先ごろは映画『八甲田山』を観てきたところですが,内容が非常に良かったので,原作本を読んでみることにしました。新田次郎『八甲田山死の彷徨』。映画を見た直後ということもあって,一気に読んでしまいました。
日露戦争を想定した八甲田山での雪中行軍。199人が落命(隊としてはほぼ全滅)した壮絶な行程の様相を,史実をもとに書きあげており,映画よりも精緻な内容になっております。
地吹雪のなか,昼も夜もなく飲まず食わずで深い雪を泳ぐようにして行進を続ける軍人たち。視界を失い,道に迷い,遂には行軍の責任者である大尉自身が「天は我々を見離した」と云って自死する姿。耐え難い寒さと凍傷から消耗し動けなくなり,次々と力尽きて雪の上に倒れて行く者や発狂する者たち。
僕は書店で買い求めたのですが,amazonを見ると59人もの人がレビューしていました。これは間違いなくお勧め本です。
最近読んだ本の中ではこれが面白かったです。著者は1954年に自民党本部の職員となり,後に幹事長室長となり,若き日の田中角栄から加藤鉱一まで,歴代22名の幹事長に仕えた。そのひとりひとりについて,彼らの政治行動や日常の素顔などを,定点観測的な目で詳細に綴っている。こういう本は信頼できる。
幹事長には就いていないが,元首相・総裁という立場でありながら細川連立政権後の新進党に身を売った海部俊樹について,著者は「許せない」と書いており,総裁室の写真の額を独断で外したというエピソードは面白い。
当時の新聞報道で読んではいたものの,いま改めて読んでもまったく恥ずべき行動だ。そのうえ再び自民党に復党し,老体を晒しながら議員を続けたというのだから何とも云い様がない…。
私こといまだに風邪をひいており,自転車に乗ることができません。なんてこった。もう1週間以上ですよ。楽しみにしていた年末年始休暇。某所(北方面)に1泊で走りに行く予定を立てていたのですが,それも流れてしまいました。
ということで,おとなしくしていた休みじゅうに読んだ本はこんな感じでした。
戸部良一他 『失敗の本質~日本軍の組織論的研究』 中公文庫
以前から読みたかった本。ミッドウエー作戦やガダルカナル作戦など,太平洋戦争での重要な局面における日本軍の作戦行動を分析した本。必ずしも軍事の専門家でない人たちによる組織論的な考察が面白かった。
鍛冶俊樹 『戦争の常識』 文春新書
元防衛大学の幹部が書いた本。日本ではあまり語られない戦争や軍隊の基礎的な講義と言ったところか。総花的で,もう少し深みが欲しかった。新書だから仕方ないか。
松代守弘 『世界を変えた兵器・武器』 Gakken
古代から現代までの主な兵器を写真つきで紹介・解説。この手の本としては入門編か?軍事オタクの方々には笑われてしまいそうな程度の本かもね…。
下川祐治 『アフガニスタン~砂漠と戦乱と人々』 共同通信社
世界の危険地帯を歩くジャーナリストが,2001年の9.11テロの後のアフガニスタンを,パキスタン側のカイバル峠から入り,反時計回りにほぼ一周した記録。人々のナマの生活の様子が伝わってきて面白かった。
山本敏晴 『望まれる国際協力のかたち~アフガニスタンに住む彼女からあなたへ』 白水社
アフガニスタンで診療所を開設して現地の人々を診つづけた医師の記録。シリアスな状況であるのに,著者の筆致が軽快でユーモラスなのが対照的。
蓮池薫 『拉致と決断』 新潮社
蓮池兄弟の本はほとんど読んだ。でもこれはいまいちだったかなぁ。いちばん良かったのは,兄蓮池透氏の『奪還』でしょうか。
「衣食足りて礼節を知る」と良く言ったもので,昔の日本人は残酷だった。いや,残酷な事をしていた人が多かった。貧しさゆえに。生きるために…。
山に生きる人の中には,他所のを襲い,人を殺してまで物資を奪う者も居たという。海岸近くに住む者は,沖を通る輸送船を襲って生業にしていた者も居た。
