現在も色々と物議を醸しているようですが、政府内の見解も色々です。素人が首を突っ込むな、とか言われるかもしれませんが、ちょっと考えてみたいと思います。
まず、私の意見から言えば、即刻辞任するべきでしょう。田中秀臣先生の意見に賛成1票、ですね(笑)。
日銀総裁という「信用」を最も重要とする職務にあって、また、法的に身分保障がなされているということに鑑みれば、一般人の果たすべき説明責任や透明性確保という基準以上に厳格であるのは当然であって、日銀総裁への信用、引いては「日銀の信頼」さえも危うくするという事態にあっては、引責辞任は論を待たないでしょう。それくらいの覚悟は必要なのではないでしょうか。どんなにいい加減な根拠のない疑念であっても辞任せねばならんのか、というような極端な疑問も見受けられますが、そこまでの言いがかり的な疑念というのは一般社会においても少ないと思われますね。辞職に追い込まれた永井議員の「メール疑惑騒動」を見ても、あまりに酷い「ガセネタ」であれば疑念をかけた側にだって何某かの責任を問われることがあるのですから、何でもかんでも「疑念であればよし」といった議論にはならない程度に、バランスは働いていると思いますけど。
感情論としては、とりあえずこれくらいにして、法的責任はどうなのか、ということについて考えてみようと思います。現在のところ、主に「村上ファンドに1千万円出資していたのが問題だ」というような切り口かと思います。もっと一般化して言えば、日銀総裁の個人的利殖行為・活動はどの程度ならば許容されるのか、ということですね。まず、ここから考えるとしましょう。
既に話題に出ていますけれども、「日本銀行員の心得」という規定に違反しているかどうか、ということがあります。「日銀総裁になったら銀行預金口座さえ持てないのか」とか、その他過激・極端な例を想定してみても始まらないと思いますね。
結論から言えば、社会通念上、「問題ない」という許容範囲ならばいいと思えます。具体的にはどうなのか、ということになれば、単なる手続き論ではないかと思えます。即ち、「コンプライアンス会議に諮ればよかった」ということです。
「日本銀行員の心得」には次のように規定されています。
6.私的関係者、職務上の関係者以外の者との行為
(1)職務上の関係者のうち日本銀行員としての身分と無関係に知り合いまたは付き合いを行っている者との間では、相手方と知り合ったり付き合ったりしている経緯や職務上の関係の程度等に鑑み、公正な職務遂行に疑念を抱かれる惧れがないと認められる範囲であれば、3.および5.の規定を適用しない。
(2)職務上の関係者以外の者と接する場合にも、その頻度、場所等または財産上の利益供与もしくは供応接待について、社会通念上相当と認められる程度を超えたと受け止められないようにするなど、世間から疑念を抱かれることのないよう慎重に配慮しなければならない。
7.個人的利殖行為
(1) 職務上知ることができた秘密を利用した個人的利殖行為は、厳に行ってはならない。
(2) 現担当職務と個人的利殖行為との間に直接的な関係がなくとも、過去の職歴や現在の職務上の立場等に照らし、世間から些かなりとも疑念を抱かれることが予想される場合には、そうした個人的利殖行為は慎まなければならない。
また、疑念を抱かれる利殖行為に該当するか否か判断し得ない場合は、あらかじめ所属長(所属長自身の場合はコンプライアンス会議の審議を経て総裁が役職員の中から定める者)に相談するものとする。
このようになっており、所属長自身の場合に該当すると判断していいと思いますので、総裁自身の利殖行為に関して「些かなりとも疑念を生じる惧れがある」ということが想定されるのであれば、予め「コンプライアンス会議」の審議に附して議事録等に「問題なしと判断した」というような「証拠」を残せば済むことではないかと思えます。このような「慎重な対応」は、世間一般の判断基準によって要求される、ということを「心得」では想定していると思われ、その程度の思慮は「日本銀行員においては可能」ということで、このような心得が規定されていると考えるのが妥当ではないか、と。従って、日銀総裁の個人的利殖行為における身の証の立て方としては、「疑わしきはコンプライアンス会議に諮るべし」ということであり、その注意義務は当然日本銀行員や日銀総裁にあると思います。それを「怠ったのは日銀総裁の過失」と言ってもいいでしょう。
(※ちょっと補足ですが、コンプライアンス会議の審議を経て「相談者を選ぶ」ということになるので、コンプライアンス会議の中で「判断される」ということではないですね。少し勘違いしてました。スミマセン)
◎村上ファンドに出資したことが「心得」に違反するかどうか
