元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「近頃なぜかチャールストン」

2025-01-17 06:16:56 | 映画の感想(た行)
 81年作品。監督は岡本喜八だが、彼の全盛期は60年代か、強いて言えば70年代半ばまでだろう。本作もそれほどアピール度は高くない。同監督のファンで、全作品をチェックしたいと思っている映画ファン以外には、現時点ではあまり奨められないと思う。しかしながら、この年のキネマ旬報ベストテンにはランクインしており、リアルタイムで鑑賞していれば印象は変わったかもしれない。

 不良少年の小此木次郎は悪さをしてブタ箱に入れられた際、そこで無銭飲食で捕まった年嵩の男たちと知り合う。彼らは自分たちを独立国であるヤマタイ国の国民と名乗っており、次郎は呆れつつも興味を持つ。後日、それぞれ釈放されるものの、次郎は彼らのことが気になってガールフレンドのトミ子と一緒にヤマタイ国を探す。



 すると何と、そこは行方不明になっている次郎の父親が彼らに無償で貸していた物件だった。次郎はヤマタイ国に乗り込むが、スパイ容疑とやらで捕まった挙げ句に、無理矢理に“帰化”させられてしまう。こうして若造と怪しい老人たちとの奇妙な共同生活が始まる。

 オッサンどもは製作当時からすれば戦中派ぐらいだろうが、別に先の戦争に対する屈託や物言いが横溢するわけではなく、ただ何となくバカなことをやっているだけだ。しかしながら、やたら年寄り臭くなることは何とか回避されている。その理由はたぶん、脚本に岡本御大だけではなく次郎に扮する利重剛が加わっているからだろう。

 彼は本作が撮られた時期はまだ二十歳前であり、ヤマタイ国創立などという年寄りのお遊びを一歩も二歩も引いた地点から見ていたと思われる。その醒めた立ち位置は、ヤマタイ国の地下に不発弾が見つかったり、保険金殺人事件を追う刑事たちが勝手に話に加わったり、さらに関西から来た殺し屋が乱入してきたりといった荒唐無稽な筋書きを前にしても少しも揺るがない。いわばキャラクターに媚びないようなテイストを取り入れていることが、本作の(岡本喜八の映画としては)特異性を際立たせて評論家筋にウケたのだろう。

 しかも、意味も無くモノクロで撮られている点も好事家の興味を引きやすい。利重剛以外のキャストは、財津一郎に本田博太郎、小沢栄太郎、田中邦衛、殿山泰司、岸田森、寺田農、光石研、速水典子など、かなり豪華。タミ子役の古館ゆきも良い味を出している。なお、音楽担当は大御所の佐藤勝で、ここでも安定した仕事ぶりを見せている。
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「太陽と桃の歌」

2025-01-12 06:17:05 | 映画の感想(た行)
 (原題:ALCARRAS)第72回ベルリン国際映画祭で大賞に輝いたヒューマンドラマだが、出来が良いとはとても思えない。もちろん、舞台になっているスペインのカタルーニャ地方の風俗など私は知らないし、ましてやそれに対する映画祭審査委員の思い入れなんか理解の外にある。しかし、それらを差し引いてもアピール度の低さは拭えない。

 当地で3世代にわたって桃農園を営んでいるソレ家が例年通り収穫を迎えようとすると、突然地主から収穫後に土地を明け渡すよう言い渡される。桃の木をすべて伐採して、代わりにソーラーパネルを敷き詰める予定らしい。頑固者の父は猛反対するが、母と妹夫婦はパネルの管理をすれば楽に稼げるのではないかと密かに期待する。かと思えば祖父はギャンブルにハマっているし、長男は畑の片隅で大麻栽培を始める始末。家族それぞれの思惑が交錯する中、季節は夏の終わりを迎える。



 まず、時代設定が判然としないのには参った。スマホを持っている者がいるので現代の話のようだが、十分に活用しているようには見えないし、情報を収集している様子も無い。また、収穫物の桃の取り扱いが手荒いのも気になる。あれでは実に傷が付いて売り物にならないだろう。あるいは、ジュース用か何かとして出荷するのだろうか。

