ひまわりさんより(8月23日)
21日に紹介した、イチジクは、実は家の前をいつも散歩しているおじいさんに1個差し上げました。
すると、今日その人が、お礼の手紙を届けてくださいました。
この方は実は絵手紙を教えておられるそうで、すてきな絵手紙を書いてくださいました。
手紙をご紹介させていただきます。
「鉢植えのイチジクなんてとてもめずらしい・・・と申したところ、『大きくておいしい実がたくさん生る』と言って、
過日(8月22日)のウオーキングの折に完熟したイチジクを1個いただきました。
妻と二人で、その日の朝食後にいただきましたところ、ややモチモチ感のあるとても美味であったことにおどろきました。
『早起きは三文の得』と言われる所以を改めて納得いたしました。
ただ、朝のウオーキングではじめてお会いした方から、早くもおいしい果実をいただくとは、なんと幸せなことでしょう。
ごちそうさまで、ありがとうございました。(写真はその方の絵手紙です)
デビット・カン先生の証
神の恵みによって今がある(1)
私は世界のあちらこちら旅行します。
神様の恵みによって、これまでに、30から35カ国を回りました。
どの国に行っても神様の「現代の真理」を信じる忠実な民に出会います。もちろんその人たちはSDAです。
また、他教派の人の中でも信仰深い人に出会います。今日は、その神の民の出会いから証をしたいと思います。
どういうわけか、神の民は同じような笑顔をしておられます。
神の栄光、神のご品性は同じです。
空港で迎えに来られた先生に会いましたが、彼を見た瞬間、この人は私の兄弟だとすぐにわかりました。
同じように真理を理解している方だと思いました。
今まで会ったこともない人に、このような感じを持つことができるのです。
皆さんが回心した時に皆さんの見かけが変わるのです。考え方も変わります。
皆さんの表情、雰囲気も変わります。
皆、それぞれ見かけは違うにもかかわらず、そして、育ってきた環境、文化、さまざまな背景も違うのに、
神の民は一つになることができます。そして、皆似ています。同じ品性を反映しているからです。
それが、イエス・キリストの品性なのですね。
今晩のお話は、私の個人的な証です。私自身のことを話すとき、私がどんな人間か、知っていただけると思います。
私がどこから来た人間か、神様の恵みによってどのように変えられたか、知っていただけると思います。
始めに、1コリント15章10節を開いてください。
世界中のクリスチャンに、よく知られている有名な聖句です。とても単純な聖句です。
それでも心に深く食い込んでくる御言葉なのです。これは、使徒パウロの証です。
そして、これは、多くのクリスチャンにとって証となっています。私にとってもそうです。
「しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである」
神の恵みであると書いてありますね。この聖句を読むたびに、私は、この聖句と同様の思いにかられます。
私ではなくて、「イエス・キリスト」の恵みによるのですね。
その恵みによって、私はここに立って、皆さんにお話をしているのです。