4/22(木)BLOGのアップを一週間休んだことになるか・・・。先週の土曜日にUSUI老を高知空港に迎えて、昨日の午後に老を迎えた時と同様に送った。
老の滞在中、従妹たちは一度も我が家に上がってこなかったのはコロナ神を恐れてのことであろう!。笑うしかないが・・・。その分、静かであったが。
暖かな初夏の今日はの、庭先に出てのんびりと草花を愛でてひと時を過ごした。これも一人なればこそである。そして、代引きで買ったリメイク版CD(これは失敗、よくなかった)を聴きながらのBLOGである。
庭の草花は撫子にパンジー、芍薬が咲き姫リンゴの花が可憐である。アヤメを二輪を切って仏壇に供えた。 里山の穏やかな午後である。
老を迎えてからの日々を振り返れば、迎えた土曜日の夜は奈半利町のスナックまで出撃。老の唄を聞いて歓迎?の印とした。店は三密にカラオケと盛況ぶり、コロナ騒動なんぞはどこ吹く風である。それでも行き交う人はマスクだけはしているが・・・。
翌日は天気が悪くてボートレースで遊び、豆電球でコーヒー。
その後の日々は筍掘りや名残のタラの芽を採って食卓に並べた。老人は筍に目がなくて幾らでも食し、タラの芽の天婦羅に舌鼓を打つのであった。
高知に来て「カツオの叩き」を喰って行かなきゃ話にならぬであろうと叩きを作る。滞在中はベランダでビールを飲む習慣があったので、それも実行した。
極めつけは「高知では土佐赤牛だろう!」とのたまうので、往復100KMの道程を土佐山田町の肉屋まで買いに行ったのは帰る前日だった。310gのステーキを食して満足していたが、私にはさほどの味とは思えなかったが。
残念ながら写真を撮らなかったが、厚みがない分幅広で、この肉を焼くために大きなフライパンを探し回った。皿も天婦羅を載せている皿を使った次第。
そんな日々もあっという間に過ぎて、今日はノンビリと過ごすことにした。
それにしても都会でのコロナ騒動は異常というしかないね。ちょろちょろと爺いのションベンのようにつづくのは隠れ保菌者が多いと云うことであろうから、医療体制をしっかり構築して日常に戻るがベストと思うのだが如何であろうか?。高齢者や持病持ちで心配な方は静かに暮らせばいいのから・・・。今の状態なら、この状況を2~3年も続けるしかない。
この一年、友人やお世話になった方の訃報があり、一つ違いの従妹の旦那も過日亡くなり、今日は相棒が手術するのだが、何処にも見舞いも激励にも行けないとは・・・。イギリスの王室さえも自重しているとなれば致し方ないか?。
されど、後三週間で里山暮らしに一区切り付けます。では、TOKYOで会いましょう。