Happyday of LUCKY

日々の気付きと感謝を忘れないように綴るページ

サブフォーへの道

2017年01月29日 | Life


先日、石垣島マラソンに出るために竹富島の民宿に泊まっていたことは書いたが、わたしのほかにもマラソンを走る人が3人泊まっていた。2人は東京から来た30歳代くらいの女性で、1人は宝塚の男性40歳代くらい。
夕食のときに話していると、3人とも去年の大会に出場し二度目の参加だという。去年は気温が低く、しかも風が強くてつらかったそうだ。そんなにつらかったのに、今年もまた走るなんてマラソンランナーはドMな人が多いのか?

月間何キロくらい走ってるかという話になって、わたしはせいぜい100キロくらいだというと、男性は多いときは200キロ走ることがあるといった。アマチュアランナーで200キロ走るのは並大抵なことではない。単純に30日で割っても毎日6.7キロ走る計算になるから、会社の往復にでも走らなければ、そんなに走ることはできないだろう。
聞けば、残業をおえて23時に帰宅し、それから走るのだそうだ。ちょっとマネできないな。目標タイムは去年の3時間55分を切りたいという。



ちなみにフルマラソンを4時間未満で走るランナーを「サブフォー」、3時間未満なら「サブスリー」という。「サブツー」はまだ人類にはいません。
サブフォーになるためには1キロを5分40秒くらいで走る計算(240分÷42.195キロ)になるが、じっさいは後半ペースダウンするのでもうすこし速く走らないと無理。だから、ふだんの練習でたとえば1キロ6分かかるランナーは、どんなにがんばっても本番のレースで4時間を切ることは不可能なのだ。

きょうは篠山の田舎道を走る。先週降った雪がぜんぜん溶けていないので、ところどころ路面が凍っている。ゆっくり走らないとあぶない。とにかく寒くて、いくら走っても手足が温もらない。耳もちぎれそう。
向こうからおなじように走ってくるランナーを発見。すれちがいざまに「おはようございます!」とあいさつを交わす。心のなかで「寒いけどがんばってますねー」とエールをおくる。
サブフォーへの道は遠く険しい。

この世界の在り方

2017年01月28日 | Life
いまから35年ほどまえ、わたしはある地方大学で彫刻を学んでいた。彫刻といっても当時全盛であったニュー・スカルプチャーとはまったく無縁の、ロダンやブールデルといった彫刻家を範とするような指導を受けていた。だが、そうしたフランスの古典的な彫刻に反発したわたしは、イタリア彫刻の旗手ーグレコやマリーニにつよく傾倒していった。

いまにして思えば、ロダンにしてもマリーニにしても、ブロンズの塊としての動きや空間へのはたらき、あるいは形の美しさなどを彼らの美意識のなかで表現していたわけで、伝統的な彫刻という枠から一歩も出ていなかったことがわかる。
往々にして学生というものはその師事した先生によって表現の枠が極端に狭められてしまう(わたしだけかもしれないが)。よほど感性のアンテナを高く伸ばしていなければ、世界の潮流など感知することはできない。

現在、彫刻表現は多様化し、形態は立体と平面の垣根がなくなり、素材も金属だけでなくプラスチックや木材、紙、ガラスなどさまざまなものが複合的に用いられるようになった。また展示も作品を含む空間全体を見せるインスタレーション的なものや、建物から飛び出して環境そのものをデザインするものまで広がり、もはや現代彫刻いや現代アートは「なんでもあり」の様相を呈している。



さて前置きが長くなったが、いま日本の現代アートはどうなっているのかというと、じつはわたしはよく知らない。自分の表現の幅を広げるためにすこし勉強しようと思い、「この世界の在り方ー思考/芸術」展を芦屋市立美術博物館へ観にいく。これがなかなかおもしろかった。



入口を入ってまず1階のホールには、ナウマン象の歯の化石と無数の貝殻などをつかった河口龍夫氏のインスタレーション作品がある。パンフの作品解説によると「3.11の震災によって突然の死が訪れた人々への鎮魂の祈り」を表しているそうだ。さらに「見るものの想像力によって視覚は鉛の層を透過し、生物がもつ有限の時間を感じながら生命のエネルギーの気配に触れることができるだろう」と書いてあるのだが、どうもわたしにはその想像力が欠けているようだ。