最も悲惨なのは,寒村で広く行われていた間引きと堕胎だ。その方法は地域によっていろいろだが,生まれおちたばかりの赤ん坊を,実の親や産婆が手にかける話は,酷いとしか云い様がない。なかには母親が我が子を殺しきれなかった故,不自由な体となって一生を暮らした者も居たという。
平凡社ライブラリーなので本書も500ページ超と,たっぷり読める。
かつて「越山会の女王」と呼ばれた佐藤昭は,田中角栄側近の金庫番にして愛人でもあった。本書はその子(しかし角栄は認知していない)である佐藤昭子が,自らの生い立ちや子どもの目から見た父母の姿,そしてある意味で不幸な環境で育った故の母との葛藤を描いたものである。
角栄が馬飼いの身から凄まじいエネルギーで総理大臣まで上り詰めた人間ならば,佐藤昭も故郷新潟で父母兄弟に先立たれ天涯孤独の身であったところを角栄に見初められ,ついには人も畏れる地位とカネを手に入れた成り上がりの人間であった。
「政治は人間の情念,業の塊」であるならば,本書はそういった生々しい人間の姿を描いたものである。と同時に,父母たちの「業」を最後には肯定,もしくは許している筆者の視線が窺えた。久しぶりに読み応えのある本を読んだな,という満足感を得た。
巻末には,立花隆と著者との対談が掲載されている。立花は,角栄の金脈追及で結果的に彼を総理の座から引きずりおろした張本人であるが,長い年月を経た今,彼が「あの人はやっぱりなかなかの人だったなあ」と述懐しているのは,深い言葉だと感じた。
3.11の原発事故当時,官房副長官だった福山氏が時系列的に書きとめた「福山ノート」をもとに,当時何が起こっていたのかをインサイダーの立場からまとめた本。
特に事故発生からの緊張の5日間の様子を描いた第1章は非常に良くできていて,一気に読める。いわゆる「撤退問題」については,東電某幹部の発言から,「全面撤退」であったことがハッキリと分かる。そして,それを受けてあろうことか一時官邸でも「撤退やむなし」の空気が流れていたことも(なんてこった!)。
仮眠から起きた首相の菅がその話を聞き,「撤退なんてありえないだろう」,と言って流れは変わる。以降,深夜に社長の清水を呼び出す→菅や細野,福山らが東電に乗りこむ→という具合に事態は進んで行くのだ。
本多勝一の朝日文庫シリーズは,多くの人が学生時代に読んだのではと思います。僕もそうでして,『戦場の村』,『殺す側の論理』,『殺される側の論理』,『職業としてのジャーナリスト』,『中国の旅』,『NHK受信料拒否の論理』などを,入れ込んで読んでました。しかし,その中で自分的にいちばん有益だったのは『日本語の作文技術』だったりした訳ですが…。
『アラビアの遊牧民』は,僕がこの数年読んでいるアフリカ,西アジア関連でたどりついた本でして,読むのは今回が初めて。かなり面白かったです。
元来マイノリティの側に立つ本多勝一氏が,平気で略奪や嘘を繰り返す沙漠のベドウィンに辟易する様子が幾度も出てきます。彼らは決して自分の非を認めない。見え透いた嘘をつく。約束を守らない・・・。取材を終えて彼らと別れるときは,「引き上げる喜び」すら感じた,と云うのですから,尋常じゃありません。
いったい沙漠の遊牧民という人たちは…,と僕はさらに興味を覚えるのでした。
今年の上半期に読んだ本では3本の指に入るか,というくらいに読み応えがありました。戦争という大きな動乱の中,数々の国策決定の場において,昭和天皇が出来うる限り英国型の立憲君主として振舞おうとしていた点。また,軍部の指導者よりも合理的な思考で戦争の行方を冷徹に見通していた点などが,側近たちの残した一次史料を引用して克明に描かれています。
また,二・二六事件を巡っての北一輝の言行からは,彼が正しい意味でのナショナリストの側面を持っていたことが分かり,今更ながらではありますが,自分としては新鮮な発見となりました。
