Happyday of LUCKY

日々の気付きと感謝を忘れないように綴るページ

小ずるい写真

2015年11月28日 | Photography
先週までつづいたI大学の撮影がようやくおわり、下請けの仕事は一段落した。のこるは元請けでつくっている卒業アルバムの編集だ。なんとか年内には完成させたい。
気分転換に朝から10キロ走り、午後から久しぶりに写真茶話会へいく。ギフトシリーズが完結したので、SIGN氏に感想を聞きたいと思っている。



今年度はあたらしいメンバーが2人加わって、みんなで6人の方がここで作品研究をしている。(きょうは5人参加)
いつものようにまず一人が持ってきたプリントを作業台に並べ、みんなで一枚一枚ていねいに見ていく。SIGN氏が参加者に「どう思いますか?」と発問するときもあるが、たいていは自由に質問したり感想をのべたりする。それに対して撮影者が答えたり、さらにプレゼンしていく。
そういうフリーな雰囲気はいままでの写真茶話会とおなじだ。

だいたい一人に1時間くらいかけてじっくりと見るので、きょうは全員の写真を見おわったら19時をすぎていた。
とりわけSさんの写真は自分の身近な人たちを正面から撮った正統派のドキュメンタリーで、この写真についてさまざまな意見が出された。
テーマが重いので作品化して発表するにはかなりの慎重さが必要だ。でもこれを作品にしないのはじつに惜しいと思う。ここはSIGN氏の手腕の見せどころか。来年の展覧会までにうまくまとまることを切に願う。

←ついによみがえったベスパ100

茶話会が終了したあと、おやじ4人がのこってのアディショナルタイム。ギフトシリーズの感想をSIGN氏にたずねる。本音に近い部分を聞かせてくれた。
また同席していたSさんからは、このシリーズは現代アートのような確信犯的「小ずるさ」があると言われた。なるほど。
アート全般に造詣が深く、守備範囲の広い彼の視点はするどい。だがそれは批判的な指摘ではなく、コンセプトを理解したうえでの彼なりのエールだと受け止める。
この小ずるい写真が今後どのような形で作品化するのか、しないのか。本当の意味で真価が問われるのはこれからである。

F3で加速する

2015年11月21日 | Camera


ニコンF3は日本が世界に誇る名機中の名機である。
いまさらF3の魅力を云々するつもりはないが、1980年から2000年までの長期間にわたって製造されたことが、優れたカメラであることの証左であろう。ニコンファンでなくともこれに異論はないと思う。

だがデジカメ全盛期のいま、この名機の中古価格は2万円前後だ。ウソだと思ったら、amazonで検索してみればいい。
この際、F3を買っておくのも悪くないと思う。なぜならFマウントに改造したライカRレンズが4本も防湿庫に眠っているからだ。これらを使わない手はないだろう。うん。

ご存じのとおり、ニコンの一眼レフ機のレンズマウントはニコンFができた1959年から現在に至るまで不変である。
なので50年以上まえのレンズを最新のデジカメに取り付けることもできるし、逆に最近のAFレンズを古いボディに取り付けることも可能だ。
ただしマウントがおなじでも絞りの制御方法やAFの駆動方式がタイプによってちがうので、レンズとの組み合わせによってはボディ側の測光のしかたやオート機能に制限があるのはしかたがない。



さてこのたび手に入れたF3は最初機型、製造は1981年10月(どうしてこんなに詳しくわかるのかはいずれ)のボディ。
ほとんどスレやキズはなく、アタリもまったくないきれいな中古品だ。
すべての稼働部はスムースに動くし、もちろんシャッターは全速問題なし。ホントに34年もまえのカメラなのかとおどろく。

ニコンはあの植村直己さんが北極に持っていくためにF3ウエムラ仕様という特別なF3をつくった。極寒でも凍結しない潤滑油やフィルムに負荷をかけない巻き取りシステム、静電気を防止する圧板など、さまざまな工夫がなされている。
またF3 NASA仕様というのもあって、ロケット発射時の振動耐性はもちろん、真空状態でも稼働するようにつくられたのであるから、もうすごいとしかいいようがない。

ノーマル仕様ではそこまでの耐久性・堅牢性はないにしても、わたしたちがふだん使うのであれば、十分すぎるポテンシャルを秘めているといってもいいだろう。
さあ、このカメラで加速してわたしも地球の果てまでいくぜ!