出資先がどこであろうと、社会通念上「世間から些かなりとも疑念を抱かれると予想される場合」に相当すると判断することが合理的ではないとはいえないため、「コンプライアンス会議」の審議を経るべきところ、これを怠った日銀総裁には過失が認められる、というべきである。
ただし、「心得」にちょっとくらい反していても、必ずしも引責辞任を問えるほどの過失といえるかどうかは、判断の分かれるところではあるかもしれません。解任に相当する事実があったかどうか、ということも重要です。身分保障のなされている特殊な職務ですので、「意に反して解任される」というのは、法的規定によります。
ところで、「日本銀行員の心得」は法令ではありません。いってみれば、「ガイドライン」のようなものに過ぎないでしょう。根拠法はあくまで「日本銀行法」であり、その第32条規定によるのが「服務に関する準則」で、その下に「日本銀行員の心得」が位置すると思われます。
日本銀行法
第32条 (服務に関する準則)
日本銀行は、その業務の公共性にかんがみ、その役員及び職員の職務の適切な執行を確保するため、役員及び職員の職務に専念する義務、私企業からの隔離その他の服務に関する準則を定め、これを財務大臣に届け出るとともに、公表しなければならない。これを変更したときも、同様とする。
この規定によって「服務に関する準則」があり、準則第9条に次のように定められています。
第9条 日本銀行の役員及び職員は、中央銀行サービスに対するニーズを把握するとともに、日本銀行の活動について広く国民の理解を得るため、広聴・広報活動に努めなければならない。
2 日本銀行の役員及び職員は、本条第1項の活動も含め、外部との接触に当たっては、常に公私の別を明確にし、特に職務上の関係者との接触に関しては、公正な職務遂行に疑義を招くような行為は厳に慎まなければならない。
3 本条第2項の具体的な運用に関する事項については、総裁が別に定める。
この第3項規定で「総裁が別に定める」としているのが、「日本銀行員の心得」であると考えられます。前述したように、「日本銀行員の心得の7」の規定の「コンプライアンス会議」を経ない個人的利殖行為があったとて、それをもってすぐさま準則第9条違反であると認定することは難しいかもしれません。
◎むしろ、準則第9条違反よりも、第5条違反の方が問題になってくる可能性があります。
「服務に関する準則」
(信用、名誉の保持義務)
第5条 日本銀行の役員及び職員は、日本銀行の信用を傷つけ、名誉を汚すような行為をしてはならない。
これと似たような状況は、企業の従業員就業規則の規定による懲戒処分や解雇事由に該当するかどうか、といった場合でしょうか。「企業の信用を失墜させた」とか「企業の名誉を害した」というのが、具体的にどの範囲・程度なのか、というのは判断が分かれることがあると思われ、準則第5条違反を問う場合でも、具体的にどのような行為がそれに該当したのか、というのは、やや判断が難しいかもしれません。例えば、「村上ファンドへの出資」や「村上氏との個人的な関係」がそれに該当しているか、といった議論が必要になるでしょう。それでも、仮に準則第5条違反であったとしても、解任することはできません。
では、総裁の解任事由とは何か、ということになりますが、それは日本銀行法弟26条規定によります。
(役員の行為制限)
第26条 日本銀行の役員(参与を除く。以下この条、第三十一条及び第三十二条において同じ。)は、在任中、次に掲げる行為をしてはならない。
一 国会又は地方公共団体の議会の議員その他公選による公職の候補者となること。
二 政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をすること。
三 報酬のある他の職務(役員としての職務の適切な執行に支障がない職務の基準として第三十二条に規定する服務に関する準則で定めたものを満たすものと委員会において認めたものを除く。)に従事すること。
四 営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
2 日本銀行の役員が国会又は地方公共団体の議会の議員その他公選による公職の候補者となったときは、当該役員は、その役員たる職を辞したものとみなす。
今回の福井総裁の行為であれば、第26条第1項第3号、あるいは第4号規定に抵触するかどうか、です。まず第3号規定から考えてみましょう。
「服務に関する準則」の第7条に具体的な規定があります。
第7条 日本銀行の役員は、在任中、次に揚げる行為をしてはならない。
一 政策委員会が、以下の基準をすべて満たすと認めた場合を除き、報酬のある他の職務に従事すること。
但し、政策委員会が、通貨及び金融の調節、信用秩序の維持、国際機関との協力その他の日本銀行の目的を達成するため特に必要と認めた場合は、この限りでない。
