明鏡   

鏡のごとく

『子豚とサイクリング』4

2015-11-12 13:52:29 | 小説


魂が子豚。子豚の魂百キロまで。

とは言わないが、自転車を漕ぐ足にねっとりとまとわりつく子豚を含めた男の重みが坂道を登り切れず、雨足に先を越されて、へたり始めていた。

仕方なく男Hは、誰もいない、りんごの木だろうか、柵の向こうには果樹園があり、その道端に戸が壊れている誰も使っていないような掘っ立て小屋を見つけ、そこで一息つこうとした。

十割蕎麦あり〼

の看板が、掘っ立て小屋の壁にあった。

それにしても、この小屋で蕎麦を打つにも、戸が開け放されているので、別のもの、いわゆる天の恵みの雨風、砂、砂利、土、虫、雑草、苔、胞子、黴、塵、芥を含めた大いなる森羅万象が空を切りながらも、混ざるに違いがなく、9.5割くらいにしといたほうが現実的な気がしたが、すでに、店じまいされてから十年は経っていそうな趣があり、十把一絡げな看板でも、誰も困らないようだった。

自転車を軒先に置き、中に入るのは、憚られたので、自転車にまたがりながら、雨が降るのをじっと見続けた。

他に何もないのだ。雨音と闇しか。

死んだ知人Kは、今どこで何をしているのだろう。

と思った。死んでいるのに。何かをしている気がしてならないのだ。

炬燵の中で死んだ知人Kは、心臓発作であったという。

心臓に穴が空いても、生きていそうであったのが、気になるのだ。

死後硬直のあと、座ったまま、何かを訳そうとしている気がしてならないのだ。

死と生の間には、何かあったのか。

最後に、何を見ていたのか。

最後に何を、書いたのか。

男Hには、確認したいことが、掘っ立て小屋から開け放たれた戸から、はみ出るぐらいあった。