丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ、にうつひめじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野230
全国の丹生都比売神を祀る神社の総本社である。別称として天野大社・天野四所明神とも
『播磨国風土記』によれば、神功皇后の出兵の折、丹生都比売大神の託宣により、衣服・武具・船を朱色に塗ったところ戦勝することが出来たため、
これに感謝し応神天皇が社殿と広大な土地を神領として寄進されたとある
ご祭神のお名前の「丹」は朱砂の鉱石から採取される朱を意味し、『魏志倭人伝』には既に古代邪馬台国の時代に丹の山があったことが記載され、
その鉱脈のあるところに「丹生」の地名と神社がある。丹生都比売大神は、この地に本拠を置く日本全国の朱砂を支配する一族の祀る女神とされている
全国にある丹生神社は八十八社、丹生都比売大神を祀る神社は百八社、摂末社を入れると百八十社余を数え、当社は、その総本社である
輪橋 淀君が寄進したといわれる
楼門 1499年(室町時代)の建立で入母屋造桧皮葺室町中期の三間一戸の代表的な楼門形式
第一第二本殿
本殿
若宮
石像史跡鎌倉後期~南北朝初期
光明真言曼荼羅碑・江戸前期 1662年(寛文二年)に建立され正面の円形の部分に梵字で光明真言が刻まれている
脇ノ宿石厨子・内部には葛城修験の御本尊 「役の行者」の石像が安置されている
高野山百八十町石五輪卒塔婆(国史跡、鎌倉中
町石百八十町目:高野山への出発点
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