元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」

2025-02-24 06:12:58 | 映画の感想(さ行)

 (原題:THE ROOM NEXT DOOR)とても出来が良く、感心した。ペドロ・アルモドヴァル監督の映画は「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(88年)こそ好印象であったが、あとの作品は全然ピンと来ず、私の守備範囲外の作家だと断定していた。しかしこの新作は2024年の第81回ヴェネツィア国際映画祭で大賞を獲得し、なおかつアメリカを舞台にした初の長編英語劇ということで、少しは様子が違うのかと思ってスクリーンに対峙したところ、大当たりだった。今年度のベストテンに入るかもしれない。

 ニューヨーク在住の人気作家のイングリッドは、サイン会に訪れた知人から、かつての親友でジャーナリストのマーサが重い病に冒されていることを知らされる。早速マーサを見舞ったイングリッドは彼女と昔話に花を咲かせるが、マーサは治療を拒み、安楽死を望んでいるという。マーサは人の気配を感じながら最期を迎えたいと願い、その時にはイングリッドに隣の部屋にいてほしいと頼む。彼女の願いを聞き入れることを決めたイングリッドは、郊外の森の中にある一軒家で共に暮らし始めるのだった。

 悲壮感漂う設定のドラマだが、驚いたことに作品の印象は透徹した明るさに満ちている。それはおそらく、ひとつにはマーサが自身で人生の“決着”を付ける必然性を獲得したからだろう。今までの歩みに微塵の迷いも残さず、死さえもコントロール下に置くことが出来た彼女には、ある意味“前向き”なスタンスを崩さずにこの世から消えて行ける。

 イングリッドはそんな彼女を看取ることにより、命の大切さと儚さを改めて実感する。そもそも、この一件は今後の執筆活動において大きなインスピレーションを受けるのではないだろうか。つまりは、何もネガティヴなことを考える必要は無いのだ。この題材の捉え方は非凡だ。

 さらに、作品のエクステリアが愁嘆場に流れることを絶妙にガードしている。この監督が得意とするカラフルな映像はポジティヴな雰囲気を演出している(撮影監督は「シングルマン」などのエドゥアルド・グラウ)。また、主人公2人が暮らす家屋および周囲の風景も造型が素晴らしい。

 主演のティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアのパフォーマンスは言うことなし。たぶん彼女たちのキャリアの中でも最良のものになるだろう。ジョン・タトゥーロにアレッサンドロ・ニボラ、ファン・ディエゴ・ボトといった他のキャストも万全だ。ただし、本作のエピローグは少し冗長ではある。ここを少し整理すれば真の傑作になっただろう。
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「ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!」

2025-02-23 06:26:16 | 映画の感想(あ行)
 (原題:WALLACE AND GROMIT: VENGEANCE MOST FOWL )2025年1月よりNetflixから配信。おなじみイギリス発の人気アニメーションシリーズの新作だが、長編映画としては2005年製作の「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」以来2作目なのだという。ここ20年ばかりコンスタントに作品が発表されていたと思っていたが、あれは大半が短編だったのだ。満を持して発表された本作だが、期待を裏切らないクォリティの高さを見せつけてくれる。ネット配信だけでなく劇場公開を望みたい。

 たちの悪い大泥棒ペンギンのフェザーズ・マッグロウは、とぼけた発明家のウォレスとしっかり者の忠犬グルミットの働きによって逮捕され、動物園にて“終身刑”に処されていた。その頃ウォレスは、新たな発明品であるお手伝いロボットのノーボットを開発。これを隣近所に貸し出して、大々的にビジネスを展開しようというのだ。ところがマッグロウは巧妙な手口によって、拘留中にノーボットの頭脳に不正アクセスする。勝手に大量生産させた“悪党モード”のノーボットの助けを得て、堂々と動物園から脱走。展示会に出品予定の大型ダイヤの強奪を画策する。