 そもそも、この地方の主要農産物は米やジャガイモであり、果物ならばブドウであって、桃はポピュラーではないはずだ。このソレ家にとっても同様で、たぶん桃以外に採算の取れる作物(オリーブか何か)を栽培しているはずであり、桃だけがクローズアップされる必然性は乏しい。一家の面々も魅力があるとは言い難く、父親以外は現実に対する切迫感は感じられない。ただ漫然と日々を過ごすだけだ。

 ここで思い出したのが、同じく厳しい状況に追い込まれた農民一家を描いたエルマンノ・オルミ監督の「木靴の樹」(78年)である。あの映画は傑作として名高いが、この「太陽と桃の歌」はその足元にも及ばないと言って良い。脚本も手掛けたカルラ・シモンの演出は凡庸で、ジョゼ・アバッドにアントニア・カステルス、ジョルディ・プジョル・ドルセといったキャストは馴染みも無いし、目立った演技もしていない。

 あと気になったのは、一家の女児が上半身裸で遊んでいる場面で胸の部分にボカシが入っていること。どう見ても5,6歳の幼女の描写に、そこまでする必然性は無い(却ってワイセツに思えてしまう)。何を考えて斯様な措置を講じたのか、当事者の感覚が疑われるところである。
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「デイ・シフト」

2025-01-11 06:19:11 | 映画の感想(た行)

 (原題:DAY SHIIFT)2022年8月よりNetflixから配信されたホラー・コメディ。他愛の無いシャシンなのだが、手を抜かずに真面目に仕上げられているので、けっこう楽しめる。まあ、一応この手の映画には付きもののゴア描写は満載であり、それが苦手な向きには奨められないが、ホラーにある程度の耐性があれば鑑賞後の満足度も低くはないと思われる。

 カリフォルニア州でプール清掃業を営むバド・ヤブロンスキーには、別居中の妻子も知らない裏の顔があった。それは、密かに数を増やしつつあるヴァンパイアどもを駆除するハンター稼業である。だが、勤務態度は万全とは言えず、一度はハンター組合から追放されてしまう。それでも娘の学費を工面するため組合に頼み込んで復職するが、規則に詳しい現場未経験の事務員セスが監視役として同行することを承知するハメになる。

 当初、陽光まぶしいカリフォルニアでヴァンパイア連中がどうやって増殖しているのかと思っていたら、何と彼らは特殊な“日焼け止めクリーム”を使用しているらしい(大笑)。さらにはハンターたちの“報酬”を決めるに当たっては、片付けたヴァンパイアどもの牙を引き抜いて組合に持参することが必須条件とのことで、いわゆる年代物の古参連中のものが高く評価されるというのは、呆れつつも納得してしまう。

 今回バドの前に立ち塞がるのは女ボスのヘザーで、彼女は大手不動産の社長であり、ヴァンパイアに相応しい物件を手広く扱っているというのも、悪くない設定だ。これが初監督作になるJ・J・ペリーはスタントマン出身とのことで、さすがに活劇場面(特に乱闘シーン)は優れている。また、木の杭とか銀の弾丸とかいったヴァンパイア映画に付き物のグッズの扱いも効果的だ。そして随所に散りばめられたギャグは精度が高く、何度か爆笑させられた。

 主演のジェイミー・フォックスは“いつも通り”であり、新味は無いが安定したパフォーマンスを披露。デイブ・フランコにナターシャ・リュー・ボルディッゾ、ミーガン・グッド、ピーター・ストーメア、ザイオン・ブロードナックスといった脇のキャストも良い。また、大物ヴァンパイア・ハンターに扮するスヌープ・ドッグが儲け役。さすがに劇中でラップを実演する場面は無いが、その存在感は作品のカラーによく合っていた。
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「東京日和」

2024-12-23 06:16:11 | 映画の感想(た行)
 97年作品。去る2024年12月6日に惜しくも世を去った中山美穂の女優としての代表作は何かというと、岩井俊二監督の「Love Letter」(95年)だというのが大方の見方だろう。私もあの映画は傑作だと思うが、彼女のヴィジュアルが最も効果的に捉えられていたのはこの「東京日和」である。正直、作品としてはウェルメイドとは言い難い。しかし、中山の魅力を活写したという意味で、いつまでもファンの記憶に残ることだろう。

 写真家の島津巳喜男は、今は亡き妻のヨーコのことを思い出していた。ただし、彼女との生活はトラブルの連続だった。まず、ホームパーティを開いていた際にヨーコが招待客の水谷の名前を呼び間違えてしまい、ショックを受けた彼女はそれを切っ掛けに家を飛び出して3日間行方不明になったことだ。しかも、巳喜男の勤め先には夫が交通事故で入院したと嘘をつく始末。



 また、同じマンションに住む少年に無理矢理女の子の恰好をさせようとしたり、結婚記念日に出かけた旅行先でまたしても行方をくらましたりと、一時たりとも油断が出来ない言動のオンパレードだ。それでも巳喜男はヨーコのことが好きでたまらなかった。著名なカメラマンである荒井経惟と妻の陽子によるフォトエッセイの映画化だ。

 監督は竹中直人で、主人公の巳喜男も演じている。ただ、竹中の演出家としての力量は(他の諸作をチェックしても分かるように)それほどでもなく、骨太なドラマの構築なんか期待出来ない。本作もまとまりのないエピソードが漫然と積み上がっていくだけで、散漫な印象を受ける。まるで“明確なドラマ性は観る側で勝手に解釈してくれ”といった案配だ。

 しかしながら、ヨーコを演じる中山美穂は本当に素敵だ。映画をリアルタイムで観たときは、彼女は日本映画を代表する美人女優であると思ったほどだ。特に、野の花を片手に笑いながら走ってくるシーンはヤバいほどの吸引力がある。それだけに、彼女の早すぎる退場は残念でならない。

 あと、竹中の人脈の広さを証明するように、多彩なキャストを集合させていることには呆れつつも感心してしまった。松たか子に田口トモロヲ、温水洋一、三浦友和、鈴木砂羽、山口美也子、浅野忠信などの俳優陣はもちろん、中田秀夫や周防正行、森田芳光、塚本晋也などの監督仲間、さらに中島みゆきまで出ているのだから驚くしかない。大貫妙子の音楽と佐々木原保志によるカメラワークも要チェックだ。
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「ティアメイカー」

2024-12-15 06:27:50 | 映画の感想(た行)

 (原題:FABBRICANTE DI LACRIME)2024年4月よりNetflixから配信されたイタリア製の学園恋愛もの。設定がいかにも“古典的”で最初は面食らったが、屹立するキャラクターとキャストの頑張りで何とか付き合うことが出来、終わり近くにはけっこう盛り上がる。結果として観てそんなに損はしないシャシンかと思った。

 児童養護施設で辛い幼少期を過ごした女の子ニカは、十代後半になりミリガン家の養子として引き取られることになる。ところがこの施設で育った男子リゲルもミリガン夫妻は気に入ってしまい、一緒に迎え入れる。同年齢のリゲルとニカは同じ高校に通うことになるが、互いに抱えているトラウマのために家でも学校でも気まずい思いをするばかり。そんな中、ニカに思いを寄せる同級生のライオネルが引き起こしたトラブルが、リゲルを巻き込んで大きな騒動に発展する。エリン・ドゥームによるヤングアダルト小説の映画化だ。

 鬼のような院長が支配する孤児院で辛酸を嘗める主人公たちという、大時代な設定にはまず苦笑してしてまう。さらにいくらミリガン家に余裕があるといっても、2人同時に、しかも色気付いた(笑)年頃の男女を養子にするという筋書きは相当無理がある。通う高校は明らかに中流以上の家庭の子女を対象にした佇まいで、この学校の選択は養父母の意向なのは明らかだが、2人ともそこの生徒にしてしまうというのは考えものだ。せめて別々のところに通学するように配慮すべきではなかったか。また、リゲルとニカの周囲の生徒たちの造型も図式的で感心しない。

 だが、話が児童施設の虐待を告発する裁判劇の様相を呈する終盤は、興趣が俄然増してくる。主人公2人の言動の背景にあるものは、幼少時の体験にあることが強調され、けっこうドラマは深みを帯びてくるのだ。これが事故が元で生死の境をさまようことになるリゲルの容体と同時進行し、観ていて少し引き込まれるものがあった。

 リゲルを演じるシモーネ・バルダッセローニは二枚目ではあるものの、ミステリアスで悪魔的な風貌が強い印象を与える。ニカに扮するカテリーナ・フェリオリはかなりの美少女だが、性根が据わっていて大胆な演技も厭わないのには感心する。孤児院の院長役のサブリナ・パラビチーニも実に憎々しい。

