現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

ミリオンダラー・ベイビー

2019-03-16 10:31:00 | 映画
 2004年のアメリカ映画で、アカデミー作品賞、監督賞(クリント・イーストウッド)、主演女優賞(ヒラリー・スワンク)、助演男優賞(モーガン・フリーマン)を受賞した作品です。
 貧しい白人家庭に育って13歳からウエートレスをして自活している孤独な三十過ぎの女性がボクシングに夢を見出して、これも家族から離れて暮らしている孤独な老トレーナーに自分を売り込んで、世界チャンピオンを目指す作品です。
 しかし、ボクサーは、世界タイトルマッチでチャンピオンの汚い反則で全身不随になり、家族にも見放され、死を選ぼうとします。
 自殺は未遂に終わりますが、トレーナーの手によって、尊厳死(殺人?)させられます。
 前半はロッキー的なエンターテインメントの作りで、後半は尊厳死という重いテーマを描いていて、ミスマッチを起こしています。
 ボクシングのシーン、特に試合は現実離れしていて(即座に失格あるいはライセンス剥奪になるようなひどい反則が何度も容認されています)、リアリティに欠けます。
 尊厳死の取扱いも非常に情緒的で、公開当時も大きな問題になったようです。
 登場人物もステレオタイプな描き方が多く、魅力がありません。
 そういった意味では、作品賞は興業的な成功に、監督賞と助演男優賞はイーストウッドとフリーマンといった著名映画人のブランド力に、アカデミー会員が目がくらんで選んだのだと思わざるを得ません。
 しかし、この映画のために、ボクサーとしての肉体も技術も作り上げたヒラリー・スワンクは、主演女優賞に値します。

ミリオンダラー・ベイビー (字幕版)
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新庄耕「狭小住宅」すばる2012年11月号所収

2019-03-14 08:44:14 | 参考文献
 第36回すばる文学賞を受賞した作品です。
 ブラック気味な不動産販売会社に勤める若者が、都内の一戸建て住宅(狭い所に無理やり立てているのでペンシルハウスと呼ばれている狭小住宅)を顧客に売り込んでいくうちに、内面も外面も次第に変わっていく様子を描いた作品です。
 新庄が不動産業界にどのような体験や取材経験があるのか知りませんが、そこで描かれている会社の様子はかなり底が浅いような感じがしました。
 得々と語られている売り方は、業界とは無縁の私の経験(購入側でしかありません)でも、簡単に想像がつくような販売ノウハウでしかありません。
 また、少し謎めいて描かれている上司のコーチングも、管理職としては初歩的なものにすぎません。
 おそらく新庄は、まともに会社で働いた経験(不動産販売会社でなくてもいいのですが)があまりないのでしょう。
 しかし、審査する方の面々も、作家としてのキャリアは申し分ないのですが、実社会で働いた経験があまりない人たちばかりなので、この程度の会社の描き方でもリアリティがあると思いこんだようです。
 また、ストーリー展開もご都合主義ですし、人物造形(特に女性)も浅薄ですので、エンターテインメントならばまだしも、純文学としては食い足りないと思います。
 一方、エンターテインメントとしては、この題材と描き方では想定される読者であるサラリーマン層にとって読み味が悪すぎて、需要が見込めないのではないでしょうか。
 作品世界と審査員のミスマッチが、このどっちつかずの受賞作を生みだしてしまったのかもしれません。

すばる 2012年 11月号 [雑誌]
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集英社


狭小邸宅
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集英社
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早見和真「十条セカンドライフ」東京ドーン所収

2019-03-13 08:49:37 | 参考文献
 主人公は、高校野球で甲子園まで出場したピッチャーで、東京のプロ野球チームにドラフトで四巡目に指名されます。
 しかし、同じチームの控え投手も五巡目に指名され、契約金や給料が同額だったのが不満で大学へ進学します。
 主人公はその後投げられなくなり、プロどころか拾ってもらった社会人野球でもクビになって、今は新宿でバーテンをしています。
 プロになった控え投手は、中継ぎ投手として成功しています。
 主人公は、高校野球のチームメートが再開する場面で、改めて挫折感を味わいながらもセカンドライフを生きていこうと思います。
 登場人物や設定がいかにもありがちで、ベタな挫折物語になっているので、読者の心にはまるで響いてきません。
 まあ作者はエンターテインメントなんてこんなのものと、たかをくくって書いているのかもしれませんが。

東京ドーン
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講談社
  
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立花 隆「孤独な<森の哲人> 鈴木 晃」サル学の現在所収

2019-03-12 08:47:10 | 参考文献
 タイトルとは裏腹に、単独行動者と思われがちなオランウータンに、巨大な(直径百キロくらい)社会構造があるのではないかという推測が興味深いです。
 そして、それ以上に、樹上生活者なので観察しづらいオランウータンを、二十年、三十年というタイムスパンで研究していこうとする研究者魂に感銘を受けました。

