本日のバイトは午後2時半から8時半まででありまして、時給は824円なので日当は4532円であります。
いや、計算は合ってまして、30分の休憩時間があるので賃金計算は5.5なのであります。
4532円欲しさに人様が楽しむお手伝いをしている自分って・・・かつての私には想像できない話なんですが、貧乏も底を極めると簡単に宗旨替えして受け入れちまうから人間てのは生きられるんですね。
まっ、私の暮らし向きに興味がある人はいないと思うので話題を変えましょう。
今朝のNHKラジオでズーニーブーの白いサンゴ礁って曲を流し歌の流行った当時の時代背景などを語っていたんですが・・・サエキけんぞうの素晴らしき20世紀ポップって番組でありました。
で、私ゃこの歌の歌詞は覚えているんでナニなんですが、ずーっと大人になって南の島のサンゴ礁に潜るようになってからは「適当な歌詞だな」と小馬鹿にしていたんであります。
青い海原 群れとぶかもめ 心ひかれた 白い 珊瑚礁
いつか愛する ひとができたら きっとふたりで 訪れるだろう
南の果ての 海の彼方に ひそかに眠る 白い珊瑚礁
と言う歌詞なんですが・・・南の果ては南極なのでサンゴ礁は無いな、とか、白いサンゴはサンゴ虫が抜けた死んだサンゴで悲惨なんだな、なんて事を思っていたわけであります。
しかし、素晴らしき20世紀ポップを担当しているサエキけんぞうの解説によれば、この歌が出た当時の円ドル相場は360円の固定でして南の島に気軽にいける日本人なんてのは殆どいなかったんであります。
なのでサンゴ礁があるのは南の果てなんでありまして、正に想像の世界という事でありました。
いや、解説を聞いて納得であります。
あれは自分が中学三年の時でありました。
父ちゃんが新聞の広告を見て「おい倅、グアムまで10万円だとよ、一丁行ってみっか」と素っ頓狂な声を発したのを鮮明に覚えているわけです。
で、これって恐らく航空券代だけの話でして、宿代やら飯代を入れたらとても現実的では無かったと思うんですが、それでも10万円なら手が届きそうな希望を与えたのでありましょう。
と、言う事で、だからナンなんだと問われましても続ける言葉も無い話なんですが、昭和のあの頃って今よりずーっと貧乏だったのに前を見る夢を持っていた良い時代であったな、と・・・まっ、コジツケですけどね。
グアム、か・・・最後に行ったのは最早20年近く昔ですかね?
たしかポナペに行くのに乗り継ぎで一晩だけ泊まったのが最後だったと思います。
あれです・・・ずーっとフィリピンでダイビングの仕事をしていたので相当な種類の魚を見ていまして、グアムなんてのはダイビングスポットとしては格下だと思っているんですが、フィリピンにいない魚が一つだけ見られるんであります。
それは「ナンヨウハギ」でして、これはフィリピンの自分のフィールドにはいないのであります。
まっ、これもドーでも良い話ですけどね。
いや、午前中は畑仕事をしていたわけであります。
まっ、草取りが主たる業務だったんですが、残っていたネギの畝を一つ植え替えなどして相当汗をかいた次第であります。
で、序でに九月になったら種を蒔く大根用の畝を立てて準備などしたわけであります。
これから畑は夏野菜の片付けと秋冬野菜の種蒔きや植え付けが度度どっとやって来て忙しいのでありますが、バイトと植木屋の仕事もありますし、バイクのツーリングや温泉の旅や釣りもしなくちゃならず、体が一つでは足りない感じであります。
まっ、動けるうちが花・・・自然と止る日が来るものと思いますのでそれまでは手当たり次第にやっつける所存であります。
が、年々衰える体力・・・そして資金力も。
ああ、長生きなんてのは罰ケームだろうと思う今日この頃・・・でも、まだ死にたくは無いし。
しょうが無ぇなぁ・・・バイトに行く時刻であります、が、なんだか眠いであります。