明日の葉っぱ(8×8)=69

思いつくまま 気のむくまま書いてます。

どかーん 真心ブラザーズ

2021-05-17 08:10:00 | 僕の音楽日記




昭和の頃
幼少の頃
お菓子もたくさん種類が
あるわけでなく
むかしは移動販売でポン菓子
「ドカーン」とか
「パッカン」だとか
言われたものがやってきてた。

近所の子供や
お母さんたちがあつまって
列をつくり
出来上がるまで
実演を見てた

米と砂糖を持ち寄って
いる分だけ作ってもらうなんて
仕組みだった。


今ではイベントで実演してるみたい
九州や、四国あたりは
まだ移動販売してるとか

シンプルで美味しいお米のお菓子

ドカーンが来たよ!
米と砂糖もっていって作ってもらおう

近所の子供がそれをみつけると
慌てて家に帰って
米と砂糖を持って駆けつける

今ではスーパーや色んなところで
手軽に買える
ポン菓子
たまに懐かしく食べたくなる

ポン菓子といったり
パッカンといったり

大きな音でびっくりして
出来上がりを見守る子供たちは
皆、笑いと笑顔に包まれる

あんなほのぼのとした
時代
あったよねぇ

ドカーンといっぱつ
いってみよーよ!

で、
真心ブラザーズ!
「ドカ〜ン」
プロ野球ニュースでも使われた
曲だったね






サマータイムブルースが聴こえる 吉田拓郎

2021-05-16 19:05:00 | 僕の音楽日記

サマータイムブルースって…

エディ・コクランの
「サマータイムブルース」なのか
渡辺美里の
「サマータイムブルース」なのか?
名もなき人が
夏に歌うブルースなのか?

松本隆さんの
ほろ苦く
カッコつかない
背伸びした
恋愛模様の歌の世界が
どことなく
オシャレで

こんな歌詞を
吉田拓郎が歌うのは
もったいない


なんて思ったりした当時。

あれだけ時代を撃ってきた
歌詞やら
自分の内面を綴った
歌詞なんかで
吉田拓郎色を出してきたけれど

80年代に入って
ミュージックシーンの変化に
対応すべく
時代の寵児は
もはや
吉田拓郎さんではなく
作詞家の松本隆さんになっていた。


映像が浮かぶ
歌には
聞くものの感情移入が
しやすかったりもする

同じような体験や、
どこか似たような体験
を摘んで
詩の世界のほろ苦さだったり、
恥ずかしさだったり
を自分の感情の中で
なぞりながら
その歌を
好きになっていく。

松本隆さんの作り出す
世界は
新しい時代のシーンに
うってつけの作品が
多くなっていた。

その最たる作品とアーティストは
松田聖子さん
だったり、
盟友大瀧詠一さんだったり
した。

そして吉田拓郎さんも
その一人。

80年代の松本隆さんは
無敵だった。


吉田拓郎が吉田拓郎らしからぬ
お洒落な歌になって
軽く、聞き流せる
重くない作品に仕上がった
「サマータイムブルースが聴こえる」だ。

名曲は作られる。

環境だったり、
時代だったり、
ファンや、それを
取り巻く人たちによって

80年代の吉田拓郎さんは
どうなっていくのか?
軽くなるのか
重たいままで
いくのか

シングル盤は大衆受けしないと
いけない部分もあるだけに
当然、シングルに見合っただけの
パワーのある作品にはなっていた。


今聞いても
色褪せない
歌謡曲っぽい
これが
ニューミュージックなのか?
と吉田拓郎の作品を通して
納得してしまった

「サマータイムブルースが聴こえる」



あなたの街の電気店 ナショナルPanasonic店CM

2021-05-14 07:23:00 | 僕の音楽日記

今や
大型家電量販店が
電気屋さんといったら
主流。
でも昔、そう、昭和の時代は
大型家電量販店なんて
なかった
スーパーがちらほら
出てきた程度
個人のお店
八百屋
魚屋
肉屋
金物屋
布団屋

そして
電気屋さん

まだ小さな町でも
そこそこの町でも
町の電気屋さんは
存在してる


昔は
電気屋さんの名称
〇〇ラジオ店
とかテレビが出てくる前からの
営業店舗は
そんな老舗の香りがする町の電気屋さんだ。




日立チェーンストール
日立製品を中心に陳列販売配達修理など
オレンジカラーで目立ってました。
[ストール]って?

多分日本語読み英語
Storeーを日本語でのわかりやすい発音だと

ストールになる
ところからじゃないかなと




そして高速エスパーのマスコットキャラクターの
東芝のお店

東芝はサザエさんの番組提供でも
長年有名。



少し少ないがシャープのお店
AQUOSが出る前までは
青息吐息だったけど



田舎に行くほどよくあった
サンヨー薔薇チェーン


店舗数は少ない三菱電気商会



明るいナショナル
みんな家中なんでもナショナル〜
ナショナル店会のお店
圧倒的出店率の多さは
暮らしに安心を与えていた?

ナショナルから
Panasonicのお店へ

この辺になると
レコードなんかも
一緒に販売してたし、
それからレコードレンタルも
併設してやったり
そしてCDレンタルへ
町の電気屋さんの生き残りは
今やクリーニングと併設という風景


どのメーカーが贔屓か
どのメーカーが性能が、いいのか?

