家庭訪問が始まりました。
ふと気付くと,私は今回が初めてです。
我が子がいながら,人の親と家庭訪問で話をするのは。
まだ1歳にもならない我が子ですから,小学生の子をもつ親とはまた違うでしょうが,それでも心持ちは,これまでになく分かりあえるような気がしています。
さて,初日の今日。
早速お母さんたちといろんな話をしました。
話題は家庭ごとにそれぞれですが,共通してほぼすべての家庭で親が口にするのは
「我が子への悩み」
です。
苦手な教科があるようで…
家でちっとも机に向かわなくて…
友だち関係がうまくいかなくて…
今度の修学旅行が心配で…
親の言うことを全然聞いてくれなくて…
苦笑いをしながら軽い感じで話をする親もいれば,辛い表情でときには涙ぐみながら話をする親もいます。
先生にそんな話をするということは,もちろん先生に救いの手を求めているということですから,自分にできる精一杯をすることを約束します。
ときには励ますこともありますし,えらそうですがアドバイスをすることもあります。
共感すればほっとする親もいますし,管理職への相談が必要な場合もあります。
一年間を通じてこんな風に近い距離で親と話ができる機会も少ないので,やっぱり家庭訪問って貴重ですね。
今年の限らず,これまでにもずっと親の悩みを聞いてきましたが,今になって少し思うことがあります。
子どものことで悩んでくれる親なら,その子はきっと大丈夫!
そう思えるようになりました。
というのは,長い目で見ると,そうやって子どものことを思って見守ってくれる親がそばにいる子って,途中でつまづいたり道をそれたりしながらも,やっぱりそれなりにしっかりと成長していくという姿を,見ることができているからそう思えるんだと思います。
そんな親の子って,細々した課題をもっていながらも,一番大事な人間の芯の部分は,正しくて,立派なものをもっているものです。
その芯の部分が見えずに,根っから悪いように見える子だって,時間がたてばそこが見えるようになってきます。
これまで付き合いのあった親子の全てを思い出せるわけではありませんが,私の印象としては,やはりそうです。
逆に,変に子どもに自信たっぷりの親の場合の方が,危険なのかもしれません。
それは,いくつか思い出せるものがあります。
なかなか数少ないですから。
子どもの自信をもっているというのは,子どものことを認めているとか,ほめてくれているというのとはちょっと違って,どうもこちらが聞いていて「きょとん」としてしまうような,そんな自慢のようなものです。
その子のもっている課題や不安に,気付いてあげられない。
もしくは,気付いていても他人(先生)にそれを言いたくない変なプライドがある。
そんな親なのでしょうか。
だから最近は家庭訪問で
「先生,うちの子は…」
と悩んでいる親の話を聞きながら,自然と笑顔になってしまい
「大丈夫ですよ」
なんて真っ先に言ってしまうことが多くなりました。
本当に悩んでいる親に対してちょっと頼りない先生になっているかもしませんが,そんな親をもっている子の幸せを感じることができ,どこか安心するような部分もあるんです。