 アレッサンドロ・ベデッティにロベルタ・ロベッリ、オルランド・チンクェ、ジュジュ・ディ・ドメニコなど他のキャストは馴染みは無いが、皆良い演技をしている。アレッサンドロ・ジェノベージの演出には特段才気は感じられないが、及第点だろう。ルカ・エスポジートのカメラによるロケ地のイタリア北部ラベンナの美しい風景と、音楽担当のアンドレア・ファッリが提供する流麗なスコアも効果的だ。
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「対外秘」

2024-12-09 06:30:15 | 映画の感想(た行)
 (英題:THE DEVIL'S DEAL)イ・ウォンテ監督の前作「悪人伝」(2019年)ほどバイオレンス場面は多くはないが、この新作もヴォルテージは高い。作劇には荒っぽいところも見受けられるものの、展開は予測不能で緊迫感があり、エンドマークが出るまで引き込まれてしまう。こういうネタを扱えば、最近の韓国映画は無類の強さを発揮するようだ。

 92年、釜山の地方議員のヘウンは次期総選挙での大手政党の公認を約束され、出馬を決意する。しかし土壇場になって、フィクサーとして裏で権力を振るうスンテが自分の言うことを聞きそうな別の男に公認候補を変えてしまう。激怒したヘウンは、スンテのそれまでの悪行を記した極秘文書を手に入れて反転攻勢に打って出ると共に、ヤクザのボスであるピルドから選挙資金を得て無所属で出馬。スンテも黙ってはおらず、仁義なき選挙戦は果てしなく続く。



 とにかく、出てくるキャラクターが濃い。ヘウンは党公認を期待していた序盤こそコメディ的で軽量級の扱いだが、スンテに正面から対峙する中盤からは腹黒さがクローズアップ。悪徳政治家としての凄みが出てくる。スンテも目的のためならば人の命など屁とも思わない悪党で、この2人に比べればヤクザのピルドは青臭く見えるが、それでも凶暴さは遺憾なく描かれる。報道倫理など完全無視のマスコミ連中も含め、全員がワルだ。最後まで正義が反映される局面は無い。

 くだんの極秘文書をめぐるやり取りはあまりスマートとは言えず、後半のバタバタした展開は気になるが、それでも本作の吸引力は大したものだ。ストーリー自体はフィクションだが、92年といえば韓国で初めて大統領選挙と総選挙が同時に行われた年ということで、軍人出身ではない金泳三大統領が誕生したことも含めて、激動の時期であったらしい。映画で描かれたことが絵空事とは思えないのも、時代設定を吟味したイ・ウォンテ(脚本も担当)の手柄だろう。

 へウンに扮するチョ・ジヌンは、いかにも抜け目のない俗物を上手く演じている。スンテ役のイ・ソンミン、ピルドを演じるキム・ムヨル、いずれも満足出来るパフォーマンスだ。余談だが、今でこそ釜山広域市は韓国第2の大都市として知られているものの、90年代前半まではオリンピックを開催したソウルに随分後れを取っていたらしい。本作は釜山の発展前夜を取り上げたということで、その混沌とした状況も映画のアクセントになっていると思う。
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「タイムカット」

2024-11-17 06:20:21 | 映画の感想(た行)

 (原題:TIME CUT)2024年10月よりNetflixから配信されたSF編。タイムリープをネタにしているが、プロットには随分と穴がある。そもそも、設定からして納得出来ない点が散見される。ならば面白くないのかというと、そうでもないのだ。展開はテンポが良くて退屈しないし、キャストも十分機能している。カネ払って映画館で観たら腹も立つだろうが(笑)、テレビ画面だと気軽に付き合える。

 主人公の女子高生ルーシーが住む田舎町(ロケ地はカナダのマニトバ州のウィニペグ市郊外)では、2003年に未解決の連続殺人事件が起こっている。彼女の姉サマーも犠牲者の一人だった。ある日、納屋に設置された怪しげな機械に接触したルーシーは、2003年にタイムスリップしてしまう。そこは件の惨劇が起きる数日前で、サマーも健在だ。何とかして姉の命を救うべく、ルーシーは奮闘する。

