毎年学年末のこの時期には、母校のパリ国立高等音楽院の卒試(プリ)が行われる。フルート科の伴奏をしていらっしゃる親友のぱんださんからいつも日時の通知が来るので、予定が合えばなるべく聴きにいくようにしている。
今年は、たまたま聴けた二名のうち、室内楽で武満徹さんの「そして、それが風であることを知った」(フルート、ハープ、ヴィオラ)を弾いたトリオの鮮烈さに心を掴まれた。
(私は試験結果なんて全く興味ないけど、こうやって素晴らしい演奏や作品に出会えることが本当に好きだ。)
そのことをぱんださんに言うと、高名な作曲家でもある彼は、「この曲とおなじモチーフを使って同時期に書かれた「How slow the wind」と言う曲が素晴らしいのでぜひ聴いてみて、という返事が来た。
それを聴くと、なんか、全てのものがあるべきところにあり、何かを起こそうとするのでなく、そのままである、
このことを現す芸術こそ一番難しいことで、一番到達すべきところだ、そのように感じた。
そして、そういう境地に辿り着いていらっしゃる武満さんはものすごい。
日常生活にただかまけていると、どうしても力ずくで時間内に、自分の思うようにしなければ、という凡庸な思考に囚われ、静けさの中でニュートラルに在ることが出来なくなっているのではないか。
その生徒さんたちの初々しい透明なトリオの演奏、また武満さんの音楽の世界から、そのように考えさせられ自分の日常を省みさせられた。
いつもながらストレスフルでとても忙しい火曜日、それが演奏された時間にたまたま足を運んだことが、私に対するメッセージなのだろう。
初心に帰ること。
一度元あった場所に戻すこと。
同じ日、私の音楽院の即興アトリエに、ひょんなことから最近一緒に演奏する機会に恵まれ、それ以来交流を続けているカリブの大フルート奏者、マックス・シラさん再会と出会い - SpiMelo! -Mie Ogura-Ourkouzounovを招待する日だった。
私たちは彼の曲を数曲来週のファイナルコンサートで演奏するため、この3ヶ月間練習を積んできた。
それは口頭伝承音楽を、コンセルヴァトワールという、記譜されたものをインタープレテーションすることに特化している場所で楽譜にすることを通して実現させる、というかなり無理難題な挑戦だった。
彼の曲は、いわゆる伝統伝承音楽から一歩進んだ、非常にパーソナルな、楽譜にしない「口頭作曲」であり、長い時を経て彼がメモリーしてきている音楽を実現するのは本当に骨が折れた。
それらを楽譜にすると、一気にフィーリングが遠のき、楽譜と音楽が対抗してしまうからである。
しかし3ヶ月で耳で全部覚えるには、とても強固で長いストラクチャーのせいでとても無理なのでやはり楽譜は必要となる。
だから生徒たちには、読譜と音源と一緒に演奏することで得られるフィーリングを折衷させ、楽譜も各自一人一人のパート譜に独自のアレンジをしてもらった。
思った通り、その日のアトリエセッションは私の即興アトリエ史上に残る素晴らしいものとなった。
ここで備忘録としてマックスさんの言ったことで心に響いた事を挙げておきます。
-音楽とは静けさから生まれる。静けさがないと自分の内側の声が聞こえない。自分の内なる声に耳を澄ますこと、それこそが創造の第一歩だ。今日、私たちは外側の出来事、騒音ばかりに気を取られてはいないだろうか?例えば皆さんの楽譜には休符(サイレンス)があるだろう?そこから音が生まれるのだ。
-カリブの音楽は、世界で一番陽気と言われていて、何よりもまず喜びを表現するものだ。
しかしその側面の後ろ側には、相反する大いなる静けさ、非常に安定し地に根付いた偉大なる何ものかがある。
だからこの音楽をやるときには単なる興奮、熱狂に支配されてはならない。
-静かに音楽を聴きなさい。圧倒的な静けさの中で。そこからしか音楽は始まらない。
-自分のやっているカリブ音楽は口頭伝承音楽である。だから楽譜には全て書き表せない。(そこで自曲のフレーズをいくつか演奏し)、ほら、このフレーズの最後の息の表現は、2つとも違うね。だからこの音楽をやるときは、まずは音楽をとにかく聴くことだ。ブルースと同じで、楽譜をインタープレテーションするだけではフィーリングを掴むのは無理だ。
これらは、私も口を酸っぱくして言ってきたことなのだけれど、学校が終わって疲れ果ててから音楽院に来て、ここぞとばかりにキーキー猿のように騒ぎまわる生徒たちを追いかけながら
「こらー!!静かにしろ!静かでないところで音楽が出来るか!!てめえら、自分が一日中喋り回るから自分で自分を疲れさせてるのが分からんのか!しかも他人にも迷惑かけとるのが分からんのかーーっ!!!!」
「先週この音楽を必ず聴いてこい、って言って録音送ったよね?なに、聴いてこなかった?!え、忙しかった?忙しかったら楽譜読んで初見すれば音楽できると思ってんのかーー!?!?忙しくともちゃんと座って音楽を聴くのじゃぁぁぁー!!!」
なんて、いっつもおりゃ〜!!キィーーーッ!!!ってなっている私が言っても「あーまたミエ、同じこと言ってるわw」と無視されてんのかな、と思うほど毎回進展がないのに、マックスさんが現世離れした仙人のような容貌で忽然と現れ、あのめちゃくちゃ説得力のある口調で言われると、流石のわんぱく盛りの生徒たちにも、その意味がすーっと入っていって響いているのを、しみじみと感じることが出来たのでした。
こういうのって本当に幸せ…本当に伝えたいことが伝わっている瞬間。一生懸命にタネを撒いていたら、芽吹く瞬間は訪れる。その瞬間をくれたマックスさんと奥様のブリジットさんに、心から感謝します。
静けさのなかで、昨日は良い眠りにつけました。
ミエよ、経験によらず得た固定概念は全て捨て去り、リュートラルな状態へと戻るのだ。
このコップがすごく役に立つのはなぜだか分かるかい?
中が空っぽだからなんだよ
と思ったらナオフミくんでした!
なるほど「空」を最大の叡智とする、、、東洋ならではの思想。