おなじく河口龍夫氏の「蓮の階段時間」を見ながら2階へいくと、こんどは菅野聖子氏の「マックスウェル光の電磁波説」という大きな絵画が出迎えてくれる。この作品は当美術博物館の常設作品で、以前にも見たことがあるが、比較的古典的な抽象絵画だ(といっても十分難解であるが)。

第2展示室にいくと、入口に係員がいて「場内が暗くなっておりますので、ご注意ください」という。中へ入ると暗くなってるどころではない。目のまえにだれかいても気がつかないくらい、真っ暗でなにも見えない。奥の方に楕円形に赤く光るものが薄ぼんやり見える。ゆっくり近づいていくと突然手の先に板のようなものが当たった。どうやらそれは映像を映し出しているスクリーンみたいだ。
展示室を出て解説を読むと「炎を撮影した映像素材にモザイクをかけ、(中略)すりガラスの向こう側で再生される」「その現象は、記憶の中の炎と同期する」とある。ふーん。これは前谷康太郎氏の「Echo of Reality」という作品。



第1展示室にもわけのわからない作品が待ち受けている。
小沢裕子氏の「BLUE WAVES」は外国の老人のインタビュー映像なのだが、解説によるとそこに映し出される日本語の字幕は、じつはインタビューで語っている内容を翻訳したものではなく、まったくちがう内容であるらしい。外国語をしゃべる老人が挿入されるサーフィンの映像について語っているように見えたが、それは意図的に編集された映像であった。作者曰く「言語と映像の危うい関係性を浮き彫りにし」た作品らしい。

その奥の部屋には伊藤存氏の刺繍作品と粘土絵があって、この作品がわたしは一番おもしろかった。ほかの人のインスタレーションや映像作品はそのコンセプトを読んでも理解できないものが多く、「だからどうした?」という気持ちになるのだが、伊藤氏の作品にはそれ自体のもつ物質感と美しさがあり、見るものをまず楽しませてくれる。コンセプトを読むとやはり「?」なのだが、彫刻ないしは立体造形としての自立性があるので、不勉強なわたしにも受け入れやすかった。

art trip vol.02 この世界の在り方ー思考/芸術」展は2月12日まで

美ら島を走る

2017年01月22日 | Life
朝一番の高速艇に乗り、竹富島から石垣島に渡る。フェリーのりばからタクシーを飛ばして、マラソン大会の会場である中央運動公園に着いたのが出走50分まえ。
いそいで荷物をあずけ、ウォーミングアップし、15分まえにスタート位置につく。
日中19度まで上がると天気予報でいっていたが、現在日ざしはなく時おり強い風が吹いて肌寒い。さいごまで迷ったが、きょうは長袖のウェアで走ることにする。手袋はいらないだろう。(ウェア選びをまちがえると走りに大きく影響してくる)



9時の号砲とともに約5000人のランナーがスタートした。
はじめの10キロは62分でややスローペースだが、スタート直後のもたつきを考えたらこんなもんか。11キロ地点から石垣島南西部の海岸線を走る。こころが洗われるような本当に気持ちのいい風景だ。
15キロをすぎて山間部に入っていく。アップダウンしながら徐々に高度を上げていくきついコースだ。それでも20キロ地点のラップタイムは60分で、ほぼ練習のペースに落ちついた。きょうはいい感じで走れている。

両側にどこまでもサトウキビ畑がつづく県道211号をひたすら走る。やがて石垣空港を左手に見ながら大きく右へ曲がって、今度は南東側の海岸線に出る。島の南部を横断したわけだ。
30キロまでのラップタイムもほぼ60分で、イーブンペースを保っている。だが32キロをすぎたあたりで全身が重く、足が上がらなくなってきた。ここからが自分とのたたかいである。

沿道では地元の人たち(赤ちゃんからオジイ・オバアまで)がパーランクーを叩きながら応援してくれる。さらに白保中学校のまえでブラスバンドの生徒たちが夏川りみさんの「涙そうそう」を演奏していて、それを聞いてなんか泣きそうになる。
このマラソン大会は石垣島あげて、みんなでつくりあげているという感じが伝わってきて、苦しいけれど元気が出てきた。40キロの看板を見て、「ああ、もうあと2キロでおわってしまう」という、すこし寂しい気持ちになりながらゴールをめざす。

