何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

愛あり 敬あり

2015-12-01 00:00:00 | ひとりごと
「幸せの条件」シリーズで、信州の山並みが愛おしくてたまらない心の原風景と書いたので、その山に向かって襟を正す物語を書こうと思う。

「山あり愛あり」(佐川光晴)

信州人でもなく、北アルプスをことごとく制覇しているというわけでもないのに、信州の山並みに心救われるのは、大学受験の天王山の夏を白馬の麓に籠って勉強したからか、それとも何故か私は松本深志高校出身者に縁があり学校登山の話を聞かされたからなのか。
ともかく信州、山、松本深志をセットで思い出す私に打ってつけの本が、「山あり愛あり」だった。

主人公・大鉢周三は松本深志高校を卒業した後、山に登るために北海道大学へ進学するが、山に登るために学校を選ぶと云えば、「どくとるマンボウ青春期」北杜夫氏がやはり山をやるために旧制松本高校に入学している。
北杜夫氏は、戦後の学校制度変更の混乱と、父・祖父ともに医師である斎藤家の呪縛と物書きへと突き動かされる心との狭間で苦しみ、『私は神経ばかりの人間になってゆくような気がした』と作中書いているように神経衰弱にかかるのだが、その苦しみを救ったのが、新島々から登り、徳本峠のてっぺんから眺めた神々しいまでの穂高連峰なのだ。

激しい登山をしていると、山で大切な人を喪うことがある。
それを機に山を止める話も、しかし失った何かを取り戻すために再び山を始める話も多くある。以前書いた「還るべき場所」(笹本稜平)もそうだし、いつか書くつもりの「生還者」(下村敦史)も一度は止めた山に再び還ってくる話だ。
そして、この「山あり愛あり」の主人公・周三も、大手銀行での不良債権処理の業務に区切りをつけ人生後半戦をやり直したいと思う時、真っ先に思い浮かべるのが、山を再開しようということだったのだ。

一度でも山を知った者が、山に還ってくるのは何故なのか。
正直に書けば、周三が銀行を早期退職する経緯やその間の心の諸々などは描ききれていない感もあるし、生き別れの母の話やNPOの話も実体感が薄く唐突な感じもしないでもない。それでも、この物語が生きているのは、山を描く部分に愛があるからであり、山屋さんが山に戻ってくるのは、山に愛があるからだと思う。

山にあけくれ二留している周三は、銀行の就職試験の面接で嫌味を言われた時、山で鍛えた度胸で言いかえす。
『僕の友人に酒屋の息子がいるのですけど、お父さんはお酒が飲めないそうです。先代のおじいさんも下戸でした。~友達もまるで飲めないので、それでよく酒を売っていられるなと訊いたら、飲めないからやっていられるんだとのことでした。
つまり、その一家は酒に対して欲がおきないから、商品として酒を扱えるわけです。
僕は御覧のとおりの山男で、自慢ではありませんが、金銭欲はごく薄いようです。
また、人を外見で判断しないことにかけては人後に落ちないと思っています』

進路決定の動機が山の人間もいれば、就職試験の面接で山を語る人間もいる。
未登攀ルートの初制覇といった偉業にこだわる山屋もいれば、同じ山に繰り返し登るのを好む主人公・周三のような山屋もいる。
どんな山屋さんにとっても、山は人生のど真ん中にデンと坐っている。
山をデンとど真ん中に坐らせた人生と物語が、清々しく生きているのは、どの山屋さんも作中紹介される新田次郎氏の言葉を実践しているからだろうか。
『山に向かって姿勢を正す』
そして、「山あり愛あり」の題名から察するに、ただ山に向かって姿勢を正すだけでなく、そこに愛があってこそ『名山名士を出だす』なのかもしれない。

どんな山にも愛がある。
北杜夫が徳本峠から見た穂高に心救われる場面も印象的だが、人生後半戦の生き方に答えを出した周三が新たな一歩を踏み出すために家族と仰ぎ見た景色が北アルプスの峰々である場面も印象的だ。
『信州大学にほど近い、かつて大鉢の祖父母の家があった一角で、周三は妻と子供たちに胸を張った。
高い山ほど雲がかかりやすく標高二千五百メートルを超える北アルプスの峰々が見える日はそう多くなかった。
それが今日は、常念岳と蝶が岳の奥に槍ヶ岳と穂高岳の山頂までが顔を出していた。
雪を抱いた真っ白な峰々の姿に感動して、周三は思わず山に向かって両手を振った。』

山は悩み弱った心に力もくれるが、山は何も人生の袋小路に迷い込んだ者の専売特許ではない。
山に向かって元気に手を振り、「山では笑う」の山もある。
どんな山にも愛はあるが、北杜夫「どくとるマンボウ青春期」で『自己を高めてくれるものはあくまでも能動的な愛だけである』というように、ただ山にある愛を享受しているだけでは、「名山名士を出だす」とはならない。
愛ある山に敬意を抱いて姿勢を正すことで、名士が生まれる。

本で読む山に登ることは難しくとも、人生の山は誰もが登っている。
その道を失わないためにも、愛ある山の本を読み続けたいと思っている。

皇太子様も登られた常念岳から望む穂高と槍ヶ岳


ところで、山に「愛」あり「敬」ありと書いてきたのは、今日12月一日は、敬宮愛子様の御誕生日だからだ。

敬宮愛子内親王殿下 14歳の御誕生日 おめでとうございます

「愛人者人恒愛之、敬人者人恒敬之」 人を愛する者は、人恒に之を愛し、人を敬う者は人恒に之を敬す
人の道を示すに、これほど相応しいものはないと思われる素晴らしい言葉から御名前をとられた敬宮愛子様。
御自分が女子であることの意味や、それによる御両親のお立場や母の苦しみを十分に理解し、また御自分に継承権がないために投げつけられる大バッシングも受け留められ、それでもカメラ越しに国民に柔らかな笑顔を向けられる敬宮様は、まさに御名前どおりに成長されている。
これからも皇太子御一家のお幸せと、敬宮様のお健やかな御成長をお祈りしたいと思っている。

良き日の決意
『自己を高めてくれるものはあくまでも能動的な愛だけである。たとえ、それが完璧な片思いであろうとも』
完璧な片思いであろうとも、自己を高めてくれるのが能動的な愛だけだとしたら、これからも皇太子御一家をはじめ誠実に真面目に生きている人々を愛ある言葉で応援し続け、自らも成長したいと願っている。


写真出展 ウィキペデイア