生命哲学/生物哲学/生活哲学ブログ

《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

蟻さんは寒空の直下で石になおもへばりついていた

2013年01月06日 09時30分53秒 | 生態学
2013年1月6日-1
あの蟻さんは寒空の直下で石になおもへばりついていた


 2013年1月6日、9時20分[45秒]、大阪、晴れ。
 

 気温は、2013年1月6日9時46分、摂氏2.4度くらい(測定誤差は、器械と読取り者ともに不明)。摂氏10度くらいの室内から持って行ったので、まだ下がるかもしれない。


 それに、見る角度で読取り値も異なって来る。左図または上図では、摂氏2.4度くらい。右図または下図では、摂氏2.0度くらい。
 垂直によろしく読み取るのが正しいとされている。ただし、温度平衡に達していない時に高めに見積もり、垂直でない角度で低めに読み取れば、結果として正しい方向に推定したことになる。ただし、二重錯誤の相殺であるから、そうであるかどうかの確認または二重錯誤であろうと思いつくないしは推定することが困難となるし、手順としては二回の錯誤である。

 下記を参照されたい。
 2013年1月1日の(野外)庭観察
http://pub.ne.jp/1trinity7/?entry_id=4697411





木の葉っぱは、木の葉蝶に意匠を盗まれたのか

2011年07月19日 20時46分44秒 | 生態学
2010年7月19日-1
木の葉っぱは、木の葉蝶に意匠を盗まれたのか



 ↑:コノハチョウの表翅


 ↑:コノハチョウの裏翅。下方の楕円形の穴のように見えるところは、鱗粉が無く、透明物体になっている。どのようにして、中央縦に、翅脈を横切って、木の葉の中央脈のようなものができたのか(発生メカニズムは?)。



環境主義、深い生態思想 ディープ・エコロジー、生態系保全

2011年05月01日 21時23分03秒 | 生態学
2011年5月1日-2
環境主義、深い生態思想 ディープ・エコロジー、生態系保全


 Mario Bunge氏は、環境保護運動については、どういう見解なのであろうか?

  「環境主義 environmentalismは、間違って「エコロジスム ecologism〔生態主義〕」とも呼ばれるが、もちろん、環境を保護することを求める運動である。それは、原則として、健全な理論的および経験的な生態学にもとづく。残念ながら、生態学は、環境主義のための科学的基礎を提供するほど十分には進んでいない。その結果、この運動は、様々な分派へと分かれている。種を保護する仲間は(そのうちの一つが考案したのは『マダラフクロウを救え』である)、単一の絶滅危惧種を保護することを求めるが、通常かわいらしい哺乳動物〔獣〕か綺麗な鳥である。単一種を愛顧することは、一つの不均衡を正すかもしれないが、それは数個の新しい不均衡を引き起こすことによってであるかもしれないことを、彼らは理解しない。一つの種に焦点を合わせることは、全体の網組織〔ネットワーク〕 networkが依存している、要石種[かなめいししゅ] keystone species(たとえばウニ〔雲丹〕)の場合にのみ、実用的である。
 急進的または『深い生態思想〔ディープ・エコロジー〕 deep ecology』についてであるが、それは、すべての種に等しい価値がある(だれにとって?)とみなし、人類が絶滅してでも、生態圏 ecosphereを救おうと望む。この急進的な運動について言えるせめてものこととは、それが不人気だということである。生態系保全という諸方策だけが、理にかなっていると思われる。それはしかし、人々に席を設けるならばである。ただし、人々への席は多すぎずに。というのは、われわれ人間は、最悪の捕食者であり、生態破壊者 ecocide だからである。」(Bunge, 2008: 165。試訳20110501)。


[B]
Bunge, M. 2008. Political Philosophy: Fact, Fiction, and Vision. x+439pp. Transaction Publishers.


国鱒の(認識的)復活/絶滅確認の困難

2010年12月21日 11時28分52秒 | 生態学
2010年12月21日-1
国鱒の(認識的)復活/絶滅確認の困難

 昨日いただいた、京都大学総合博物館「展示ミニガイド」の15頁に、中坊徹次「絶滅種クニマス九個体の標本」という記事があった。
 先日のテレビで放送されたが、さかなくんが取り寄せた山梨県の西湖からの魚のうちのいくつかに、中坊徹次氏によってクニマスとして確認された。これまでは、「世界中で秋田県田沢湖にしかいなかった」(15頁)ことになっていたのである。
 クニマスは、ベニザケの陸封型であるヒメマスの亜種だと考えられていたが、中坊氏は文献調査から「クニマスは湖の深い所で生息し、水深40-50mで産卵」(15頁)するのに対して、「他のサケ・マス類は散乱のために川を遡上、あるいは湖岸で産卵をする」というように、「全く異なった生態をして」いるので、独立種だと言う。

