今日も快食、快眠、快便!

「快食、快眠、快便」を座右の銘として実行すべく、その達成度と日々の記録やあれこれ。

2020年総括

2020-12-30 18:40:21 | 日記とか


2020年もいよいよ明日がラスト。
コロナに始まり、「新しい生活様式」に翻弄され、年末には思いがけない事態にもなった。

母の癌の検査結果はまだ出ていない。
出ていないっていうより知らせが来ないっていうのが正解かも…。
「結果は年明けになる可能性もある」とは言われていたが、予定より1週間も遅い。
検査を受けた病院と救急車で搬送された病院が違うため、検査結果を入院先に送ってもらうように手配したと、入院先の医師は言っていた。
だからもしかするとすでに結果は入院先に送られているのかもしれない。
でもさ、結果が出たことは家族に知らせるべきじゃないか
何だかな~

さて、毎年末ブログでその年の総括をしているが、今年も相変わらず英語や着物(1日2日は着たけど)や断捨離は挫折した
仕事はそこそこやったけど、コロナで外出もままならなかったし、結局コロナを言い訳にダラダラ過ぎた1年であった。

昨年占いで今年の節分から2年間は大凶だから絶対に動かないように言われたけど、ある意味コロナで動けなくて当たってるのかも。
母の病気は私にとって吉なのか凶なのかわからないけど、「どん底の2年間」に母の病気があるのは確かだ。
ということはあと1年我慢すれば光が見えるのか
そういえば今年は夢に亡くなった実母と祖母、癌で亡くなった女優の深浦加奈子さんが出てきたこともあったけど、あれも今思うと何だか暗示のような気がしてきたよ。
母については先が見えないだけにちょっと不安がよぎる…どうか自宅介護になりませんように。

来年はとにかく健康に気をつけて目の前の事をこなすことを目標に、そしてなるべく動かないように息を潜めて(笑)生きていきます

今年も私のくだらないブログにおつき合いくださりありがとうございました。
皆さまもお体に気をつけて良いお年をお迎えください

 

 

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プチ解放記念日

2020-12-24 15:20:54 | 愚痴


今日はクリスマスイヴ
母の内視鏡検査の結果はまだ出ない

が、思わぬ展開になった。

月曜の朝に母が脳梗塞で倒れ、救急搬送された

孫達を小学校に送り出して娘②宅から帰宅したら母が倒れていた。
ろれつが回らず左側に麻痺が見られたので脳関係だと察知して119番通報。
救急車に乗り込んだら、だんだん母の意識がハッキリして結構しゃべってるし麻痺ってた左手指も動かしていたので、内心「救急車呼ぶの早かったか」と思ったくらいだったけど、MRIでかなり太くて重要な血管が梗塞していた。
症状が軽いのは血栓が柔らかくて緩やかに血の流れが確保できたかららしい。
それにやはり脳梗塞の原因は癌の病変が原因とのこと。

とりあえず入院することになった。
医師からは(癌もあるので)もう自宅に帰るのは難しいだろうと。
しかも今はコロナだから面会禁止
突然の解放記念日キターーーー
いや、まだ死んだわけじゃないから「プチ解放記念日」ね

急だったから、翌日正式に入院手続きをするってことで一旦帰宅し、その日は入院に必要なアイテムを揃えたり、母の口座からお金を下すためにATMに走ったり。
で、翌日再度病院に行き、担当医師や看護師さんと再度話をした。
すると家では「食欲がない」とか「美味しくない」と言ってほとんど食べなかったのに、介助してもらったとはいえ食事を完食したとのこと
しかも帰りがけに車椅子の母と遭遇(寝たきり状態じゃなく車椅子に座ってた)したら、車椅子から立ったり座ったり、療法士さんに介助してもらいながらリハビリをしていた
何度も言うけど、家では5分の散歩の勧めでも一度たりとも私の言うことを聞いたことがなかったのに。
人前では絶対いい所を見せたいタイプだから、家より病院の方が回復が早いんじゃないかと思ったよ。
看護師さんの計らいで母とちょっとだけ会話したけど、混乱してるからか、すでに会話がトンチンカンで認知症が進むのは時間の問題だと思った。

あんなに自分(名義)の家に執着していた母が、おそらくもう自宅には戻れないまま生涯を終えるんだな、と思ったらちょっと切なくなった
それに私も生きた母を見るのはこれが最後かも…と思って、申し訳ないような複雑な気持ち
姉なんか母の癌が末期だと伝えたら、毎朝(実の両親の)仏壇に「どうかおばちゃんが苦しんだり痛がったりする前にお迎えに行ってあげてください」と手を合わせてくれてるらしい(笑)
でも母の生への執着はハンパないから、案外長く生き延びちゃうんじゃないか

というわけで完全なる解放記念日じゃないけど、しばらくプチ解放を満喫します。
思いがけずのクリスマスプレゼント
とはいっても意外とやることが多くて、落ち着かないしのんびりもできない。
母が逝く前に私のお迎えが来ないように、どうぞもう少し元気でいさせてください。

 

 