 本作の“前作”に当たる短編「ペンギンに気をつけろ!」(92年)は観ていないが、チェックしていなくても十分楽しめる。こういう活劇物は敵役の存在感が出来映えに大きく影響するが、ここでのマッグロウと魔改造されたノーボットは、十分すぎるほどのインパクトを与える。とにかく無表情でコワいのだ。そして行動がまったく読めない。こんなキャラクターを創造できた時点で、本作の成功は約束されたものだろう。

 相変わらずウォレス及び警官署長は頼りにならないが、その分グルミットが八面六臂の大活躍を見せる。思いがけず一大犯罪組織を率いることになったマッグロウに果敢に立ち向かい、幾度か絶体絶命のピンチに陥りながらも、不屈の闘志で撥ね除ける。犬好きの観客ならば堪えられないだろう。

 ニック・パークとマーリン・クロシンガムの演出は見事で、次から次と繰り出される効果的なギャグとアッと驚くアクションシーンの数々には圧倒される。特にクライマックスの汽船同士のチェイス場面は、卓越したアイデアが横溢して感動するしかない。それにしても、これだけの映像を(フルCGではなく)ストップモーション・アニメーションによって作り上げたスタッフの努力には、本当に頭が下がる。続編も暗示させるようなエンディングなので、今後の展開に期待したい。
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「リアル・ペイン 心の旅」

2025-02-22 06:12:00 | 映画の感想(ら行)
 (原題:A REAL PAIN )まるで一時期のウディ・アレン作品のような自意識過剰なセリフの洪水に、違和感を覚えることもある。しかし、観終ってみればこれは含蓄のある良い映画だと思った。特に、過去のトラウマや自身の資質の限界を見せつけられて悩んでいる観客にとっては、得るものが大きいのではないだろうか。かくいう私も、その一人だ。

 ニューヨーク在住のデイヴィッド・キャプランと同世代の従兄弟ベンジーは、空港で数年ぶりに再会する。亡くなった最愛の祖母の遺言によって、一緒に彼女の祖国であるポーランドのツアー旅行に参加するためだ。2人は正反対の性格で、行く先々で騒動を起こす。しかしながら、個性豊かなツアー仲間との交流や、ポーランドの歴史的遺産をめぐる旅の中で、中年に達した彼らは自らの生き方を振り返る機会を得る。



 主人公2人はユダヤ人で、ツアーの主眼はポーランドにおけるこの民族の歩みを検証するものだ。当然のことながら、第二次大戦中の強制収容所跡も見学する。気弱に見えるデイヴィッドは、一応家庭生活は問題は無い。だが、将来の展望は開けていない。対してベンジーは饒舌で、一見とても陽気だ。しかし、話す内容の大半はモノローグに近く、時折他者に対して語りかける際は、不必要に挑発的に聞こえてしまう。

 実はベンジーはメンタル的に問題を抱えていて、仕事にも見放されている。その彼が久しぶりに会う従兄弟に対して、縋り付くように自身をさらけ出す様子は、かなり痛切だ。それでも、過去のユダヤ人の苦難を知るツアーに参加するうちに、故郷を離れざるを得なかった祖母の境遇に思いを馳せると同時に、自分たちの生き方を受け入れるようになるプロセスは説得力がある。

 過ぎ去ったことを今さら嘆いても仕方が無く、かといってすぐに新規巻き直しが出来るほど脳天気な筋立てにはならない。藻掻きながらも、何とか明日を見出すしかないのだ。このスタンスには共感を覚える。ユダヤの風習をフィーチャーした数々のモチーフは興味深いし、ツアーの他のメンバーも個性派揃い。監督はデイヴィッド役のジェシー・アイゼンバーグが兼ねているが、手慣れた演出ぶりに感心してしまう。

 ベンジーに扮するキーラン・カルキンの演技は出色。観る者の内面に突き刺さっていくような立ち振る舞いは評価できる。ウィル・シャープにカート・エジアイアワン、ダニエル・オレスケスら他の面子も良い。また、ジェニファー・グレイに久々にスクリーン上で会えたのは感慨深い。バックに流れるショパンのピアノ曲が効果的。観て損のない佳編だ。
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「テロ,ライブ」

2025-02-21 06:21:26 | 映画の感想(た行)
 (英題:THE TERROR LIVE )2013年韓国作品。作劇や画面構成に荒さは見られるのだが、緊迫感が全編を覆い、最後まで目が離せないヴォルテージの高さを獲得している。マスコミの欺瞞を取り上げた映画は過去にいくつもあるが、韓国映画が手掛けると(穏やかならぬ社会情勢も相まって)興趣が尽きない。本国ではいくつかの賞を獲得している注目作だ。

 ソウルの放送局SNCでラジオDJを務めるユン・ヨンファは、少し前までテレビの人気ニュースキャスターだったが、不祥事を起こしてラジオ番組に左遷された身である。ある日生放送中にヨンファは、怪しいリスナーから漢江にかかる麻浦大橋を爆破するという予告電話を受ける。イタズラだと思った彼は適当にあしらっていたが、やがて本当に麻浦大橋で爆発事件が発生。



 ヨンファは直ちに警察に通報しようとするが、このスクープを自分のテレビ局復帰のチャンスに仕立てることを思い付き、警察に知らせず犯人との通話の独占生中継を始める。これには上司のチャ報道局長も大乗り気で、結果として番組は史上空前の聴取率を記録するのだった。

 犯人が爆弾の扱いに長けていることは分かるのだが、番組出演者のイヤホンにまで爆破物を仕込むというのは、かなりの無理筋だ。また、途中で入り込んでくる警察関係者の傲慢な態度も納得出来ない。手持ちカメラを多用したと思われる映像はブレが激しく、臨場感を出す以前に観ていて疲れてしまう。爆破テロの画面がモニターのみで扱われているのも、低予算ぶりが窺えて愉快になれない。

 しかし、この映画の構成は実に非凡だ。他人の不幸を自身の利益に繋げようとするマスコミ人種の悪習は御馴染みだが、本作ではそれに加えて、他局との仁義なきスクープ合戦や当局側との鍔迫り合いなども織り込まれ、一筋縄ではいかない様相を呈してくる。さらにヨンファの元妻がリポーターとして麻浦大橋に出向いているという緊迫したプロットも用意され、ストーリーは先が読めない。結局、考え方に一本筋が通っているのは犯人側だったという、皮肉なモチーフが実に効果的だ。

 脚本も担当したキム・ビョンウの演出は観る者を捻じ伏せるほどパワフルで、それに応える主演のハ・ジョンウの頑張りは評価出来る。イ・ギョンヨンやチョン・ヘジン、イ・デビッドなどの他の面子も言うことなし。なお、この事件(および製作意図)の背景には、韓国社会を覆う閉塞感があることは間違いない。そのことが強調されるラストの処理は、大きなインパクトを残す。
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「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」

2025-02-17 06:06:22 | 映画の感想(た行)
 (原題:九龍城寨之圍城 TWILIGHT OF THE WARRIORS: WALLED IN)手が付けられないほどの面白さだ。建て付けは昔ながらの香港製アクションドラマなのだが、97年の香港の中国返還以降に存在感を失ってきたこのジャンルを、今一度盛り立てようという製作陣の気迫が漲っている。舞台を清朝時代に軍事要塞として築かれた九龍城砦に設定し、その勇姿の最終形態を香港映画の総決算と新たな一歩のメタファーとするコンセプトには、感服するしかない。

 80年代、中国本土から香港に密入国した青年チャン・ロッグワンは、持ち前の腕っ節の強さを活かして非公式の格闘技シーンで活躍する。しかし、胴元との約束を一方的に反故にされた彼は、ヤクの束を奪って逃走。追われてたどり着いたのは、剣呑な連中が跳梁跋扈する九龍城砦だった。一悶着あったものの、何とかそこの住人たちと打ち解けたチャンだったが、ボス同士の勢力争いや城砦を我が物にしようとする外部勢力の侵攻などに巻き込まれ、仲間と共に激しい戦いに身を投じるハメになる。



 まず圧倒されるのが、精巧に再現された九龍城砦のセットだ。狭いにエリアにそびえる12階建ての奇態なエクステリアで、上空には旅客機が超低空で通過する。まさに“魔界”と言っても良いような場所では、そこに住む人間たちもまさにカオスだ。

 黒社会のパワープレイは劇中ではすべて網羅できないほど複雑だが、中国返還よりも前に取り壊されると分かっていながら、目先の欲得や私怨に拘泥してしまう古くからの住民たちの人間模様はシニカルだ。対して、チャンとその仲間たちは城砦の中の混沌を抜け出して道を切り開こうとする。その構図は鮮やかだ。



 活劇場面は凄まじいヴォルテージの高さで、思わず興奮させられた。ワイヤーアクションやCGも使った“有り得ないシーン”の連続なのだが、繰り出されるタイミングと豊富なアイデアに満ちた立ち回りの連続は、もう見事としか言いようがない。演出担当は活劇映画には定評のあるソイ・チェンだが、それよりアクション監督の谷垣健治の手腕が大きく貢献していると思う。

 チャン役のレイモンド・ラムをはじめテレンス・ラウにトニー・ウー、ジャーマン・チョンら若手の健闘は頼もしく、ルイス・クーにリッチー・レン、ケニー・ウォンといったベテラン陣も存分に持ち味を発揮している。70歳過ぎても身体能力の衰えは見せないサモ・ハン・キンポーが珍しく悪役に回ったり、ラスボスのフィリップ・ンは実に憎々しく、さらにアーロン・クォックまでゲスト出演しているのだから、本当に嬉しくなる。ペーソスに満ちたラストまで存分に引っ張ってくれる快作で、香港での大ヒットも十分納得だ。
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「雪の花 ともに在りて」

2025-02-16 06:30:55 | 映画の感想(や行)
 さほど期待していなかったのだが、題材が興味深かったのであえて鑑賞。しかし、観終わって激しく後悔した。これはちょっと、酷すぎる。脚本の第一稿が出来上がった時点で、大幅に書き直しを指示するか、あるいは製作自体の中止を箴言するプロデューサーはいなかったのか。とにかく、斯様なシャシンが“世界に誇る新たな時代劇の傑作”などという惹句を伴って全国拡大公開される事実こそ、日本映画界の衰退ぶりを如実に示していると思う。

 江戸時代末期、当時は有効な治療法が存在せず、不治の病と言われてきた痘瘡(天然痘)の制圧のため、種痘(予防接種)の実施と普及に尽力した福井藩の町医者である笠原良策の物語。吉村昭による原作は未読だが、いくらでもドラマティックで感動的な映画に仕上げられる素材だと思う。しかし、本作には何の求心力も無い。ストーリーやキャラクターを盛り上げようという意図さえ感じられず、単に出来事だけを漫然と並べているだけ。一体何のための映画化か。



 とにかく、開巻10分で観る気が失せるのだ。まず、時代劇なのにセリフが現代調。登場人物たちの立ち振る舞いは抑揚が無く、何ら感情移入が出来ない。良策の行動に対しては当然のことながら数々の障害が立ちはだかるのだが、それらはいずれも主人公の説得あるいは時間を置くことによって“いつの間にか”解決してしまう。

 かと思えば、必然性のない唐突な立ち回りが発生したり、冬場の峠越えを敢行する「八甲田山」モードのシークエンスが挿入されたり、良策の妻の千穂が“思わぬ実力”を発揮したりと、支離滅裂なモチーフが次々と現われる。

 映像も話にならず、同一のカメラアングル、同一のキャラクター配置によって、異なる時制の複数の場面が撮られるという暴挙(≒手抜き)を平気でおこなっている。四季折々の風景はキレイだが、絵葉書的で奥行きが足りず。いい加減、途中で退場したくなったほどだ。良かったのは、加古隆による音楽ぐらいである。

 監督は小泉堯史だが、彼は初期作品以外は何ら目立った仕事をしておらず、今回も低調な仕事ぶり。主演の松坂桃李をはじめ、芳根京子に三浦貴大、宇野祥平、坂東龍汰、益岡徹、吉岡秀隆、そして役所広司と、演技巧者なキャストを集めていながら、全員を大根に見せるという、ある意味“離れ業”が炸裂しているのには呆れた。この全体的な覇気の無さは、今年度のワーストワンの有力候補にふさわしい。とにかく、小泉監督は引退した方が良いと思う。
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「アドヴィタム」

2025-02-15 06:22:07 | 映画の感想(あ行)
 (原題:AD VITAM)2025年1月よりNetflixから配信されたフランス製のアクションスリラー。かなり楽しめた。前半こそ冗長な展開は目立つが、中盤以降は怒濤の盛り上がりを見せ、クライマックスでは驚くべきシーンの釣瓶打ち。映像面でも見るべきものが多く、鑑賞後の満足度は決して低くはない。

 パリの下町に住むフランク・ラザレフは、ビル壁面清掃の高所作業を担当する中年男。妻のレオは出産を控えている。ある日、覆面をした一団がフランクの家に押し入り、レオを誘拐する。妻を返して欲しければ“ある物”を探して持って来いというのだ。実はこの夫婦は元公安の特殊部隊員で、その“ある物”とはフランクがそのチームから去る切っ掛けになった事件に関係していた。窮地に追いやられたフランクは、元同僚のベンの助力を得て、必死の反撃を試みる。



 映画は冒頭の誘拐劇のあと、10年前の主人公が特殊部隊に加入した頃に時制が移る。そこで彼はレオと知り合うのだが、このあたりのパートは起伏が少なく退屈である。もちろん、特殊部隊の役割について詳説しなければ後半の筋書きが分かりにくくなるのだが、それでも一工夫欲しかった。それから時制は、フランクがトラブルの首謀者とされる事件が起きる1年前に飛ぶ。この一件から短い期間で彼が隊を追われて別の職に就くというのは、ちょっと駆け足過ぎるのではないか。その分、事件の背景についてじっくり言及して欲しかった。

 しかしながら、レオが誘拐されてからフランクの猪突猛進的な活躍が始まると、細かいところは気にならなくなってくる。屋根から屋根に飛び移って追っ手を逃れるところから始まり、車やバイクでのチェイス、果てはパラグライダーまで繰り出して派手な立ち回りを演じる。ついにはパリ市内の“世界的な観光名所”の中での大暴れが展開し、まさに息もつかせない。ロドルフ・ローガの演出は、アクションの見せ方に非凡なものを感じさせる。

 主演のギョーム・カネは二枚目ではないのだが、味のある好演だ。レオ役のステファニー・カイヤールは見た目も身体のキレも及第点で、ナシム・リエスにジタ・アンロ、アレクシ・マナンティといった脇のキャストも万全だ。また、バンサン・マチアスのカメラによる映像は美しい(特にパリ郊外の丘陵地帯の風景)。なお、題名の“アドヴィタム”とは“人生へ”という意味で、劇中の小道具に関係したフレーズだ。
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「ゴールデンカムイ」

2025-02-14 06:11:01 | 映画の感想(か行)

 2024年作品。封切り時は観ようとも思っていなかったが、ヒットした映画だというのは間違いない。ネット配信のリストに入っているのを見つけ、テレビ画面ではあるが一応チェックしてみた。結果、とても驚かされた。こんな低級なシロモノがカネ取って映画館で上映され、興行的には成功。しかも、巷の評判は好意的だという。どうしようもない話だが、これこそが日本映画を取り巻く現状なのだろう。

 明治末期、主人公の杉元佐一は、日露戦争での鬼神のごとき戦いぶりから“不死身の杉元”と言われた元大日本帝国陸軍一等卒だ。復員した彼は、一攫千金を狙い北海道の山奥で砂金採りに明け暮れていた。そんなある日、杉元はアイヌ民族から強奪された莫大な金塊の存在を知る。金塊を奪った犯人は、その在処を24人の囚人の身体に彫って彼らを脱獄させたという。杉元は偶然知合ったアイヌの少女アシリパと行動を共にするが、大日本帝国陸軍第七師団の鶴見篤四郎中尉と、戊辰戦争で戦死したはずの新選組副長の土方歳三も金塊を求めて暗躍する。

 野田サトルによる原作漫画は読んでいないし、どういう話なのかも知らなかった。しかし、本作の視聴前に少し調べてみたら、かなりの長編であることが判明。どう考えても2時間程度の尺に収まるはずがないのだが、何とこれは“序章”に過ぎなかったのだ。いわば不完全なシロモノを、よく堂々と劇場公開したものである。

 ならばこの“序章”だけでも見応えはあるのかというと、それはほぼ無い。冒頭の、日露戦争の白兵戦のシーンからして気勢が上がらない。有り得ない場面の連続で、呆気に取られるばかり。舞台が北海道に移ってからも弛緩した展開ばかりで、テンポは悪いしキャストの動かし方もぎこちない。時折思い出したように活劇場面が挿入されるが、これが本当にショボくて観ていて侘しい気分になってきた。

 そもそも、主人公の杉元は戦争に行って何か変わったのだろうか。劇中で回想シーンになり従軍前の杉元の姿が出てくるのだが、戦後の彼と表情が一緒だ。まあ、演じているのが山崎賢人だから仕方がないとも言える。それにしても、本作での山崎のパフォーマンスは、いつもながら酷い。これは素人の芝居だ。どうして彼のような大根に次々と仕事のオファーが来るのか、本当に釈然としない。

 久保茂昭の演出はまったく精彩が無く、山田杏奈に眞栄田郷敦、工藤阿須加、泉澤祐希、高畑充希、マキタスポーツ、玉木宏、舘ひろしなどの共演陣も気乗りしていない様子が窺われる。唯一の見どころは相馬大輔のカメラによる北海道の風景ぐらいか。いずれにしろ、話にならない出来だ。
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「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」

2025-02-10 06:14:15 | 映画の感想(あ行)
 (原題:THE APPRENTICE)何より、この時期に斯様な映画が製作されたこと自体が驚きだ。しかも、堂々と公開された後、第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、主要キャストは第97回米アカデミー賞にもノミネートされている。たぶん日本ならば、このような映画の企画案さえ存在し得なかっただろう。各国の映画人の意識の高さは、我が国を置いたまま前に進み続けている。

 80年代の若き日のドナルド・トランプは、不動産業を営む父の会社を手伝う気弱な男に過ぎなかった。そんな中、彼は政財界の実力者が集まる高級クラブで、弁護士のロイ・コーンと出会う。コーンは検察官時代にマッカーシズムの片棒を担ぎ、弁護士に転身してからも共和党保守派との太いパイプにより数々の荒仕事をこなした悪名高い人物。そんな彼がトランプを気に入り、生き馬の目を抜くような政財界での身の振り方を伝授する。その甲斐あってトランプは大きな仕事をこなすまでに成長するが、やがてコーンの手に負えないほどの厄介な存在に変貌していく。



 言うまでもなくトランプは現時点での合衆国大統領であるが、本作において好意的なアプローチは皆無。彼がいかに御しがたい人物かを、容赦なく暴いてゆく。この映画の非凡なところは、コーンというトランプの“師匠”みたいな人物に着目したことだ。

 コーンが伝授する“勝つための3つのルール”は、トランプの座右の銘になっていくのだが、これはコーンが“赤狩り”に関与していた時分に会得した方法論だ。つまりはトランプの遣り口はいわゆる“ハリウッド・テン”に代表される当局側のエンタテインメント界への弾圧と同じ潮流にあることを提示しており、これはかなりの慧眼と言えよう。映画産業に携わる者ならば、この構図を見逃すはずがない。