 ともあれ、絶滅種(または絶滅亜種)ではないことになったようである。生息場所habitatの分類カテゴリーがわかると、稀だったものがどんどん発見されるようになるということがある。たとえば、チョウが産卵する草の種類がわかると、産卵後の時期にその種の草を探せば、高い頻度で卵を見つけられる。生息密度はともかくとして、その道の事にとっては、稀なものではなくなる。てなわけで、絶滅種とされていても、或る種speciesに属する生物体が(生きて)存在していないということを言うことは、(同定が正しいとして)生物体を一個体でも発見すればそのまま生息(存在)していることを根拠立てできるのに対して、どういうわけか(どういうわけだろう?)、難しい。

生物多様性と現代社会/里山という視点

2010年10月20日 15時46分37秒 | 生態学
2010年10月20日-4
生物多様性と現代社会/里山という視点

 著者自身の現地調査や自然保護運動体験をふまえた、盛りだくさんにもかかわらず、問題の要点をおさえた書。

 生物多様性とは、生物種数の多さだけを言うのではなく、(生物学的概念としては)「長い歴史のなかで変化しながら、互いにつながりをもって生きているさまざまな生物と、それらを支える環境からなる全体」を示すという。さらに拡げた概念としては、「人も含めたさまざまな生き物のつながりとそれらを支える環境からなる全体」を示すだろう、とある。生物〔体〕間の「つながり」が、生物多様性を説明する鍵語だと言う。

 第2章の最初は、里山。そういえば、最も早くに里山に注目した人たちの成果である、田端英雄(編著)『里山の自然』は、Amazon.co.jpで見ると、「中古品4点¥ 1,562より」となっていた。第2版は(いつ)出るのだろうか? その後の総括は書かれるのだろうか?

 
[K]
小島望.2010.9.〈図説〉生物多様性と現代社会:「生命の環」30の物語.
244pp.農山漁村文化協会.[ISBN:9784540092992] [1,900円+] [R20101018-k]

[T]
田端英雄(編著).1997.5.里山の自然.199pp.保育社.

ニッチ概念を原義から考える2

2010年09月22日 14時22分13秒 | 生態学
2010年9月22日-1
ニッチ概念を原義から考える2

  「「ニッチ」の原義は「壁がん〔壁龕〕」であったが、直ぐそれから転じて一般に「凹所」、「安置場所」、「場所」、「適所」、「地位」、「位置」の意味になり、日常語でもそれらの意味で昔からよく使われてきた……(例えばOED, 1989)。」(太田 1994: 38)。

 a. 壁龕、凹所、安置場所、適所
と、
 b. 地位、位置
との間には、大きな違いがあるように思う。
  aでは、或る物体を受け入れるもの、
であるのに対して、
  bでは、或る物体を取り囲む、あるいはその物体と関係するもののなかでのなにか、を指すように思われる。

 つまり、aでは、或る凹所と或る物体との関係を(さしあたっては)考えている。bでは、他の物体が存在する空間のなかでの(空間的)位置であり、さらには(意味が類推的に拡張されて)他の物体との(空間的だけでなく、あるいは、空間的ではない)諸関係のなかでの位置である。ここで、物体を生きている物体(生物体)と解釈すれば、生活する(様々な種に属する)生物体たちとの諸関係ということになる。
 ついでに言えば、要素として、生物体ではなく、諸関係を(数学的集合の要素として)採用すれば(言わば逆発想)、川那部浩哉氏に言う、共同体〔群集〕とは『関係の総体』である、になるだろう。

平衡共同体下でのニッチ

2010年09月10日 23時22分01秒 | 生態学
2010年9月10日-3
平衡共同体下でのニッチ

 1. 基本的出発点

  a. 平衡共同体においては、同一のニッチを占める二種は無い。

 問題点
  1. ニッチを解釈して、具体的な指示物と観測概念に変換すること。
  2. 生活するのは種ではなく、生物体である。
   種の生活とは、或る種に属する生物体の生活を観測して、それらに共通して観測される生活様式を抽出したもの。
   「二種」を、「二種に属する生物体」に変換すること。
  3. 平衡共同体をどう定義し、具体的にどう判断するのか。
   ここにも程度の問題がある。平衡とは何かの性質についての、時間的変化についての形容または述語である。
   →自然の均衡 the balance of natureという概念は、たとえば個体数動態の論争においては(当然ながら(しかし論理必然的ではなく))動的な捉え方になったために、表立っては廃れたように思うが(違うかもしれない)、(自然界の)異常気象という現象について、システムのメカニズム的に本質的なことは、均衡や平衡の問題である。→正または負のフィードバックが生じるメカニズム。


