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市立札幌病院事件5

2005年01月02日 16時54分56秒 | 法と医療
研鑽義務について判例をみてみます。以前の記事も読んで下さい。

市立札幌病院事件1
市立札幌病院事件2
市立札幌病院事件3
市立札幌病院事件4



研鑽義務について判示された福岡地裁判決(1994年12月26日)、概要は次の通り。

一般的に広く用いられていた(医科のほとんどの診療科や歯科など)消炎鎮痛剤を歯科医師が処方したところ、喘息発作を誘発し、その激しい発作によって気管支狭窄を生じ窒息死した。その薬剤を服用した患者は、元来喘息の既往を有していたが、歯科医師は投与する前に十分な確認をしていなかった。また、多くの非ステロイド性酸性消炎鎮痛剤(一般的な多くのものがこれに該当する)が、喘息発作を誘発する可能性がある(アスピリン喘息と呼ばれる)ことについて、この歯科医師は知らなかった。

この事件においては、歯科医師の注意義務違反が認定された。また、判示された研鑽義務については、次の通りである。
「なるほど、上記医師に課せられる義務のうち、研鑽義務については、医療の高度化に伴って医師が極度に専門化しているがために、薬剤の知識について医学の全専門分野でその最先端の知識を修得することが容易なことではなくなっていることは想像に難くないが、いやしくも人の生命および健康を管理するという医師の業務の特殊性と薬剤が人体に与える副作用等の危険性に鑑みれば、上記のような医師の専門化を理由として前記のような研鑽義務が軽減されることはないというべきである。」
また、この研鑽義務は「(筆者注・アスピリン喘息の知識について)福岡市内の開業歯科医師の間では一般的に定着するに至っていたとはいえないなどの事情は当該医師に課せられていた研鑽義務をなんら軽減するものではないことは明らかである」となっている。

以上のように、医師の業務の特殊性と薬剤の人体への危険性を鑑み、また、(多くの歯科医師)一般に定着するに至っていないとしても研鑽義務が軽減されるものではないと判示されているのである。


医学文献や薬剤添付文書等に記載があれば、たとえ他の歯科医師が修得していなくとも、それらについて修得しておくことが歯科医師の義務であると示されたのであるから、薬剤全般に見られる重篤なショック(アナフィラキシーショック等)についても、研鑽義務が課せられていると考えられるのです。この重篤なショックは急速に気道閉塞等を生じ呼吸困難に陥ったり、急激な血圧低下などをきたす可能性があり、早期の救急処置が必要となります。この病態を予見することは非常に困難であるとされています。


このような研鑽義務について、どのように行うべきかということについては、当時まで何も施策はありませんでした。


起訴後、厚生労働省はこれら判例等から矛盾点を指摘され尚且つ歯科関係者からの意見聴取、また参議院予算委員会での民主党今井・桜井両議員からの質問等を受けて、再考することになったようです。国会質問から約1ヵ月後、新たな通知が出されます。



 「歯科医師による救急救命処置及びそのための研修の取り扱いについて」
(2002年4月23日付)
各都道府県衛生担当部(局)長 殿
厚生労働省医政局医事課長 /厚生労働省医政局歯科保健課長 通知
(一部省略)

これらのショック状態が医科の疾患に起因する者と考えられる場合においては、直ちに医師による対応を求める必要があるが、当該歯科医師が、医師が到着するまでの間又は当該患者が救急用自動車で搬出されるまでの間に救急救命処置を行うことは、それが人工呼吸等の一般的な救急救命処置の範囲のものにとどまる限り、医師法に違反するものではない。
また、こうした場合において、気管内挿管や特定の薬剤投与等の高度な救急救命処置を行うことについては、個別の事情に応じ、緊急避難として認められる場合があり得る。
なお、歯科医師が救急救命士に対して指示を行うことは、救急救命士法上想定していないことから認められず、救急救命士が救急救命処置を行うにあたっては、救急救命センター等の医師の指示を受ける必要がある。

2 歯科医師による救急救命処置に関する研修について
歯科医師が、救急救命処置に関する対応能力の向上を図るために医科の診療分野において研修することは、一般的に医師法に違反するものではない。
ただし、当該研修が診療行為を伴う場合においては、診療範囲等に関する法律上の制限が遵守される必要がある。



少し内容が変わってきました。しかしながら、医行為についての解釈は、緊急避難における違法性阻却を根拠としていることは変わりありません。医事課長は「見学で十分」とする考え方の持ち主であり、また医科での麻酔科研修における医行為の法的解釈については説明がつきません。


