じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

暇さえあれば鋏を持つ我

2016-10-08 19:27:04 | 日記的雑談
いや、午後からは暇潰しに古本屋へ行こうとしていたんですけれども、お靴を履いてお外へ出たら、あ~ら、ナント言う事でしょう・・・雨が上がっているではありませんか。

と、言う事で古本屋行きは止めまして庭の木々の剪定と掃除に取りかかった次第であります。
午前中に柿の木と葡萄の剪定を終えていたんで残りは大した手間の掛からない木ばかりと思って始めたんですけれども、それでも切って行けば軽トラ一台分くらいの切り端が出る訳でして、一難去ってまた一難・・・違うか? 一山越えたらまた一山? まっ、そんな感じで結構な疲労度でありました。
やっつけたのは リンゴ・姫リンゴ・ビワ・ノウゼンカズラ・スイカズラ・バイカウツギ・シモクレンと、雑草たちでありました。


本文とは無関係な 滅きり秋らしくなった日の出

いや、造園科では果樹の剪定までは教えていない訳でしてリンゴなんてどう切って良いモノやら皆目見当もつきません・・・が、仮にお客さんの所へ出向いてこんなモノがあったとしたらどのように切るか、考えながらやってみた次第であります。

まっ、勘所はやっぱし「新芽」でありましょうか? なんて事を思いながら鋏を握ったんですけれども、フト想ったのが「時期」であります・・・今切って良いのか? と。

いや、そう言う事で言えば葡萄も少し早過ぎるんですけれども、しかし切ってみたら樹液は既に出なくなっていてお休みしている感じでありました。
で、自分の記憶にリンゴ園では雪の中で剪定している、と言うのがあった訳であります・・・と、言う事は早過ぎる剪定か?
しかし、造園屋に剪定の声が掛かるのは初夏から秋までが多く、厳冬期は剪定の仕事は殆ど無い訳であります。
と、言う事は・・・時期だのナンだのと言っていられない場合もあると言う事で、無茶かも知れないと思いつつ切ってみた次第であります。

で、切るにあたっては「忌み枝」と伸び過ぎた枝を少し切り詰めつつ、大きく邪魔な「交差枝」を一本落とした訳であります。
で、どの枝にも芽があるんですが、それが花芽なのか葉芽なのかの判断などはつかない訳でして、でも、セオリー通り外芽の所で切った訳であります。
今年、このリンゴの木には花が咲きませんでした。
その理由は分かりませんが婆様が亡くなってから花が咲いた事は無いのであります・・・なので自分の剪定と施肥で花を咲かせたいと思っているんですけれども、ドー成る事でありましょうか?

シ(紫)モクレンはすっかりそれと分かる花芽がありましてこの時期だとどの枝も詰める事は出来ないんですがビワの木と重なっちまう部分はドーしても落とさないと双方に良く無い訳でして大きな枝を一本落とした訳であります。

で、ビワの木はシモクレンと重なる部分とハシゴに登っても実の採れない高く伸びた枝を落とした訳であります・・・実の成り過ぎがあるので少しくらい間引いても、と、思ってやったんですがビワの剪定はやり過ぎると実が成らなくなると聞いてますんで控えめにしました。

で、姫リンゴはリンゴの木の受粉用に大切な木なんですけれどもこちらも樹勢が弱くあんまし花が咲かなくなっているのであります・・・コレも婆様亡き後咲かなくなったんであります。
しかし、姫とは言いましてもリンゴでありますから今の時期の剪定はダメだと思うんですが、やっちまった次第であります。

いや、仙台市青葉区山奥大字谷底の我が家地方の本日の気温は16~17度程度でありまして十分に秋だと思う訳であります。
と、言う言い訳を胆に命じて剪定したんですけれども、コレで来年リンゴの花がたくさん咲いたら大威張りでブログに書く所存であります。

ここまで読んで頂いた皆様には・・・まぁ~た百姓と造園の話しかと呆れられそうでありますが今の私にはコレしか無い訳でありまして・・・まっ、そう言う事であります。

では 明日は休みなんでウィスキーを片手にお楽しみのビデオでも見ようと思います。

と、言う事で 皆様 おやすみなさい






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

技を覚えると・・・

2016-10-08 13:35:28 | 日記的雑談
その昔、ガキの頃に漫画の影響を受けて生半可な武術を習った事があって、一つ技を覚えると試してみたくなったものでありました。
しかし、同じ技を知っている者どうしでは決まらないのでシロート相手に仕掛けるのが手っ取り早いと思いそう言う事をしていた訳です。
まっ、ガキの戯れ事とは言え悪質と言いますか、まっ、ハッキリ言って弱い者虐めの卑怯者でありました。

ソーなんですよね、今も昔も自分は 強い者には滅法弱く 弱い者には限りなく強い・・・まっ、角度を変えれば何も変らないこの一徹さが持ち味とも言えますが・・・違うか?

