春日井市にある「道風公園」
ここは、公園の「冠名」になっているとおり
小野道風の生まれたところとされるところに整備された公園でして
その一角には
小野道風公誕生地の石碑のある…小野社
この場所が「道風屋敷跡」だったらしくて…
その遺跡保存会の活動を綴る石碑
「小野道風公遺跡の由来」とありながら、読んでみると、ほとんどその由来については、綴られていない…タイトルとそぐわない実に摩訶不思議な石碑
あ、ちゃんとした説明看板は、こちらの春日井市教育委員会のものがありましたね…こちらの方が「小野道風公遺跡の由来」について、しっかりと綴ってあります…
ちょっと思ったのは、「小野道風誕生地」と決めつけないで、「小野道風誕生伝説地」と…ひょっとしたら、ここで小野道風が生まれたのと違うかも…仮に今後の研究で、ここで生まれたのではないという史実がみつかったとしても、あくまでも「伝説地」だから、嘘じゃないといった…
そんなときでも、この看板を作り直さなくてもいいといった…幅広い…税金を無駄にしない姿勢が…共感できますなあ…
なので、こんな大きなものまで…制作しちゃってある!!
あくまでも「伝説地」です!
でも、こちらの石碑は
「小野道風公誕生地」
もし…誕生地でなかったら…これは引っこ抜く???のでしょう…
さて、そんな道風公園は
日本庭園っぽく…石が置かれていたり
おそらく小野道風に関係があると思われる…石碑が…何が刻まれているのかさっぱり読めませんが…
筆塚…
筆がでかすぎやろー、まるで子供が棒のぼりするかのような図ですな…
まあ、小野道風が平安時代の三蹟(三人の字の上手な人)の一人であることと関連付けての、この「筆塚」なのでしょうな…
さてさて、和様の書の創始者として、日本書道史上に特筆すべき人物である小野道風
そのエピソードとして有名なのは「カエル」ですよね!!
小野道風について、存じ上げない、よく知らない方のために簡単に紹介すると…花札に唯一人物が描かれている札があって、その方が小野道風なんですね…
ある日、上手く字が書けないと悩んでいた雨が降るある日のこと…一匹の雨蛙が、柳の枝にとびつこうとしているのを見かけたそうな…柳の枝は、風で左右に揺れ、それに飛びつこうとしてもうまくいきません…しかし雨蛙は何度も何度も挑戦する…うまくいかなくても諦めることなく…その光景を小野道風は「この雨蛙、いつあきらめるかなあ」とそう思いながら、ずっと見ていたそうな…すると、雨蛙は諦めずに何度も飛びつく中で、その雨蛙は柳の枝にとびつくことができたのであった…
おそらく、私が見てたら、「よかったね!」…もしくは「柳に飛びついたところで、その後ゆらゆら揺れる不安定のまま、どうするんだろう」と、さらにぼーっと眺めていたと思うんですが…小野道風は違います…
小野道風はこれを見て、「この雨蛙のように、根気よく努力をしていこう」とそう思ったそうな…
その後、「書道の達人」となる小野道風…凡人の私とは、同じものを眺めていたとしても、その後の考え方は「月とすっぽん」
私は「カエル」を眺めてても「家にカエル!」くらいしか思い浮かばないだろうから…汗
そんなカエルが…道風公園の片隅にいました!いました!!
相当劣化したコンクリートで造られたカエル!!
でも、なんか台座は新しい気がするけど…
台座だけ、新しく造りカエル!!
はい、このカエルをしばらく眺めていましたが、柳に飛びつくことはありませんでした???
さてさて、私、それほど小野道風に憧れているのか…興味があるのか…と尋ねられれば、けっしてそうではなくて…
実は、この道風公園の隅にある
曹洞宗観音寺
に寄ってみたかったのよ!!