なぜ(左翼の)松本健一が(右翼の)北一輝研究をしているんだろう?と以前から疑問に思っていたのですが,これで見えてきました。
著者は事故直後から請われて5か月にわたり,内閣官房参与として官邸に詰めていた原子力工学の専門家。
インタビュー形式で著者の発言を起こしたものですが,論点が整理されており,かつ説得力のある,優れた本だと思います。
その一節を引用すると…
「根拠のない楽観的雰囲気が現在の最大のリスク」。
「政界,財界,官界のリーダーの方々で,あの事故がどこまで深刻な事態に至っていたのかの「現実」を理解している方は,実はあまり多くないのです」。
一気に読んでしまいました。しかし決してプロパガンダ的な内容ではありません。
ある意味では格納容器,圧力容器に守られた原子炉よりも,プールの水に浸かってるだけの使用済み核燃料(しかもそれは一つの原発で数千本)のほうが怖いということも再認識しました。
最近5年くらいはアフリカの本を読んできました。アフリカには中央政府が国を統治する能力,意欲の無い「失敗国家」と呼ばれる国(或いは中央政府そのもの~とりわけ暴力装置としての軍隊の正統性~をめぐる争いが絶えない国家)が多いのですが,逆に言うとそういう国においてはある意味で政治,乃至は人間の原初的な姿を見ることが出来るのです。
しかしアフリカについては去年ぐらいから,もう大体読んじゃった感が出てきたので,中東にシフトし始めました。いやはや。こちらもかなり面白いです。特にアフガニスタン,パキスタンあたりが。
そんな中,2010年に読んだベストは,井筒俊彦「イスラーム文化~その根底にあるもの」岩波文庫でした。地域に関する本を読んでいくうちに,「そもそもイスラムとは?」ってところに今さらですが1回立ち帰ってみるか,と思って読んだのです。そしたら,これが良かった。
イスラーム研究の第一人者によって書かれた,きわめて分かりやすい概説書ですが,読んでみたら幾度も目からうろこ。ストンストンと頭にどんどん入ってきます。これはいい本だな。きっと何度も読み返すことになると思います。
今年に入って読んだ本の中ではいちばん面白かった本。amazon.でこの本を見つけたときは,「こういう本を探していた!」と手を叩きなくなった。読んでみると,期待を裏切らない,というか期待以上の重量感。
20代にアジアを自転車で旅した経験を持つ著者は,その後バックパッカーに。この本は,秘められた世界である排泄行為にスポットを当ててアジアを旅した見聞記。本文も読み応え充分ならば,各国のトイレの様子を描いたイラストも秀逸。
この本で紹介されている国は中国,サハリン,インドネシア,ネパール,インド,タイ,イラン,韓国。読んでみていちばんスゴかったのは,ネパールのブタ小屋トイレ。小屋で飼われているブタに向かって尻を出すと,ブヒッ!ブヒーッ!と異常に興奮したブタが「早く食わせろ」と言わんばかりに寄って来るその光景…。
ブタに向かって尻を出した状態の著者は…
「僕はヘッドランプを股間にそっとむけてみた。するとそこには異様な光景があった。」
「わが愚息と陰嚢の彼方に,ブタの濡れた鼻腔が湯気を立ててヒクヒクと動めいていた」
「目をそらそうとしたとき,その奥に二つの瞳を僕は見た。」
「その瞳は明らかに求めていた。これほど激しい情熱的な瞳に最近接する機会が無かった」
ほかにも,インドネシアで人糞を食べて育った魚を著者が食べて,大変な下痢に見舞われたり…。
カルカッタへ旅行に来た日本人の学生が,通りに座っている足のない乞食,ボロボロの服を着た子供,つきまとう麻薬の売人。そして人糞・牛糞だらけの道路に驚き,チェックインしたホテルから一歩も出られなくなったという話もすごかったな。
とにかく,一読の価値ありです。