カッキーYAMA   akihiko tange

手始めに、日常的なことを気の向いたときに載せていくつもり。

世の中、めまぐるしく・・・疲れます・・・

2012-10-12 | エッセイ

単純に言ってモノ余りである。とりあえず自分の周りでは・・・。一般的にもそう言われ出してからもう何十年も経つ。国境でエリアを一区切りするなんてこのグローバルの時代に古臭い、遅れている、という人もいるかもしれないが、日本語の届く範囲はとりあえずこのエリアだし、やはり意味は大きいと思うので、この範囲で考えてみて、やはりモノ余りである。だから今更、物を生産したり、サービス、情報を生産したりする分野で大きく経済が発展し「活性化」するとは思えない。「活性化」するならとうの昔にそうなっているはずだからだ。だからこの国で今後当面大きな経済発展があるとは思えず既に実際にそうなっている。これは近隣の例えば韓国、台湾などでも似たようなものだと思う。中国はバブルがはじけたときのショックがとてつもなく大きいだろうから要注意だ。何せ万里の長城を作り続け財政がひっ迫してもなおも作り続けたという国である。その間政変も起きている。今なら周辺諸国への影響ははかり知れないだろう。そのくらいのことが平気で起きる国である。ところでこちらの小さな国で何かが「活性化」しているように見えるときは大きく眼を開けて、なにか仕掛けがありそうだと見た方がよく、そこに無理が掛っていることが多い。砂上の楼閣であるのに無理やり仕掛けようとする者もいるのだろう。
 これは確実と思われたIT関連ももうモノ余り、サービス余りだ。これは産業の性質上そうなるのが早かった。ビール業界などと同じで膨張発展して既にもうシェア争い。そうなるまでが異常に速い。そこへ食い込むのは一苦労・・・、かなり難しい。そしてシェアという概念が無くなるくらい統廃合も進む。そんな中、個人的に頑張るといってもビール業界のことで言うと、地ビール、くらいのものにしかならない。業界全体で動くお金という観点からいったら地ビールの額など何だそれ!と嘲笑われるくらいのもので、実際に嘲笑うやつは多くいる。その割に飲む側に回ると休日などに飲みに行き、「こういった地ビール、素晴らしいですね!」などと褒めたりするのだから勝手なものである。生産者は、ハ~どうも、と言うくらいだろう。良く言ってもビール業界のスパイス役ぐらいしか用をなさないということかもしれない。それでも味わうことが好きな者にとっては意義のあることである。利益至上主義の中に普段いる人々も時としてそれらが必要なのだろう。目先の変わったものが欲しくなるのも人の常だ。



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かつてSF小説で読んだ宇宙旅行が・・・・・

2012-10-12 | エッセイ

サラ・ブライトマンさん、宇宙旅行へ 英ソプラノ歌手

以前、落語家を宇宙旅行へ連れて行ったら面しろいかもしれないと、半ば冗談で書いたことがある。あるいは詩人とか。しかし、詩人だと何か一言言っただけで終わってしまうかもしれない。宇宙空間とはぽっかりとしたあまり変化のないものかもしれないからだ。想像である。

歌い手の行ってみたいという希望が具体化しそう、といった内容の記事で、世の中の移り変わりが早く、楽しそうな企画だなと思った。危険は伴うとは思うけれど、宇宙飛行士以外の一般の人も宇宙へ行ける、言ってみれば旅行できる時代になってきた。



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12Oct2012

2012-10-12 | エッセイ

新聞の記事を、文章の手本としている人が多くいるらしい。忙しい日常で、一番、接する機会の多い活字媒体だから知らず知らずそうなっていることも多く、私もその一人だと思う。漢字の使い方から、記事の簡潔さやその内容表現など、確かに手本としても良い物のように思う。でもそれは数ある手本の一つである。スペースに制限のある記事には記事のスタイルがある。

行間を目一杯空けたり、読点を多くつけてみたり、自由に楽しんで書けるということは、喜びである。人の悦楽の一つだな、と思う。



 

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新聞の記事の中から

2012-10-12 | エッセイ

PC乗っ取り、掲示板の指示で動作 ウイルス解析

最近このようなニュースが目に付く。内容がメールか何かを間違って送信してしまったとかといったことと、重大さがまるで違うのである。これだと、他人のパソコンの操作も知らぬところから知らぬ人が自由に閲覧、操作が可能ということである。おそらくは多くの人が危惧しているであろうことが実際に起きているのだ。インターネットという仕組みにおいて、そういったことが専門家にとっては「比較的簡単に技術的に可能」ということのようだ。技術的にそういったことが不可能にできないのかなと思う。可能であればやるやつはいるわけで、そういった連中が世界中のどこかにいればそれだけでインターネットは世界中につながっているから、誰にでもアクセスできると言ってプラスのことだけを考えているうちは良いが、誰でもアクセスされ標的にされうる、ということでもある。私は外国の人間に対しては言葉は通じないことはあっても特には臆することもなく普通に接する方だと思うが、それでも、異国の人間は根本的な所で価値観も違うし何か怖い気もするときもあるのである。おそらく異国の人間にとってもこちらのことをそう思うときもあるだろう。

こういったインターネットの犯罪に関しては、今や世界の多くの人々が共通の不安感を抱いているだろうと思う。皮肉なことに、ここは苦も無く共通した感覚を、不安感という感覚を、持てるのである。
こういった犯罪が野放しになると、少なくとも健全な利用者に不安や疑心暗鬼が広がるだろう。それは、その利用者たちの責任とは言えない。そしてその犯罪が多くなると、インターネットという、今や世界中の人々が、楽しめて使いようによっては実に便利な仕組みもいっぺんに水泡に帰す可能性があるから、注意が必要だ。

あまりにも普通の感じ方ではあるかもしれないけれど・・・。
しかし言葉でそこを言えないと、なかなか事態から感情から、捉えきれないのものでもある。
普通だけれど、この記事を読んで・・・・・。


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