ひとり旅のススメ

2017年01月21日 | Life
きのうから竹富島に来ている。石垣島のすぐ西に位置するこの島は、石垣島の離島行きフェリーのりばから高速艇で約15分で着く。
乗船まえに宿に電話しておけば、竹富島の港まで迎えに来てくれる。小雨降るなか、車に乗って宿へ向かう。



竹富島には今から20年くらいまえに家族であそびに来たことがある。夏の季節だったので、強烈な日射しとエメラルドグリーンに輝く海を記憶している。
きょうは雨はあがったが、1日くもりの予報。朝ごはんのあと、さっそく島の散策に出かける。

驚いたのはほとんどの道が舗装され、島を一周する周回路までできていたこと。20年の歳月を感じる。
それでも一旦わき道に入ると、昔と変わらぬ土の道がつづいており、あのころにタイムスリップしたような感覚になる。そのとき使っていたカメラはたしか富士フイルムのGS645とティアラという35ミリのコンパクトカメラであった。
今回持ってきているカメラはライカM5とシグマdp2クアトロである。最近この組み合わせが多い。



こんな季節に沖縄の離島までなにをしに来たのかというと、あした石垣島で行われる石垣島マラソンに出場するためである。それはまたあした書くとして、きょうは午後からそのマラソン大会の受付なのだ。
最近の大きな大会は前日受付がふつうになってしまったので、遠方の大会だと一泊せざるを得ない。せっかくなので、二日前から現地入りしたというわけである。

それはともかく、ケータイすら持たずに、カメラ2台で目についたものをポツポツ写していく。こうしてひとりで竹富島のなかを歩いていると、なんともいえない解放感がある。そして自分がなにに反応するか、なにに興味があるのかがはっきりわかる。
視覚が浄化され、感覚が鋭くなっていく気がする。わたしがひとり旅をやめられない理由だ。

で、昼すぎに宿にもどったら、ケータイに仕事の電話が2件とタブレットに仕事のLINEが1件入っていた。現今の利器はかんたんにはタイムスリップさせてくれない。あーあ

霧氷の中心で、愛をさけぶ

2017年01月14日 | Life
冬山で空気中の水蒸気や霧が冷やされ、樹木に氷の結晶がつく現象を霧氷というが、そのときの風の強さによってその表情やよび方もかわる。
風の弱いときにできる霧氷のことを樹氷とよび、氷の結晶が細かいため雪のように白く見える。一方、風の強いときにできるのは粗氷とよばれ、その結晶は半透明でキラキラと光り、風の吹いてきた方向にむかって鋭くとがった形をしている。

きょうは関西で霧氷の見れる数すくない山のひとつ、三峰山へいく。2日まえに天気予報を見ていて急に思い立ち、いつものメンバーに声をかけた。この冬一番の寒波がやってきてるので、きっと美しい霧氷ができているだろう。



近鉄榛原駅から奈良交通の三峰山行き霧氷バスに乗り、登山口をめざす。霧氷バスとはこの季節(1/7〜2/26)だけ運行されている臨時バスのこと。
登山口から不動滝までテンポよく歩き、滝のまえでアイゼンを付ける。ここからは勾配のきつい山道だ。足もとには残雪があるものの、木々に霧氷はまったく見えない。
不動滝から1時間ほどで中腹にある山小屋に到着。昼食も兼ねてここで休憩する。インスタントみそ汁がお腹にしみる。

小屋を出てさらに山頂をめざして歩く。すれちがった登山者のいってたとおり、木の枝に徐々に霧氷が現れた。
きょうの霧氷は、樹氷と粗氷のちょうど中間くらいの形だ。時おり顔を出す太陽の光があたると、ことばを失うくらい美しく輝く。そして足もとに枝々が影を落とし、そのコントラストがまた美しい。
一度この風景を見てしまうと、いくら寒くてもまた冬山に登りたくなる。そして気の合う友人たちとこの風景を共有するのは、ちょっとした幸福なのだな。Facebookで共有するのとはわけがちがう。



1時間すこし歩いて、ようやく山頂に到着。強い風に霧氷がバラバラと飛び散り、目のまえがまっ白になるなか登頂記念の写真を撮る。気分はアルピニスト。
八丁平に出て大台の峰々を望むが、雪煙でほとんどなにも見えない。まっすぐ立っていられないほど風が強いので、一目散に下山ルートをたどる。