ブラックフェイス手帳

中央線201系 最後の軌跡

H23.12.29(木) あずさ81号 ~都立長沼公園から~

2011-12-31 | 中央線・中央本線(その他)
 久しぶりに都立長沼公園へ


△8092レ


△あずさ81号


△2080レ
EH200がタンク車を引っ張り豊田に向かっていく。
(トリミング済み)

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 本年の更新はこれにて終了いたします。
 来年もよろしくお願いいたします。

         平成23年12月31日

H23.12.26(月) 中央線H43編成

2011-12-31 | E233系
 平成18年12月26日、中央線のE233系が営業運転についた。


 5周年記念と言うことで、H43編成を撮ってから出勤することにした。


 豊田まで乗車し、いったんトタ区に引き上げるところを見送った。


 夜は高尾駅で寝ている基本編成を撮ってから帰宅した。

H23.12.25(日) 冬の田園休暇 ~富良野線~

2011-12-31 | 北海道
 新得から滝川行き3430Dに乗り、富良野で下車した。
 昼食を取ろうと駅前に出たが、食事のできそうなお店はなかなか見当たらず、小さな路地に開いていた小料理屋に入って食事にありつけた。

 富良野線は旭川からの729Dの到着が遅れていた。
 函館本線の列車も雪のため遅延しているようであり、道内の交通が大きく乱れ始めているようであった。


 729Dをホームにて迎撃。

 富良野線は94年の夏にラベンダー畑と十勝岳をバックに列車の写真を撮ったり、美瑛の丘を自転車で回ったり懐かしい路線であるが、冬に乗るとこれまた違った景色が見られ車窓を堪能できた。

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 旭川駅は高架化され大きな屋根に覆われる構造になっていた。
 柱が少なくすっきりしている。
 それはそうと、稚内行きの「サロベツ」が除雪待ちのため旭川で足止めを喰らっていた。




 北見行きの「特別快速」。
 いつか特急に格上げされるのではと思っていたこともあったが、ずいぶん長く「特別快速」のまま健在である。


 14時50分頃、「サロベツ」は約40分遅れで旭川を出発。

 15時ちょうど発のスーパーカムイ30号新千歳空港行きに乗ったが、通路まで立ち客が出て混雑していた。

H23.12.25(日) 狩勝峠を越えて

2011-12-31 | 北海道
 この日は夜20時30分のANAで羽田に帰るので、石勝線、富良野線などに乗って冬の北海道の車窓を楽しむことにした。

 朝、札幌7時03分発のスーパーおおぞら1号で新得へ。


 朝食は、「えぞ賞味」。

 狩勝峠は夜行を除いて2~3回通ったことがあるが、いままで眺めが良かったことはなかったが、今回は澄みきった青空の下、十勝平野が一望。
 見事であった。


 新得到着後、スーパーおおぞらを見送る。


 改札を出て、踏切から構内を。


 新得では帯広貨物行きの2073レを撮る予定であったが、予定時刻になっても現われず「スーパーおおぞら4号」が出発していった。


 しばらくするとDF200-102率いる2073レがやってきた。


H23.12.24(土) 日高本線完乗

2011-12-31 | 北海道
 平成15年1月に留萌本線や江差線などを完乗し、日高本線のみが道内で唯一未乗区間として残っていた。
 長らく放置していたが、JRの未乗区間が日高本線、岩泉線、山田線(盛岡~宮古)、予讃線(向井原~伊予長浜~伊予大洲)と残り少なくなってきたのでどこから潰していくか迷いつつ、北海道は冬に行きたかったので、日高本線は冬になるまで温存していた。

 札幌からスーパー北斗2号で苫小牧へ。


 朝食は車内で「石狩 鮭めし」。


 苫小牧で折返し準備をしているキハ40-355。


 鵡川に着くと上り2226Dが23分遅れとのことで、しばらく停車し、8時57分に出発した。

 厚賀から節婦までの間は波打際を走るが、列車は減速してゆっくりと走る。
 2226Dもこの区間で減速して遅れたのだろう。

 静内で乗客の大半が下車し、5~6人が乗車してきた。
 静内を通り越して乗車する客は私を含めた4人のみであるが、いずれも時刻表とカメラを持っており、明らかに旅行客である。

