感性を磨くことはできないのか?
1. ノエル キャロル『批評について 芸術批評の哲学』
「批評とは、理由にもとづいた価値づけ(resoned evaluation)である!
恣意的な深読みはなぜ悪いのか。
作者の意図はどう関わるのか。
客観的な批評を行〔な〕うにはどのような作業が必要なのか。
〔略〕
最先端の批評の哲学。」
(ノエル キャロル『批評について 芸術批評の哲学』の腰巻きまたは帯より)。
・分析美学
2. 椹木 野衣『感性は感動しない 美術の見方、批評の仕方』
「岡本太郎は感性について次のように言っている。
感性をみがくという言葉はおかしいと思うんだ。
感性というのは、誰にでも、瞬間にわき起こるものだ。
自分自身のいろいろな条件にぶっつけることによって、
はじめて自分全体の中に燃えあがり、
広がるものが感性だよ。 (『強く生きる言葉』イーストプレス、二四頁)」
(椹木野衣『感性は感動しない』、2頁)。
椹木野衣(20180731、2頁)では、「燃えあがり、」と「広がるものが」の間で改行されているが、『強く生きる言葉』の原文では、改行されていない。
『強く生きる言葉』は、数冊の岡本太郎の著作から抜粋され、岡本敏子さんによって編纂されたものらしい。
引用されている文の文脈や背景を知ろうと思って検索した。岡本太郎のツイッターサイトがあって、『強く生きる言葉』からの文が掲載されている。多くの場合は、初出の本の題名が記されている。
しかし、「感性をみがくという言葉はおかしいと思うんだ。」で始まる文には、初出本題名が記されていない。
岡本太郎『強く生きる言葉』の177頁に、
「本書は以下の文献より、抜粋、再編集しました。」
と書いてあり、9冊の本が列挙されている。
間網 the Internet を検索したが、どの本の何頁からの抜粋なのかが、わからなかった。 https://bontoku.com/meigen-okamototarou
でも、「感性をみがくという言葉はおかしいと思うんだ」は、『強く生きる言葉』が出所になっている。
岡本太郎が呟いたのを、岡本敏子さんが書き留めたものなのだろうか。巻末の「太郎のつぶやき」(???頁)には、
「岡本太郎が普段の生活の中で、動きまわりながら、ふっと洩らす言葉。
何気なく聞き逃してしまえばそのまま消え失せて、二度と戻ってこない。〔略〕
私はくっついて歩いて、一言も聞き漏らすまいと、しょっちゅうメモをとっていた。」
とある。
椹木野衣『感性は感動しない』は、『強く生きる言葉』を引用元としている。
3. 岡本 太郎『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』
一方、
「今日の芸術は、
うまくあってはいけない。
きれいであってはいけない。
ここちよくあってはいけない。」
は、岡本太郎『今日の芸術 時代を想像するものは誰か』の復刻文庫版では、98頁にある。
□ 文献 □
岡本 太郎.20030401?.強く生きる言葉.イーストプレス.
岡本 太郎.19990320.今日の芸術―時代を創造するものは誰か.光文社[知恵の森文庫].
椹木 野衣.20180731.感性は感動しない 美術の見方、批評の仕方.
#岡本太郎、#椹木野衣、
#今日の芸術はうまくあってはいけないきれいであってはいけないここちよくあってはいけない、
#感性をみがくという言葉はおかしい、#感性はすべての人に瞬間にわき起こる