「八っつあん、ひょっとして梅雨が明けたんじゃあないかい。今年は二十日ばかし、暦が先に進んでいるようだね」。
「ご隠居さん、そんなべらぼうな。いやあ、そうでもないか。なにせ原発汚染水処理装置のネジの緩んでいたそうですからね。おいらも鉄塔を組み立てたりするんですがね。たかだか百くらいのネジがきちんと締められないなんて、お天道様が狂ってでも居ない限り、職人のすることじゃあないですからね」。
「そりゃあ、あんた達はそんなドジは踏まないだろうが、原発はにわか仕立ての放射能優先下請作業だから、現場は不慣れだろうな。事故ってうか、取り返しの付かない失敗というのは、危険作業を押しつけられた末端の知識不足というか経験不足から起きることが多いんだよ」。
「へえ、しかし放射能を浴びる限界値というのは、人間に対する値で、その値以下なら誰でもっちゅうか、慣れた職人や頭脳明晰な設計監理の人も働けるはずじゃあないんですか」。
「いやあ。それが妙な絡繰りになっていて、大量の放射能を浴びて働いても良いという人種というと妙な言い方だが、同じ日本人でも放射能下で働く人達が用意されて居るらしいんだよ」。
「鳶みたいなもんですかねえ。もっとも鳶は技術と度胸で腕の確かな連中ですがね」。
「まあ、人から聞いた話だから確かなことは知らないが、放射能が高い場所ほど、下請けの知識というか技能の低い人が行く仕組みになっているらしいね。隠居の言うことじゃあないかもしれんが、この辺りにメスを入れないと、滅多なことで社会正義云々などと、偉そうなことは言えないと思っているんだよ」。
「なるほど。世の中には光の届かないところもあるんですねえ」。