 そもそも、簡単にタイムトラベルが出来てしまうメカが無造作にあんな場所に置かれていること自体が噴飯ものだ。両親の外観や振る舞いには、2つの時間軸で大して時の流れを感じさせないのもおかしい。父親は核エネルギーを扱っているらしい怪しげな大手企業に勤めているのだが、そんなアブナい会社のプラントが住宅地のすぐ近くにあるというのは失当だろう。

 肝心のタイムパラドックスの処理にしても、かなりいい加減で御都合主義に近い。それでも、シリアルキラーに主人公たちが追いまくられる段になると、けっこう盛り上がる。事件が発生する日時は分かっているのだが、何とかしようとするたびに障害が立ちはだかるという段取りは型通りだが悪くない。そして犯人は意外な人物で、その動機も強引ながら納得出来るものになっている。

 脚本にも参加しているハンナ・マクファーソンの演出は手堅く、91分という短い尺も相まって冗長な面を見せない。ルーシーに扮するマディソン・ベイリーをはじめ、アントニア・ジェントリーにグリフィン・グラック、マイケル・シャンクス、レイチェル・クロフォード、ミーガン・ベストといった顔ぶれは馴染みは無いが、皆良くやっていたと思う。それにしても、こんなシチュエーションの映画に接するたびに、あの「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズは実に良く出来ていたものだと改めて思う。
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「トラブル・バスター」

2024-11-11 06:26:10 | 映画の感想(た行)
 (原題:STRUL )2024年10月よりNetflixから配信されたスウェーデン製のサスペンス編。面白い。何より筋書きがよく練られている。ヒッチコック映画でもお馴染みの“追われながら、真犯人を突き止める話”という普遍性の高い基本線をキッチリとキープしつつ、散りばめられたネタを上手い具合に回収。キャラクター設定も申し分ない。観る価値はある。

 主人公のコニーは,ストックホルム郊外の大型家電量販店に勤務している冴えない中年男。離婚した元の妻には未練たっぷりだが、彼女はすでにエリートパイロットと再婚していた。小学生の娘とたまに会うことだけが彼の唯一の楽しみだ。ある日、配達先でテレビを設置している間に殺人事件が発生。犯人と間違われて逮捕され、有罪判決を受け、服役するハメになる。ところが刑務所内で密かに進行中だった脱獄計画に偶然関わってしまったコニーは、思わぬ形でシャバに出ることになり、自らの無罪を立証しようとする。



 悪の首魁は麻薬組織なのだが、それに加担するのが警察内の腐敗分子で、捜査に紛れてコニーを抹殺しようとする。対してコニーは顔見知りだった警官のディアナの助けを得て危機突破を図る。主人公が電器店のスタッフであるという設定が出色で、重要証拠であるスマートフォンや大型テレビの扱いをはじめ、その方面のスキルに通じていることが事件の展開に大きく影響してくる。

 刑務所内にはすでに外部と繋がるトンネルが掘られていたというモチーフこそ無理筋だが、それ以外はプロットは強固に構築されている。ジョン・ホルムバーグの演出は闊達かつ手堅い。展開はスムーズで淀みが無く、サスペンスの盛り上げ方も上手い。特にクライマックスのホテル内でのチェイスには瞠目させられた。また、随所に効果的なギャグが挿入されており、これが作劇にメリハリを付けている。

 主演のフィリップ・バーグは当初はショボいのだが、映画が進むごとに応援したくなるほどイイ男に見えてくる(笑)。ディアナに分するエイミー・ダイアモンドは、失礼ながら普通の娯楽映画ではとてもヒロイン役に選ばれないほどの太めの外観だが、愛嬌たっぷりで魅力的だ(キャスティングの妙である)。エヴァ・メランデルにモンス・ナタナエルソン、デヤン・クキック、ヨアキム・サルキストといっ顔ぶれは馴染みは無いものの、皆的確な仕事ぶりを見せる。エリック・パーションのカメラによるストックホルムの風景も美しい。
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「天守物語」

2024-09-13 06:29:33 | 映画の感想(た行)
 95年松竹作品。公開当時に“歌舞伎も知らず泉鏡花も読まない連中の場違いな批評なんて気にする必要はない”ということを、某雑誌で某評論家が書いていたようだが、こんなことを平気で言う者は映画を軽んじた能天気な御仁だったのだろう。歌舞伎も鏡花も知っていなければこの映画を観る資格はないとでも言いたいのだろうか。歌舞伎の“カ”の字も知らない観客をも圧倒させるような娯楽性を獲得しようとするところに、映画の存在価値があるのではないのかな。

