山崎 喬

加賀生まれ(金澤)

ちょっと抜けた役が合う

2007年09月06日 19時32分31秒 | Weblog
パヴァロッティさんが、やはり癌で亡くなったか。映像ではエルナ-ニ、愛の妙薬、リゴレットあたりだろうか、好きなものは。音楽だけではツ-ランドット、ボエ-ムなどリリコ時代がいい。パヴァロッティの10年以上の前のドキュメンタリ-ではデビュ-に苦労したとインタビュ-に答えていたのを記憶している。コレッリ、ゲッダなど名テノ-ルが全盛期で他にも十指に下らずの状況では、とてもどこでも相手にしてくれない。ソプラノのサザ-ランドから、横隔膜の使い方をお腹を触らせてもらいながら学び、ついに横隔膜を駆使して「連隊の娘」でハイCからDまで出して有名になったと言っていた。このインタビュ-はDV化した。パン屋だった父親も歌上手で、モデナではちょっとしたものらしく、このドキュメンタリ-では歌を披露してくれていた。トリノの冬季オリンピック開会式の「誰も寝てはならぬ」は東京さよなら公演より声が出ていた。20世紀の最良のリッリコの一人、もう暫く経てば毀誉褒貶もなく、評価の星ひとつぐらいは上がるだろう。冥福を祈りながら、早く評価を上げるためにもこの機会に、リ-ジョン1だけの映像と廃盤のCDは出してほしい。同郷の幼ななじみのフレ-ニとのモデナでの凱旋的なコンサ-ト廃盤CDは手持ちにあるが逸品だ。こういうものを出して欲しい。
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1 コメント

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世紀のスター死す (Unknown)
2007-09-06 22:05:41
パバロッティはあんな美声を持っているのだから病気なんて、縁が無いのだろうと思っていた。そう言えばカレーラスは白血病だったとか聞いたことがある。

パバロッティの歌は一度だけ聞いたことがある。

何年か前の神奈川県民ホールで行なわれた「トスカ」である。一階の後方で彼の顔は見えなかったが、朗々と歌い上げた「星の光」には感激で体が震えたのを思い出す。

星の光を謳わしたら、今思い出しても素晴らしい熱唱で比類無き歌手だったとおもう。
カレーラス、ドミンゴとともに三大テノールとして勇名を馳せたが、一時代が終わったという感慨がある。

そろそろ前出の三人を凌ぐほどの、本物のポスト三大テノールが出ても良いと思うのだが…。

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