 2. 予測する事項

  1. 生物地理学的問題(おそらく生態学的問題でもあり、進化学的問題でもあるが、さしあたって)

 (地球上の[とりあえず諸惑星のなかでも、この地球に限定する])或る(抽象的な意味ではなく、地理的な=具体的な)場所に、(或る種タクソンに属する)(或る時点で(通常観測時点で)生きている)或る生物体が、いるかどうか。

  個体数動態(と個体群動態)
  the ecology of a population
   「或る個体群」という言い方をした場合、なんらかの収集体collection(⊂構築体)ないしはまとまり an organized entity(一つ以上の結合的性質によって編制された存在者)として捉えている。
  たとえば、或る自治体の境界内の人口を母集団として、それを推定する場合。それはしかし人為的に設定した地理的範囲として定まっている(むろん、どちらの自治体に所属するかで係争中のものとかある。飛び地は、ただ空間的に連続していないだけてある。その場合は、上空で接続していると考えればよい。)

 →個体群は、まとまりのある存在者かどうかの議論。時間スケールで見ると、結局、或る種に属する生物体としてしか、空間的には無い。或る個体群の空間的広がりを定めることはできない。実際の調査では、或る空間を定めて(標本抽出 sampling)或るタクソンに属する生物体のたとえば数(つまり個体数)や重量を測定している。ほとんどの場合、まとまりとしての母集団は明記されていない。それでも、仕事は進むのである。


ニッチ概念を原義から考える/場所placeと凹所niche

2010年09月08日 22時53分44秒 | 生態学
2010年9月8日-5
ニッチ概念を原義から考える/場所placeと凹所niche

 生態的地位とも訳されるニッチ (ecological) nicheは、もとの日常語としては、壁の凹みであって、そこに像や花瓶といった物を置くための場所を指している(太田 1994: 37)。これは辞書を引けばわかるし、生態学の教科書を見ても語源的な説明があればそうなっているだろう。

  「「ニッチ」の原義は「壁がん〔壁龕〕」であったが、直ぐそれから転じて一般に「凹所」、「安置場所」、「場所」、「適所」、「地位」、「位置」の意味になり、日常語でもそれらの意味で昔からよく使われてきた……(例えばOED, 1989)。」(太田 1994: 38)。


 現在では、凹みに関わるなんらかの(様々な)意味または性質を抽出あるいは借用して、生態学的な概念としているのである。元の物体をモデルとして使用し、他の対象に適用するということは、元の物体のなんらかの作用や性質について、他の対象において同型的に推論すると役立つかもしれないという期待がある。では実際に役立っているのか? また、どのように役立っているのか? たとえば、生物共同体をシステムとして捉えた場合に、その種構成とか、さらに詳しく種-個体数構成を予測できるのか?、である。

 
 
 壁の凹みという空所は、壁を窪ませて、そこに何かを置くという機能を実現可能とさせるような形態を提供している。実在するのは、そのような形態の壁という構築物である。壁は触れることができる。空所の空気は見えないが存在するが、固体を置けば、それが存在するように空気はそこから排除される。空気を空所からから排除するのに必要な人の力は(実際に置いたりする多くの人にとって)たいしたものではないので、いつでも自由に物を設置できる。


□ 競争排除則またはGrinnellの原理、とニッチ


[H]
Hurlbert, S.H. 1978. Evolutionayr Theory 177-184.

 
[O]
太田邦昌.1994.'Place'から'Niche'へ:ダーウィンと彼によって示唆を受けた7人の研究者達、1839-1916.生物学史研究 (58): 37-54.