山号は巨嶽山…ご本尊は十一面観音さま
観音寺山門のそばには「市川小松師之碑」
市川小松師は女性の歌舞伎役者、市川団十郎の弟子で、小野道風役が上手で名古屋で好評を博したそうな…小松氏が観音寺七世高厳和尚の縁者であることから建立されたとのこと
山門の右側には
親子地蔵尊
十五の森親子地蔵といって、今から500年前、庄内川の氾濫に困った村人達は、占い師の教えに従い、水神さまの怒りを静めるために15歳になる娘を人柱にしたそうな…それ以来、村には洪水の心配がなくなったとのこと…そんな娘とその母の霊を慰めるために建立されたそうな
その奥の祠には
お地蔵様が…大小ペアで
善光寺に行かなくても、参拝した気分にさせてくれる
善光寺堂
左に描かれた図は…牛に引かれてますなあ
「牛に引かれて善光寺参り」の図ですな…
さて、山門をくぐると…
歴史の感じる…立派な鐘楼が目をひきます…
さてさて、まずは手を浄めて…かつこのご時世、ひょっとしたら、手にへばりついているかもしれない新型コロナウイルスを洗い流して…と思ったら…
手水舎は使用不能となってました…
ここは、持参の手指消毒液でシュッシュ…
これで、ご本尊の十一面観音さまも「安心・安全」でしょう??
十一面観音さまも、感染症対策すれば、マスクが11個いるのかな…なんてしょーもないことを思いつつも…
本堂で…「安心・安全」を願って合掌!!
境内にも筆塚…小野道風の縁のお寺ですからね
天神様のお使いの牛
勉強が進むように…とは思わないけど…ボケ防止を願ってお願い!!
岡島佐平氏が観音寺のこの地で私塾を開設したことを示す石碑
…この木製の案内表示が消えたら、何の石碑かわからなくなっちゃいますね…
文殊菩薩様を始めとして…仏様が濃厚接触…
さてさて、ここまで、観音寺の境内を散策して、目に留まったものを紹介してきたけれど
私が、参拝にきたお目当てのコンクリート像が
実は、観音寺の山門の近くにある
弁財天像
このコンクリートのペンキが色褪せた感じ…
楽器を横向きに持った弁天さまのこの表情から漂ってくるこの匂い…
…B級スポットマニアには、よく知られているコンクリート作家…
関ヶ原ウォーランド、五色園の…等身大…実際は等身大の1.5倍ほどデカいコンクリート人形を作った浅野祥雲さんの作品かと思って台座をみれば…
「雲岳」作の銘が…
いやあ、この龍の巻きつく感じなんか、浅野祥雲さんの作品に酷似…
浅野祥雲さんと「雲岳」さんは、同一人物じゃないかと言われているほど、似た作品が多く、別人だとしても100パーセント影響を受け合ったことは間違いない…
ちなみに「雲岳」の作品として、有名なのは(あ、B級スポットマニアの間でね!)勝川弘法像
そのブログもどうぞご一緒に…
コンクリート巨大弘法さま…勝川大弘法さまを訪ねて…
さらに…山門を挟んで反対側に建立されている
コンクリート小野道風像も…「雲岳」の作品なんだな…
台座に
昭和四年四月 雲岳作
立像を寄付したのは勝川の山口悦太郎さん
勝川の大弘法と同じ人物ですね!!
立った、この二つの像をとことん眺め…とことん眺め…
眺めれば眺めるほど…
「浅野祥雲さんのコンクリート作品だー!!」
「いや!別人かも…」
ずっと、小野道風(おののとうふう)像を眺め…
これ、以前はペンキが塗られていたんじゃないだろうかと…じっくりと小野道風の顔を眺め…顔を眺め…その場に10分以上…(笑)
いやあ、B級スポットマニアなら、この場に10分以上、じっくりみつめることはあるあるでしょう!!…(笑)
なんせ浅野祥雲さんと同一人物かも知れない「雲岳」さんの作品、コンクリート像なんですから…もうアドレナリンの分泌が半端ない…(笑)
すると、小野道風(おののとうふう)像が、そんなにみないのと「うふ」と笑った
と「うふ」と笑った…
と「うふぅ」と笑った…
「とうふう」と笑った…
はい、そんなことは全くなかったけどね…
もし…と「うふぅ」と笑ったら、驚いて、私「オー・ノー(小野ー)」と叫ぶに違いない…苦笑
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