紙魚子の小部屋 パート1

節操のない読書、テレビやラジオの感想、お買い物のあれこれ、家族漫才を、ほぼ毎日書いています。

フンガくん

2007-05-02 20:54:17 | 読書
 教育再生会議の親学マニュアルが話題になっている、らしい。私の中のイメージでは、このマニュアルに向かって、コントで剣豪(らしき)の出で立ちの志村けんが「まだまだ修行がたらぬわ・・・!」と眉毛を片方あげている風情がぴったりくるのだが、実際のところはどうなんでしょう? なんかこう、いかにも机上の親学っぽくて、あなたホンモノの赤ちゃん、1日でも世話した事あるんですか?と聞いてみたい。

 もう乳児の子育ては終了したとはいえ、私にはあの親学マニュアルでの子育てはごめん被りたい。というか、まずもって無理でございます。授乳中はここぞとばかりに、マンガや読書に夢中でございましたから。母と子でただ見つめ合いつつ授乳タイムなんて余裕は、とてもとても。それにまず母乳じゃないしなー。

 ところで剣豪コントの志村けんをも、「おぬし、なかなかできるな」と言わしめるだろうお母さんが絵本の中に存在する。『フンガくん』(国松エリカ/作 小学館)のお母さんだ。

 わがままなコブタのフンガくんが、毎回どんなにへそを曲げても、だだをこねても、言う事をまるっきり聞かなくても、手足をバタバタさせて転がっても、どこ吹く風の鼻歌まじりである。いつしか忍法雲隠れとばかりに、煙のように消えうせたりする。

 子どもの感情に決してシンクロすることなく、どこまでも我が道をゆくフンガくんのお母さんは、いつだって子どもより1枚も2枚も「ウワテ」なのだ。

 この大人の風格! 子どもにおもねらず、媚びず、かといって突き放さず、タイミング良く登場し、しかも優しくにこやか、かつ、おおらかで余裕しゃくしゃくなのである。まことに天晴れなお母さんなのである。

 子どもより「一枚ウワテなオトナになること」が、親の仕事かもしれない。彼女のようになるのは難しいが、理想としてあおぐ事はできる。そして素敵なモデルを持つ事もリアルな「親学」の初めの一歩としては、大切なのではないだろうか。