2002(平成14)年に厚生労働科学特別研究事業で救命救急研修についてのガイドライン策定へと行政側が動き出しました(麻酔科研修に関しては平成13年の厚生科学特別研究により策定し、2003年7月10日にガイドライン通知)。そして、2003年には次のガイドラインが通知されました。この中では、医科における研修方法や、具体的医行為の内容についても規定されるようになりました(問題が表面化した頃からガイドライン策定に向けて動いており、また起訴後には、実質的に救命救急研修の必要性について検討を開始し始め、ガイドライン策定が行われたとみられます)。



「歯科医師の救命救急研修のガイドラインについて」  
(2003年9月19日付)
(医政医発第919001号/医政歯発第919001号)
(各都道府県衛生主管部(局)長あて厚生労働省医政局医事課長・厚生労働省医政局歯科保健課長 通知)
(一部抜粋)

Ⅲ 救命救急臨床研修
歯科口腔外科や歯科麻酔科等の歯科医師で、より高度の救命救急研修を望む者が受ける臨床における救命救急の研修をいう。歯科医師免許取得者が一定期間の臨床経験を積んだ後に、救命救急センター等の医科救命救急部門で救命救急分野に関連するより高度な研修を受ける。

(中略)

4 研修方法
1) 研修歯科医師が、歯科及び歯科口腔外科疾患以外の症例に関する医療行為に関与する場合については、別紙1に定める基準に従い、研修指導医又は研修指導補助医が必要な指導・監督を行うことにより、適正を期すこと。
2) 研修実施に当たっては、5に定める事前の知識・技能の評価結果に基づき、必要に応じて別紙1に定める基準よりも厳格な指導・監督を行うなど、患者の安全に万全を期すこと。



このような流れは、本来行政が行うべきことが今まで放置されてきた(所謂不作為と思います)ことが、ようやく制度的に整備されたといえると思います。しかしながら、刑事裁判として起訴された松原医師はどうなったのか?というと、2003年3月に一審判決が出ており、このような流れとは全く違ったものでした。検察側求刑は「罰金6万円」でしたが、これが認められ判決も「罰金6万円」というものでした。この判決後、上記ガイドラインが通知されたことは皮肉でした。行政の壁とは別に、司法の壁が立ちはだかっていました。

現在、松原医師は控訴しており、裁判は継続中です。

次は、一審の裁判について見ていきたいと思います。



市立札幌病院事件4

2005年01月02日 16時47分16秒 | 法と医療
前の続きです。前から読んでみて下さい。

市立札幌病院事件1
市立札幌病院事件2
市立札幌病院事件3



古い事件になりますが、東京地裁判決(昭和47年5月2日)がありました。事件の概要は、次の通り。

全身麻酔薬の一種である麻酔剤を使用して、小児の歯科治療を行いました(おとなしくさせておくためと思われます)。終了後帰宅させましたが、次第に小児の容態に変化を生じ、親は歯科医師に連絡しましたが、歯科医師は来院させたり往診したりすることなく、適切な処置もしないまま放置していました。その後その子は死亡してしまいました。麻酔剤の副作用による呼吸抑制によって、呼吸が弱まりもしくは停止したための窒息死と考えられました。歯科治療時に使用した全身麻酔薬の副作用による死亡事件となってしまいました。裁判では刑法211条に規定される歯科医師の刑事責任が認定されました。

この裁判においては、検察側は適切な救急措置を歯科医師がとらなかったことは重大な過失であり、注意義務違反であると主張しています。
「麻酔剤の施用にともなう急速な血圧降下、体温低下、心停止、呼吸停止等のショックないし呼吸中枢の抑制・舌根沈下や喉頭痙攣による気道閉塞等の副作用の発現を予想し、…中略…異状を認めたときは、ただちに所用の救急措置(人口呼吸、心臓マッサージ、酸素吸入器による吸入、下顎の前方持ち上げ、人工気道の挿入など)をとるべく、…中略…帰宅させた後に異状を認めた時は、…要請の有無にかかわらず、すみやかにみずから往診または来診させて前示救急措置を講じ」とも述べている。

判決においても、「患者の異状を訴えられたときは、その症状を積極的に聞きだし、症状により、ただちに往診し、または来診させたうえ、気道の確保、酸素吸入等適切な応急処置を講ずべく」と判示されている。

これらは、麻酔剤施用にともなう副作用の出現によって生じた、さまざまな全身的病態に対しては、適切な処置を講じなければならないということです。誰もがこれら病態が、歯科に属する疾病とは考えにくいのではないかと思います。その症状の出現によって、歯科を受診しようとする患者はほとんどいないでしょう(この事件では、薬剤を施用した歯科医師がいたのでそこで処置を受けることは不思議ではありませんが)。

