けっこうハマる本である。芥川賞を獲得した「花腐し」を含めて松浦の小説は今まで読んだことはなかったが、本書に接するだけでもその独特の美意識は他の追随を許さない次元に属していることがよく分かる。
「あやめ」という名のスナックでかつての同級生との再会を待ち続ける男。魚市場で仕入れた鰈(かれい)を忍ばせたアイスボックスを持ったまま、いつ終わるともしれない“地下鉄での旅”に出かける男。そして、妄想上の“妹”との同居生活に恍惚とした喜びを覚える男。この三編のオムニバスであるが、エピソードや登場人物がそれぞれ微妙にクロスオーバーしていて、ひとつの長編として捉えることも可能である。
三編に共通するのは、主人公はほとんど死んでいる点である。いわば死ぬ間際に見る夢を綴った作品だ。一見すればどれも“非業の死”と思われても仕方がない状況だが、彼らの夢は不思議なほど透徹した美しさを演出している。死ぬ前にふと感じた“出来ればああしたかった”という想いが、夢の中ではある程度実現される。
しかし、すべて実現されるわけではない。期待していた結末にはどれも達しない。でも、この静かな悔恨の念こそが、死出の旅にはふさわしい無常観を掻き立てるのだ。意外と、誰しも死ぬ瞬間にはこういう“解脱”の境地に達するのかもしれない・・・・などと勝手なことを思ったりする。こういう、思いっきり後ろ向きのスタンスもたまには良いものである。文中に現れる仄暗いイメージやモチーフは味わい深い。文体も無理がなく簡潔だ。
さて、ヴィジュアル面での喚起力が大きい本作は是非とも映画化してほしい。それも三人の監督に撮らせれば面白いと思う。候補としては黒沢清、石井聰亙、荒戸源次郎あたりか。音楽や美術が的確ならば、ベストテン入りは確実ではないだろうか(笑)。