私がこの街に住んで36年目になります。
36年住んでいても街の事って知らない事がいっぱいですね。
主人に限ってはこの地で生まれ育ったにも関わらず、
私より知らない。。。
この街はその昔、
江戸幕府と水戸徳川家とを結ぶ「水戸道中」の江戸日本橋から三つ目にあたる宿場だったのです。
今でも面影が残っているのはうっすらとわかっていたのですが、
今回、「松戸宿ツアー」という企画があり、
昨日、参加してきました。
雨が降ったりやんだりのお天気でしたが、暑くもなく丁度よかったです。
こちらは、以前お米屋さんだったお家ですが、
このたび、「松戸探検隊ひみつ堂」という名前で、
観光、文化の交流拠点としてお借り出来たのだそうです。
道路を隔てて反対側に現代のお米屋さんが営業されています。
案内してくだるのは、
「シティーガイド」さんの男性、お二人で、
見学希望者は私を含めて、
4人。
う~~~~~ん、
やはり、参加者は少ないんですねぇ~
って、暇な人がいないのか?
「宝光院」(ほうこういん)
北辰一刀流を開いた千葉周作の実父のお墓、
周作の剣の師で義父でもある浅利又七郎の供養塔↑があります。
ちなみに、こちらにはくらり家の義母のお姉さんのお家のお墓もあります。
とてもレトロなままで残っている和菓子屋さんとミシンやさん。二軒並んで建っています。
以前皇后様がお出でになられた時、こちらの和菓子屋さんの「麩まんじゅう」をお出ししたそうです。
一度食べてみたいと思っているのですが、
まだ、食べた事がありません。そのうちに。。。
ミシンやさんは、私のミシンを買ったので。。。(笑)
娘にもここで買って持たせました。
年配のご主人ですが、本当に信頼できる方です。
「三河屋」さんという佃煮やさんです。
「うなぎの佃煮」を試食させてくださいました。
やっぱり、うなぎは美味しい!
でも、100g1500円!
試食だけで終わりました。。。今度買いに行きます!いつかなぁ~?????
今ではマンションが立ち並んでいますが、
江戸時代の宿場に設置された宿泊施設で、
街道を通行する幕府役人、大名、公家、旗本などが利用したそうです。
本陣と旅籠の違いですが、
本陣とは、門、玄関、書院が設置されていて、
旅籠には許されていなかったそうです。
こちらは平成7年に建てられたそうです。
「松龍寺」(しょうりゅうじ)
境内には松戸宿最初の旗本領主、高木筑後守のお墓(五輪塔)があります。
門前では、今でも8月10日に「とうもろこし祭り」が開催されているのだそうです。
全くの初耳!!
(主人に聞いても驚いていました。)
「松戸神社」
火災や大地震にあい、この建物は文久3年(1863年)に建てられたものだそうです。
初詣の時などはもの凄い人出です。
正直、私、昨日初めて手を合わせました。
今回、初めて参加して、
一番のお気入りスポットがこちらです!
明治31年に造られ、千葉県内に現存するレンガ造樋門の中で最も古いものとされているそうです。
この街に「眼鏡橋」と呼ばれる橋があったなんて、
しかも、今も使われていて、
このレンガの趣がたまらなく好きです!
この川を下って行くと、このような立て看板がありました。
この人物、「徳川慶喜」さんだそうです。
私もこの場所から、
ご一緒したかったなぁ~(笑)
何とまぁ~図々しい事を!!失礼。。。
許されることではなかったでしょうね?
もちろん、当時私がいたとしても、カメラを持てる身分では無かったでしょうし、
私のような者が、「徳川慶喜」さんを知ることも無かったことも、
十分わかっております。。。(笑)
歴史が好きな訳でもないのですが、
面白いです。
知れば知るほど、面白いです。
余談ですが、
最初のお寺さん「宝光院」に眠る義母のお姉さんのお家がこの近くにありました。
道すがら覗いてみたのですが。。。
お嫁に来て、義母に連れ行かれた時のこと、よぉ~く覚えているんです。
黒い板塀が続く屋敷で、格子戸をくぐると
綺麗に手入れされたお庭があって縁側から見えるようになっていて、
静かな佇まいでした。
私の大好きがいっぱい詰まったお家でした。
そして、私にはとっても優しい人でした。。。
あの大好きだったお家、
今はありません。。。
とても寂しさを感じました。