文中に出てくる「人工気道の挿入」や「気道の確保」という記述は、解釈が分かれる可能性はありますが、通常マスクやエアウェイ等で十分な呼吸が確保されない場合や喉頭痙攣等で上気道の閉塞があるような場合などでは、気管内挿管が最も普通の処置と考えられ、確実性が高く呼吸確保には適していると考えられています(気管内挿管ができないような人は、重篤な呼吸抑制を来たすような薬剤を使用することなど許されないということなのでしょう)。



検察も裁判所も、これらの救急処置を行うことは当然であって、医行為としての違法性など全く論じてはいないように思います。今から30年以上前にもかかわらず、です。当時の救急医学の水準が今よりも高かったなどということはありえませんし、歯科医師の救急に関する実力が高かったということもありえません。救急処置を行わなかったり、ましてや出来ないなどということは、患者の生命や健康に携わる者としては、許されるものではないということです。当然刑事責任を負わねばならないという判断であると思います。


このような注意義務を負っている歯科医師は、どのように責任を果たすべきでしょうか。勿論薬剤の使用にあたっては、十分な技量や知識が求められますが、不幸にも緊急事態に遭遇したら適切な処置を求められます。そのような手技、知識や経験は、どこで研鑽すべきなのでしょう。歯科を受診する人達は、そうした特別な事態に陥ることは稀です。通常の歯科医療の場では、十分達成されるとは言えないかもしれないのです。


厚生労働省は、疑義照会にあった「歯科に属さない疾病」という言葉を用いて回答していますが、本来は公文書で用いる以上言葉を正しく定義して用いるべきなのです。「歯科に属する疾病」は歯科特有の疾病をさして使われていると判断されますが、治療時または治療後に因果関係をもってもしくは因果関係がなくとも発生する病態については、どのように扱うべきかという視点が全く抜け落ちています。これは実情を知らないか、または知ろうともしないことによって生じる、「自分の常識範囲で考えた」安易な法的解釈と言えるでしょう。この回答によってどのような影響をもたらすかについて熟慮することもなく、自分の作成した公文書に何の法的責任も負うこともないので「事件が与える影響はない」などと断言できるのです。


この判例で見る限り、「歯科に属さない疾病」に関しての医行為が必ずしも違法とは考えられていませんから、厚生労働省見解と矛盾が生じています。無理な解釈をすると、歯科治療中または治療後に生じた因果関係があると思われる全身的疾病については「歯科に属する疾病」と考えるという解釈です。しかしながら、「歯科に属さない疾病」という文から、この曲解とも思えるような解釈を読み取れということは、一般常識的には無理であると思います。

少なくとも、回答作成にあたった役人は、医療の実情についてよく理解していないばかりか、判例についても知らなかったしよく検討もしていないと考えられます。判断の誤りを犯している点においては、起訴された医師と本質的になんら違いがないように思います。法令解釈の誤りによって起訴されてしまう、という現実がある一方で、役人が考える法令解釈の誤りは何の法的責任も負わされないのです。


次に歯科医師の研鑽義務についての判例を見てみます。


市立札幌病院事件3

2005年01月02日 16時40分52秒 | 法と医療
またまた続きです。前から読んで下さいませ(長くてすみません)。

市立札幌病院事件1
市立札幌病院事件2



歯科医療では歯科麻酔という分野があります。これは40年前ころから芽生えはじめ、次第に確立されていったようです。口腔外科手術の複雑化や高度化に伴って、麻酔の要請が高まったためと考えられています。


日本麻酔科学会と日本歯科麻酔学会という2つの学会があり、後者に属している歯科医師は日本麻酔科学会が指定する病院においては研修が許されていたようです。これは日本麻酔科学会指導医が指導するならば、麻酔に関する医行為を伴ってもよいという判断になっていたようです。かなり昔に厚生省にその慣例を認めてもらったという経緯があったらしく、一度も医師法違反には問われませんでした。この状態が何十年も続いていたようです。


これによって、市立札幌病院における麻酔科研修は(問題となった歯科医師たちは救命救急研修の前に、カリキュラム通り麻酔科研修を行っていた)指導した医師が起訴されることにはならなかったのかもしれません。

歯科医師による気管内挿管や全身麻酔は、歯科大学などの病院において毎年数千例規模で行われており、歯科医療の中ではそれほど珍しいことではないようです。ほぼ日常的に行われている「歯科医業」と言えるでしょう。ところが、厚労省の官僚や検察官は、全くの無知による誤解によって、気管内挿管は「絶対的医行為」という珍奇な定義を示してしまいました。このような過った解釈は、出してしまうと引っ込みがつかない上に、自ら訂正しようとはしません。自らの無知を肯定することになってしまうからです。



