11月23日(月曜日)快晴 目的地 ガンドルン(1940m)
今朝の支払い 1890Rs(2223円)
ミックスピザ+ビール+ミルクコーヒー+ミルクティー2杯+紅茶をポットで+グルンブレッド+オムレツ+シャワー代
ビールとミックスピザだけで1000Rsなのだが、宿代とシャワー代は清算されているのだろうか?
しかし、何時までこのトレッキングの料金システムは続くのだろうか?
例えば、宿代はどんな高地のロッジでも350円~450円を越える事は無く、その分食事は泊まった宿で食べる決まりになっている。
食事代が儲けなので部屋代は安く押さえてある、と言う事で、だから他所のロッジで食事をしたら宿代は倍付けと張り紙をしてある宿も多い。
さらに、お客にはポーターやガイドが着いている事が多いのだが、この人達の部屋は無料で提供し、食事も高所の一部でチケット制で有料にるが、それとても一日分で250Rs程度で、その他は無料で提供されている。
従ってトレッカーはガイドやポーターを雇っても日当以外の負担は無いのだ。
この度のトレッキングの出費を大雑把に記して来たが、一日平均で2500円程度かと思うのだ。
それとても、山の中では一番高額な飲み物のビールに手を出すから少し高めなのである。
ネパールトレッキングの魅力の一つに出費が軽い事が上げられる。
一ヶ月歩き回って10万円までいかない旅の出来る国は東南アジアでも少なくなった。
そして、その質を含めて問えば、この料金でこの中身はかなりコスパの高い旅だと思うのだ。
6時起床 7時朝食 8時出発
今日の行程は距離が短く、しかも、標高2360mから1940mの地へ降りて行くのだから楽なはずなのだが、一筋縄ではいかないのがネパールのトレッキングなのだ。
小さな川も入れると3本の谷を越えるのだが、一番低い地点では1350mまで降り、500m以上を登り返さなければならなかった。
しかもその道は自分の大嫌いな石段で、膝に来る衝撃と歩幅が限られるのが嫌だった。
ガンドルンの宿から見たマチャプチャレ
桜とマチャプチャレ
青い屋根の先で谷に降り先の峰へ登る
マチャプチャレがいよいよ小さくなる
石段がずっと上まで続く
お伽噺の村のような佇まいだった
日本の農村とは似ていないのに、何処か懐かしい
車は勿論バイクも通れず、輸送はドンキー頼み
11時30分 キムロン着 昼食(ヌードルスープ)
シヌワから先の道はロバの糞や馬糞が多い。
アンナプルナベースキャンプまでの各宿に様々な物資をロバで運んでいるからなのだろうと思う。
ちなみにエベレスト街道のトレッキングルートでは人が荷物を背負って運んでいる事が多いのだが、それは標高が高くてロバの餌が得難いからではないかと思うのだが、この勘は当たっていると思う。
ガンドルンの宿はRajuが仲間と連絡し合って決めていた。
おいおい、お前の友達に会うために俺の宿を勝手に決めるなよな、と思ったが言っても無駄なので止めておいた。
俺はフランス人が嫌いなんだと言ってあるだろうに、と思ったけれどもやはり言っても無駄なので黙っていた。
部屋にはトイレとシャワーが付いていて、結果的に悪く無い宿だったのだが、やはりフランス人が多かった。
しかし今まで出会った我が侭で腹の立つフランス人ではなく、控えめで、下手な英語で愛想を言う、らしく無いフランス人であった。
なんなんだろう・・・老人クラブみたいな団体のフランス人が傍若無人なのだろうかとも思う。
今日の宿のフランス人は老夫婦と父と息子のコンビと若いカップルだった。
たぶん、フランス人は群れなければそれなりに常識的なのかもしれないと思ったが、分らない。
夜のダイニングは満席だった。
一人なのは自分だけだったのでポーターたちがトランプをしている席に座った。
ビールを飲み、チキンカレーを食べ、ポーターたちのトランプを眺めていた。