 さて、5代目坂東玉三郎の3作目の監督作(ちなみに第1作は91年製作の「外科室」で、2作目は93年の「夢の女」)は初めて自身が出演し、泉鏡花の戯曲を映像化している。魔性のものが棲む姫路城の天守閣の主・富姫(坂東)と若侍(宍戸開)の関係を描く。



 94年の上演版を忠実になぞったとのことだが、大部分は舞台版とやらにおんぶに抱っこのものでしかないと想像する。これは舞台の再現に過ぎず、映画としての発想も工夫も何もない。舞台版を観ればこの映画の存在理由はないと思われる。いわば舞台版の宣伝用フィルムではないか。

 それにしても、セリフまわしから演技まで、これほど映画と合っていない内容も珍しい。映画を見慣れている人なら、一見して“こりゃおかしい”と思うはずだ。舞台らしい展開や仕掛が、映画の面白さとして何も機能していない。言い換えれば、これを見ておかしいと思わない作者の神経が映画向けでないのだ。

 とにかく、作者には“小津安二郎監督の歌舞伎のドキュメンタリー映画でも見て勉強したら?”とでも言いたくなった。脇を固めるはずの宮沢りえや隆大介も、何やら手持ち無沙汰な感じだ。なお、本作の評判が芳しくなかったことからか、玉三郎はこれ以降は映画演出から手を引いている。賢明な判断だったと言うべきかもしれない。
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「ディヴォーション マイ・ベスト・ウィングマン」

2024-09-07 06:25:16 | 映画の感想(た行)
 (原題:DEVOTION)2023年1月よりNetflixから配信。アメリカ海軍初の黒人パイロットと、彼の僚友である白人パイロットとの友情を描く実録映画。これは出来れば映画館のスクリーンで観たかった。それだけ映像に訴求力がある。正直、作劇は上出来とは言い難いが、某「トップガン」シリーズとは違って不自然な展開が見られないだけでも数段マシだ。

 1950年、ロードアイランド州のクォンセット・ポイント海軍航空基地に赴任したトム・ハドナー大尉は、同僚となるジェシー・ブラウン少尉と出会う。ジェシーは米海軍初の黒人パイロットで、腕は確かだが日頃から人種差別に悩まされていた。最初はぎこちなかった2人の関係だが、訓練を通して互いの距離を詰めていく。やがて朝鮮戦争が勃発し、彼らが属する機動部隊は日本海に展開。北軍に占拠された半島のエリアを奪還するという、困難な任務に挑む。



 上映時間が約2時間40分というのは、このネタでは長すぎる。そもそも、余計なシークエンスが多い。代表的なものは主人公たちがフランスのカンヌに寄港して、そこで人気女優と知り合った後にカジノ会場に繰り出すあたりや、そこで他の部隊員と一悶着起こすシークエンスだ。こんなのは丸ごと削って構わない。ジェシーの家族とトムとの触れ合いも、タイトに切り詰めて良かった。

 しかし、それら難点があっても本作には魅力がある。それはまず飛行シーンの素晴らしさだ。トムたちが搭乗するのは、F4Uコルセアというレシプロ単発単座戦闘機である。これが見た目が実にカッコ良く、前半に編隊を組んでロードアイランド州の海岸沿いを飛行する場面の美しさは特筆ものだ。空母への着艦場面もスリリングだし、朝鮮での空戦シーンは手に汗握る迫力だ。

 加えて、終盤近くの展開は戦争の悲惨さが強調され、忘れられない印象を残す。またエピローグではハドナー家とブラウン家の交流は今でも続いていることが示されて、胸が熱くなった。J・D・ディラードの演出は冗長な部分もあるが、全体としては及第点だろう。

 主演のグレン・パウエルとジョナサン・メジャースは好調。クリスティーナ・ジャクソンやダレン・カガソフ、ジョー・ジョナスといった他のキャストも万全だ。なお、カメラマンは現時点でアメリカ人の撮影監督ではトップクラスの実力を持つであろうエリック・メッサーシュミットで、ここでも流麗な仕事ぶりを披露している。
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