当時の毎日新聞(2002年2月28日付)には、『厚生労働省医事課は「(研修の)ガイドライン作成の必要性は今のところなく、研修の実情調査を行うつもりはない。見学などの常識の範囲内で行えば十分」とし、「医師の資格を定めた現行法の枠を明らかに逸脱している。事件が与える影響はない。」』との記事が掲載されたと思います(私のメモなので、完全一致ではないと思いますが、答弁はほぼ正確と思います)。

行政側の対応としては、疑義照会に対して回答した以上、それを守り抜こうとする姿勢は明らかでした。「客観的に歯科に属さない疾病に関わる医行為に及んでいるのであれば、医師の指示の有無を問わず、医師法第17条に違反する」という一文が、非常に重くのしかかってきます。全国で行われていた医科での歯科医師の研修は中止となったり、暫く自粛したりという事態に発展していきました。

一般的に考えられる「歯科に属さない疾病」とは、普通患者が歯科受診の動機となるような疾病や、歯科医学的に文献等に記述される内容のもの以外を指すと思います。多くの人は「狭心発作」とか「気道浮腫」というような疾病・病態を、「歯科に属する疾病」とは考えないでしょう。普通はそうですね。では、これらの病態が歯科治療中や治療後に発生したと仮定したら、どのように対処すべきとお考えになるでしょう?厚生労働省の見解によれば、あらゆる医行為が医師法違反であり、診察も点滴も薬剤投与も勿論全て許されません。唯一の考え方としては、緊急避難における違法性の阻却ということだけです。違法だが、その法的責任は免れるという考え方のみですね。役人は自分が想像で思いつく程度か、「自分の常識」の範囲内のことしか思いつかず、現実がどうなのかとは思いを巡らせることが出来ないのかもしれません。


実際の判例ではどのように解釈されているか、検討してみたいと思います。


市立札幌病院事件2

2005年01月02日 16時33分47秒 | 法と医療
前の記事の続きです。

市立札幌病院事件1



検察側主張では、松原医師が歯科医師らと共謀し、医師法違反であることを知りながら、医行為をさせていたとするものでした。これは慢性的な人員不足を補う目的であったというものです。また、歯科医師が行ったとされる気管内挿管等については、「絶対的医行為」として医師以外の人間が行うことは医師法第17条に違反する行為であると断じているのです。この「絶対的医行為」の判断は厚生労働省の見解に基づくものと思われ、これに基づき検察側がこの定義を持ち出してきたと思われます。


この事件が、救急救命士の気管内挿管問題へと波及していきました。厚生労働省通知が大きな意味を持っていることは間違いないのです。今まで述べてきた「医行為」とは何か、という問題が2つの問題に大きく影響を与えているのです。しかも新たに「絶対的医行為」なる法的概念(おそらく官僚達や検察当局が作り出した、これまでいかなる判決や公文書にも存在しなかった法的解釈と言えるでしょう)が、正式に示されることになりました。これが正当な解釈ということになれば、医療関係や救急の現場においては、非常に大きな影響が出ることは必至となったのです。


医師法第17条の解釈については、法学上の結論があるのかどうかわかりません。しかしながら、現実的には、現場にいる医療従事者や救命救急士に法的責任が存在することは確かであり、法令違反を問われてしまうことが個人レベルで起こってしまうということです。法学的知識が豊富なわけでもなく、その指導が行政から行われるわけではないのに、個人はその責任をとらなければならないのです。法的解釈を個人が正しく行うことを厳密に要求している、また行政側との判断の食い違いは、個人レベルにおいては、法的に許されるものではないということです。法の専門家や行政の専門家の立場とは、そういうものであって、個人がどのような責任を負うかということについてまで関知しない、判断を過った個人が悪いのだということを肯定していると思います。



歯科医師研修問題の複雑さは、医業とは何か、歯科医業とは何かという問題があるのと、研修という目的において、現場で指導する医師の個人的裁量・判断について法的解釈を厳密に求めていることなのです。
本来行政側の施策の問題、または研修を行う施設の教育システムについての問題であるはずが、研修目的とした医行為について、たった一人の医師の法的判断の誤りを問うという性格の裁判となってしまっているのです。


前に書いた救急救命士の問題では、指導的立場にあった医師たちが起訴された事実はなかったと思います。救急救命士の研修は病院で実際に行われており、厚生省告示が明示されていたことから法令違反は明らかでした。しかしながら、救急の現場においては時代的背景や社会的要請もあり、気管内挿管をさせていたとしても可罰的違法性の阻却によって不起訴となったと思われるのです。

