を一般に開放しているところもある。しかし、大津駐屯地祭守山駐屯地祭伊丹駐屯地祭では、観閲台を利用する時間帯に到着したものの、行進を正面から撮影する為に観閲台以外から撮影を行っていた。

Img_9197  しかしながら、今回改めて観閲台最上席より撮影し、観閲台に対する認識が変わった。観閲官に対して敬礼する状況では、真正面から撮影することが出来、なんというか今までとは一味違う写真を撮影することが出来た。しかも、立体席である観閲台からは自由度の高いアングルを選ぶことが出来る。

Img_9280  左右へ流れる観閲行進に対して、観閲官右手の観閲台から撮影した場合、観閲官と行進の為に移動する部隊をフレームに収める事が出来、紅白の観閲台が式典を強調する。更に目の前を通過する際に車両の詳細な写真を撮影することが出来る利点もある。しかしながら、一番の人気スポットでもあり、一般用に観閲台が用意されている場合でも実質的に090時前後には満席となる為、早起きが必要である。

HARUNA

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陸上自衛隊久居駐屯地祭 航空自衛隊白山分屯基地祭 速報

2007-04-22 22:22:45 | 陸上自衛隊 駐屯地祭

■駐屯地祭・分屯基地祭

 本日は、三重県内の二つの自衛隊関連行事を観覧した。陸上自衛隊の駐屯地祭、そして航空自衛隊の分屯基地祭は行事日程が大きく異なっており、二つの行事を一度に観覧することも不可能ではないようだ。

Img_9270  近鉄久居駅に隣接し、三重県津市久居新町に所在する陸上自衛隊久居駐屯地は、第十師団隷下の第33普通科連隊を中心とする部隊が駐屯している。久居駐屯地では、本日、久居駐屯地創設55周年記念行事が行われた。

Img_9129_1  第33普通科連隊は、中部方面隊にあって、もっとも初期に軽装甲機動車の配備を受けた部隊であり、同時に、伊勢湾を睨む東南海地震震源区域を警備区に有することもあり、先週発生した三重県内の地震や第10師団管区内において生起した先日の能登半島沖地震など、自然災害に対する対応能力も期待される部隊である。

Img_9186_1  式典は、駐屯地に隣接するグラウンド(訓練場)において開催され、部隊整列、指揮官巡閲、指揮官訓示、来賓祝辞、観閲行進、音楽演奏、訓練展示、野外装備品展示という流れで進められた。また、ホークミサイルやOH-1など第10師団の装備品以外のものも展示され、見学者の目を楽しませた。

Img_9483  訓練展示は、災害派遣を想定した内容であり、会場にトラックを利用した二箇所の想定倒壊家屋、一台の大破自動車を置き、情報収集から部隊進出、障害除去、人命救助、復旧施設構築などの流れを展示した。想定される被害に対してどこまでの対応能力を有するかは未知数ながら、自治体と公的機関の連携という必要性の認識から全てが始まることを考えれば、意味のある訓練展示である。

Img_9604  こうして、訓練展示までを観覧した後、同じ三重県津市、白山町にある航空自衛隊白山分屯基地へ移動する。今回も、いつもお世話になっているTさんの車輌に便乗させてもらえることとなった。ありがとうございました。

Img_9581  白山分屯基地には、第四高射群第14高射隊のペトリオットミサイルが配備されている。本日は、白山分屯基地開庁35周年記念行事ということで、一般公開が為されていた。しかし、同じ津市の久居駐屯地から直線距離で20kmほどあるとのことで、到着した時刻は1345時をまわっていた。

Img_9401_1  会場には、第14高射隊のペトリオットミサイルの他、基地警備用の小銃や個人用装備などに加え、小松基地より展開した基地防空隊のVADSや短SAM,更には久居駐屯地より展開した第33普通科連隊の軽装甲機動車などが展示されていた。

Img_9601  幸いというか、航空機の飛行展示は1400~1410時ということで、飛行展示の内容はヘリコプターのフライパスというものではあるが、その様子を撮影することが出来た。毎度の事ながら、当日は雨天が予想され、最初に木曽川を越えた際にはかなりの雨量があったものの、近鉄に乗り換えて後、木曽川を越えた際には天候が持ち直し、曇りではあるものの、撮影に支障が無かったのは幸いであった。

 最後に、本日、お世話になりました、T様、C.ジョニー様、ありがとうございました。

HARUNA

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YS-11M きょうも日本の空を往く国産旅客機

2007-04-21 21:49:41 | 海上自衛隊 催事

■海上自衛隊YS-11M輸送機

 T-3が昨日も一昨日も飛行していたという情報はさておき、日本のエアラインからYS-11が引退して久しいが、現在もYS-11は日本国内では海上自衛隊、航空自衛隊、そして海上保安庁が運用を続けている。

Img_9102  本日、出先にて偶然YS-11Mを撮影する機会に恵まれ、その写真を掲載したい。海上自衛隊では、人員及び貨物輸送用に1966年から1973年にかけてYS-11Mを導入し、現在は全機、厚木基地の第61航空隊において運用している。加えて1969年より対潜哨戒機の乗員訓練用にYS-11TAとして下総基地第205教育航空隊に6機を導入しており、海上自衛隊では計10機が運用されている。

Img_9101  第61航空隊は1971年にYS-11、R4D-6を運用する海上自衛隊唯一の航空隊として発足し、2001年12月10日には、搭乗者100万人を達成している。1971年といえば、海上自衛隊厚木航空基地分遣隊が発足した年であり、航空集団司令部が置かれる今日の海上自衛隊航空の一大拠点、厚木の第一歩が記された年である。

Img_9104  YS-11Mは、総重量24.5㌧、全長26.3㍍、全幅32.0㍍、ターボプロップ双発の出力6050馬力で速力は249ノット。日本航空機製造のYS-11は1962年に初飛行、182機が生産された。しかし、海上自衛隊にYS-11が導入された1966年はP-2J初号機が完成した年でもあり、民間エアラインが放出した大量の予備部品があるとはいえ、老朽化が進展していることも事実である。

Img_3906  YS-11特集ということでアーカイブスより航空自衛隊の飛行しているYS-11を掲載したい。航空自衛隊は、貨物・人員輸送用に13機のYS-11を導入している。人員輸送型をP型、貨物輸送型をC型、汎用型をPC型と区分しており、写真は美保基地のYS-11P,この152号機はVIP仕様機であり、機体後方にラウンジを設けている。これにより定数は60名から28名となっている。

Img_3944  YS-11FC,Flight Checker,つまり飛行点検機である。3機が運用されており、機内には航空通信施設、自動点検装置などが搭載されている。なお、この他に入間基地総隊司令部飛行隊の電子支援隊、電子飛行測定隊に電子戦支援機YS-11Eを4機保有している。海上保安庁ではYS-11型飛行機の後継にDHC-8を内定させているが、自衛隊用YS-11の後継機の選定には今しばらく時間がかかるといわれている。

HARUNA

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