クラスのはなこさんが相談に来ました。
「先生,さちこさんとのことで悩んでいるんですけど…」
仲良しだったはずの二人が,最近はちょっと距離を置いていることは,私の目にも明らかでした。
何かあるのだろうと,様子を見守ってはいましたが,ついに耐えきれずにはなこさんが訴えに来たというところです。
二人を別室に呼び出して,話をすることにしました。
さちこさんに声をかけたとき,さちこさんもすぐに事情は分かったはずです。
さちこさんと,はなこさんと,先生の三人で今話すること。
辛く,重々しい話になることは,三人ともが予想していました。
そして別室へ。
「えーっと,ここに座ろうか」
そう言う私の手には,なぜか一冊の本が。
それに気付いたはなこさんが,すぐに
「先生,なんで本なんか持ってるんですか」
私は,はっとした感じで
「あっ 本当だ。持ってくるつもりじゃなかったのに。さっきまで手にしてたもんだから,そのまま持ってきちゃったよ」
「何の本ですか?」
と,聞いてきたのはさちこさん。
「これはね,『街のいのち』だよ。」
「あ~」
と声をそろえた二人。
「『海のいのち』の別のやつ!」
と,二人して興味がある様子。
「そうそう。先生が前話したでしょ。よく覚えてたね。」
「はい。『山のいのち』とか,なんたらのいのちとか,すごいいっぱいあるんですよね。へ~ これなんだ。」
「どんな話なんですか?」
共通の話題で,すっかり目線はそちらのほうに。
私は,にこにこしながらサラッとページをめくりながら二人に教えてあげました。
「これはね,女の子のお母さんが病気で亡くなってしまう話なんだけどね,すごく…」
この本の話が終わると,二人は
「なんか『海のいのち』と違いますね」
「ちょっと絵が強烈」
「ははは,だよね~」
なんて。
(・・・・よかった)
と思ったのは私です。
そう,こんな関係のない本を持ち込んだのは,もちろん偶然ではなく,意図的でした。
凍りついた二人の関係のまま,本題に入る自信がなかったのです。
そんな暗く重たい話を,明るいものに変えていく話術を私はもっていません。
だから,ちょっと別の物の力を借りたくなりました。
この本じゃないといけないわけではなかったのですが,なぜか思いついたのがこの本でした。
二人の共通の興味を引くものだったし,とりあえず,効果があったようです。
本題に入る前に,打ち解けた雰囲気ができて,しばらく見られていなかった二人の笑顔が見ることができました。
「あぁ,この本の話をしにきたんじゃなかったよ。・・・最近,どうかな。」
と,本題に入るときには,二人の心もほぐれていました。
そこから,しばらく話し合いを続けた結果,どうやらまた仲を取り戻すことができたようです。
年頃の女の子たちのことだから,そう簡単にはいかないのかもしれませんが,明るい兆しは見えましたので,とりあえず今回のところはOKでしょう。
立松和平さんの『街のいのち』に感謝です。