 浦河までに遅れは多少回復し、浦河を6分遅れの11時02分に出発し、終着様似に向かった。


 途中遅延があったものの、様似に無事到着。


 予定では、襟裳岬を観光して広尾に抜ける予定であったが、強風でバスが襟裳岬に行かないとのことで、バスに乗るのは中止し、日高本線を折返し乗車することにした。


 様似では昼食にありつけず、苫小牧まで食事抜きも覚悟したが、静内駅で13分停車中に改札を出てみると駅弁売り場があり、いかめしをゲットできた。





 節婦から厚賀の間は午前中以上の減速運転で慎重に運転していたが、後ろから線路を見ていると、激しい波しぶきが路盤を洗っていた。

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 札幌駅に到着後、赤レンガへ。


 クリスマスイブの大通公園。

H23.12.23(金・祝) 吹雪の小樽

2011-12-31 | 北海道
 学研都市線に行った後、小樽へ。


 小樽は吹雪いていた。


 冬の厳しさを感じる床下。




 駅の外に出ようかどうか一瞬考えたが、冬の小樽は初めてなので、小樽運河まで歩いてみた。
 小樽運河近くの鮨屋に入り、遅い昼食をとった。
 お店を出ようとすると吹雪いており、まっすぐ歩くのも大変だったが、なんとか小樽駅までたどりつけた。



 駅のホームも吹雪いており、こういうときデッキのある721系は暖かみを感じる。


H23.12.23(金・祝) 学研都市線、まもなく電化

2011-12-31 | 北海道
 来春、学園都市線、桑園~北海道医療大学間が電化される。

 架線の下を走るディーゼルカーを撮りに北海道に向かった。


 複線化されたものの、車両は国鉄時代の残党が老体に鞭打ち、おまけに2ドア車。
 80年代か90年代の気分を味わえる路線であったが、まもなく新しい時代を迎える。







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 大学3年の夏休みに、官庁や企業に数週間受け入れていただく現業実習があり、私はJR北海道で2週間お世話になり、学研都市線の複線化&高架化の工事現場等を見せていただいた。

 当時、学研都市線増発のための複線化事業が連立事業とあわせて行われていたが、将来の電化も対応可能な設計となっているという話を伺った。

 いま、こうやって、電化を迎えようとしている姿を見ると嬉しいものである。

H23.12.11(日) 仙石線

2011-12-29 | 東北
 大船渡線に乗った後、東北本線の塩釜から仙石線に渡り移り、ATACS導入後の仙石線の様子を見に行ってみた。


 線路際に信号の灯りはなく、なんだか落ち着かないのだが、これからこういった方式が増えていくのだろうか。

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 仙台駅で牛タンを食べて「はやぶさ」で帰宅した。

H23.12.11(日) 大島航路

2011-12-29 | 東北
 気仙沼駅に到着後、前回と同様、大島に渡ってみることにした。

  <2年前の記事>→11月1日(日)大島航路


 駅から港まで2kmほどなので、歩いて行くことにした。


 右の市役所の建物は無傷に見えたが、帰りに乗ったタクシーの運転士によると1階が水に浸かったらしい。



 大島航路の船着場(エースポート)は浮き桟橋が被害を受けており、フェリーは陸に直接接岸していた。


 気仙沼の湾に面してたくさんのドックが並んでいたが、軒並み津波の被害を受け、景色が変わっていた。


 大島との中間地点でエースポート行きとすれ違う。
 現在、大島航路は2隻で運航されている。


 大島の浦ノ浜港も岸壁が被害を受け、応急的に造られた船着場に接岸していた。

 浦ノ浜港にあった食堂も全壊しており、引き返すことにした。
 帰りの船には被災地支援と思われる東京のとある区の職員6人か乗船していた。

H23.12.11(日) 大船渡線

2011-12-29 | 東北
 2年前の11月1日に未乗区間であった気仙沼線に乗って気仙沼に行った。
  <2年前の記事>→11月1日(日)快速「南三陸1号」 11月1日(日)気仙沼線
 3月の地震で気仙沼は津波の被害を受け、気になっていたので行ってみた。


 一ノ関で新幹線を下車して在来線ホームへ。

 大船渡線は平成17年1月8日に一ノ関から盛まで乗っているので、久しぶりの乗車となる。
 前回は混んでおり、運転席横で前面展望した記憶があるが、今回は早めに座席を確保できた。


 2年ぶりに気仙沼駅に到着。



 今回乗車したのはキハ100-40+キハ100-43。
 6年前に乗ったのはキハ100-4+キハ100-40であり、片方は前回と同じ車両であった。