イ 他の職務に従事するため勤務時間をさくこと等により、日本銀行における職務の適切な執行に支障が生じないこと。
ロ 他の職務に従事することにより、日本銀行における職務の遂行上その能率に悪影響が及ぶような心身の著しい疲労がないこと。
ハ 日本銀行における職務と従事しようとする他の職務との間に特別な利害関係がなく、又はその発生のおそれがないこと。
ニ 従事しようとする他の職務が経営上の責任を負うものでないこと。
ホ 他の職務に従事することが、日本銀行の信用、名誉を毀損するおそれがないこと。
二 営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
2 日本銀行の職員は、総裁の許可を得ることなく、営利を目的とした事業を自ら営み、又は営利を目的とする企業その他の団体の職を兼ねてはならない。
福井総裁の国会答弁の議事録が公開になっていませんので、定かではありませんが、ニュースなどで報道されたことから推測をしていきたいと思います。
まず、村上ファンドにおける「有報酬のアドバイザリー契約」の存在ですけれども、これは民間人時代にはあったかどうかは定かではありません。しかし、アドバイザーという職務であったことは確かであると思います。国会答弁では「総裁就任後には、”報酬のある”アドバイザリー、ああ、アドバイザーという立場ではありません。”アドバイザー”というのは、あくまで無報酬です」というような答え方であったと記憶しています。つまり、福井総裁の答弁では「第26条第1項第3号」規定の「報酬のある他の職務」には該当しない、という意図であろうかと思います。なるほど、「村上ファンド」のアドバイザー就任というのは、第3号規定には抵触していない、と。
では、第4号規定はどうでしょうか。
「営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと」に該当するかどうか、ということです。
「『アドバイザー』というポストに就任していた」ということは、国会答弁からも事実であると思われます。また、「報道ステーション」で入手したとされる「村上ファンドの資料」によれば、「日銀総裁就任後の、03年時点で『アドバイザー』には福井氏の名前が記載されていた」ということのようです(これは昨日報道されていました)。
一般に、『アドバイザー』とはのような立場を指すのか?法的解釈は私には判りません。もっと分かり易い例で考えてみましょう。通常の企業で言うと、「相談役」というポストがあります(トヨタ自動車の奥田さんも、相談役になりましたよね?)。有報酬であったり、無報酬の単なる「名誉職」的な場合があったりするかもしれません。実態としてはどちらが多いとかは関係なく、法人にとっての「相談役」とは、会社(法人)の人間か否か、ということが問題です。一般常識的に考えれば、名刺にも法人名は入るし、法人の立場としては「会社の内部の人間」ということであって、報酬の有無には無関係に「会社に在籍している従業員」というのと同じであると思います。つまり、「相談役」というポストが、報酬の有無には無関係に「会社に属している人間、法人の業務に従事する人間」ということです。
では、『アドバイザー』とは如何なる職種なのか?このポストは「法人に属しないのか?」ということです。相談役と同様の判断を行うとすれば、あくまで「法人に属する人間」であり、その他従業員と何も変わらない、というのが「社外から見た」時の判断であろうかと思います。投資ファンドはどういった法的扱いなのかよく知りませんが、もしも法人格が存在するとすれば、『アドバイザー』は紛れもなく「投資ファンド法人」に属する人間であると考えるのではないでしょうか。他にも、例えば公益法人などにおける無報酬の理事やアドバイザーは、法人の有報酬の役員・職員等と同じであると思います。
となれば、福井総裁が「村上ファンド」の『無報酬アドバイザー』であったとしても、「投資ファンド法人に在籍する人」ということになるのではないかと思います。それ故、村上ファンドの資料には、アドバイザーとして福井氏の名前が表記されていたと考えるのが妥当であろうと思います。
残るは、「村上ファンド」という投資法人が行っている業務のうち、『アドバイザー』の従事する業務が「営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務」に該当するか否か、ということになると思います。これは社会通念上、「利益を目的とする業務」に該当すると判断されることが多いと思われます。誰がどう考えたって、そういう判断になると思いますね。
