日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

ああだこうだの必要性。

2015-05-17 17:41:39 | 発達応援
 よい天気、よい風。
そして、気がつけば家の中はざらざら…というのが、
鹿児島ならではでしょうか。

 ざらざらの原因は、桜島の灰です。
これが嫌で、風がさわやかな季節も窓を閉め切って、
エアコンで過ごす方も多いようです。

 私も降灰が及ぶ地域に住むまでは、
「あ~!灰の降るとこなんか住めんわ!」と強く思っていましたが、
慣れとは恐ろしいもので、毎日、窓も開けているし、
多少のざらつきは無視しています。

 でも、テーブル拭くと灰で布巾が黒くなるのは、
毎回、わお!と思いますがね。

 ちょっと、本を読みながら、
発達支援が必要な子どもが、
「どうして、今そういうことをするのか」ということについて、
自分なりでもよいので仮説を立てていくことの大切さを感じています。

 勉強でも行動でもそうですが、
発達に凸凹がある子どもたちは、凸凹がない子どもたちがしないようなことをすることがあります。

 そのことを、同世代の子どもより遅れているとか、できないと比べてもあまり意味がないことです。
子どもの非現実的と思われる、考え方をする根本の部分には、その子のどういう思考回路があるのかや
こちらから見ると非効率的だったり、嫌な印象を受ける行動が何を補うために行われているのかを
こうだから?ああだから?と仮説を立てて考えてみなくては、
ただただ、「だめよ~、だめだめ」と阻止するだけになってしまい、
お互い、ストレスになってしまいます。

 この仮説の部分も、柔軟に「こうじゃなかった、じゃあ、こう?」と、
自分の固定した考え方をポンポン捨てていくくらいでなければ、
対応できないのかなぁ、と思います。

 こうは書くものの、私の頭にもびっちりコケがこびりついているので、
「なんでじゃ~!」と頭の中はでいっぱいになるのですがね…。