まっ「技を覚えると」の中身ナンですけれども・・・技とは、植木屋の技の事でありまして、自分は只今それら関連の技を鋭意学習中な訳であります。

で、三つ子の魂百までも、と言うらしい世間の例に漏れず自分は今も覚えた技は使いたがる方な訳であります。
まっ、能ある鷹は爪を隠すと申しますが、能無しバカは背伸びする.訳であります。

そんな訳で私は植木屋の技を試したくて仕方が無い今日この頃な訳でありまして、本日も我家の柿の木の剪定と葡萄の木の剪定などをした次第であります。

いや、何処かの時代劇で「今宵の虎徹は血に餓えている」なんて言葉がありましたが、私の剪定鋏は常に挟む対象を求めて光っている訳であります。
なので私が剪定をすると切るのが楽しくて確実に切り過ぎちまう訳であります。


本文とは無関係な 学校の庭のザクロです

いや、鋏を手にして木に向えば、ナンでもカンでも挟んじまう私ではありますが、コレだけは避けたい・・・言ってみれば逃げ出したくなるのが「ピラカンサ」またの名を「タチバナモドキ」と呼ばれるアレであります。

ナンと申しましょうか、トンでも無く厄介な棘でありまして、ザクロやカラタチなんてのはまだまだ可愛い方であります。

アレです・・・バラの棘もナニですけれどもアレは短いと言いますか、形状からしましてもチクっと刺さる程度の感じなんですけれどもピラカンサの棘はそんな生易しい物では無く、ブスっと言う感じでして、太目の血管注射の針のような感じで刺さり込んじまう訳であります。
しかも、質の悪い事に毒でも在るんじゃないかと言う程に後々まで痛む訳でありまして、流石の私もこの木だけは剪定したく無いのであります。
が、しかし、この木は希では無く、特にお役所関係の昭和時代に造られた庭には普通に有る訳です。

が、しかし、表題の「技を覚えると・・・」から引っ張った話題はピラカンサとは無関係でありまして、言いたい事は他にあるのです。

いや、昨日のエントリーで「就職が決まった」と、普通に読めば喜ばしい事を飛ばしちまったんですけれども、コレは少し誇大広告でありますし、自分的にも「ナンでこう成っちまったかなぁ~?」と言う影の部分が隠れているのであります。

ナンと申しましょうか・・・トンでも無く過酷な労働条件な訳なんですが、しかし、親方が持っている顧客は超一級どころばかりでして、技を磨くには最善な訳であります。
そこん所で悩んじまう訳であります。
一方には、金なんかそんなに稼がなくても良いんでシルバー人材センターでお茶を濁す程度で良いんだがなぁ~・・・と言う気持ちがありつつも、折角身に付けた技をもっともっと磨き混んで本物にしたい、と言う向上心も無きにしも非ず、な訳であります。

ナンなんでしょうねぇ・・・自分の明日に迷う事などついぞ無かった自分なんですけれども。
コレが年齢なんですかねぇ? 
日当が安い割には拘束時間が長くキツい毎日、と分かっているんで心からは燃え上がらないと言うアレと、技を磨きたい気持ちの鬩ぎ合いにはっきりした踏ん切りをつけられない・・・明日が見えない感じであります。

と、ここで思っちまうんですが・・・下手に学校なんぞ言っちまったのが運の尽き、か、と。
ナンとなれば、今年の春までは「働いたら負け」と宣いつつ、徒然草か方丈記かと豪語していた自分でありますから、ここに来て就職で悩むなんてのは愚の骨頂・・・人生って、一寸先は闇ですね。
ああ、生きるって難しい・・・ナンチャって。

積ん読の本が無くなったので近くの古本屋に行ってみようと思います・・・んじゃ、また後で。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

連休初日 外は雨

2016-10-08 11:04:28 | 日記的雑談
私は只今 一人静かに お香など焚き コーヒーを頂いております。

とても穏やかな気持ちでありますが、一方で身体は疲労困憊であります。

アレです・・・お香って良いモノですね。
七面倒くさい作法やらのアレはナニしましても、純粋に香を楽しむ行為は一種の快感であります。

私は涼しい香が好きでありまして、甘いモノとかはあんまし好まないのであります。
で、ただ今は・・・と、言うよりもズーッとミントの香だけに絞っておりまして、だから今もそれであります。

香の入り口はアロマオイルでありまして、その時にはカモミールとかラベンダーと言う人並みな香も試しては見ましたが、私の琴線にはミントしか響かない訳でありまして、なのでズーッとコレであります。

香と言いましても私のは線香でありまして、それを立てているモノも自分の趣味に合わせ、まったく用途違いのナニであります。


ミニチュア南部鉄瓶にお線香

このお線香、高くも無いんですが安くも無いモノでして、定かではありませんが、一本が100円くらいに成ったと記憶しております・・・まっ、缶コーヒー一本よりは安いもんですけれどもね。

さて、身体的には疲労困憊と書きました訳は・・・柿の木に登って実を採りまして、序でに枝落しの剪定をした訳であります。

柿の実を採ってまして感じたんですけれども、生きとし生けるものの最終目的は子孫を残す事、になるのであるなとしみじみ思った次第であります。

ナンと申しましょうか、今年の柿の実は隔年豊作の理からか、実の成りがとても少ない訳であります。
しかし、その分だけ一粒の実は大きく、そして早熟でありました。
で、造園科の学生として多少は樹木の事を齧っている目で見ますと、今年の葉っぱは昨年より大きく、そして、徒長枝が多い事に気が付く訳であります。
葉っぱが大きく徒長枝が多いと言う事は、木が存続に対して危機感を抱いている証だと習った訳でして・・・成る程なぁ、実の早熟とも一致するな、ナンて事で、生きとし生けるものは子孫繁栄の為にナニなのだな、と、思った次第であります。
で、そこには10日程前まで葡萄棚で熾烈な戦いを繰り広げていた大スズメバチが今度は熟れ過ぎて柔らかくなった柿の実を齧りに来ている訳でして、またもや私の噴射するキンチョールとの激戦が繰り広げられたのであります。
いや、あの時の大スズメバチと同じ奴だと思いませんが岩手山には初雪が降ったとの頼りも聞く今日この頃、スズメバチは越冬の為の食料集めに必死な訳でして・・・ここにも生物の営みとはナンゾやと言う所を感じた訳であります。

ああ 秋って 寂しい季節でありますね。
何故に秋が寂しいか? それは 夏の後だからでありましょう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする