元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「型破りな教室」

2025-01-18 06:16:56 | 映画の感想(か行)
 (英題:RADICAL )とても感銘を受けた。この“問題のある学校が型破りな教師の奮闘により改善に向かう”という設定の学園ドラマは、それこそ昔から多数作られており、題材としては陳腐とも言える。しかし、本作の内容は小賢しい突っ込みを軽く跳ね返すほどの強靱な求心力が確保されているのだ。しかもこれが実話というのだから、驚くしかない。

 アメリカとの国境近くにある、メキシコのタマウリパス州北東のマタモロスの小学校に、出産のため辞職した6年生の担任の代役としてセルヒア・フアレス・コレア教諭が赴任してくる。この学校を取り巻く環境は過酷で、周囲には麻薬密売組織などの反社会勢力が蔓延っており、生徒たちもそれらと無関係ではいられない。また貧困に喘いでいる家庭も多く、学校内も設備は不足し、教員は事なかれ主義の者ばかり。



 結果として学力は国内最底辺で、6年生の半数以上が卒業を危ぶまれる始末。だがフアレスは、生徒たちの興味を惹くような今までにないユニークな授業を敢行する。当初は学校側も戸惑うが、フアレスの熱意は次第に周りに伝わってゆく。

 まずは、この学校および街の状況の劣悪さに驚く。もちろん、先進国以外での公的教育現場というのはどこも良好とは言えないのだが、このマタモロスから国境を隔てたほんの40km先に、スペースX社が運営するケネディ宇宙センター第39発射施設が存在するという構図はかなりショッキングだ。最先端のテクノロジーの集積所の隣に、メキシコでも最悪の場所が存在している、この絶望的な格差を見せつけられると慄然とするしかない。

 しかし、フアレスは挫けない。単なる詰め込みの教育ではなく、真に生徒たちが各科目に興味を持てるようなメソッドを駆使し、少しずつ状況を改善していく。そのプロセスに無理はなく、こうすればこのような結果が付いてくるという、誰にでも納得出来るような組み立て方だ。特に、ゴミの山の隣に暮らす女生徒パロマが教師によって自身の進む道を見出すくだりは、実に感動的。なお、彼女も実在の人物であり、今は期待の若手研究者として活躍しているという。

 反面、マフィアの抗争が学園内にも波及して悲劇を生む様子も容赦なく示される。そんな残酷な事実がありながら、それでも前を向いて進もうとするフアレスと生徒たちの姿には感銘を受ける。脚本も手掛けたクリストファー・ザラの演出には、わざとらしいケレンを廃した真摯さが伝わってくる。

 フアレス役のエウヘニオ・デルベスは最高の演技。校長先生を演じたダニエル・ハダッドをはじめ、ジェニファー・トレホ、ミア・フェルナンダ・ソリス、ダニーロ・グアルディオラなど子役たちも万全だ。なお、この学校はそれから全国トップの成績をおさめるようになり、フアレスも引き続き現場で頑張っているのだという。
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「神は銃弾」

2025-01-13 06:16:03 | 映画の感想(か行)
 (原題:GOD IS A BULLET )99年に刊行されたボストン・テランによる原作は英国推理作家協会賞の最優秀新人賞をはじめ各アワードを獲得し、日本での翻訳版も日本冒険小説協会大賞を受賞するなど、かなりの評判を博している。私も十数年前に読んで好印象だったことを覚えているが、これを映画化するにはハードルが高かったと思われる。かなりの長編であることはもちろん、主要キャラクターであるヒロインの造型が圧倒的で、演じられる女優がそう簡単に見つかるはずがない。ところが今回の映画版ではそのあたりがクリアされていて、それだけで評価したくなるシャシンだ。

 メキシコ国境近くの町に住む刑事ボブ・ハイタワーは、ある日突然にカルト教団“左手の小径”に元妻とその再婚相手が殺されるという災難に見舞われる。しかも、中学生の娘は教団に誘拐されて行方が知れない。ボブは何とか娘を探そうとするが、法の限界があって上手くいかず、警官の職を捨て独自に行動することを決める。そんな彼が出会ったのが、かつてそのカルト教団に誘拐されたものの生還を果たした経験を持つ若い女、ケース・ハーディンだった。2人は協力して“左手の小径”に立ち向かう。



 このケースの、蓮っ葉でいながら純情で、極限状態の中で主人公と衝突しながらも決して諦めないという性格は、長い原作を最後まで読者を釘付けにするほどの存在感を示していた。これは容易に映像化できる個性ではないはずだが、本作の主演女優であるマイカ・モンローは見事に仕事をやり遂げている。まるで原作から抜け出してきたかのような佇まいで、このキャスティングは大成功だ。

 とはいえ、2時間半の上映時間でも小説版をフォロー出来ていない。ボブの元妻らが襲われた原因も、明示されていない。その事件の関係者らしき登場人物たちも出てくるが、唐突な感じは否めない。そして何より、熱心なキリスト教徒だったボブが、題名通り“神は銃弾だ”という結論にたどり着くプロセスも不十分である。

 ところが監督のニック・カサヴェテスは“そんなもどかしさは、派手な場面の釣瓶打ちでカバーしてやる!”とばかりに、程度を知らないバイオレンス描写を畳み掛けてくる。見ようによっては、まるでスプラッタ映画だ。しかし、そんな大暴れの背景は主人公たちの憤怒に裏打ちされているので、無理矢理な印象はあまり受けない。

 ボブに扮するニコライ・コスター=ワルドーは熱演だし、敵の首魁を演じるカール・グルスマンも憎々しい。また、教団に関係の深い得体の知れぬ男の役をジェイミー・フォックスが担当しているのも効果的だ。そして特筆すべきは、撮影監督は香取健二という日本人である点だ。どういう経歴でどのようなテイストを持った人材なのかは分からないが、荒涼とした中西部の風景の捉え方は上手いと思った。
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「クレイヴン・ザ・ハンター」

2025-01-03 06:23:46 | 映画の感想(か行)
 (原題:KRAVEN THE HUNTER )楽しんで観ることが出来た。一応は少なくない予算を投入したマーベル系の大作だが、俳優組合のストライキの影響で封切りが遅れ、しかもR15指定ということもあり、興行面では比較的不利だったようだ。しかしながら、筋書きにはそれほど瑕疵は無いし、キャストの仕事ぶりも万全であり、これは好評価に値すると思う。

 主人公セルゲイ・クラヴィノフは、幼い頃にマフィアのボスである冷酷な父親ニコライとともに狩猟に出かけた際、巨大な異形のライオンに襲われたことをきっかけに、スーパーパワーを身に付ける。やがて父親の元を去り、長じてクレイヴンと名乗り金儲けのために動物を狩る者たちに次々と制裁を加えるようになる。そして、彼の代わりに無理矢理に組織を継がされそうになった弟のディミトリをフォローするために、裏社会の抗争へと身を投じる。



 クレイヴンはマーベルコミックではスパイダーマンの宿敵になる悪役だが、ヴェノムと同様にここではダークなヒーローとして扱われている。元より主人公の出自と環境が反社会的なものであるため、作品自体のカラーも暗い。だが、クレイヴンの周りにいるのは札付けのワルばかり。そいつらがどんな目に遭おうと知ったことではないし、それどころかカタルシスさえ覚えてしまう。

 敵役も全身が硬い皮膚に覆われた怪人ライノや、強力な催眠術の使い手であるザ・フォーリーナーなど、かなりキャラが濃い。もちろんラスボスはニコライなのだが、そこに行き着くまでの段取りは悪くないと言える。J・C・チャンダーの演出は「トリプル・フロンティア」(2019年)の頃よりも格段の進歩を遂げ、話はテンポ良く進む。アクション場面もよく練り上げられており、意外性のある立ち回りのアイデアには感心する。

 主演のアーロン・テイラー=ジョンソンは「キック・アス」(2010年)の少年役とはまるで別人のマッチョ野郎に成長しているが、力量は認めて良い。ヒロイン役のアリアナ・デボーズは魅力的だし、ディミトリに扮するフレッド・ヘッキンジャーやライノを演じるアレッサンドロ・ニボラも存在感がある。そして何といっても、ニコライ役にラッセル・クロウというクセ者を持ってきているのが大きい。

