橋
まど みちお
川は空を見あげて 流れています
空はひろいなあ と思って流れています
川は空を流れたくて 流れています
橋を渡るときに わたしたちの体が
なんとなく
すきとおってくるような気がするのは
きっと わたしたちが
川の憧れの中を 通るからでしょうね
そして 川の憧れの中には
昔の人たちの憧れも
まじっているからでしょうね
川のあちらがわへ 渡りたいなあ
どうしても渡りたいなあ と考えて
とうとう橋をかけてしまった
昔の人たちの憧れも
川の憧れは、空を流れること。決まった道筋ではなく、左右の幅も限定されず、自由にのびのびと思う方向へ流れていくことなのでしょうか。やがてたどりつく海が、もしかすると憧れを形にしたものなのかもしれません。海と空が広くて青いのも、その境界がわからなくなってしまうのも、そんな理由からなのでしょうか。
昔の人たちの憧れは、行きたくても行けない川の向こうに在る世界への憧れであると共に、隔てるものを越えていこうとする憧れでもあるのでしょうか。
橋はこちら側と向こう側に見えている憧れとをつなぐものであり、人は橋をつくり、それを渡ることで、憧れの思いを確かめているのかもしれません。
川の憧れと人の憧れが交差する場所が、橋。
憧れは、虹のようなものなのかもしれません。橋をつくり、そこを渡っていっても、憧れへの遠さは変わらないのかもしれません。つかもうとしても、さわろうとしても、さらに遠くに輝くものとして。
虹は、水のあるところにたちます。川の空への憧れをよく知っているので、空に橋をかけてくれているのかもしれません。
時には橋の上に立ち、自らの憧れを確かめてみたいと思います。すきとおってくるような気がしたら、その思いを忘れてはいないということなのかもしれません。
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