雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

近畿時代の運転歴  私の運転歴

2023-04-15 06:19:47 | 私の運転歴

★免許を取ってすぐに仙台時代の運転歴で長距離も走ったし、冬の雪道も経験したのだが、
 そのまま明石の本社に戻して頂けるのかと思ったら。
 昭和45年(1970)の秋から、近畿・大阪地区に途中下車で、
 高槻に居を構えて、初めて自分で乗用車を買って、大阪まで通勤だし、
 担当地区を車で走り回ることになったのである。

 日記を見ると11月4日に中古車だがカローラ2ドア走行距離19000キロのクルマを195000円で買っている。
 これが私の初めての自分のクルマである。

 担当地区はこんな大阪を中心としているが、兵庫がなくて、北陸があるというオモシロイ地区だったのだが、

   

 
 2年目には、兵庫も名古屋地区も担当となり、
 3年目には、兵庫も東京も管轄下に入ったので、
 大阪を拠点にすることもなかったので、7年ぶりに明石勤務となったのである。

 
 


★ この間も担当地区を車で廻ることも多かったが東京や北陸にはJRを利用してたので、
 仙台時代のような車ばかりと言うこともなかったのである。

 一番印象に残っている車の運転は和歌山の串本町で販売店の会合をやったことがあるのだが、
 皆さん汽車で行ったのだが、どんな道なのか私だけがクルマで行ったのだが、
 これは大変な行程だった。
 まだ高速道路などない時代で、出入りの激しい海岸線の地道で、
 この運転が「私の生涯の運転で最悪」のものだったことは間違いない。

  
 

 いまなら多分高速道路が整備されているのだと思う。
 そんな長距離運転の想い出もあるのだが、
 ちょうどこの時期の最後の頃、三木に家を建てたので、
 この時期以降クルマで40分ほど掛った通勤での車の運転が現役時代はずっと続いたのである。


 

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萌黄の季節になってきた

2023-04-14 06:12:20 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★4月中旬樹々の新芽が一斉に発芽して「萌黄の季節」がやって来た。
 さあ春たけなわといった感じである。
 ある意味、新緑の季節より美しいと言えるかも知れない。





 我が家の池の姫スイレンの花も開いた。
 今年の第1号である。
 つい先日までは冬の風情だったのに、新しい葉が出て、花も咲いた。


  


 車庫の下をT字型の小さな池にしているのだが、
 こんな車庫は、日本で我が家だけかも知れない。
 子供のころから魚が好きで、庭の池では錦鯉を飼っていたのだが、
 「鯉ヘルペス」で全滅したので今は潰してしまって、
 この小さな池だけが残っている。
 




 スイレンはいっぱい新しい葉を付けている。
 カラーも白い花を付けだした。
 その横は菖蒲と杜若だがこれが咲きだすと5月である。
 風呂の椅子が置いてあるのは、鯉や金魚、それにメダカと小エビがいっぱいいるので、
 餌をやりながら「眺める」ためのものである。
 毎日30分も座って池の魚たちを眺めてることも多い。
 金魚は3年続けて仔どもを産んだが、今年も産むだろうか?
 




 カラーは植木鉢に植えたまま水に付けているのだが、
 地上で育てるよりは、数段大きく育つし、見事な花を付けるのは
 不思議である。

 

 
 特に何をするでもない毎日だが、
 こんな自然の風景や植物や魚たちと時を過ごしている「いい季節」である。

 

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黄砂か春霞か

2023-04-13 06:15:56 | 発想$感想

黄砂の話題がテレビでも取り上げられていた。
 こんな感じで日本を覆うというのだが、

 
 

 この辺りはそんなに大したこともなく、
 「春霞」といった程度だった。

 



最近は何でも解るので大きく報道されるのだが、
この黄砂、現代特有の起こる現象ではなく、さかのぼれば7万年前から飛来しているといわれ、平安時代には定期的な自然現象の一つとして確認されていたという。
和歌の季語の「朧月夜(おぼろづきよ)」は、春の夜に月がぼんやりと霞んでいる様子を表していて、
昔は黄砂も風流な名詞だったのだが、
黄砂」などと大袈裟に報道される今よりは昔のほうが良かったなと思ったりもする。