 なお、今作でソニーズ・スパイダーマン・ユニバースも終了ということだが、これが本家のマーベル・シネマティック・ユニバースとどう関係してくるのか、興味の尽きないところである。
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「コール・ミー・ダンサー」

2024-12-29 06:46:22 | 映画の感想(か行)
 (原題:CALL ME DANCER)インド人バレエダンサーの奮闘記だが、特筆すべきはこれがドキュメンタリー映画だということだ。フィクションではないのはもちろん、実話を元にした劇映画でもない。スクリーンの真ん中にいるのは、遅咲きながらダンサーになることを希求し、立ちはだかる数々の試練にも負けずに夢に向かって疾走する生身の人間だ。よく“事実は小説よりも奇なり”と言われるが、ドラマティックな人生を選択し、なおかつ“絵になる”素材を採用した時点で本作の成功は約束されたようなものだ。

 ムンバイに住む少年マニーシュ・チャウハンはストリートダンスにハマり、猛練習を経てダンス大会で好成績を収める。そこで彼はダンススクールへの入学を勧められて通い始めるが、イスラエル人のバレエ教官イェフダとの出会いが彼の人生を変える。奥深いバレエの魅力に取り憑かれたマニーシュは、持ち前の身体能力でめきめきと成長し、プロダンサーとしての展望が開けてきたかに見えた。しかし、バレエの道に進むには、マニーシュは年を重ね過ぎていたのだ。



 現在はニューヨークのペリダンス・コンテンポラリー・ダンス・カンパニーでダンサーとして活躍しているマニーシュ・チャウハンの半生に迫ったドキュメンタリー物で、もちろん主役はマニーシュ自身だ。彼が初めてクラシックバレエのレッスンを受けたのは、18歳の頃だったという。この世界では明らかに遅いスタートだ。しかもインドにはバレエの伝統は無い。

 それでもイェフダの薫陶を受けることが出来たのは幸運だったのだが、幼少時から基礎を叩き込まれた者がゴロゴロいる中では目立てない。そんな彼を受け入れる可能性があったのが、コンテンポラリーバレエだった。決まったスタイルが無いこの分野では、ダンサーのキャリアなど二の次だ。とにかく実力と感性が研ぎ澄まされている者だけが活躍できる。自身の境遇と目の前にある未知の世界の間で葛藤する主人公の姿は、まるでフィクションだ。さらには、家族との関係性も丹念に描き込まれる。

 監督を務めたレスリー・シャンパインとピップ・ギルモアは、虚構の話と実録物との違いを熟知していると思う。マニーシュのような、見た目も生き方も“映画みたいな人間”を見つけ出してくることで、リアルとフィクションとの融合に果敢に挑戦してくる。その気迫はスクリーンから存分に伝わってくる。もちろん、マニーシュをはじめとする各ダンサーが見せる妙技は素晴らしく、映画的興趣は高揚するばかりだ。撮影も音楽も言うことなしである。
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「グラディエーターⅠⅠ 英雄を呼ぶ声」

2024-12-16 06:37:35 | 映画の感想(か行)
 (原題:GLADIATOR II)前作(2000年)は第73回米アカデミー賞にて作品賞を獲得するほど高評価で、なおかつ興行収入も大きかったのだが、私は中身をほとんど覚えていない(苦笑)。まあ、たぶん“観ている間は退屈させないが、鑑賞後はキレイさっぱり忘れてしまう”という、いわば娯楽映画の王道(?)を歩んだシャシンだったのだろう。この続編も同様で、スクリーンに向き合っている間は楽しめるが、今後どれだけ記憶に残るかは定かでは無い。ただ、印象的なモチーフはいくつか存在するので、忘却のペースは前回よりは遅いかと思われる。

 紀元3世紀初頭、前作の主人公マキシマスの息子であるルシアスは、アフリカ北部の都市ヌミディアで暮らしていた。ところが将軍アカシウス率いるローマ帝国軍が突如侵攻。街は壊滅し妻も失った彼は、マクリヌスという訳ありの男と出会ったことを切っ掛けに、マクリヌス所有の剣闘士となってローマに赴くことになる。



