【私の運営する会社、有限会社オフィス・ジーユーエヌのセミナー情報】
そこにある危険からあなたを護る
『最強の』護身セミナー!
セミナー内容・受講申し込みはこちらより
http://www5e.biglobe.ne.jp/~office_g/gosin.htm
お知らせ以上!
体得した動きを言葉で伝える事はなかなか難しい。
合気道もある意味「感覚」に近いようなところがあり、言葉で伝えるには限界があるように思える。
体の軸もそうである。
捌く時、崩す時、極める時、押さえる時、全てに体軸の重要性が問われる。
相手の体格などにより、間合いが異なる。
初心者は、相手を崩さなくてはならない動きなのに、相手を崩さず、自分が相手に合わせてしまう事がよくある。
その時には、必ずといっていい程、その者の体軸が崩れている。
体軸が崩れると、自分の重心が安定しないと言うことで、技に重みがなく、相手に踏ん張られたり、返されてしまう危険性がでてきてしまう。
また、身体が開いてしまい、力がノりづらく(入れづらく)なる原因にもなる。
身体が開くとは、手などが自分の中心線上になく、力の入れづらい状態になる事なのだが、ここで説明するにはちょと難しい…
初心者は、まずは姿勢を意識して欲しいと思う。
「倒せればいい」と言うような稽古をしていては、いつまで経っても「合気道の恩恵」は受けられない。
これは、他の武道でも同じだと思う。
各々の武道が積み上げてきた動きを体現するには、一度はその理屈に身をゆだねなくてはならない。
それを無視すると、見た目は似ているが、全く異質のものを得る事となる。
皆さんも、稽古の際は姿勢を意識して稽古に取り組んで戴きたいと思う。
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合気道もある意味「感覚」に近いようなところがあり、言葉で伝えるには限界があるように思える。
体の軸もそうである。
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相手の体格などにより、間合いが異なる。
初心者は、相手を崩さなくてはならない動きなのに、相手を崩さず、自分が相手に合わせてしまう事がよくある。
その時には、必ずといっていい程、その者の体軸が崩れている。
体軸が崩れると、自分の重心が安定しないと言うことで、技に重みがなく、相手に踏ん張られたり、返されてしまう危険性がでてきてしまう。
また、身体が開いてしまい、力がノりづらく(入れづらく)なる原因にもなる。
身体が開くとは、手などが自分の中心線上になく、力の入れづらい状態になる事なのだが、ここで説明するにはちょと難しい…
初心者は、まずは姿勢を意識して欲しいと思う。
「倒せればいい」と言うような稽古をしていては、いつまで経っても「合気道の恩恵」は受けられない。
これは、他の武道でも同じだと思う。
各々の武道が積み上げてきた動きを体現するには、一度はその理屈に身をゆだねなくてはならない。
それを無視すると、見た目は似ているが、全く異質のものを得る事となる。
皆さんも、稽古の際は姿勢を意識して稽古に取り組んで戴きたいと思う。
はじめまして。
コメントありがとうございます!
私の書いた内容で、共感戴けた部分があったようで、とても嬉しく思います!
ナガツグさんは剣道を学んでいるのですね。
合気道も剣の理合を体に現したものといわれている武道です。
そういう意味では、体軸から出す力の論理などは似ているものがあるのでしょうね。
ナガツグさんの胴打ちの際の左手のおき方のお話、興味あります。
私も昨年から合気道における武器術を学び始めました。
その中に、剣術の稽古があるのですが、木刀ってなかなか上手く振れないものですね。
中心線と重心の置き所を間違えると、木刀に持っていかれてしまい、身体が流れてしまいます。
現代剣道とは幾分違うようですが、色々ご意見を伺えると嬉しいです。
私は、凡人なので、なかなか気付きがなく、興味深い内容のものを書き続ける事ができるか分かりませんが、また立ち寄って戴き、コメントくださいね。
今後とも、宜しくお願い致します。
「体軸」の重要性は、武道共通の本質ですね。
私は剣道を稽古していますが、胴打つの稽古中に左手が正中線(中心線・体軸)から離れていると、どんなに力を入れても、重くてキレのある打ちは出来ません。
逆に、腕を正中線に沿って振り下ろすと、力を抜いても、非常に重くてキレのある良い打ちが出来ます。
また、
「各々の武道が積み上げてきた動きを体現するには、一度はその理屈に身をゆだねなくてはならない。それを無視すると、見た目は似ているが、全く異質のものを得る事となる」
という言葉には大変共感させられました。私もそう思います。
どんなに見た目(形)が一緒でも、その基本的な形に呼吸、身体感覚(体軸・丹田など)などの本質を練り込まなければ、全然違うものが出来上がってしまうと思います。
そういう意味で、理屈(理論)をしっかり心に留めながら、問題意識を持って稽古をし、身体を通して少しずつそれを具現化することが必要ではないかと思います。
コメントが長くなってしまいまして、申し訳ありませんでした。また、興味深い記事を楽しみにしています。