サル学の現在 (上) (文春文庫)
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文藝春秋
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あびるとしこ「スタートライン」

2019-03-11 08:20:16 | 作品論
 思いがけずリレー選手に選ばれてしまった、四年生の女の子の話です。
 リレーの練習を通して、それまで苦手だったクラスメイトの女の子の違う面を発見します。
 小学生の女の子たちの繊細な気持ちがよく描けていて、同年代の女の子の読者には共感を持って読まれることでしょう。
 グレードを意識したせいか紙数が少ないので、後半はやや駆け足になってしまいましたが、ラストも読み味がいいです。
 二十年以上前に書かれた作品なので、小学校や商店街の様子も今ではだいぶ変わってしまっていますが、人間関係の描き方には普遍性があります。

スタートライン (新日本おはなしの本だな)
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新日本出版社
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吉村萬壱「希望」虚ろまんてぃっく所収

2019-03-10 08:35:56 | 参考文献
 非常に抽象的な掌編です。
 作者の厭世的な気分はなんとなくわかるのですが、あまりに短くてほとんどの読者には作者の具体的なアピールは伝わらないでしょう。

虚ろまんてぃっく
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文藝春秋
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立花 隆「なわばりも順位もないゲラダヒヒ 河合雅雄」サル学の現在所収

2019-03-09 08:30:16 | 参考文献
 サルの世界では、一般的には群れ単位で行動し、その群れは一定のなわばり(行動域)を持ち、群れ内ではボスザル(アルファオス)を頂点とした順位があります。
 しかし、アフリカに棲むゲラダヒヒには、アルファオスを中心とした小さな群れ(ユニットと呼ばれています)はありますが、それは特定の縄張りを持たずに他のユニットと共存してバンドと呼ばれるより大きな群れに属しています。
 それは、人間社会に家族(ユニット)の上部構造として村(バンド)があるように、ゲラダヒヒの社会が複数の階層を持っていることを示していて、人間の家族制度の起源といえるかもしれません。
 さらに、複数のバンドが共存するマルチ・バンド(人間社会でいえば地域共同体のようなもの)も存在しています。
 また、ユニット同士やバンド同士には順位がなく、平和に共存しています。
 人間でも、ブッシュマンやピグミーのような狩猟民族では階層性がなくみんなが対等平等だということを考えると、かつては日本も同様な平和で平等な社会で、現代社会のような不平等や格差は農耕が発達して以来のことと推測されるそうです。
 ちなみに、ここで取り上げられた河合雅雄氏には、「少年動物誌」(その記事を参照してください)という優れた児童文学作品(ノンフィクション)があります。

サル学の現在 (上) (文春文庫)
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文藝春秋
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アンコール!!

2019-03-08 08:27:59 | 映画
 末期がんの妻と武骨ながら妻を心から愛する夫という組み合わせの老夫婦の姿を、妻が参加していた合唱グループと絡めて描いた映画です。
 やがて訪れた妻との永久の別れと、そこから立ち直っていく夫の姿がていねいに描かれています。
 コンクールでの成功や息子との和解など、ややご都合主義なハッピーエンドですが、後味は悪くなかったです。
 最近の児童文学でも老人が出てくる作品は増えているのですが、こういった群像劇(例えば老人ホームなどを舞台にして)はもっと書かれてもいいかもしれません。

アンコール!! Blu-ray
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TCエンタテインメント
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黒川みつひろ 作絵「恐竜トリケラトプスと巨大ガメ」

2019-03-07 13:42:52 | 作品論
 この本でも、アーケロン(体長4メートルにもなった恐竜時代の巨大ガメ)を初めとして、いろいろな動物(時代を恐竜時代末期に設定しているので、恐竜以外にも様々な動物を使えます)が登場します。
 読者と交流するコーナーもあって、なかなかの人気だったようです。
 巻末の似顔絵コーナーの投稿者によると、幼稚園から小学校低学年の男の子が読者の中心のようでした。

恐竜トリケラトプスと巨大ガメ アーケロンの海岸の巻 (恐竜の大陸)
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小峰書店
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吉村萬壱「樟脳風味枯木汁」虚ろまんてぃっく所収

2019-03-06 08:24:35 | 参考文献
 これもまたエロとグロの世界なのでが、その中に書けない売れない食えないの三重苦にあえぐ純文学作家(作者の分身?)が描かれていて興味深い面もありました。
 御多分にもれず、作中の作家も純文学をあきらめてエロ小説を書くのですが、それもうまくいきません。
 かつてのエロ小説(官能小説と呼ばれていました)の世界では、宇能鴻一郎(芥川賞受賞作家)や川上宗薫(芥川賞候補五回)などの大家がいますので、純文学との親和性はもともと高いと思われます。
 昔なら作者もとっくに官能小説に転向していたかもしれませんが、今はこれらの小説の読者は高齢者に限られていて、マーケットも縮小しているので難しいでしょう。