 主人公ら剣闘士が競技場で対峙する相手は手練れの戦士だけではなく、巨大なサイや殺人ヒヒなど人間以外も含み、それらとのバトルは賑々しく展開する。そもそも、冒頭近くの海戦のシークエンスだけで観る側を圧倒するだけの迫力があり、特殊効果も前回から20年以上経過しただけの進歩が感じられる。

 ただ、私が興味を持ったのはキャラクターの方だ。正直言って、主人公ルシアスは可も無く不可も無し。史劇のヒーローとしてのルーティンをこなしているだけだと思う。それよりも面白いのはマクリヌスだ。かなり屈折した世界観・社会観の持ち主で、それでいて抜け目がない。黒人であることもマイノリティがのし上がっていく背景を強調している。

 そして、暴君として知られるゲタ帝とカラカラ帝の扱いも非凡だ。いわゆる五賢帝の時代が終わり、ローマが隆盛から衰退へと向かっていく時代性の象徴としての造型で、中身の薄さを効果的に印象付けられる。前回から連続登板のリドリー・スコットの演出は特段優れているとは言えないが、この前に撮った「ナポレオン」(2023年)よりはマシな仕事をしている。

 ルシアスに扮するポール・メスカルをはじめ、ペドロ・パスカルにリオル・ラズ、デレク・ジャコビ、コニー・ニールセンといった顔ぶれはまあ悪くないだろう。マクリヌス役のデンゼル・ワシントンは、さすがの海千山千ぶりを見せつけた怪演。2人の皇帝に扮したジョセフ・クインとフレッド・ヘッキンジャーも難役を上手くこなしている。
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「コルドラへの道」

2024-11-24 06:27:52 | 映画の感想(か行)
 (原題:THEY CAME TO CORDURA)1959年作品。西部劇スターとして名を馳せたゲイリー・クーパー主演のウエスタンだが、監督が社会派のロバート・ロッセンということもあり、通常の娯楽映画とは一線を画する含蓄のある内容に仕上がっている。特に、極限状態に置かれた人間の生き様を容赦なく描くあたりは感心した。キャストも万全だ。

 1916年のアメリカ南部。ソーン少佐の所属する騎兵隊は、メキシコの革命家パンチョ・ビリャ率いる反乱軍と国境付近で交戦状態に入る。米軍は何とか勝利し、ソーンは戦いで活躍した5人の兵士を叙勲するため、そしてメキシコ軍に便宜を図ったという疑いで牧場主のアメリカ人女性アデレード・ギアリーを軍当局に引き渡すため、7人でテキサス州のコルドラ陸軍基地を目指して出発する。



 ところが、ソーンの触れられたくない過去が明るみに出ると兵士たちは彼を敵視するようになる。しかも道中でゲリラ兵の襲撃を受け、馬を失った挙げ句に徒歩での移動を強いられる。さらにアデレードをめぐって男たちの欲望が横溢し、水と食料も残り少なくなり、病人まで出る始末。彼らの苦難の旅は続く。

 冒頭近くの戦闘シーンこそスペクタクル性が感じられるが、映画の大半は主人公たちの苦闘が綴られる。人間、逆境に直面すると不条理な怒りや欲望に囚われてしまう。叙勲の名誉なんかどうでも良くなり、いかにして生き延びるかという根源的な欲求だけが表面化する。そんな中にあって、ソーンだけは軍の規律とプライドを頑なに守る。

 ここで“高潔な軍人VS.下世話な者たち”という単純な構図に陥らないのが本作の長所だ。ソーンにはこの旅を貫徹しなければならない事情があり、それは決して崇高なものではない。兵士たちにしても、こんな修羅場になれば八つ当たりするのも当然なのだ。しかし、ソーンはそれでも自らの任務を放棄しない。そのことが自身の過去を清算することに他ならないからだ。ソーンの意図が明らかになる終盤は十分に感動的であり、ロッセン監督のヒューマニストぶりが窺われる。

