昨日午後4時から始まったフジテレビの記者会見の10時間を超える中継を見ていて、いつもは、午後9時過ぎまでに眠ることにしている私にとっては、眠くて仕方がない。
見ていての印象としては、まず、途中でAC広告がやたらと入るのが気になった。どうせAC広告であるならカットして、例えばマクドの広告の分のみを流せば良いのにと思った。次に、何故、被害に遭ったと訴えた女性について、それほど精神的に大きなダメージがあると見受けられた時点で、女性から相談を受けた幹部社員は、何らかの被害(刑事事件となる被害かもわからない)を受けたと察することが、どうして出来なかったのだろうかということであり、そのように察すれば、その時点で中居氏に対して何が起こったのかを問いただすべきであったという所で、フジテレビ幹部による、女性のケアとプライバシーの保護を優先しているという言い訳には大きな矛盾を感じた。
そもそも、中居氏や編集局幹部のAに聞いても、自らに有利な事を述べても意図的に中居氏の為に女性アナウンサーを交際させようとしたということは白状しないだろう。仮に、彼らが、独身者同士をくっつけようとした行為の何が悪いと弁解しても、中居氏と女性との間には30歳近くも年齢差があり、女性の意識の中には、自らの仕事に有利になるかもしれないという理由以外に、過去に女子アナウンサー好きとして知られ、何度も別の女性との交際と破綻を繰り替えしていることで知られている、中高年タレントの中居氏について、決して好意の感情で見ていなかったのが本当のことだろう。
フジテレビの二回にわたる記者会見の内容には、一部の役員の交代はともかく、今後の同様事案の防止に対する具体的な取り組みとか、同局が女性アナウンサーを、キャスター候補としてではなく、「〇〇パン」と称して、まるでタレントのように扱ってきたという風潮をどう改善して、女性の地位向上を目指すとかの姿勢が感じられなかった。また、有力タレントとか芸能事務所への過剰な忖度の改善という姿勢も見えなかったのは残念であった。
フジテレビについては、同局制作のドラマなどには優れたものもあったと思えるし、今回の騒動が大事になった後での同局報道部の真摯な取り組み姿勢にも好感するものがある。しかし、高齢の役員が記者会見の壇上に並んで、昭和の雰囲気の漂うやり取りを見せている現状では、視聴者からの信頼回復のためには大きな溝があるように思える。
バブルの頃は、一般に給料も毎年大きく上がっていて、人々が享楽的な生活感の中にいて、全般に緩く、セクハラ・パワハラも普通に行われていた時代であった。ところが、令和の今の時代は、人口減少もあり、一人ひとりの国民が、限られた資源と経済状況の中で自分の人生をいかに豊かに過ごすかということが重視される時代に変化している。女性の地位の向上や弱者の保護ということも、単なる理念だけでは無く、政府や企業が如何に取り組んでいるかが厳しく問われる時代となっている。今回のフジテレビの騒動は、フジテレビの、有力タレントに忖度して自社の女性社員を守ろうとしないという前時代的な体質を、スポンサー企業も見抜いているからこそ、これほど多数の広告停止という行動に出ているのではなかろうか。
第三者委員会がどのような報告を出すかはわからないが、それよりも、フジテレビ自身が自浄能力をどのように発揮するかにフジテレビの将来がかかっていると言っても過言では無かろう。