雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

永田町の論理とは?国民目線とは?

2010-07-16 06:47:29 | カワサキ単車の昔話
★先日、二輪車業界の『ベタータイムス』が送られてきた。
森田伊活さんおひとりで発刊し続けられている業界誌だが、もう30年にもなるかなと思っている。

毎月1回の発刊だが362号になるので、ちょうど30年になる。
発刊当時、故小野寺さんのご紹介で、森田さんに初めてお会いした。それ以来のお付き合いである。

二輪車新聞の衛藤さんとはそれよりまだ旧く50年のお付き合いだが、
ベタータイムスも、二輪車新聞も、現役引退して15年以上も経っているのだが、いまだに我が家の送って頂いていて、
これで現在の二輪業界の動きが何となく解るのである。


★つい2、3日前、大阪の忍者の伊藤さんから、夜電話を頂いた。
例によって、飲み屋からである。
今回はカワサキの連中ではなくて、カワサキのお客さんと一緒で、
その方が私のブログの話をなさって、急に思いたっての電話だったようである。
そんな話から、『先日、ウナギを送ったけど、今度は水ナスの季節になったから、それを送る』などと言う話のあと、

『最近、二輪業界全然ダメですわ』という話になった。
でも、幾ら苦しくなっても、伊藤さんは生き抜いていくと思う。
そんな彼独特の柔軟性をもっている。どんな時代になっても大丈夫である。
気に入った個別の人たちとはお付き合いもするが、決して同業で群れたりはしないし、簡単にメーカーの言うことも聞かない。
決して、メーカにとってやり易い店ではないが、『いい店』であることに間違いない。


★業界が『厳しい』というのは、常に言われてこの50年続いてきた。
ベタータイムスの焦点の書き出しも、『厳しい市況が続くーー』から始まっている。

確かに、特定のメーカーの特定の機種が、右から左に売れて、業界、特に販売店が急成長した時代もあった。
それに比べたら、厳しいのかも知れぬが、
世の中は、どんどん変化をするのだから、時代にあった構造に改革もせずに、ただ『厳しい』と言っているのは、不思議である。
基本的に、メーカーも業界、流通機構も昔のままの構造で、『昔の夢』を追い続けているのが問題で、時代錯誤なのである。

★昭和45年(1970年)にカワサキが従来のモペットを売る自転車屋主体の『委託制度』から、
スポーツ車を売る『二輪専門店制度』に切り替えrて、現在の二輪販売網の基礎が造られた。
先頭を走ったのは身軽なカワサキだったが、それはもう40年も前の話なのである。

他の業界もどうなったのか?
米屋も、酒屋も、電機屋さんも、今はその面影も残していない。全く別の形態になっている。

特に、メーカーの関係する『新車販売』の形態が変わっていないのは、メーカーの時代を読む目に、『狂いがあった』のではなかろうか?
ひとり二輪業界だけが、何十年も同じ形態を引きずっていることが、むしろ滑稽なのである。

中古車の販売形態は、昔とは様変わりなのである。


★私が現役最後の20年前、
カワサキとしては、『末端ユーザーが求める二輪に関連する機能』に合った高度な専門機能を持った『ネットワーク構築』を目指した時期がある。

その時点ですでに、従来の販売網では、ユーザーが真に求めている多様かつ高度な機能に対応出来ていないと思っていた。
あの時点で、企図した『機能別ARK』が、そのコンセプト通りに推進されていたら今頃はまた変わった二輪業界になっていたかも知れない。

あの頃から、インターネットの世界が日本の流通業界を変えたのである。
その仕組みを、あえて使わぬ商品は骨董品の類かと思ったら、二輪の世界では、『中古車は使って、新車は使わぬ』というのだから、
これは不思議な流通形態と言わざるを得ない。
それを消費者が望んでいるのなら解るのだが、上からの押しつけなら、『永田町の論理』とよく似ている。

今、日本には、過去最高の350万台という登録車両がある。
バイクのユーザーはの年齢は上がって、いまさら暴走族などには決してならない、優良ユーザーである。
バイクは省資源、省エネの時代にあった商品である。
4輪でも大衆車がタイから輸入される時代である。

考えようだが、
今は二輪車業界にとって最高の追い風が吹いているとは、考えられないか?
単なるメーカーという機能から脱皮した『二輪の総合事業の展開』という総合戦略からの発想があれば、面白い事業展開が描けると思うのだが。

販売という最も今の時代に単純な機能を、わざわざ販売店という店を作って、それを通してしか売れないということ自体に、世の中の消費者とのずれがある。
それを望む消費者もいるが、そんな面倒なことは嫌いなユーザーもまたいるのである。
その対応は、メーカーの想いから決めるのではなくて、消費者の想いに如何に対応するのかという発想でなくてはならない。


★最初に、触れた業界誌紙も、ある意味護送船団方式が生み出したものである。

日本の国挙げて、真の意味での『消費者志向』『国民目線』になることが、求められている。
政治家やメーカーといった従来の構造の一番上にいた人たちの『発想の転換』が求められているのである。

政治の世界に、『永田町の論理からの脱皮』とか 『国民目線』とか言われているが、
政治の世界も、ほんとの構造改革 が求められているのである
コメント
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