親からの価値観などもあり、

テレビラジオ炊飯器は
ナショナルが、いいとか
掃除機はサンヨーが、いいとか
洗濯機は日立だとか
色々個別に各メーカー得意分野があり
それに呼応する消費者

我が家に家電が増えると
幸せな気持ちになれた時代
明るい照明
電気のある暮らし
便利な暮らし
家電製品は人々の生活の質を
上げてきた

音楽に興味が出てきたときは
ラジカセやステレオを欲しがり
カセットテープを買いに電気屋さんへ
最初は
Panasonicのテープ
そのうちTDK
とか
マクセルとか
のテープにシフト

カセットテープレコーダーは
各社ラインアップされてた
そのうちSONY製が良くて

ステレオコンポもPanasonic
テクニクスくらいは健闘してたが
SONYやらパイオニアやら
どれにするか迷ったもので
高校入学祝いにパイオニアのステレオを買ってもらった
町の電気屋さんで

今や
家電量販店や
ホームセンターでの家電購買が主流に
なってしまった。



遅くまで店の電気が灯って店内が
明るかった町の電気屋さん

商品だけでなく
安心も、届けてくれた
町の電気屋。

電池一個から
蛍光灯の替えから

カセットテープなどお使いと
次に
我が家に欲しい
魅力ある家電を
眺めに
冷やかしに

開いてる
町の電気屋さんに行ってみよう












松本隆のコトハ歌コトバ その3

2021-05-12 20:34:00 | 松本隆のコトハ歌コトバ
今一瞬 あなたが好きよ
明日になればわからないわ

みんな重い見えない荷物
肩の上に抱えてたわ


【蒼いフォトグラフ】松田聖子

若い時
付き合う意識がなく
距離が近すぎて
恋愛の意識や
意思表示がない
そんな男女の関係。
いわゆる
男と女の友情が
成立する関係

そんな仲間、そんな付き合い
をしていた経験は
大なり小なり
あるのでは…

こいつとは
恋愛に発展しない
あいつとは
絶対ない

などと
呪文のように
結局自分に言い聞かせてる
ような
節があったりして

距離が近すぎて
あまりにも
見えすぎて
でも
灯台下暗し
だったりもして
魅力を見落としていたり…

いい関係だったバランスは
男を意識した時から
女を意識した一瞬から
崩れていくもの

♪今一瞬 あなたが好きよ

ふっと、恋愛の神様が
悪さをする

好きだと認識してなかった
のが誤作動を起こすような
恋愛コンピュータ

でも…♪明日になれば
わからないわ
と不確定な
イレギュラーな感情。

「好き」と思う感情と想いは
一瞬で到達する
理屈抜き

理性で抑えられてた
「好き」と
イレギュラーで
誤作動を起こした
恋愛感情は
一瞬を永遠に変える


若い時の不安定な
感情の揺らぎは
すぐ側にいてくれる
人に
思いを委ねていたりする

ほんとの気持ちに
気がつかないこともある

それが
重い見えない荷物
だったりする
肩にのしかかってるのは
恋の悩みもあり、
人生の悩みもあり、
重い荷物になってる

そこから解き放されるのは
青春と呼べる
季節が終わった時
なのかもしれない。

ガタメキラ 太陽とシスコムーン

2021-05-11 12:24:00 | 僕の音楽日記
Gotta Make it Love
(愛を育でなければ)

という意味
ガタメキラ…

英語の発音で
こう、聞こえる

いったい何のこと?と
当時
流行っていた
ASAYANという番組
よく観てました
テレビ東京系の番組で
いつのまにか
オーディション番組になって
しまった。
最初の頃は
浅草ヤング洋品店
というタイトルだったのが
モーニング娘。
のオーディション、
デビューまでの
過程をドキュメンタリーで
見せて 視聴者も共に
作り上げていく、
応援していく気持ちを乗せて
見せられていた
そんな番組に変わっていった

つんくプロデュース芸能人
新ユニットオーディション
にて
選考された4人が
太陽とシスコムーン
という
ハウス系R&B系の
音楽で
モーニング娘。より大人の音楽で
勝負する
ユニットだった。


あの頃のつんくプロデュースで
デビューしていった
女性アイドルユニットの
ネーミングは奇抜だった。

モーニング娘。や
メロン記念日
太陽とシスコムーン
タンポポ
プッチモニ
ミニモニ
カントリー娘。
黄色5
青色7
あか組4
とか
とにかく目まぐるしく
雨後の筍のように
次から次へと
怒涛の企画ラッシュだった
見ているファンには
飽きさせないものだったけど
あまりのスピードに
ついていけない感じもあった。

ジェットコースターのような
彼女たちの一挙手一投足の
次の一手に
ハラハラドキドキ
作り込まれたドラマのような
リアル感を生み出していた。

モーニング娘。の次を狙って
放った矢は
少し的を外した感はあった
太陽とシスコムーン

少々狙いとは離れた感じだったけど
企画的にまた、狙い的には
面白かったグループだったと思う。
あの時代
小室哲哉旋風が吹き荒れ
それを追う形でつんくさんのプロデュースアイドルたちが
時代の華を飾ってた。

小室旋風に対抗して
ハウス系、R&Bのオネエさんユニットで勝負!だったが
軍配は小室旋風が強すぎて
牙城を崩せなかった感じ

80年代 おニャンコ
90年代 モーニング娘。ハロープロジェクト
2000年代 AKBと

アイドルユニット全盛期の一時代を築いた
ハロープロジェクト
つんくプロデュース。


アイドルユニット
アイドルグループ製造人
秋元康さんが
太刀打ちできなかった
90年代の王者に君臨していた
つんくさん
2000年前半まででその攻勢をかけた
勢いは収束していった。


今も活動してるモーニング娘。
AKBグループは
派生を繰り返し
今やおじさんにはわからない
ようになってしまった。

そんなわからない事では
太陽とシスコムーンという
グループも
わからなかった
あの頃のぼくだった。