Rohde, K. (2005)『非平衡生態学』の目次

2010年06月20日 23時52分52秒 | 生態学
2010年6月20日-1
Rohde, K. (2005)『非平衡生態学』の目次

Rohde, K. 2005. Nonequilibrium Ecology. ix+223pp. Cambridge University Press. [B20100620, y7018]

の目次を訳すと次の通り。

Rohde, K. (2005)『非平衡生態学』

はじめに (p.1)
1 概念と諸問題 (p.3)
  平衡(自然の均衡)と非平衡という概念
  平衡生態学と非平衡生態学の歴史:着想の進化におけるいくつかの里程標
  生態的システムにおける調整と平衡:いくつかの実験と平衡を支持する論拠への批判的論議
  個体群とメタ個体群における非平衡:いくつかの経験的研究
  問題を同定する
2 共同体における非平衡 (p.27)
  共同体の定義と進化
  平衡と、非平衡へと導く外乱〔撹乱〕
3 種間競争:定義と種への効果 (p.49)
  競争の定義と型、その主な原因としての資源制限
  競争の種への効果
4 種間競争:共同体における効果、そして結論 (p.70)
  一般的側面と結論
5 ニッチの限定と分離を招く非競争的メカニズム (p.81)
  潜在的に相互作用する種の不在下でさえもニッチ限定があることの証拠、そしてそれを招来するメカニズム
  生殖的障壁の強化を保証するニッチ分離
6 進化的時間にわたるパターン、現在の大量絶滅 (p.90)
  化石記録と解釈
  近年と現在の絶滅
7 個体群/メタ個体群の水準〔ここでのlevelは、階層を分けるレヴェルではないだろう〕でのいくつかの詳細例 (p.99)
  岩礁の魚:個体群における密度依存と平衡?
  カンガルー:降雨の変動は個体群の大きさの一次的決定因であるが、負の戻供〔フイードバック〕によるなんらかの「調整」がある
8 共同体水準でのいくつかの詳細例 (p.109)
  熱帯雨林:多様性はいかにして維持されるのか?
  海水魚の外部寄生者:相互作用しない非飽和の共同体
  シダ類上の昆虫、そしてハチ:種間競争の証拠がほとんど無い、I 型の共同体
  巻き貝における幼生吸虫:内共同体〔寄生共同体〕における種間競争の証拠、そして非平衡条件があることの証拠
9 いくつかの詳細な生物地理学的/マクロ生態学的パターン (p.135)
  島の生態学:平衡条件があることの証拠か?
  海洋間および海洋内のパターン:歴史的事象〔出来事〕と多様性の中心部が重要である
  淡水魚:多様性は緯度、面積、そして歴史という諸効果によって決まるが、生産性の効果ははっきりしない
  緯度的な多様性の勾配:平衡による説明と非平衡による説明
  多様性における地球上の一般的パターン
10 個生態学的比較:いくつかの単生吸虫の生態 (p.168)
11 何が見つけられた差異を説明するのか? 要約、そして或る将来の生態学のための展望 (p.178)
  何が共同体間の差異を説明するのか?
  要約、そして或る将来の生態学のための展望

『ニッチ構築』の訳文検討2/種と生物体と統計学

2010年06月09日 13時01分01秒 | 生態学
2010年6月9日-4
『ニッチ構築』の訳文検討2/種と生物体と統計学

追加。34頁の下から6行目に「ニッチの生物体」とある。
 「ニッチの生物体に対して働く多種多様な選択圧のソース(供給源)に相当する。」
  "[Bock's factors thus] correspond to the multiple sources of selection pressures acting on the organism in its niche."
  →「自身のニッチにおいて、その生物体に対して作用している淘汰圧の多重な給源に対応する。」
  
 Bock (1980)の「要因factors」の考えを採用している。そして、「自然淘汰は、特徴と要因の合致 matching of features and factorsを促進することとして記述され得る」と著者は言う。
 一つ思うのは、著者は、他の人の多くの考えを無分別に取り込もうとしているかのようで、話の筋がわかりにくいのではないか、ということである。
 一つ本質的なことは、生物体、個体群、そして種というものの関係である。
 「個体群のニッチを、その個体群がさらされるすべての自然淘汰圧の和として扱う」(p.40; 訳書 33頁)と、個体群を主語(主体)にしたり、他所では生物体を主語にしたり、また他所では種を主語にしたりである。なお、個体群を定義していないのではないか。著者の記述的descriptiveは、操作的という意味とも取れるから、面積または体積を定めて、そこにいる同種と同定される生物体とすればよいが。
 Hutchinsonのニッチ概念は、操作的概念であり、そこでの種のニッチは、或る種タクソンに属する生物体についての(野外または実験室内での)(有限数の)測定値を座標に記して得られる。もし、打点(された位置)にもとづいて、外郭多角体とか(或る手順で)楕円体を描けば、それは、推定された種ニッチの多次元的表示とみなされるかもしれない。しかし、統計学では具体的に母集団を定めなければ標本抽出ができない。そこで、種を外延的に定めるとすれば、生物体を指定するほかはなく、いわゆる種が絶滅するまでは、いわば可能的無限数の生物体たち、となるだろう。親子関係それ自体では生物体単位で切るか、あるいはあらゆる生物体は一つに繋がっているとして一つの存在物とみなす(全生物体一系)かである。それはなにかと不都合なので、結局、なんらかの形質群によって、生物体を種〔タクソン〕同定することになる。(→種タクソンの同定形質群と定義形質群の問題へ(後述)。)
 (また脱線したかも。)要するに、標本抽出という統計的推論でもって、種と生物体を関係づけている。ここで先立つのは、種タクソン概念である。そうでなければ、たとえばあなたの腸内細菌叢のあまたの数の生物体から、或る特定の種に属する生物体を抽出することはできない。
 共同体(群聚)を研究する場合は、いくつかの形質で抜き出して、いくつかの種に属する生物体について研究できるかもしれないが、たとえば個体数変化を研究するとき、それは精度が粗いだけのことである。同種に属するものは、生殖して、あるいは生殖せずに死んで、個体数が増えたり減ったりするのである。いくつかの種に属するものを対象としていると、対象の同一性が無くなっていることもあり得る。