  
 

黄砂」はもう一つだが、「春霞」「朧月夜」もいいなと思った昨日だった。



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血液検査の結果

2023-04-12 07:21:27 | 私の生き方、考え方&意見

★ 年に何回かやる血液検査の結果を聞きに掛りつけのお医者さんに行ってきた。

 こんな結果だが、先生は特に問題なく非常にいいと仰る。
 殆どの検査項目がフェアウエイの真ん中を通っていて、
 問題ないようである。

 
  


 
 たまたま2年前の88歳の時の血液検査の表があったので、
 比べてみたら、殆ど同じと言うか全く同じと言ってもいいほど変わっていないのである。




 
★ 私自身は、何事もあまり神経質に「気にする」ようなことは全くないのだが、
 そんな性格がこの歳になってもいい方向に出ているのだと思う。

 毎日運動をしているのも、健康のためと言えばそうだが、
 自分では「ちゃんと歩ける」ようにしておきたいと思っている。
 高齢者の「とぼとぼ歩き」になったら、たぶん「歩くのを止める」だろうと思う。

 いまのところ「歩く」のは勿論だが、
 野球のベース間ぐらいの距離だが、結構ちゃんと走れている。
 80歳のころどのくらいだったかはよく覚えていないが。
 「そんなに変わっていない」ようにも思う。

 これだけ運動していても、なぜか体重は全然減らずに82kgもあるし、
 腹も出ているのだが、
 「やせ細っている」よりはいいかなと勝手にそう思っている。

 この調子なら100歳は大丈夫のような気がするが、
 人生で2度ほど突然「死にそう」になったので、
 ひょっとしたら「突然死」するかも知れない。

 そんな呑気なことを言っているのだが、
 何事もあまり気にせず自然のままに生きるのがいいと思う。
 結構「運のいい人生」だったから、「今後もいいだろう」と思っている。
 血液検査もいうことがないような結果で「よかったな」と思っている。

 

 

 
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仙台―札幌    私の運転歴

2023-04-11 07:09:46 | 私の運転歴

★ 仙台時代は北海道と東北6県を担当する文字通り「北日本営業部」の所属だったが、
 最後の1年は東北6県とともに北海道も担当地域になって、その広さが大変だったのである。
 明石の本部からみたら、東北の隣が北海道だから、ついでに担当させてやれと思ったのだと思うが、
 仙台ー明石と仙台-札幌の距離は同じく1000kmもあって、
 当時の電話代は今と違って距離によって通話料が決まっていて、
 仙台-明石も1通話1000円だったが、同じく仙台ー札幌も1000円だったのである。
 因みに、アメリカに電話するとちょっと長話をすると10万円も掛った時代なのである。

 

 
★昭和43年(1968)8月、MFJ第5回モトクロスGP札幌手で開催されて、
 当時はまだ東北6県だけの担当だったが仙台から車で、所員4人で札幌まで観に行ったのである。
 当時の日記を見たら、8月8日の朝7時に仙台を出て、本州の最北端、大間町に着いたのが夕方の6時、
 その日は大間に泊まって

 



 翌日フェリーボートで函館に渡り、
 往路はこんなルートで、余市から小樽経由で札幌入り
 札幌に着いたのは午後4時で札幌泊。

 
 
 
 翌日の8月10日は東北・北海道の合同代理店会議定山渓で開催されて、温泉で1泊。




 翌8月11日のモトクロス日本GP90㏄が星野一義125㏄が山本隆の優勝とカワサキが二つを取ったが、
 250ccヤマハの鈴木忠雄の優勝に終わったのである。

第1回相馬が原は見ていないのだが、
 第2回の名古屋からは、第3回が四国、第4回福島、この第5回札
 直接レースに関わっていたこともあって全部現場で観ることが出来て、いい想い出になっている。
 第4回の福島での開催は、自衛隊の演習場を借りたのだが、
 それはMFJに頼まれて、元陸軍士官学校卒の福島カワサキの社長の尽力で実現したのである。
 これは勿論、仙台の隣だから現地に行ったのは当然である。