法的な解釈はちょっと正確に判りませんが、一応書いておきたいと思います。
「アドバイザー」というのが、業務なのかどうか、ということについてです。以前に、「医業」の記事(医業と歯科医業)にも書きましたけれども、法学的には色んな見方があって、報酬の有無や反復継続性の問題などがあり解釈は分かれますが、必ずしも報酬の有無とか反復継続性というのが「業」の決定的な要件にならないという解釈もあります。よって、投資法人の中に「名前が残っている」とか「アドバイザーという肩書きが存在する」という時点で、「業務に従事」と判断するのは合理的でないとは言えないのでは、と思います。民間人時代にアドバイザー就任ということであれば、その後、日銀総裁に就任する時点で村上ファンドに「辞任」申し出を自ら行うべきでしょう。
「実質的に業務には従事してなかった」とか、「うっかり忘れていたんだ」とか、そういった言い訳は通用しないことは当然ですよね。法の規定を知らないことは、法的責任を逃れられる理由にはならないんだそうですから。村上ファンド側に「アドバイザー解任」という証拠が残っているとか、福井総裁のもとに「退職願い」とか「辞任願い」とかを村上ファンド側に提出した、というような証拠があるとか(普通は写しとか残さないと思うけどね、笑)、そうでなければ、第4号規定に抵触している可能性が高いと思います。
◎村上ファンドの「アドバイザー就任」が、日銀総裁就任後にも継続されていた場合、「日本銀行法弟26条第1項第4号」(「服務に関する準則」では第7条)規定に抵触する可能性が高く、これは総裁解任事由となる。
これが明らかとなれば、第25条の規定に基づき解任することになります。
日本銀行法
第25条 日本銀行の役員(理事を除く。)は、第二十三条第六項後段に規定する場合又は次の各号のいずれかに該当する場合を除くほか、在任中、その意に反して解任されることがない。
一 破産手続開始の決定を受けたとき。
二 この法律の規定により処罰されたとき。
三 禁錮以上の刑に処せられたとき。
四 心身の故障のため職務を執行することができないと委員会(監事にあっては、委員会及び内閣)により認められたとき。
2 内閣又は財務大臣は、日本銀行の役員が前項各号に掲げる場合のいずれかに該当する場合には、当該役員を解任しなければならない。
3 前項の規定によるほか、理事については、財務大臣は、委員会からその解任の求めがあったときは、当該求めがあった理事を解任することができる。
第25条第1項第2号の「この法律の規定により処罰されたとき」に該当します。処罰は第26条違反の場合、第65条第5号規定により「50万円以下の過料」となります。結局第26条違反があれば、第65条が適用され、自動的に第25条規定は発動されますね。
よって、第25条第2項規定の通り、「内閣又は財務大臣は、当該役員を解任しなければならない」ということになります。
まとめると、福井総裁には、次の3つの問題点が存在する。
①個人的利殖行為に係る疑念を生じせしめ「コンプライアンス会議」に諮るを怠った過失がある
②「服務に関する準則」第5条の信用・名誉の保持規定に反する惧れがある
③日本銀行法第26条第1項第4号規定(利益目的の業務従事)違反の可能性がある
まず、私の意見から言えば、即刻辞任するべきでしょう。田中秀臣先生の意見に賛成1票、ですね(笑)。
日銀総裁という「信用」を最も重要とする職務にあって、また、法的に身分保障がなされているということに鑑みれば、一般人の果たすべき説明責任や透明性確保という基準以上に厳格であるのは当然であって、日銀総裁への信用、引いては「日銀の信頼」さえも危うくするという事態にあっては、引責辞任は論を待たないでしょう。それくらいの覚悟は必要なのではないでしょうか。どんなにいい加減な根拠のない疑念であっても辞任せねばならんのか、というような極端な疑問も見受けられますが、そこまでの言いがかり的な疑念というのは一般社会においても少ないと思われますね。辞職に追い込まれた永井議員の「メール疑惑騒動」を見ても、あまりに酷い「ガセネタ」であれば疑念をかけた側にだって何某かの責任を問われることがあるのですから、何でもかんでも「疑念であればよし」といった議論にはならない程度に、バランスは働いていると思いますけど。
感情論としては、とりあえずこれくらいにして、法的責任はどうなのか、ということについて考えてみようと思います。現在のところ、主に「村上ファンドに1千万円出資していたのが問題だ」というような切り口かと思います。もっと一般化して言えば、日銀総裁の個人的利殖行為・活動はどの程度ならば許容されるのか、ということですね。まず、ここから考えるとしましょう。