『ニッチ構築:忘れられていた進化過程』の訳文検討

2010年06月09日 08時30分45秒 | 生態学
2010年6月9日-1
『ニッチ構築:忘れられていた進化過程』の訳文検討

Odling-Smee, F.J., Laland, K.N. & Feldman, M.W. 2003.(佐倉 統・山下篤子・徳永幸彦訳,2007.9)ニッチ構築:忘れられていた進化過程.viii+400pp.共立出版.[y5,040]

Odling-Smee, F.J., Laland, K.N. & Feldman, M.W. 2003. Niche Construction: The Neglected Process in Evolution. xii+472pp. Princeton University Press. [B20031006, y4869+243=y5112]

 本の副題である「neglected process」を「忘れられていた過程」と訳しているが、(neglect to doの場合ならばともかくとして、)忘れることと無視することとは別のことである。そもそも、ニッチ構築〔ニッチ建設、またはニッチ建造〕が進化過程(本文ではプロセスと訳されている。過程は静態的で、プロセスは人によっては現象を作り出すような「力」があるかのように使っているように思われる)として話題になったことは(おそらく)なかったので、この本が書かれたのではなかったか。話題にも上らないものを、忘れることはできない。

  翻訳は、おおむね良好だが、正確さや(や=and/or。しかしA and/or Bは、A or B or bothの省略形である)精確さに欠けるところが散見される。また、そのままカタカナにしている語で、やはり日本語に直してほしい語があった。エージェント(あちこち)、ケース(たとえば、33頁と125頁)、セット(33頁)、アドレス(34頁→住所)、スキーム(34頁)、サブシステム(34頁→下位システム)、ソース(34頁では()内に供給源も掲げている→ソースをやめて給源、123頁)、シフト(111頁)、レシピエント(88頁)、プラス(124頁→正)、マイナス(124頁→負)、タイムラグ(124頁)、キャパシテイ(122頁、124頁)、などなど。また、habitat単独では、生息場所と訳しているが、habitat selectionではhabitatを生息地と訳しており、一貫しない。

 具体的に、33頁の訳文のほとんど1頁分を検討することにする。1行目の「しかしそこには」から、最終行の「側面にすぎない」までの33行分であり、2.2.1節の10文(原文で10文)と2.2.2節の7文(原文で7文)である。原文では、p.39の8行目のHoweverから、p.40の17行目のlatterまでに相当する。
 