 山本隆・歳森康師・岡部能夫・梅津次郎・星野一義の時代で、
 カワサキの全盛期と言ってもいい時代であった。

 


 札幌からの帰りは、支笏湖周り洞爺湖温泉の大混浴風呂にも入ったりしながらの観光旅行で、大間には夜中の1時に着いたのだが、
 それから仙台まで夜中の道を走って仙台には朝戻ってきたのである。

 いまになって思うと大変な行程だったが、
 やはり若かったのだなと思ったりする。
 いい想い出として残っている。

 


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今年の薔薇は4月に咲くかな?

2023-04-10 06:00:15 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 今年は春が早くて、桜も10日ほど早かった。
 樹々の新芽も早いし、我が家の薔薇たちももう蕾を付けている。

 モッコウバラはもう咲くのではと思われるほど、 
 その蕾は膨らんでいる。

 


 この辺りは4種類ほどのつる薔薇を混植しているのだが、
 そのいずれもがすでに蕾を持っていて、4月中に花が観られるかも知れない。
 この一帯がどんな色に染まるのか楽しみである。
 


 

 空間を渡り切ってるのはピンクのつる薔薇・アンジェラ




 同じ薔薇だが、ちょっと違った角度から。





 小さな庭だが、5月には薔薇で埋まってしまうかも知れない。




★ 今年は久しぶりに冬の間から手入れをしたので、
 葉の色もいいし、元気に育っている。
 薔薇はムツカシイなどとよく言われるが、
 ムツカシイのではなくて、1年中手入れをすることがある。
 サボってしまうといい花が咲かない。

 そのあたりは正直で、なかなか簡単ではないので「ムツカシイ」と言われるのだと思う。


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歩けるということはいいことだ

2023-04-09 07:00:30 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 毎朝、天気の日は近くの公園を歩くことにしている。
 いい公園が近くにあるということもいいことだし、
 大体1万歩を目標に歩いているが「歩けるということはいいことだ

 今週は5日にゴルフのコンペがあったので、
 その日の歩数は14889歩になった。
 今月の平均が7639歩だが、雨の日を除けば1万歩近く歩けている。

 


 今日は三木総合防災公園に行ってきたが、桜も終わって、
 葉桜の季節になった。

 


 木の芽どきの浅い緑が鮮やかである。





★ 昨日は協同学苑を」歩いてきた。

  この桜ももう終わりで、桜の季節はほんの一瞬と言う感じである。

  


 ここも木の芽の季節で、まだ山つつじの花が残っている。



 こんな坂を下って行くと





 池に出る。
 この池のところまで降りてきて、
 坂道を引き返すことにしている。
 





 ホントに「歩けるということはいいことだ

 果たして、あと何年「朝の散歩が楽しめる」のだろうか?
 散歩をしていると「長生き」出来るような気がする。

 あと10年、頑張りたいと思っているのだが・・・・
 散歩が楽しめるいい環境に住めて幸せである。


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仙台時代の運転歴   私の運転歴   

2023-04-08 06:49:12 | 私の運転歴

★東北6県を担当した仙台時代は4年間ほどであったが、
 その東北6県に主要代理店6店のほか小さな代理店を含めると10数店もあって、
 そこを訪問すると同時に当時は2000店以上もあった各県の販売店にも訪問することが多かったので、
 私の運転歴のうちこの4年間が走行距離では圧倒しているのである。

 兎に角、東北は広い。仙台ー盛岡は200kmだし、その隣の青森がまた200kmなのである。
 昭和42年(1967)からの4年間だが、4号線や13号線の主要道路は当時でも舗装道路だったが、
 仙台-山形や、盛岡-秋田の峠道各県での田舎の道はみんな砂利道と言う時代なのである。

 


  当時でもイギリスの舗装率は90%を超えていると聞いて、
 いつになったら日本はそうなるのか? 
 とホントにそんなこを思いながらの運転だった。

 峠で舗装がされていたのは福島県の福島ー米沢
 郡山ー会津若松間だけで、
 その他の山道はみんな砂利道だったのである。


 