 G・クーパーは内面で屈託と使命感がせめぎ合う様子を上手く表現した妙演で、観ていて引き込まれるものがある。アデレード役のリタ・ヘイワースは荒涼とした沙漠の中にあっても魅力的だし、敵役とも言えるチョーク軍曹に扮するヴァン・ヘフリンも憎々しい好演だ。リチャード・コンテにタブ・ハンター、ディック・ヨーク、マイケル・カラなど当時の演技派が脇を固めている。また、バーネット・ガフィのカメラによる荒野の風景は実に効果的だ。
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「国境ナイトクルージング」

2024-11-18 06:25:16 | 映画の感想(か行)
 (原題:燃冬 THE BREAKING ICE)手練れの映画ファンならば、ジム・ジャームッシュ監督の代表作「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(84年)との共通性を見出すことだろう。もっとも、本作はあの映画のクォリティの高さには及ばないが、それでも十分な訴求力を持ち合わせていると思う。観て損はしない中国=シンガポール合作だ。

 吉林省延吉市は、中国と北朝鮮との国境に位置する街である。友人の結婚式に出席するため、上海から冬の延吉にやって来た青年ハオフォンは、翌朝の帰路のフライトまでの時間を利用して観光バスツアーに参加する。ところが途中でスマートフォンを紛失してしまい、女性観光ガイドのナナは責任を感じて彼をその晩食事に誘う。ナナの男友達のシャオも加わって夜遅くまで盛り上がるが、翌朝ハオフォンは寝坊して飛行機に乗り損ねる。こうなったのも何かの縁だと割り切った彼は、シャオの提案による3人での国境近辺でのバイクツーリングに出掛ける。



 ハオフォンはエリートサラリーマンなのだが、激務でメンタルが限界に達しようとしており、定期的にカウンセリングを受けている。ナナは以前はフィギュアスケートの選手だったが、足の怪我により断念。今では観光ガイドで糊口を凌いでいる。シャオは叔母の飲食店で働いており、取り敢えずは生活に不満は無いようなのだが、ハオフォンとの出会いにより何か別の生き方があるのではないかと思い始める。

 彼らの屈託は、けっこう普遍的なものではないだろうか。もちろん挫折したことのない者や、そもそも能動的に人生を送っていない人間には関係の無い話かもしれない。だが、そういうのは多数派ではないだろう。それぞれが心の奥に(意識的・無意識的に関わらず)ため込んだ懊悩は、他者と触れ合うことによって顕在化したりもする。それがここではよく表現されている。

 飲んで酔いつぶれたり、バイクの3人乗りで北朝鮮との国境付近を走り回ったり、書店で誰が一番分厚い本を万引き(未遂)できるかといったようなゲームをしたりと、彼らは若者らしいアホな振る舞いばかりやっているが、それでもコミュニケーションが自己の内面を照射するという本筋をトレースしている。別にドラマティックな出来事があるわけではないが、作品の好感度が高いのは人間関係の在り方をマジメに捉えているからだろう。

 彼らが足を運ぶ白頭山の近辺をはじめとするこの地方の冬の風景は、まさしく「ストレンジャー・ザン・パラダイス」での主人公3人の“冬の旅”を想起させる。ユー・ジンピンのカメラによるモノクロに近い凍り付いた風景は、とても心惹かれる。アンソニー・チェンの演出は、起伏が乏しいと思われるストーリーラインを冗長にならずラストまで運んでいて好感が持てる。

 ハオフォン役のリウ・ハオランにシャオを演じたチュー・チューシャオも悪くないのだが、最も印象的だったのはナナに扮したチョウ・ドンユイだ。デレク・ツァン監督の秀作「少年の君」(2019年)で女子高生を演じた頃に比べると随分と大人っぽくなったと思ったら、彼女はあの映画の出演時にはすでに二十歳をとうに過ぎていたのだ。容貌のせいもあるのだが、パフォーマンスの力によって役を引き寄せるのは流石だと思った。
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「決戦は日曜日」