 →の後に、わたしの訳例を示した。
 1. 1行目。「経験的、概念的な問題点」→「経験的かつ概念的な難点」。原文は、empirical and conceptual difficulties。このandの意味がよくわからないが、忠実に「かつ」としておく。次に挙げられている二つの難点ともに、経験的かつ概念的なのか、あるいは、一つは経験的難点で、もう一つは概念的難点なのか。
 2. 2行目。「ハッチンソンの多次元ニッチという概念は、可能性としてそのとおりかもしれないが」→「ハッチンソンの多次元ニッチ概念は、精確なものになり得るが」。そのとおりとは、一体、どのとおりなんやろ? 原文は、Hutchinson's multidimensional niche concept is potentially preciseで、preciseの語の訳が付近にも見当たらない。
 3. 1行目。「第1に」→「1つは」。One difficultyであって、Firstではない。OneとAnotherが呼応している。訳文では、「第1に」と「もう1つ」となっていて、おかしい。「第2」は出てこない。
 4. 6行目。「競合している」→「競争している」。competeには競争を当てるのが通例だと思う。競合は、良い意味での競い合いという場合に取っておきたい。
 5. 7行目。「競合」→「競争」。原文では、competition。
 6. 10行目。「概念」→「概念化」。原文は、conceptualizationであって、conceptではない。
 7. 10行目。「隠れ家」→「凹所」。a recessは、nicheに相当する語で、figurative sense(比喩的意味)でのrecessということだから、隠れ家といった解釈が入った語に訳すのは、良くない。
 8. 11行目。「ケース」→「場合」。
 9. 12行目。「集団」→「個体群」。populationの訳語は、集団遺伝学はpopulation geneticsの訳であるし、この本ではその分野のモデルを使っているから妥当な訳ではあるが、
groupを集団と訳す場合も多いから、できるだけ英語と日本語を一対一対応させたいことと、この本では生態学分野もまた主要な部分であり、生態学ではpopulationは個体群と訳しているので。なお、統計学的意味の場合のpopulationは、現状では母集団と訳さざるを得ない。
 10. 12行目。「ヒストグラム」→「柱状図」。わたしなら、柱状図として、ヒストグラムとルビを打つ。
 11. 13行目。「に属する」→「を構成する」。原文は、of。
 12. 17行目。「また現代のニッチ理論は」→「現代のニッチ理論も」。原文のalsoは、Hutchinsonのニッチ概念と同じく、現代のニッチ理論も、ということである。
 13. 17-18行目。「また現代のニッチ理論はニッチの重複を、種の共存の程度を考慮に入れ、それを定めることができる競争係数という概念と関連づけている。」
   原文は、"Modern niche theory also relates niche overlap to competition coefficients, a conceptualization that both allows for and determines the degree of the coexistence of species." である。訳文は、不精確である。
  →「現代のニッチ理論も、ニッチ重複を競争係数に関係づけているが、この概念化は、種の共存の程度を、考慮もするし決定もするというものである。」
 14. 19行目。「1つまたは複数の」→「1つ以上の」。原文は、one or more。「1つまたは1つより多くの」は、「1つ以上の」で済む。
  中学英語の教科書で、「more than」を「以上」と脚注で記してあったのを見たことがある。この国の教育はどうなるのだろう。コンマ一つで、文意が反対にもなり得るので、ゴルゴ13がどちらにも決定できないように、書類の一つのコンマを見事打ち抜いたのは、記憶に新しい。(てことはないか?)
 15. 19行目。「ニッチ分化」→「ニッチ分離」。原文はniche segregationであって、niche differentiationではない。
 16. 19行目。「形質置換など、ニッチの変化」→「形質置換といったニッチ変化」。原文は、A, B, and Cという並列である。訳文では、「ニッチ分化と形質置換(など!)を例としたニッチ変化」というように、受け取れる。それは、C such as A and Bという形式になってしまう。誤り。
 17. 20行目。「数式で導かれている」→「数学的定式化では~を導いている」。原文は、Mathematical formulations drive。わかりやすいように意訳したのかもしれないが、先の概念化を受けての話であろう。formulationsは、formulaeまたはformulasではない。
 18. 24行目。「進化も含めた概念」→「進化的でもある概念」。原文は、one [=concept] that is also evolutionary。このように訳すと意味が異なるだろう。a concept including evolutionならば包含関係であるが、also evolutionaryは形容の追加である。
 19. 25行目。「単純で実用的な最低限の定義」→「単純で実用的で最小主義的な定義」。原文は、a simple, pragmatic, and minimalist definition。一つの、A、B、かつCな定義である。また、minimalistであって、minimalではない。
 20. 26行目。「自然選択圧の総和」→「自然淘汰圧すべての和」。原文は、the sum of all the natural selection pressures であって、the sum total of the natural selection pressures ではない。別の箇所の頁に、choiceとselectionの両方が出てくるところがあるが、どちらも選択と訳していて区別できない。mate choiceといった場合は、natural selection でのselectionとは意味が違うので、selectionには淘汰を当てて、区別すべきである。
 21. 29行目。「生物」→「生物体」または「有機体」。原語はorganisms。organismは頻出するが、翻訳書では生物と訳されたり生物体と訳されたりとまちまちである。organismは、レベル構造を仮構した場合の一つの階層を指したりして、たとえば、個体数を数える場合の一つの単位となり得るものである。生物という語は、lifeやcreatureやliving beingsの訳語でもあり得るように、いくつかの意味を持つし(多義的)、また漠然とした意味合いで使われる場合もある(曖昧)。本書のような理論に関わる本では、organismにはすべて、生物体または有機体という訳語を当てるべきである。
 22. 30行目。「相対的」→「関係主義的」。原語はrelativisticで、relativeではない。「相対主義的」と訳すと、原著者の意図とは、ずれるだろう。なお、"Like Hutchinson's, this definition is strongly relativistic in that selection pressures are only selection pressures relative to specific organisms." のなかでのものである。specificは、どう解釈すればよいのかわからない。原著自身があまり厳密な議論をしておらず、冗長だったりするので、あれこれ考えても確定困難だから、憶測は止める。
 23. 31行目。「資源や許容限界の多次元空間」→「資源と耐性限界の超容積」。原文は、a hypervolume of resources and tolerance limits。tolerance limitsは、Hutchinsonのニッチ概念のところなので、生理的耐性を指している。また、n次元空間を仮構した場合に、それの或る領域を占めるのが、Hutchinsonのニッチを表現する超容積 hypervolumeである。
 24. 32行目。「「n個」の自然選択圧のセット」→「「n個」一組の自然淘汰圧」。