★確か、こんなトヨタパブリカのライトバンに、
 当時はクルマの運転に凝ってた時代で、当然ミッション付きだが、
 回転計を付けて、タイヤは当時福島オートが日本で初めて扱った、
 ミシュランのラジアルタイヤを付けての走行で、
 むしろカーブの多い峠道を走るのが楽しみだった時代なのである。

 ラジアルタイヤなどはまだなかった時代なのだが、
 このミシュランのラジアルタイヤはすごく高性能で、
 雪道もスノータイヤを履かずに走れたのである。
 確かに当時の日本のタイヤメーカーの技術はまだまだの時代で、
 東北に行くまでのロードレースでは、みんな英国ダンロップなどの外国製を使っていて、
 当時は二輪のロードレースに出場していたブリジストンも名前は消してあったが、海外メーカーのタイヤを履いていたのである。




 当時の東北6県は日本で一番モトクロスレースが盛んで、
 カワサキのファクトリーライダーだった、山本隆や星野一義がよくレースにやって来たのだが、
 彼らも東北の峠道の走行を結構楽しんでいた時代なのである。

 その時代は、峠道などは殆ど車は走っていなくて、蔵王のスカイラインなどはサーキットのような感じの道だったのである。
 スローイン・ファーストアウト、アウトインアウト、ヒールアンドトウなどのレーステクニックを使った走行が楽しめたいい環境だったと言ってもいい。

 ホントかと思われるかも知れぬが、峠越えの砂利道は、
 冬雪が積もった方が、「雪の舗装」で夏場よりもスムースに走れるような感じもあったのである。

★ 当時の白バイメグロとW1などのカワサキが殆どで、
 やっとホンダさんが350ccだったか、小さな白バイを入れ始めた頃で、
 どの県でもカワサキは白バイ隊員と仲良くて、
 山本隆クンが各県の白バイ隊員の運転指導なども行っていた時代で、
 仮に違反などがあったとしても、よほどのことがない限り許してもらえる
 「いい時代」だったのである。

 お陰様でこの4年間、事故もなく違反もなくて、大いに東北6県での「ルマの運転」を楽しんだ時代なのである。
 主要都市にある代理店を訪問するだけではなくて、
 そのサブ店を訪問することも多くて東北6県の道は東北の方より詳しくなったと言っていい。
 今と違って「メーカーの人」を一種独特の尊敬の念で迎えてくれるようなところがあって、
 まだ30歳代の若手であった私も間違いなく「メーカーの人」と言うことで、代理店の社長さんは大いに利用されたのである。

 そう言う意味では、まさに東北は「まだまだ田舎」だったのかも知れない。

 そんなことで「長距離走行」には慣れてしまっていて、
 盆や正月の休みには仙台から明石まで家族を乗せて車で往復したこともあったのである。

 
 
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いよいよメダカの季節になってきた

2023-04-07 02:39:12 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 水ぬるむ春と言う。
 いよいよメダカの季節も近い。
 確か昨年は4月20日ごろから「メダカが卵を産みだした

 メダカは卵を産みだすと9月ごろまで毎日産み続ける
 いまそんなメダカは、10匹ほどは水槽に、それ以外は小さな池に放してやっていたのだが、
 いよいよ卵を産ませるべく、こんな鉢にホテイ草を浮かして
 メダカの産卵の準備をした。

 ホテイ草は、どんどん増えるのだがそのまま池に浮かしておくと、
 みんな寒さで枯れてしまう。
 今年は3株ほど土に植えて、家の中で冬を越したのだがやはり小さいので、
 今年もAmazonで5株ほど買って来て、準備Okである。

 



 そんな準備をした鉢に、池から10数匹を網ですくってきた
 ちょっと見えにくいが、何匹かいるのがお分かり頂けるだろう。
 




 このままでは、ホテイ草が多すぎるので、
 メダカが卵を抱えるようになったら、ホテイ草は一つにしてしまう。
 そうするとそこに卵を産み付けるから、
 卵の付いたホテイ草をちさなバケツに移しておくと、
 10日ほどでメダカが孵るのである。

