「先生、中央署からお電話です」。あ、ひょっとしてと背中がぞくっとする。年に一度くらい警察から電話を貰う。誰かなと思いながら受話器を取る。「お忙しいところ、すいません。中央署の・・課の**です。先生の所にQさんという患者さんが、通っておられますね。最近どんな様子でしたでしょうか?。実は今朝自宅で亡くなっているのが見つかったものですから」。「えーっとちょっとお待ちください、あーっと最近いらしていませんが」。病名、最後の受診日、服薬内容などを知らせて電話を切る。電話だけでなく、手が空いている時は検屍を頼まれることもある。ほとんどが高齢で一人暮らしの方だ。おそらく我々(警察救急往診する開業医)しか知らない現実、音のしない寒風の吹きすさぶ暗くひっそりとした虚空に横たわる遺体、がそこにある。
来る者は拒まず、去る者は追わずの原則を貫いてきた。患者さんには医者を選ぶ権利がある。何らかの理由でかかりつけ医を変えることは時々あることで、我関せずと思ってきた。最近受診されませんがどうしましたなどと連絡することはお互い気まずいことが多く、どことなく物欲しげで好まない。しかし大人しく人なつっこいQさんの場合はこの頃来ないねと話していたので、いかにも残念でこれで良かったのだろうかと感じた。「あの笑顔が忘れられないのよね」。と職員も言う。ミーティングで話し合い、高齢で一人暮らしの患者さんが来なくなったら連絡しようかとゆうことになった。
人には歴史があり、医者の出来ることは限られているので、それで問題が解決するわけではない。それでも、いくらかの手助けはできるだろう。
来る者は拒まず、去る者は追わずの原則を貫いてきた。患者さんには医者を選ぶ権利がある。何らかの理由でかかりつけ医を変えることは時々あることで、我関せずと思ってきた。最近受診されませんがどうしましたなどと連絡することはお互い気まずいことが多く、どことなく物欲しげで好まない。しかし大人しく人なつっこいQさんの場合はこの頃来ないねと話していたので、いかにも残念でこれで良かったのだろうかと感じた。「あの笑顔が忘れられないのよね」。と職員も言う。ミーティングで話し合い、高齢で一人暮らしの患者さんが来なくなったら連絡しようかとゆうことになった。
人には歴史があり、医者の出来ることは限られているので、それで問題が解決するわけではない。それでも、いくらかの手助けはできるだろう。
それぞれの場面で、どのようなことを感じておられるのか、我々には想像の域を出ませんが、その片鱗でもこうして感じ取らせていただけることは、大変意義のある有難いことだと思っています。
ただ医者にも仕事は日常なのだということは申し上げられると思います。たぶんだから続けられるのでしょう。仕事となれば、パン屋さんと根本はさほど変わらないと存じます。