   以上。

 わが標語。<精密科学exact scienceは、精密思考exact thinkingから>。

空きニッチ理論

2010年06月03日 15時14分56秒 | 生態学
2010年6月3日-1
空きニッチ理論

空きニッチと侵入生物体

 生物体は種ごとに大きく異なる。ただし、或る発生段階を取ると、たとえば或る種の卵と異種の卵は、或る種の卵と異種の成体とよりも似ている(ただし似ているという判断ができるのは、有限数の性質を取り出して考えているから(つまり偏って重みづけするから)成立する。→「醜いアヒルの子の定理」を参照)。種が実在するかどうかは、経験的に検出する問題であって、さしあたっては、種タクソンは構築体であるということを前提とすれば(むろん実は、構築体ではなくて、実在していたと判明してもよい)、タクソン学的営為は健全である。

 ニッチを、或る種に属する生物体を観測して設定し、それを使って、或る共同体(境界を定めることは原理から考えても実際の調査から考えても難しいので、研究者が空間を定めてそのなかのすべての生物体によって構成されるものとする)の構成種でなかった種に属する生物体が侵入するかどうかを予測したいとする。たとえば、侵入種が或る地域に定着するかどうか、つまりその種に属する生物体どうしが生殖して子を産出し、またその子たちが子を産出したり、あるいはあらたな移入があったりして、その種に属する存在量 abundance (個体性の明瞭なものならば、個体数をその指標とすることができる)がその地域に増える。すると、その地域で産出されたり、その地域に流入したりするエネルギー(例。太陽エネルギーや、保持されている気温)とエネルギーがいわばしばし固定化したもの(例。或る生物体にとって餌となる生物体)についての、生物体間の配分の問題である。すべての生物体を識別するのは大変なので、やはり生物体をまとめて、できれば種ごとに括って生物体を指し、またそのことで、テスト可能とする。一般命題は、種を主語とする形式を取る。
 侵入生物体が属する種(に属する生物体たち)は、侵入先でどの程度の時間まで存続するのか。侵入先に存在する生物体たちと、どう相互作用して、あるいは相互作用しないからこそ、存続するのか。空きニッチは、そのことに答える概念、あるいはなんらかの理論を案出してそのことに答え得る、いわば「空きニッチ理論」となるのかどうか。ニッチの意味はさまざまなので、限定して、空きニッチ理論を考えよう。

 1. 生物体の性質にもとづいて、ニッチを定義する。
 2. それによって、或る場所に外来生物体が生活する場合に、その生物体は排除されるかどうか。その子は産出されるかどうか。これを予測する理論を、過不足無く構築する。
   或る共同体の構成種の一種に属する生物体が外部からやってきたとき、そこに住み着くことができるか? 同種生物体間でなわばり行動が見られる場合は、(同種であっても)外へ追い払われるかもしれない(その種にとっては、どの個体が生きようが、かまわない。種水準から見れば、互換。)。
   種で生物体たちを括って対象とすると、なにかと便利。

 Pimm (1991: 344) からの節は、「抵抗性についての諸理論:空きニッチ」と題されている。(Eltonは、侵入問題で空きニッチを使ったのだったかな。→要check。)