既に話題に出ていますけれども、「日本銀行員の心得」という規定に違反しているかどうか、ということがあります。「日銀総裁になったら銀行預金口座さえ持てないのか」とか、その他過激・極端な例を想定してみても始まらないと思いますね。
結論から言えば、社会通念上、「問題ない」という許容範囲ならばいいと思えます。具体的にはどうなのか、ということになれば、単なる手続き論ではないかと思えます。即ち、「コンプライアンス会議に諮ればよかった」ということです。
「日本銀行員の心得」には次のように規定されています。
6.私的関係者、職務上の関係者以外の者との行為
(1)職務上の関係者のうち日本銀行員としての身分と無関係に知り合いまたは付き合いを行っている者との間では、相手方と知り合ったり付き合ったりしている経緯や職務上の関係の程度等に鑑み、公正な職務遂行に疑念を抱かれる惧れがないと認められる範囲であれば、3.および5.の規定を適用しない。
(2)職務上の関係者以外の者と接する場合にも、その頻度、場所等または財産上の利益供与もしくは供応接待について、社会通念上相当と認められる程度を超えたと受け止められないようにするなど、世間から疑念を抱かれることのないよう慎重に配慮しなければならない。
7.個人的利殖行為
(1) 職務上知ることができた秘密を利用した個人的利殖行為は、厳に行ってはならない。
(2) 現担当職務と個人的利殖行為との間に直接的な関係がなくとも、過去の職歴や現在の職務上の立場等に照らし、世間から些かなりとも疑念を抱かれることが予想される場合には、そうした個人的利殖行為は慎まなければならない。
また、疑念を抱かれる利殖行為に該当するか否か判断し得ない場合は、あらかじめ所属長(所属長自身の場合はコンプライアンス会議の審議を経て総裁が役職員の中から定める者)に相談するものとする。
このようになっており、所属長自身の場合に該当すると判断していいと思いますので、総裁自身の利殖行為に関して「些かなりとも疑念を生じる惧れがある」ということが想定されるのであれば、予め「コンプライアンス会議」の審議に附して議事録等に「問題なしと判断した」というような「証拠」を残せば済むことではないかと思えます。このような「慎重な対応」は、世間一般の判断基準によって要求される、ということを「心得」では想定していると思われ、その程度の思慮は「日本銀行員においては可能」ということで、このような心得が規定されていると考えるのが妥当ではないか、と。従って、日銀総裁の個人的利殖行為における身の証の立て方としては、「疑わしきはコンプライアンス会議に諮るべし」ということであり、その注意義務は当然日本銀行員や日銀総裁にあると思います。それを「怠ったのは日銀総裁の過失」と言ってもいいでしょう。
(※ちょっと補足ですが、コンプライアンス会議の審議を経て「相談者を選ぶ」ということになるので、コンプライアンス会議の中で「判断される」ということではないですね。少し勘違いしてました。スミマセン)
◎村上ファンドに出資したことが「心得」に違反するかどうか
出資先がどこであろうと、社会通念上「世間から些かなりとも疑念を抱かれると予想される場合」に相当すると判断することが合理的ではないとはいえないため、「コンプライアンス会議」の審議を経るべきところ、これを怠った日銀総裁には過失が認められる、というべきである。
ただし、「心得」にちょっとくらい反していても、必ずしも引責辞任を問えるほどの過失といえるかどうかは、判断の分かれるところではあるかもしれません。解任に相当する事実があったかどうか、ということも重要です。身分保障のなされている特殊な職務ですので、「意に反して解任される」というのは、法的規定によります。
ところで、「日本銀行員の心得」は法令ではありません。いってみれば、「ガイドライン」のようなものに過ぎないでしょう。根拠法はあくまで「日本銀行法」であり、その第32条規定によるのが「服務に関する準則」で、その下に「日本銀行員の心得」が位置すると思われます。
日本銀行法
第32条 (服務に関する準則)
日本銀行は、その業務の公共性にかんがみ、その役員及び職員の職務の適切な執行を確保するため、役員及び職員の職務に専念する義務、私企業からの隔離その他の服務に関する準則を定め、これを財務大臣に届け出るとともに、公表しなければならない。これを変更したときも、同様とする。
この規定によって「服務に関する準則」があり、準則第9条に次のように定められています。
第9条 日本銀行の役員及び職員は、中央銀行サービスに対するニーズを把握するとともに、日本銀行の活動について広く国民の理解を得るため、広聴・広報活動に努めなければならない。
2 日本銀行の役員及び職員は、本条第1項の活動も含め、外部との接触に当たっては、常に公私の別を明確にし、特に職務上の関係者との接触に関しては、公正な職務遂行に疑義を招くような行為は厳に慎まなければならない。