 また、コーンの“末路”も哀れなものながら、同性愛者でユダヤ人というプロフィールを持っていたにもかかわらず、それらと相反するようなポリシーにしがみ付いたことの誤謬性が暗示され、強いインパクトを残す。アリ・アッバシの演出は「聖地には蜘蛛が巣を張る」(2022年)と同様に露悪的なタッチは冴え渡り、最後まで引き込まれる。

 トランプ役のセバスチャン・スタン、コーンに扮したジェレミー・ストロング、共に大いに評価される仕事ぶりだ。マリア・バカローバにマーティン・ドノバン、キャサリン・マクナリー、マーク・レンドールといった他のキャストも好調。なお、トランプはこのような人物ながら米国民の大きな支持を集めているのは、紛れもない事実である。果たして今後はどうなるのか。そして世界情勢、及び日本との関係はいかなる展開を見せるのか。目が離せない局面になってきたようだ。
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「6888郵便大隊」

2025-02-09 06:21:53 | 映画の感想(英数)

 (原題:THE SIX TRIPLE EIGHT)2024年12月よりNetflixから配信。長年映画鑑賞を趣味にしていると、それまでまったく知らなかったことが題材になっている作品と遭遇して深く感じ入ることがけっこうある。本作もその一つで、第二次大戦中に斯様な事実があったことに驚くと共に、このテーマを取り上げてくれた製作陣に敬意を表したい。

 1942年、アメリカ南部の地方都市に住む女子学生レナ・デリコット・キングは、従軍していた恋人がヨーロッパ戦線で死亡したことを知りショックを受ける。何とか彼に代わって国に尽くしたいと考えたレナは、卒業後に陸軍に入ることを決意。しかし、黒人である彼女を受け入れるセクションはほとんどなく、唯一参加できたのがチャリティー・アダムズ大尉率いる陸軍婦人部隊所属の有色人種女性からなる部隊だった。

 そんな彼女たちに与えられた任務は、欧州戦線からアメリカ国内に宛てた郵便物の仕分け作業である。6888大隊としてイギリスに渡った彼女たちが見たものは、配達されないまま山のように溜まった手紙だった。ケビン・M・ハイメルによる実録小説の映画化だ。

 軍当局は、黒人である彼女たちが入隊すること自体快く思わない、F・ルーズベルト大統領の指示により仕方なく6888大隊を発足させたが、任務達成など望んではおらず、それどころか失敗することを期待している。暖房もない粗末な作業場に押し込められ、大量の未達郵便物と格闘する彼女たち。精神的支柱として派遣されてきたはずの牧師でさえ、実は監視役でしかなかったというエゲツなさ。このような逆境にも負けず、一歩ずつ職務を進捗させてゆく彼女たちの働き。それが報われていく終盤の展開は、十分感動的だ。

 また、恋人(何と、ユダヤ人である)が眠る場所を捜し当てようとするレナのエピソードや、横暴な上官と対峙するアダムズの行動など、サブ・プロットも上手く配備されている。もっとも、郵便物の配達先を突き止めるプロセスはもうちょっと掘り下げても良かったと思うが、そこまで描くと尺が無駄に長くなるので、これで良かったのだろう。

 戦争が終わり除隊して地元に帰った彼女たちには、さらなる差別が待ち受けていたことは想像に難くない。それを暗示させるエピローグは痛切だが、それだけに6888大隊の功績は伝説的な高みにまで押し上げられていると思う。脚本も手掛けたタイラー・ペリーの演出は堅実で、余計なケレンを廃して正攻法にドラマを進める。

 ケリー・ワシントンにエボニー・オブシディアン、ミローナ・ジャクソン、カイリー・ジェファーソン、サム・ウォーターストン、オプラ・ウィンフリー、そしてスーザン・サランドンと、キャストは皆好演だ。マイケル・ワトソンのカメラによる、奥行きのある美しい映像も要チェックである。
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