南の島の話 雑談
日本人増えたなあ・・・!
ドゥマゲッティーは日本人が増えています。
短期の旅行者はセブやボホールに比べてとても少ないのですが長期滞在や永住者は確実に増えていす。
私のような行ったり来たリの居るんだかいないんだかと言う半端な存在も増えていて、特に夜の海岸通では良く日本人に会うようになりました。
理由は沢山有ると思いますがダイビングの仕事で来ている若い人以外はほとんどがリタイアした人たちのようです。
マニラやセブに比べて治安の良いドゥマゲッティーが脚光を浴びない訳が無かったのですが、その事を語る人も少なく知られていなかったのだと思います。
一部のダイバーの間でだけ知られていたドゥマゲッティーもインターネットの発達と普及で広く知られるようになったのでありましょう。
一部のダイバーの間でだけ知られていたドゥマゲッティーもインターネットの発達と普及で広く知られるようになったのでありましょう。
バーコンのちょっと先にこの界隈で噂の豪邸を日本人が建てています。
豪邸と言っても日本でなら建て売りの一件も買えない金額なのですが、この地では正真正銘の豪邸です。
噂ではフィリピン人の奥さんをもらった日本人の家と言う事になっています。
いや、風の噂では、幻の日本人の人相、風体、職業、氏名、年令、と全部語られているのは内緒です。
この家の他にも似たような立派な家は数軒あるのですが時が経つとそこに住んでいた日本人はやがて居なくなります。全部とは言いませんがそんな例が多いようですが、理由は内緒です。
つまらない話しを、失礼しました。
ある娘の話
弁当の材料を買いに行く市場の惣菜屋で会う娘がいる。
買い物がてらの立ち話のとき、最近体調が悪くてすぐ疲れるのだなんてことを語った。
同僚の娘の話で彼女は妊娠しているらしかった。
貧乏な家の娘なので少し体調が悪いくらいで病院に行く事は無く、妊娠くらいで仕事を休む事も無い。
そもそも妊娠は病気では無く、お産は病院でする人も増えてはいるが、この辺りでは未だに産婆が活躍する事が多いのだ。
妊婦はそこいら中にいるので周りもほとんど気にもしない。
ある時市場の娘の友人から携帯にメールが有った。
惣菜屋の娘を病院に連れて行きたいので500ペソ貸して欲しいと言うものだった。
市場の娘は買い物のときに顔をあわせるだけの縁もゆかりも無い人である。
そんな娘が病院に行く金を何故私に無心するのかと言えば、他に500ペソを用立てられそうな人が思い浮かばないからだろうと思う。
私は仕事が片付いた夕方彼女の家に行った。
2階の屋根裏部屋に彼女は寝ていた。
そこは古いけれど綺麗に掃除が行き届き想像していたものとは違った。
部屋の階段が急で妊婦がこれを上り下りするのかと驚いた。
本当に何も無い部屋には寝床用のゴザが一枚とダンボール箱が一つで灯りもつかない部屋だった。
壁に下がったクリスマスのイルミネーションが明滅してそれが唯一の明かりだった。
この家には学生が2人と家主らしい年令が不詳で少し知恵の遅れた男と賄いの女性が住んでいた。
全員余分な金は無いようで彼女を病院に連れて行ける人はいない様子だった。
私はバイクだったので病院に運ぶ事は出来なかったので金だけ置いてすぐに立ち去ることにした。
私はバイクだったので病院に運ぶ事は出来なかったので金だけ置いてすぐに立ち去ることにした。
そもそも私に用事は無く、必要なのは金だけなのだし。
居れば話が膨らむのでたぶん返して貰えない金を置いてすぐに立ち去るのが懸命だった。
数日して彼女の友人からまたメールが来た。
彼女が流産し容態が悪いのでまた金を貸して欲しいと言うメールだった。
私はそれには返事を返さなかった。
深入りすれば厄介なことになるし私に答える義理は無かった。
彼女が亡くなるような事になれば嫌な記憶がまた一つ増えるとは思ったが思い留まった。
また借金が・・・
ある日、親しくしている人の奥さんが重い病気になり入院した。
集中治療室にかつぎこまれたが治療の甲斐があって快方に向かった。
この時の緊急資金5000ぺソは私が用立てた。
彼女の旦那のリッキーとは時折酒を飲む間柄でこの金は仕方が無いと覚悟した。
ところがほっとしたのは束の間で、容態はまた悪化した。
毎日の薬代だけで1000ぺソが消える治療が必要になった。
薬を切らした時の彼女の苦しむ姿は見ている側も辛いものだった。
私は病院で彼女の姿を見た事を後悔し、彼女の手を握って涙を流すリッキーの顔も忘れられなくなった。
やはり借金の申し込みが来た。
日本円にして20万円の借金を申し込まれた。
担保は彼の家と土地で、返済の方法も考えていあった。
返済案は今住んでいる家を貸してその金で返すと言うものだった。
借家からの収入の見込みは月に3000ぺソ、6000円である。
確実に3000ぺソが入れば3年ちょっとで返済される事になるが、今いる家を出て借家に移ればそこの家賃が掛かるので計算には無理が有った。
私はそのことを指摘して申し入れを断った。
多分鬼のような形相をしていたと自分では思う。
他に借金が出来ずに彼女が亡くなる事が有れば、また、だ。
私はこの界隈の土地の数カ所を担保に持っている。
書類には弁護士のサインが入ったものも有るが、日本人の私にはただの紙屑でしかない。
だから高い金を払って弁護士に借用証を書いてもらう必要は無いと言って、便せんに署名してもらっている。
それらの金の返済は今のところ1ペソも無い。
私は今回は本当に悩んだ。
捨てる事になる20万円で精神的な苦痛から逃れようとも思ったが止める事にした。
借金の集中砲火から逃れる為には何時かけじめを着ける必要があった。
断りの話を始めた瞬間にリッキーは私の話を遮ったが、それは怒りや不満からでは無く、無理な話をして悪かったと言うものだった。
翌朝早くリッキーが家に尋ねて来た。
私は悪い予感がしたが朝食のテーブルに彼を誘って話を聞いた。
やはり借金だったがそれは昨夜の蒸し返しでは無く新たな話だった。
先月買った大型の冷蔵庫の支払が滞りすぐに支払いをしないと冷蔵庫を引き上げられるとのことだった。
月々の支払い1350ぺソは日本円で2700円の話で総額でも30000円だった。
彼が恐れているのは冷蔵庫の支払が滞る事によって新たな借金ができなくなる事だった。
私は冷蔵庫に不自由してい無かったが金額の低さに負けて妥協した。
午後にリッキーの家から新しい冷蔵庫が運び込まれた。
私は今まで使っていた冷蔵庫をリッキーにあげた。
ではまた。