ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H23.10.1(土) 富士急行6000系甲種、西武新101系甲種

2011-10-10 | 富士急行
 この日、二種類の甲種輸送が八王子にやってきた。


 ひとつは西武。


 そして、南口から富士急行に向かう205系。


 前面窓下の帯はなくなっていた。





 JRマーク跡


 こちら側の帯は残っていた。

8月9日(日)富士急行 -富士登山電車-

2009-08-09 | 富士急行

△6列車 三つ峠~寿
 今日から富士登山電車の定期運行が始まった。
 今日は一般色2両と組んで4両編成であった。
 天気予報では曇りだったが、思ったより富士山がきれいに見えた。



△9列車 三つ峠~寿
 8時頃からだんだん晴れてきた。
 富士登山電車は富士山に向かって勾配を登ってゆく。



△20列車 大月
 元京王5000系に新しい塗装が加わった。


 水戸岡鋭治デザインの車両らしく、パンタでも塗れるところは塗装している。


 ロゴや冷房機を塗装しているところもこれまでのデザインの考えを踏襲している。


 上から見下ろすとおもちゃのようである。

4月19日(日)富士急行(上大月~田野倉)

2009-04-19 | 富士急行

<257列車>
 田野倉駅から上大月に向かって歩いていると菜の花畑がったので、ここで撮影することにした。



<22列車>
 富士山が見えるところだが、かなり富士山がかすんできたので、上り電車も菜の花畑で撮ることにした。



<19列車>
 田野倉駅に戻っても次の上りまで時間があるので国道沿いに大月に向かって歩く。バスがあれば大月まで乗ろうと思ったが、一日数本しかなく、次のバスまで何時間も先なので、歩くよりほかはない。
 途中、列車が撮れそうな場所があったので、そこで1202+1302を撮ることにした。
 踏切の警報機に被ってしまうが、ほかに行く時間もないので、ここで撮る。



<24列車> 
 上大月駅に向かって歩いていると24列車に追いつかれた。
 上大月から大月までは歩いて10分もかからないので、のんびり歩く。

4月19日(日)富士急行(三つ峠~寿)

2009-04-19 | 富士急行

<702列車(フジサン特急2号)>
 今日は旧京王5000系を撮りに富士急行へ。
 富士急行特集のDJ94年1月号を持参して、高尾発河口湖行きに乗車。
 車内でDJを眺めていると、浅川に撮りに行った八高線の高尾臨などが載っている。
 驚くことに臨時列車運転情報のうちシュプール号になんと10ページも割かれている。
 今はまったくないのに。

 さて、はたして富士山は見えるのか気になっていたが、富士急行線内に入ると、くっきりとは言わないでも、写真には十分写る程度に見えたので一安心。
 三つ峠で下車し、目的地に行く途中でフジサン特急に遭遇したので撮影。



<14列車>
 目的地に到着し、DJ94年1月号の見本写真と見比べると、線路脇まで迫っていた林の一端が道路と格子枠の法面に変わっており、農作業小屋のような建物の屋根の色が赤から水色に変わっている。
 編成両数がわからないので、さてどうしたものかと思案し、ひとまず4両でもいいように構える。まず、5000型がやってきた。



<11列車>
 1206+1306が河口湖に向かって下っていく。



<71列車(ホリデー快速河口湖1号)>
 ゆっくりとした足どりでモモずきんが通り過ぎてゆく。
 近所の子供が「あずさだ~」と叫んでいた。



<16列車>
 さて、お目当ての80周年記念塗装電車がやってきた。元京王5000系の1202+1302である。
 富士急行生え抜きの5000系ではなく、なぜこちらの車両を塗り替えたのだろうか。
 しかし、さほど違和感はなく、こんなのが昔富士急を走っていたような・・・という気にもなる。
 元京王5000系は全国各地で現役だが、どこの会社の塗装にもマッチする優れた車両である。
 と言いつつ、小学校の頃は、ボロ車とバカにしていた車両である。



<704列車(フジサン特急4号)>
 16列車が通過後、大月方がパノラマ車のフジサン特急がやってきた。



<4536M>
 国道沿いのローソンに昼食を買いに行き、戻ると朝、高尾から乗ったM8編成が戻ってきた。
 そろそろ稼動期に入るのか、耕運機が畑に出ていた。



<201列車>
 一部の田んぼには水を張る準備が進められていた。
 5000型が急坂を登っていく。
 まもなく、田んぼの水面が鏡のようになるのだろう。



<13列車>
 1202+1302が大月から戻ってきた。  

 三つ峠での撮影はこれで終わり。
 午後は田野倉へ。