2024-10-27 04:05:51 | 映画の感想(か行)
 2021年作品。本日(2024年10月27日)は第50回衆議院議員総選挙の投票日だ。だからというわけでもないが、思い出したのがこの映画。とはいえ、選挙を扱った作品は邦画においてはドキュメンタリーの独擅場である。フィクションでこのネタを料理しようとしても、複雑怪奇な選挙の有様を凌駕するほどのドラマをデッチ上げられるほどの、高い意識と知識を持ち合わせた映画人はいないというのが実情だろう。本作もあまり面白くない。とはいえ、少しは興味を惹かれる部分はある。

 千葉県の地方都市を地盤に持つ与党の重鎮の川島昌平が、衆議院解散のタイミングで病に倒れてしまう。彼の後任として白羽の矢が立ったのは、娘の有美だった。私設秘書の谷村勉は何とか彼女をサポートしようとするが、有美はワガママな上に政治に対する知見も無い。加えて川島昌平のスキャンダルが発覚し、谷村をはじめとするスタッフは窮地に追い込まれる。



 監督と脚本は坂下雄一郎なる人物だが、どうも筋書きも演出テンポもよろしくない。有美のような候補者を茶化して描き、この世界のいかがわしさを印象付けようとしているものの、実際の政治家および候補者にはヒロインを上回る困った人物など珍しくはないのだ。そもそも、映画が現実を後追いしてどうするのかと言いたい。

 そして有美は出馬に乗り気では無かったとはいえ、結局は引き受けてしまうあたりの背景が示されていない。元より政治的ポリシー云々をネタにするようなシャシンではないが、少しは政策面に言及した方が良かったのではないか。

 とはいえ、有美が周囲から担ぎ出された経緯は無視できない。二世政治家に対する問題意識はどこにもなく、皆当然のごとく後援会や地方議員たちの推薦のことばかりを話題にする。本人が少しでも自分の意見を表明すると、義理や世間体を振りかざして黙らせる。なるほど、特に地方ではこのような非生産的なことが横行しているのだろう。それを取り上げたのが唯一の本作の手柄かもしれない。

 主演の窪田正孝と宮沢りえは良くやっていたとは思う。特に、大して演技が上手くない宮沢のキャラクターが自主性が欠如した候補者役にピッタリで、怪我の功名と言うべきか。赤楚衛二に内田慈、小市慢太郎、音尾琢真といった面々も破綻の無い仕事ぶりだ。さて、本日の選挙結果はどうなるか。場合によっては政局に大きな変化が生じることは十分考えられ、来年の参院選までしばらくは政治の世界から目が離せない状況が続きそうだ。
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「恋は光」

2024-10-04 06:25:56 | 映画の感想(か行)
 2022年作品。体裁は(普段は私はノーマークの)若年層向けのラブコメなのだが、快作「彼女が好きなものは」(2021年)での好演が印象的だった神尾楓珠が主役ということでチェックしてみた。結果、けっこう楽しんで観ることが出来た。何より、この手のシャシンにありがちな浮ついたタッチが控え目で、さらにテーマとしては浅からぬ素材を扱っているあたりがポイントが高い。

 岡山市に住む男子大学生の西条は、恋をしている女性が光って見えるという特異体質の持ち主だ。そのこともあって、本人は恋に対しては及び腰である。ある日彼は同じ大学に通う文学少女の東雲に一目ぼれしてしまい、恋の定義について語り合う交換日記まで始めてしまう。一方、西条には北代という幼なじみの女友達がいて、何かとウマが合う間柄なのだが、西条には彼女が“光って”見えていない。さらに彼の近くには、恋人がいる男ばかり好きになってしまう女子大生の宿木もいて、奇妙な四角関係が形成されてしまう。秋★枝の同名コミックの映画化だ。



 まず、やたら理屈っぽくて偉そうに能書きばかり垂れる西条のキャラクターが最高だ。実は彼には複雑な過去があるのだが、それも含めて彼と東雲とは共通点が多い。だから惹かれ合うのも当然かと思われる。恋多き女のようで、実は恋の何たるかを理解していない宿木の立ち位置も玄妙で、この“表面的な様相でのラブ・アフェア”という展開は、意外にも(私みたいなオッサン世代でも)共感度が高かったりするのだ。

