6年生教室,国語で「海の命」を読んでいます。
私,個人的に大好きです。
「やまなし」も好きですが,こちらはまた違う楽しみ方があります。
本当に,読めば読むほど,言葉にこだわればこだわるほど,味わい深くなる作品です。
毎回これを授業するときは,その味わいをどこまで深く子どもたちに追究させることができるか,それを私自身が挑んでいます。
もちろん,国語専門ではないし,国語に関してめっきり勉強不足なんですが,私なりに色々と工夫し,毎年違う授業をしています。
さて
前回の授業では
「なぜクエは『おだやかな目』をしていたのか」
という問いに迫りました。
ワークシートに自分の考えを書く子どもたち。
幅広くいろんな考えが書かれていましたが,それを出し合い,検討していった結果,下の4つに子どもたちは絞り,意見もほぼ同数で分かれました。
・父を殺したことを後悔していたから
・瀬の主として堂々としていたから
・太一に教えたいことがあったから
・太一を父と同じ目に合わせたくない(殺したくない)と思っていたから
それに,私は
・その他
と付け加えました。
そして,再検討。
「次の5つのどれだと思いますか。その根拠とともに,もう一度考えてみましょう。」
年度当初,学力に大きな課題があった子たちですが,こんな授業に熱を込めて取り組む姿も見られるようになりました。
うれしいことです。
そして,しばらく時間を置き
「では,考えをまとめた人から,どうぞ自由に発言してください。」
これは私がよくやる手法です。
先生が指名するわけじゃなく,発言したい子が自主的に起立し,何の合図もなく発言します。
その子の発言が終わったら,また次の子が自由に発言します。
もし発言しようとする子が重なってしまっても,先生は特に何も言わず,自分たちで譲り合って発言します。
高学年らしい形だと思います。
最初はうまくできませんでしたが,繰り返しやってるうちに,スムーズにできるようになりました。
そして今回も,さっそく一人目の子が立ちました。
そして二人目。
三人目。
いつもの調子で続きます。
このやり方は,先生の指示なく子どもたちが授業を進めているという知的な雰囲気を作ることができる一方,どうしても積極的な子たちがどんどん発言していってしまうことになります。
そんな中でも,普段なかなか発言に消極的な子たちだって,発言してほしいと願って,いろいろと言葉をかけるのですが,なかなかです。
今回もお馴染みの子たちの発言がここまで続き,そして四人目の子が立ちました。
そのとき
「えっ」
私は驚きました。
私と同じ驚きを,クラスの子たちもみんなしていました。
立ったのは,普段進んで発表することはない女の子でした。
学力は高いものがあるのですが,性格的にもおとなしく,クラスの中ではすっかり物静かな存在として定着している子でした。
その子がここで立ったので,元気者の男子たちなどは目を丸くしていました。
私は,うれしくて,興奮気味に
「よく立った!ここで立てるとは…」
みたいな声をすぐにかけたくなりましたが,ぐっと我慢してその子が口を開くのを待ちました。
私だけでなく,クラス中が息を飲んで発言を待っていました。
そして,その子は特に緊張した様子もなく,ワークシートを手に取り,しっかりとした口調で話し始めました。
その女の子の,その積極的で堂々とした姿に,クラス中が驚き,刺激を受けたのはもちろんですが,その発言の内容がまたよかった!
「私は『その他』だと,思います。」
(まじ?)
という顔の子どもたち。
(きたぞ!)
私はにやり。
「このクエは,いくら150kgの大魚であろうと,魚は魚です。魚に感情なんてないと思います。」
この挑戦的な意見に,少しざわつく子どもたち。
次からは,もう痛快でした。
「よく読んで見ると,このクエは父が獲ろうとしたときも,戦った形跡はありません。もりを刺され,その場を動いていないんです。」
子どもたち(そういえばそうだな…)
「そして,今回太一が来た時もそうなんです。このクエはどんな状況であろうと,誰と対していようと,様子は変わっていないと思います。」
私(それだ!)
「太一は『瀬の主』とか言ってるけど,このクエ自信は,自分をそんなたいそうなものなんて思っていないはずです。他の魚と同様に,このクエも自然の一部であり,ごく穏やかに暮らしているんだと思います。」
まさかの子の,まさかの意見に,何とも言えない空気がクラスにできました。
授業をしていて,一年に数回味わえるか味わえないかの痛快感です。
私は鳥肌が立つほどでした。
この,いわゆる「逆転現象」に,「海の命」の面白さが何倍も何十倍も深まったことは言うまでもありません。
意外で,突拍子もない意見でしたが,他の子どもたちは腑に落ちました。
もう私の出番はなくてもいいほどでしたが,
「海って,そういう場所なんだね」
と言ってみました。
「そこに飛び込んだ人間(太一・漁師)は,一方的にいろんな感情を抱いて,魚とは理解し合えない部分があるのかもしれないね。でも,ここから太一の成長が始まるわけです。」
今回の授業で,「海の命」がおもしろくなったこともそうですが,何より痛快だったのは,あの女の子の活躍でした。
普段出しゃばらない子だからこそ,逆に,大きな影響力を持っています。
クラスを動かすほどの力を持っているということです。
先生にはできない,子どもにしかできないことだと思います。
あの女の子は一皮むけたことでしょう。
そして,クラスも一皮むけたことでしょう。
そんな素晴らしい機会は,普段の授業のほんの1シーンに潜んでいるものなんです。