 それを毎日繰り返したら、秋までには1000匹ほどのメダカが孵る。

★池のメダカは雑種のメダカもいるが、
 こちらの水槽のメダカは、昨年新しく買った同種のメダカなので、
 こちらは今年もこの水槽の中で、卵を産ませようかと思っている。

 


  いずれにしてもあと2週間もすれば忙しくなる。
  メダカが卵を産みだしたらまたご報告することにする。

  いよいよ「メダカの季節」も近い。
  することが殆どないおじんにとっては、「貴重な仕事」みたいなものである。


 


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はじめてのことはよく解らない

2023-04-06 05:58:30 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚

★ 人生90年も生きてはいるが、
 初めての経験のことはよく解らない。
 我が家の「紅羊歯」は昨年苗を買って庭のあちこちに植えたのだが、
 4月になってこんな形のものが芽生えてきた。

  


 みんな同じように芽を出している。

 



 もう何日か経つと解るのかも知れぬが、
 葉ではないようだし、一体何なんだろう?
 



 「はじめてのことはよく解らない」のである。



★ネットで調べてみたが、こんな記述はあるのだが、

 ベニシダは日本の本州〜四国・九州に自生するオシダ科オシダ属の半耐寒性常緑シダ植物。
春の新芽は赤くなり、古い葉ととのコントラストが綺麗です。

 とあるので、これが新芽なのかも知れない。

 もう何日か待てば、変化するのだろうが、
 今の形は、ホントどうなるのか、興味深々なのである。

 1週間後が楽しみである。
 どなたか、お判りの方がおられるでしょうか?





 
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明石から仙台まで     私の運転歴

2023-04-05 06:35:34 | 私の運転歴
★昭和42年(1967)1月、私は仙台への異動となった。
 まだ若干34歳だったが、名前だけは「仙台事務所長」としての異動だった。
 カワサキの二輪事業がスタートしたばかりの頃で「実用車のカワサキ」の時代で、
 東北6県が最大の市場であったころ東北の代理店から、「仙台に事務所を」と言う希望が出されて、
 その会議に出席されていた岩城良三常務が「直ぐ創る」と即答されたという話は聞いたのだが、
 まさかそれが私になるとは思ってもいなかった。

ただ「仙台に事務所を創れ」と言う会社の指示で、ホントに何にもない白紙の状態で、具体的なことは何一つ決まっていなかったのである。
 

★私にとっては初めての転勤だったが、
 会社にしてもこんな指示をするのは初めてのことで、
 誰も「具体的にこう」と言う指示などしてくれないのである。
 仙台異動が決まってから、岩城常務がわざわざ私の席まで来られて、
 「ご苦労だが頼むな」と言われただけなのである。

 仙台には土地があるわけでもないし、
 仙台のどこに、どの程度の事務所を創るのかも決まっていないのである。

 仕方がないので、仙台の代理店、宮城カワサキに机を一つ置かして貰ってのスタートだった。
 住む家だけは12月に出張で来て決めていたので、あったと言えば家だけである。それも勝手に探したので、庭付の一戸建ての平屋に決めたが、誰も文句は言わなかった。

  
★1月5日に餞別にと会社がくれたコロナのトラックで単身、明石を朝5時に出発し東京まで、
 カワサキのカラーに塗ってあったがこんなトラックだった。


  


6,7日は東京事務所で東北販売課の会議があり、
8日の朝9時東京を出発して夜8時に仙台に到着、
明石-仙台1000キロの走行だったが、これが私の最初の単身長距離走行だった。

  
 
 
★担当地区は福島から青森までの「東北6県」
 これはなかなか広大で仙台から隣の岩手の盛岡までが200km、
 盛岡から青森が同じく200kmもある。

 東北各地に大小の代理店があって、そこをクルマで走り回った営業だった。




 関西で言うと「明石ー名古屋」が200kmだから、
 兵庫・大阪・京都・滋賀・愛知の各県がある。

 そんな広大な東北で約4年間クルマで走り回った営業だった。

 そんなことで、私は免許を取ってから、ずっと「長距離走行」にご縁があったのである。

 東北6県での運転歴は次回に。
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新しいキーボードがやって来た