虚ろまんてぃっく
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黒川みつひろ 作絵「たたかえ恐竜トリケラトプス」

2019-03-04 08:50:17 | 作品論
 「恐竜の大陸」と銘打たれた絵本シリーズの一冊です。
 絵はマンガ的で、ストーリーも他愛ないのですが、いろいろな恐竜が登場し、巻末には恐竜についての解説も載っているので、男の子(特に恐竜好きの子)にとっては、なかなか楽しい作品に仕上がっています。

たたかえ「恐竜」トリケラトプス―旅立ち前夜の巻 (恐竜の大陸)
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吉村萬壱「コップ2030」虚ろまんてぃっく所収

2019-03-03 08:49:44 | 参考文献
 高度なディジタル化社会が破綻して、アナログ社会へ回帰している近未来が描かれています。
 主人公は、厚生省(用語が古い!)から委託されて、行き過ぎたディジタル化社会のために脳に障害を持った人たちの統計的な調査をしていますが、実は彼自身もその病気にかかっていました。
 こういった設定や物語には特に意味がなく、普通の文章と脳に障害を持った人たちの妄想による脈絡のない言葉の羅列がアトランダムに発生するところに、作者の狙いがあると思われます。
 この作品も実験的な手法で描かれていて、作者が文学に対してどのように取り組んでいるかがわかりますが、読者対象は非常に限定的なものにならざるを得ないでしょう。

虚ろまんてぃっく
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ハートビート

2019-03-02 09:55:43 | 映画
 2016年公開のミュージックとダンスを融合した、新しいタイプのエンターテインメント映画です。
 ストーリー自体は、マンハッタンの地下鉄で演奏する訳あり(詳細は最後まで不明)のヴァイオリニストの男の子と、奨学金でマンハッタンの芸術大学で学ぶバレエダンサーの女の子が、運命的に出会って、仲間たち(ヒップホップ系のストリートダンスグループ)と、弦楽器と舞踏のコンクールで優勝するという、しごく他愛のない物です。
 しかし、優秀な若手のミュージシャンやダンサーが多数出演していて、随所(あまり必然性がないシーンもあります)で繰り広げられる、様々なタイプのミュージックとダンスは本物で、一見の価値があります。

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田中すみ子・作 夏目尚吾・絵「あづみのひみつ基地」

2019-03-02 09:05:14 | 作品論
 「登校拒否を考える絵本」と銘打たれた作品です。
 ここでは、登校拒否から一歩進んだ、「保健室登校」を取り扱っています。
 絵本は、普通の児童書と比べて、普段は本を読まない子にもとっつきやすいので、子どもたちのまわりにあるいろいろな問題について考えるきっかけを作るのも、その大事な役割になっています(さらに低学年向けには紙芝居が有効でしょう)。

あづみのひみつ基地 (登校拒否を考える絵本)
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汐文社
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藤田宣永「女系の総督」

2019-03-01 08:35:38 | 参考文献
 女系家族の家長(こんな言葉自体が古臭いですが)を任じる還暦直前の男の話です。
 本人の過去の浮気とその直後の妻の死、それに伴って生じた長女との不仲を中心にして、いかに主人公がまわりの女性たちをさばいているかを克明に描写しています。
 本人の再婚話、母の認知症発症、姉夫婦の熟年の危機、妹夫婦の離婚騒ぎとそれに関連した姪の不行状、長女の事故と恋人との不仲、次女の転職、三女夫婦のセックスレス問題など、これでもかこれでもかと小さな物語をたくさん詰め込んでいます。
 しかし、それらは現代社会のシリアスな問題とはまったく無縁で、昭和四十年代のテレビのホームドラマを見ているような既視感を覚えます。
 特に、すべてが収まる所へ収まるような大団円のハッピーエンドには、さすがに苦笑を禁じ得ません。
 エンターテインメントなので余り目くじらを立てたくはないのですが、編集者であった主人公が担当している作家と浮気したり、働いているシーンはほとんど接待関連だったり、ほとんどの登場人物がやたらと煙草を吸ったりといった場面ばかりが繰り返されると、どうしても古臭さを感じざるを得ません。
 おそらく対象読者は中高年の男性なのでしょうが、そういった人たちは、一流出版社の役員で、都内の旧木場の一戸建ての家に住み、姉妹と共有とはいえ賃貸マンションも一棟持っていて、年下の美しい恋人がいる主人公に、どこまで共感が持てるのでしょうか?
 
女系の総督
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講談社
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