  "If the niche is defined on the basis of an organism's individual characteristics, then a species brings its own niche with it into a community. Trivially, a persistent community has no vacant niches, ..."
  「ニッチが、生物体の個々の特徴にもとづいて定義されるならば、種はそれ〔生物体?〕とともにそれ自身のニッチを共同体にもたらす〔この文で言おうとしていることがわからん。with it の itは何?〕。自明ながら〔瑣末ながら〕、永続する共同体は空きニッチを持たない一方で、永続しない共同体は空きニッチを持つ。ニッチが、共同体内の諸関係によって定義されるならば、侵入している種は空きニッチを占めることができない。なぜなら、ニッチは共同体と不可分だからである。たとえば、ニッチが、共同体を流れるエネルギー流によって定義されるならば、侵入している種は、前には他の或る種に行っていたエネルギーの一部を接収する。これらのどちらの定義も、ニッチが空いているかどうかを決める助けにならない。どちらの定義においても、空きニッチは存在するかしないかのどちらかである。そして、どちらが本当かは定義に依存するのであって、生態的状況には依存しない。」

 確かにそれは変ですね。「生態的状況には依存しない」という指摘は、興味深いです。
 しかし、存在するのは生物体であり、生物体が侵入したら、その時点でそこの共同体の種-個体数構成は変化するのではありませんか。固定して考えるから、おかしな話になります。たとえば、ニッチを共同体内の諸関係での位置と(抽象的に)定義した場合でも、一個の生物体が或る所に移動すれば、共同体内の諸関係での位置が変化するのです。共同体と一個の生物体との関係です。第一、外部からの侵入者がいなくても、或る共同体では、その生物体構成は出生と死亡によって(ときには移出によっても)刻々と変化します。概念を弄ぶのでなく、好意的解釈をして、役立つ理論を考え、適用するのが良い。
 一生物体についても、卵段階のニッチ、幼体のときのニッチ、成体のときのニッチ、などなど。

 要は、生物体の実際の生活を、具体的な場所と時間で捉えることだ。
 結論。生物体の生存上の諸要求と生活での諸条件で考えるべし。<いのちと暮らし>が第一。


文献

?Herbold, B & Moyle, P.B. 1986. Introduced species and vacant niches. American Naturalist 128: 751-760.

Macfadyen, A. 1963. Animal Ecology: Aims and Methods. Second edition. xxiv+344pp. Sir Isaac Pitman & Sons, Ltd.

Pimm, S.L. 1991. The Balance of Nature?: Ecological Issues in the Conservation of Species and Community. xiii+434pp. University of Chicago Press.

Shrader-Frechette, K.S. & McCoy, E.D. 1993. Method in Ecology: Strategies for Conservation. ix+328pp. Cambridge University Press.

正確度と精密度 accuracy & precision

2010年06月02日 15時26分58秒 | 生態学
2010年6月2日-2
正確度 accuracyと精密度〔精確度〕 precision
正確性 accuratenessと精密性 preciseness

正確性と精密性

 正確度とは、正確性accurateness の程度(度合い)であり、精〔確〕度とは、精密性〔精確性〕precisenessの程度のことである。
  accuracy = the degee of accurateness
  precision = the degee of preciseness

 その前に、scopeを定義しておこう。
  "The scope of a natural phenomenon is defined as the ratio of the upper to the lower limit, or equivalently, the ratio of the outer to inner scale, or of extent to grain." (Schneider 1994: 112)。
  「自然現象の射程〔作用域 scope。scopeは、強引に射程で統一したいが無理か〕は、上限の下限に対する比として定義される。」(199505試訳)。
  「あるいは等価的に、外側のスケール〔尺度〕の内側のスケールに対する比として、あるいは広がりの粒度に対する比として定義される。」

 三番目の「広がりの粒度に対する比」は、その前の二つと異なると思うのだが。

 Schneider (1994: 115) に、二次元のscope diagram 射程略図が載っている。対数目盛りの軸に、4種の鳥類について(つまり、それらの種類に属する生物体について)、観測した数値の範囲を、楕円で示している。横軸は移動距離(単位はm)、縦軸は渡りにかかった時間(単位はdays)を示している。

 測定の射程 the scope of a mesurementとは、
  "The scope of a measurement is the ratio of the magnitude of a measurement to its precision." (Schneider 1994: 112)
  「或る測定の射程とは、或る測定の大きさの、その精密度に対する、比である。」(試訳)。

 では、正確性と精密性との違いはなんだろうか。

Schneider, D.C. 1994. Quantitative Ecology: Spatial and Temporal Scaling. xv+395pp. Academic Press.

Schneider, D.C. 2009. Quantitative Ecology: Measurement, Models, and Scaling. Second edition. xv+415pp. Academic Press. [ISBN: 9780126278651]〔索引にはprecisionもresolutionも無かった。初版よりも、大版になり、少し頁数が多くなり、活字はかなり小さくなった。〕