駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

天秤に掛けているのは

2009年08月20日 | 医療
 Never say never.「いいか、患者に絶対大丈夫とは絶対言うな」と教授は教えてくれた。
 世の中に絶対大丈夫などないことを大人は知っているはずだが、人は時に言葉に囚われてしまう。神ならぬたかだかの人に絶対を保証する力などないのを知っていながら、言質を取り付けて安心を得ようとする人が居る。それで逆ねじを食らわせようとする人さえ居る。
 この人は無理な保証を取り付けようとしていると気付くと多くの医者は退いてしまう。大丈夫と言ったじゃないかと不運を恨みや憎しみに結びつける心の動きを察知するのだ。恐怖のなせる技なのを理解し寛恕できる医師や、一歩踏み込んで苦しみを分かち合おうとする医師に巡り会うこともあるだろうが、いつもではないし、相性のあることだからそれで安寧が得られるとは限らない。
 何度、取り返しのつかない判断を見てきたことだろう。
 「髪の毛が抜けたから止めたの、アメリカから良く効くという薬?を取り寄せて調子良かったのよ」。それが数ヶ月前から調子悪いのとAさんは来られた。どうすればと言われても、もうリンパ腺が累々と腫れている。
 副作用で文句を言われた時、たぶん主治医はさほど粘らず引き下がったのだろう、上手くゆく保証なんてないのだから。でも何もしなければ上手くゆかない保証はあったのだ。
 髪の毛や家族の世話と何を天秤に掛けているかを説明した時、それが命だという率直さが十分でなかったか、率直な言葉を受け取る方が脅しと取ってしまったか。 
 でも、もう取り返しがつかない、健康は戻らない。
 それでも絶望ではないことを秘かに祈りたい。
 

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