 やっぱり外観および浅い認識の次元で関係を決めつけてしまうのは、人間の悲しい性なのだろう。その意味で、西条の“恋する女子の周りに光が見える”という設定は面白い。なぜなら、彼には“恋している女子”は光って見えるものの、どの時点でどういうベクトルで恋しているかを推し量ることは出来ない。だから突っ込んだ考察をする必要があり、及び腰な姿勢ではいられないのだ。その彼が、恋の何たるかを悟る終盤には、感慨深いものがある。

 小林啓一の演出は殊更に才気は感じられないが、堅実な仕事ぶりかと思う。神尾の演技は相変わらず達者で、キャラも立っている。平祐奈に馬場ふみか、伊東蒼といった面子も万全だ。そして北代に扮した西野七瀬のパフォーマンスにはちょっと驚いた。それまでは演技の拙い“坂道一派”の1人に過ぎないと思っていたのだが、ここでは目覚ましい仕事ぶりを見せており、今後の活躍も期待できる。野村昌平のカメラによる岡山市の町並みや後楽園、瀬戸大橋、倉敷市などの光景は(いくぶん色合いが人工的だが)とても美しい。
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「きみの色」

2024-09-29 06:32:57 | 映画の感想(か行)
 これは面白くない。とにかくシナリオの出来が悪すぎる。そしてアニメーション技術も及第点には達していない。監督の山田尚子が2016年に手掛けた「映画 聲の形」は、食い足りない部分は多々あるものの、主人公の造型と卓越したアイデアが満載の映像処理により見応えのある作品に仕上がっていた。だからこの新作も期待したのだが、完全にハズレだったようだ。

 全寮制のミッションスクールに通う日暮トツ子は、子供の頃から人間が“色”として見えるという特殊な感性を持っていた。そんな彼女は、同じ学校に通っている作永きみが気になって仕方が無い。何しろトツ子の目からは、きみは美しい青に“見える”のだ。しかし、きみは突然に学校を辞めてしまう。きみを探すトツ子は、街の片隅にある古書店でやっと彼女を見つける。そこに居合わせた音楽好きの影平ルイと意気投合したトツ子は、3人でバンドを組むことになる。



 トツ子はある種の共感覚の持ち主なのだろうが、人間自体に“色”が付いて見えるというのは、無理筋の設定だ。相手をある程度知ってから“色”を認識するのならば分からなくもないが、最初から“色合い”で付き合うかどうかを決めるなんてのは、独善に過ぎないだろう。きみが退学した理由は最後まで示されないし、そもそも生徒が学校からエスケープすれば真っ先に保護者に連絡が行くはずだが、それも無し。

 きみが店番をしている古本屋は、路地裏のそのまた奥にあり、現実感はゼロだ。ルイの住処は携帯電話の電波も届かない離島で、そこにある古い教会を3人は練習場所にするのだが、これも浮世離れしている。要するにこれは、私が最も苦手とする“若年層向けのファンタジーもの”ではないか。

 それでも主人公たちのキャラが好ましく、なおかつ3人によるバンドのサウンドが素晴らしければ許せてしまうのだが、それも不十分。トツ子は身勝手な理由で修学旅行をキャンセルするし、きみは何を考えているか分からない。ルイの家庭環境は微妙みたいだが、それは詳述されないし、本人の中身はどうなのかも掴めない。学園祭でのバンドのパフォーマンスは観ていて一向に盛り上がらないし、楽曲のレベルも低い。つまりは見せ場が無いのだ。

 舞台は長崎市をモデルにしているらしいが、あの町に住んだことのある身から言わせれば、ほとんど魅力が出せていない。とにかく映像に奥行きが無く平板である。色遣いもパステルカラーのパッチワーク(?)に終始して陰影に乏しい。極めつけはMr.Childrenによるエンディングテーマで、それまでの映画の雰囲気とまったく合っていない。ひょっとして作者はミスチルのファンなのかもしれないが、この起用は失敗だったと言わざるを得ない。
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