ところが、その少し前に問題となった市立札幌病院事件では、たった一人の医師の起訴に踏み切ったわけです。検察側主張は明らかな誤りがありました。厚生労働省の官僚の法的解釈についても同様です。「絶対的医行為」なる判断をするならば、救急救命士に気管内挿管を認めることなど「絶対的」にできないはずです。


次に歯科医師が行う医行為、気管内挿管について検討してみたいと思います。

市立札幌病院事件1

2005年01月02日 16時25分48秒 | 法と医療
前に書いた救急救命士の気管内挿管問題(救急救命士の気管内挿管事件)の発端となった出来事がありました。それについて書いてみたいと思います。


それは市立札幌病院における歯科医師研修問題でした。
事件経過についてお話しましょう。

2001年夏頃、国公立病院勤務の医師の不正規業務(民間病院でのアルバイトですね)について、問題が表面化したことがきっかけでした(公務員は届け出しない副業は禁じられている)。地方紙はその問題について追及するため報道していたようです。その時に、市立札幌病院の救命救急センターで研修をしていた歯科医師3人が医師法違反を犯しているのではないかという嫌疑を生じました。


彼らは同病院の歯科口腔外科所属で病院の正式なレジデント(研修する立場の医師ということ)として勤務しており、病院の運営に関する会議で通常のレジデントと同様の研修システムに則り研修をするということが認められていたようでした(元々は国立大学の口腔外科所属で、そこで2~3年程度の経験を積み、同病院へ勤務したようです)。レジデントの受け入れについては、地元の(当時)国立大学の口腔外科教授や市立札幌病院の歯科口腔外科部長の歯科医師らが同病院あてに正式に申し入れを行い、受け入れられたようです。歯科口腔外科レジデントは麻酔科で3~4ヶ月程度の研修を行った後に、救命救急センターの研修が8ヶ月程度、次に歯科口腔外科で1年という研修予定であったようです。


このような麻酔科や救命救急部門での歯科医師の臨床研修は当時珍しいものではなく、全国的に行われていたようです。大手新聞社が行ったアンケート調査でも、数十の大学病院や大きな基幹病院で行われていました。これは、歯科医師が単に「口腔」のみの治療を考えるのもではなく、患者の安全を確保するべく、救命救急技術の修得を図るという目的によるものでした。歯科医療の現場においても、重大事故や死亡事故が現に発生していることから、当然と言えるのかもしれません。また、小児、重い病気を持つ高齢者や種々のハンディキャップを持つ患者の治療にあたっては、非常に高いリスクを伴う場合も予想されるため、治療時の安全性を高めるためには専門的なトレーニングが必要と考えられていたのでしょう。主に大学や病院歯科等に所属する歯科医師側の自発的努力によって30~40年くらい前から医科での麻酔科研修が行われるようになり、救急医学の体系的確立や施設整備が進むとその分野でも同様な研修が行われてきたようです。研修内容やレベルは施設ごとに決められていたようで、行政側からの施策はありませんでした。


嫌疑についての調査のため、道と札幌市保健所が市立札幌病院への立入検査等を実施、その後、札幌市保健福祉局長名で厚生労働省へ疑義照会が行われたようです。以下に記載します。



『救命救急センターにおいて歯科医師が歯科口腔外科の研修の一環として、歯科に属さない疾病に関わる診察、点滴、採血、処置および注射等の医行為を次のように行う場合の是非について;①医師の指示の下において歯科医師自らが行う場合、②歯科医師自らが行わず看護婦に指示して行わせる場合』
以下略



「厚生労働省医政局医事課長回答」は以下の通り
(2001年9月10日付)。
(医政医発第87号)
『一般に、歯科医師が、歯科に属さない疾病に関わる医行為を業として行うことは医師法第17条に違反する。従って、歯科医師による行為が、単純な補助的行為(診療の補助に至らない程度のものに限る)とみなし得る程度を超えており、かつ、当該行為が、客観的に歯科に属さない疾病に関わる医行為に及んでいるのであれば、医師の指示の有無を問わず、医師法第17条に違反する。』
以下略



この回答を受けて、札幌市保健福祉局が被疑者を特定しないまま警察に通報し、その後、札幌市は同センター部長であった松原医師と歯科医師3名を刑事告発しました。

歯科医師3人は従属的立場であったことから不起訴とされ、指導に当たっていた上級医師らも事情聴取を受けましたが、告発を受けていなかったこともあり不起訴となったようです。しかし、同センターの責任者であった松原医師だけを起訴(2002年2月頃)し、刑事事件となったのです。