カレーはすこぶる美味かった。
さらに米が美味くてチキンカレーと相性が良く、久しぶりに米を腹一杯食べた。
トランプは、眺めていれば簡単に分るルールだったが、特殊なのは二組のトランプを使っている事だった。
二組使えば絵柄も数字も揃い易く勝負が早いが、なんだかとても安易で、こんな所にネパール人気質を見たような気がした。
標高が低くなると日没近くには雲が沸きお陽様を隠してしまう。
それでも風は冷たく無く、ヒマラヤ(白い山)ではない事を感じる。
8時00分就寝
11月24日(火曜日)快晴 目的地 ナヤプル(1020m)
今朝の支払い 1795Rst(2112円)
チキンカレー+ビール+グルンブレッド+フライドエッグ+ミルクティー2杯+紅茶をポットで。
今朝の支払いも安過ぎるのだが、部屋代とシャワーは込みなのかも知れない。
ビールとチキンカレーで1000Rsになるのだが、多く取られている訳ではないので素直に支払った。
6時起床 7時朝食 8時出発
ガンドルンから石畳の道を少し下ったらジープロードに出た。
なるほど、ビールが安いのも食事が美味いのも頷けた。
必要な物資はポカラから簡単にジープで運べるのだ。
さらに少し歩き、長くて急な石段を降りてキムチェに出るとバス停のようなものが有って人が居た。
バス待ちと思しき人に「バスはポカラへいくのですか?」と尋ねた。
すると、パカラへいくと言うではないか。
乗っちまおうかと思ったがここまで来るとビレタンティまでそう遠くは無い。
今日が最後のトレッキング・・・噛みしめて歩くことにした。
モディ・コーラ脇の緩やかなジープロードを歩いて行くと、これからアンナプルナBCへ向うトレッカーを乗せた数台のジープとすれ違った。
なるほど、今時はガンドルンのすぐ下までジープロードで行くのだなと思いつつ、だからガンドルンの宿が混むのだと納得した。
この橋が見えるとビレタンティー
10時40分 ビレタンティー着
最後のチェックポイントが有り、ここで最終チェックを受けてトレッキングルートは終わった。
あとはバス道をナヤプルまで行ってポカラ行きのバスに乗れば、今夜はポカラの街の「ふじ」でトンカツ定食や餃子が喰えるのだった。
しかし取り敢えずは昼食と言う事で橋の手前のロッジのルーフトップに上がってツナサンドを食べた。
チェックポイントがすぐ下に見えるのでこれからアンナプルナBCやプーンヒルへ行く人などが引っ切りなしに通っていた。
これから山に向うトレッカーの身なりは未だ新鮮だった。
それに引き換え、山道を3週間歩き続けて来た自分の風体は草臥れ果てていた。
ああ、終わったんだなと言う少し寂しい気持ちと、さっさとポカラに行ってカツ丼を食いたい自分が居たのだが、三度目ともなると感傷に浸る自分よりもカツ丼を食いたい方が断然強かった。
橋を渡ってビレタンティーの街へ入るとすぐにタクシーの客引が居た。
二年前にもここからタクシーでポカラへ行ったのだが、あの時は1000Rsだった。
しかし、ある客引は4000Rsだと言い、安いタクシーでも3000Rsからは譲らなかった。
それならナヤプルまで歩くまでだと行くと、乗り合いで2000Rsだと言うドライバーが現れた。
本当のことを言うと3000Rsでも良いと思い始めていたのだ。
それと言うのも、ポカラで乗り合いバスを降りてもレークサイドのホテル街まではタクシーを使わなければならない。
この状況だとそのタクシー代で1000Rsと言われかねない。
それにバス代も正規運賃に上乗せされているとなると、2000Rsでポカラまでは安いのだ。
ドライバーにレイクサイドの真ん中までの約束でタクシーに乗り込んだ。
11時30分 ビレタンティ発 13時00分 ポカラ レイクサイド着
ポカラの街編につづく