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カウントダウン拒否

2020-12-18 13:12:13 | 愚痴


母の内視鏡検査の結果はまだ出ていない。
だから告知もまだ

食欲不振や体の痛みなど毎日不調が続いて、歩き方も弱々しくなったので
「何でこんなに急にこんなことに…」と毎日つぶやいている。
前にも書いたけど「年だからいろんなところが衰えるのは当たり前」と答えれば「90でも元気な人はいる」と言うくせに、先日ガースーとの会食で久々登場の王さんの年齢が80歳と表記されたら「もういい年ね。まだ生きてるの」なんて矛盾したことを言っている。
偶然だけど昨日は所さんの番組で葬儀について取り上げていたので一緒に観た。
相当弱ってきたのは自覚してるはずだから、観れば思うところもあるんじゃないかと思ったが、生前葬を執り行った医師が「人は100%死ぬ。そのことを忘れたらアカン。」と言ったらゲラゲラ笑っていた。
「自分もいつかは死ぬ」自覚ゼロ。
私が母の年齢を指摘すると「年だからって急にこんな風になるわけない」と自分の体に絶対の自信。
いや、明日死んでもおかしくない年ですよ。

じゃぁ告知を受けて不調の原因がわかったら納得するか、というと多分しないだろうね。
今度は「何で癌になったのか」ってずっと言うと思う。
そして自分を癌にしたのは私の夫のせいだって死ぬまで言い続けるだろうね。
早く告知してもらって毎日グチグチ言うのをやめてもらいたい気持ちはあるんだけど、コロナ禍で高齢で末期の患者は入院もさせてもらえないだろうから、その後の介護生活を考えると憂鬱~

今は仕事も忙しくないので、この時期にやれることをやっておけばいいのにアレコレ言い訳してダラケている自分にも自己嫌悪
結局ね、掃除も断捨離もしてませ~ん
こういう時に少しでも進めておかなきゃいけない仕事も手をつけてませ~ん
やっぱり頑張るのは性に合ってないと改めて自覚するカフェオレ(苦笑)

来週には結果が出ると思うけど、どんな展開になるのか。
悪夢のクリスマスと年末年始になりそうな予感

 

 

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期待と不安

2020-12-11 12:53:38 | 愚痴


年賀状の印刷終了。
今年は早めに準備できてホッとした。
合間を見ながらあて名書きの予定。


同い年人気俳優の電撃結婚の話題。
芸能人なのに母は相変わらず親の学歴や職業を気にしてる。
「やっぱり親がちゃんとしてる」とか「してない」とか言いたいんだろうね。

母が少し前に体調不良になった記事を書いたけど、あれから「食欲がない」とか「お腹が痛い」とか言って寝たり起きたりしている。
はた目に見ても急に弱った感はあるのだが、「何で急にこんなことに…?」と不思議がっている。
「年が年なんだから内臓が弱ったりあちこち痛くなるに決まってるでしょ」と言うと、「90歳でも元気な人はいる」ときた。
はぁ だよ。
25歳…とは言わないまでも、自分はまだ40歳くらいにしか思ってないから加齢による老化の自覚が全くない
私だって還暦になるず~~~っと前から老化を痛感してるのに。
しかも悪いことは自分以外が原因だと思い込んでるから、お腹が痛いのも「何か悪い物食べたのかしら」と言う。
悪い物って…食事はすべて私が作ってんだからさ、失礼極まりないよ

具合が悪い時は病院に行きたがらなかったが、ちょうど定期受診の前から元気になってきたので母に付き添って病院へ行った
体調を崩した経緯や腹痛のことを話したらお腹のCTを撮ることに。
すると…胃癌だって
しかもリンパ節や肝臓や胆管などに転移してステージⅣで、余命も1年持たないんじゃないかって。
去年の夏同じような症状で2~3か月体調を崩したことがあって、その時もCT撮ったのに何もなかったんだよね。
グラグラしてる歯があって胃カメラはできなかったから気づけなかったのかもしれないけど、思えばあの時から始まってたんじゃないかな。
腹痛は癌が原因だったんだね。

母の病気を聞いて…ショック…かと言うとそうでもなく。
むしろ解放記念日が見えたーーーーと、喜ぶ親不孝な娘である。

先日、去年できなかった胃カメラを今回はやった(歯を直したので)。
組織を取って病理検査に出しているので正式な結果は早ければ来週、遅ければ年明けに出る予定。
医師からはかなり進行しているので手術も抗がん剤治療も無理だから緩和治療になると思うと言われたので、年も年だし老衰ってことで余生を送ることになるのかなと思いきや、先生ははっきり「告知する」と
告知した方が治療に向き合えるとのことだが、「告知されたら母は治療を拒むと思う」と言ったら「それはご本人の意思だから」とおっしゃった。
そうなんだ~、最近は高齢者にも告知するんだな、そして先生のおっしゃることはもっともだ、と思った。
今まで自分の考えで動こうとせず、すべてを人のせいにして生きてきたけど、最後の最後は自分の意思で人生の選択をして責任を全うしてくれ

ただ、90年間大きな怪我や病気をしたことがなく、入院ももちろん手術も一度も経験がない母が病気や余命を告知されたらどうなるのか…先が見えないのはかなり不安。
多分入院などせず、自宅で療養したがるだろう。
母の介護…気が重いよ
自分が病気になったことを私の夫のせいにしそうだし、弱っている自分を周囲が気遣い、優しくするのは当たり前と思ってる人だから、今以上にわがままで不遜になりそうだ。
余命1年と言っても、案外母のことだからこのままダラダラと何年も長生きしそうな気もするし…。

解放記念日への期待と記念日までの暗くて重い道のりの不安が渦巻くカフェオレ
仕事の手が空いて気持ちに余裕が出たのに、正式な結果がまだだから何だか心がザワザワして落ち着かない。
とりあえず今できることをちょっとずつ…

 

 

コメント (8)
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