フィルムで撮ることの意味

2015年11月16日 | Photography
せっかくフィルムで写真制作を再開したのに、いつものプロラボではもう現像してもらえなくなり、出ばなをくじかれたことは先日書いた。
いろいろ考えた末に出した答えは「それでもフィルムで撮る」である。
フィルム現像をプロラボへ出すと、フィルム代とあわせて1本1200円にもなるので、1シャッターにかかるコストは33円とすこし。
こういうコスト計算をしだすといまさらフィルムでなんか撮れないという人が大半であろうが、それでもなおフィルムで撮ることの意味はなにか。



ある人は「この空気感がいい」といい、またある人は「この写らなさが想像をかきたてる」という。さらにちがう人は「このざらざらした感じが最高」といい、また「1枚1枚に魂がこもる」という人もいるだろう。
でもこんなに抽象的なことばではふつうの人にはフィルムの優位性は理解しにくい。フィルムの方がいい写真が撮れるなんて、一種の妄想だといわれてもしかたがないだろう。
「フィルムで撮った写真のよさはわかるヤツにしかわからない」という、やや排他的優越主義的(こんな言葉あるのか?)な気分すらある。

ただ最近わたしが気づいたことは、(いまさらだけど)デジカメで撮った写真とフィルムで撮った写真とはまったく別ものだということ。
おなじ平面の静止画なので、おなじものだとカンちがいする人が多いけど、それは絵画と写真とのちがいくらい、大きな差がある。メディア自体がちがうものだといってもいい。
だから、いくらお金がかかってもフィルムの替わりにデジタルということにはならないのである。

とりわけ黒の濃淡だけで表現するモノクロ写真は、写真というより木炭デッサンなどにちかい。
だとすると、わたしは木炭の替わりにモノクロフィルムで絵を描こうとしているのかもしれない。
まあとにかく、しばらくフィルムで撮ってみて、なにが出てくるのか見きわめてみようと思う。

(上の写真はオフィチエンチム収容所でユダヤ人から没収したメガネ)

若草山でティータイム

2015年11月15日 | Life


IさんとJさんといっしょに奈良は春日山の原始林へいく。
首切り地蔵まで小1時間あるいて早めのお昼ごはん。たべおわるとすぐに団体(約30人)で登山するグループが到着した。
追い出されるように、わたしたちは奈良奥山ドライブウェイを若草山へ向かって歩きだす。

途中1回の休憩をとって約2時間で若草山に到着。天気予報のとおり午後から晴れてきて、山頂からの眺めは最高だ。
雲の切れ間から太陽の斜光線が奈良の町並みを照らし、神々しいほどに輝いている。
わたしは背中のリュックからコールマンのガスバーナーとペットボトルの水を取り出し、600ccの湯を沸かす。シナモンアップルスパイスのティーバッグを入れた紙コップに湯を注ぎ、待つこと3分。
眼下に絶景を見下ろしながら、できたてのハーブティーとIさんの持参したパウンドケーキを食し、しばしティータイム。ああ、若草山サイコー!



わたしはズミクロン50ミリF2を付けたライカM2とRX100の二刀流であったが、ライカのシャッターを切るごとに「光をゲット」したという感覚がカラダ中にみなぎり、たった1本(36カット)写しただけなのに妙な手応えを感じた。
長らく忘れていたが、写真を写すというのは正しくフィルムに「光を当てて取り込む」行為であった。
光のすくない状況下でもかんたんに写せるデジカメとはちがい、ISO100のフィルム(ネオパン100アクロス)に適正露光するためには、絞りを開けるかシャッタースピードを落とさねばならない。
もとよりM2には露出計もプログラムオートも付いていないから、あたまの中で相反則をぐるぐるしながら露出を決めるわけだ。
そんなことちょっと前まではあたりまえの写真行為だったが、デジカメやスマホに毒された人にはわからない話だろう。べつにいいけど。



帰りに「古書喫茶ちちろ」でコーヒーをのんで、まったりと奈良の余韻にひたる。
マスターにモーツァルトのバイオリンソナタをかけてもらう。

出ばなをくじかれる

2015年11月12日 | Photography
名機ソニーα6000を手放し、10月のはじめからモノクロフィルムで撮りはじめている。
午前中にH中学校の撮影がおわったので、午後から写し済みのフィルムを出しにプロカラーラボへいく。フィルム現像は1年半ぶりか。
ところが、ラボの窓口でフィルムを出したら「フィルム現像はもうやってません」といわれておどろく。
あれま、どうやらわたしがデジタルであそんでいる間に、現像部門は終了したようだ。



プロカラーの人がクリエイトラボならまだ現像できるというので、帰りに寄ることにして、そのまえにブルームギャラリーへいく。
きのうから「距離:写真と対象とわたし」というグループ展が開催されていて、ちょっとおもしろそうなのでチェックしに。
7人の作家さんはみなさんそれぞれ個性的な写真を撮っている。なかでも成田貴亨さんはモノクロ写真を展示しているが、プリントの焼きがとても美しい。きっとベテランなのだと思う。
ディレクターのKさんに聞くと、成田さんはフィルムもプリントも自分で現像し焼いているそうだ。ああ、やっぱりね。フィルムで撮るということは、さいごまで自分でやらないとダメなんだな。

帰りにクリエイトラボへいくつもりだったが保留して、もうすこし考えることにする。
ラボに出せばモノクロフィルム(35ミリ)1本につき617円、5日かかるそうだ。(じつはクリエイトも外注している)
自分で現像すればもっと安くできるのだけど、薬品を溶いたり温度管理するのに手間がかかる。写真学生のころは一日に10本くらい平気で現像していたんだけどなあ。またあれをするのはかなりエネルギーが必要だわ。



せっかくフィルムで制作を再開したというのに、いきなり出ばなをくじかれた感じである。