2023-04-04 11:29:02 | 発想$感想

★ 3月24日に突然パソコンがおかしくなって、
 富士通に修理に出したのだが、診断の結果は大丈夫と言う判定で、
 チェックしただけで送り返されてきていたのである。

 ところが、どうも調子が悪くてパソコンの立ち上がりのパスワードが入らないので、文章が書けない状態が続いていて、
 富士通の「プレミアム安心プラン」に入っているので、
 電話をして状況をお話したら、いろいろやってくれたのだが、
 どうも「キーボードがおかしい」と言うことで、
 新しいキーホルダーを無料で送ってくれるというのである。

 この対応にはちょっとびっくりしたが、言ってみるものである。
 その新しいキーボードが今朝届いて、
 言われた通りの対応をしたら、めでたく繋がった。





 
 これが新しいキーボードである。






 ちょっと休んでいた「雑感日記」も復活で、
 Facebook にもツイッターにもアップした。

 これでいろいろあった10日間ほどだったが、
 元の生活に戻れるようである。
 よかった。

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ゴルフの練習に行ってきた

2023-04-02 20:39:37 | 発想$感想
★4月5日に今年はじめてのゴルフコンペがあって、
 それに参加することになっている。

 今年は90歳になったので、90で廻ればエイジシュートなのだが、
 それがなかなかムツカシイ。

 年間の平均スコアが80ぐらいの時は60歳ぐらいだったが、
 最近は年4,5回のゴルフになって100を切るのがやっとなのである。
 全然スコアには拘らずに楽しむだけのゴルフになっていて、
 長いクラブよりも寄せとパットがダメなのである。

 そんなことなので、今年はちょっとスコアに拘ったゴルフが出来ればいいなと思っているのだが、
 アタマで考えるほどうまくいくかどうかは解らない。

★練習場など全く無縁で、ぶっつけ本番のゴルフだったが、
 今日は練習場に行ってきた。

 

 
  ほんのちょっとだけボールを打ってきたのだが、
 感触はそんなに悪くもなかったので、
 ひょっとしたらひょっとするかも知れない。


 



 明日ももう1日、練習場に行ってみようかなと思っている。

 果たしてどんなゴルフになるのか?
 若し、いいスコアが出たら、ブログにアップすることにする。


 
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パソコンのある生活がまた始まる

2023-04-02 02:54:59 | 日常生活・園芸、バラ、メダカ、金魚
★パソコンが突然壊れてしまったのが、3月24日だったと思う。
 直ぐ富士通のメーカーに送ったのだが、点検をしたが特に問題はないということで、今日家に戻ってきたのだが、
 なぜか今度はキーボードと本体が繋がらなくて、パスワードが打ち込めないので使えない。
 パソコンに詳しい方に夕方来て頂いていろいろやって貰ったら繋がった。
 一週間ぶりに「パソコンのある生活がまた始まる

 この画面のサッカー選手は、アメリカでプロ選手としてやって孫・門野真也で、
 パソコンのホームページに使っている。

 


 この雑感日記も2006年9月から休まずに続けてきたのだが、
  ちょっとだけの中断で済んだのでほっとしている。

 その間スマホで写真のアップなどしたのだが、
 スマホは今まで使ったことがなかったので、文字を打つのが大変だった。
 でも、何とかスマホで文字が打てたのが収穫だったとも言える。


 「アーモンド咲いてますか?」と積山さんから質問があったのだが、
 その質問に答えるのが億劫で放っておいたのだが、
 パソコンなら文字を打つのもスムースなのである。
 「積山さん、咲いてましたよ。写真も撮ってきました。

  


★ やっと元の生活に戻れてホントにホッとしている。

  世の中も4月になって、会社も学校も新しいスタートである。
  それに合わせて、私の生活もまた新しいスタートである。
  皆さん、またよろしくお願いいたします。


 


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