3 本条第2項の具体的な運用に関する事項については、総裁が別に定める。
この第3項規定で「総裁が別に定める」としているのが、「日本銀行員の心得」であると考えられます。前述したように、「日本銀行員の心得の7」の規定の「コンプライアンス会議」を経ない個人的利殖行為があったとて、それをもってすぐさま準則第9条違反であると認定することは難しいかもしれません。
◎むしろ、準則第9条違反よりも、第5条違反の方が問題になってくる可能性があります。
「服務に関する準則」
(信用、名誉の保持義務)
第5条 日本銀行の役員及び職員は、日本銀行の信用を傷つけ、名誉を汚すような行為をしてはならない。
これと似たような状況は、企業の従業員就業規則の規定による懲戒処分や解雇事由に該当するかどうか、といった場合でしょうか。「企業の信用を失墜させた」とか「企業の名誉を害した」というのが、具体的にどの範囲・程度なのか、というのは判断が分かれることがあると思われ、準則第5条違反を問う場合でも、具体的にどのような行為がそれに該当したのか、というのは、やや判断が難しいかもしれません。例えば、「村上ファンドへの出資」や「村上氏との個人的な関係」がそれに該当しているか、といった議論が必要になるでしょう。それでも、仮に準則第5条違反であったとしても、解任することはできません。
では、総裁の解任事由とは何か、ということになりますが、それは日本銀行法弟26条規定によります。
(役員の行為制限)
第26条 日本銀行の役員(参与を除く。以下この条、第三十一条及び第三十二条において同じ。)は、在任中、次に掲げる行為をしてはならない。
一 国会又は地方公共団体の議会の議員その他公選による公職の候補者となること。
二 政党その他の政治的団体の役員となり、又は積極的に政治運動をすること。
三 報酬のある他の職務(役員としての職務の適切な執行に支障がない職務の基準として第三十二条に規定する服務に関する準則で定めたものを満たすものと委員会において認めたものを除く。)に従事すること。
四 営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
2 日本銀行の役員が国会又は地方公共団体の議会の議員その他公選による公職の候補者となったときは、当該役員は、その役員たる職を辞したものとみなす。
今回の福井総裁の行為であれば、第26条第1項第3号、あるいは第4号規定に抵触するかどうか、です。まず第3号規定から考えてみましょう。
「服務に関する準則」の第7条に具体的な規定があります。
第7条 日本銀行の役員は、在任中、次に揚げる行為をしてはならない。
一 政策委員会が、以下の基準をすべて満たすと認めた場合を除き、報酬のある他の職務に従事すること。
但し、政策委員会が、通貨及び金融の調節、信用秩序の維持、国際機関との協力その他の日本銀行の目的を達成するため特に必要と認めた場合は、この限りでない。
イ 他の職務に従事するため勤務時間をさくこと等により、日本銀行における職務の適切な執行に支障が生じないこと。
ロ 他の職務に従事することにより、日本銀行における職務の遂行上その能率に悪影響が及ぶような心身の著しい疲労がないこと。
ハ 日本銀行における職務と従事しようとする他の職務との間に特別な利害関係がなく、又はその発生のおそれがないこと。
ニ 従事しようとする他の職務が経営上の責任を負うものでないこと。
ホ 他の職務に従事することが、日本銀行の信用、名誉を毀損するおそれがないこと。
二 営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
2 日本銀行の職員は、総裁の許可を得ることなく、営利を目的とした事業を自ら営み、又は営利を目的とする企業その他の団体の職を兼ねてはならない。
福井総裁の国会答弁の議事録が公開になっていませんので、定かではありませんが、ニュースなどで報道されたことから推測をしていきたいと思います。
まず、村上ファンドにおける「有報酬のアドバイザリー契約」の存在ですけれども、これは民間人時代にはあったかどうかは定かではありません。しかし、アドバイザーという職務であったことは確かであると思います。国会答弁では「総裁就任後には、”報酬のある”アドバイザリー、ああ、アドバイザーという立場ではありません。”アドバイザー”というのは、あくまで無報酬です」というような答え方であったと記憶しています。つまり、福井総裁の答弁では「第26条第1項第3号」規定の「報酬のある他の職務」には該当しない、という意図であろうかと思います。なるほど、「村上ファンド」のアドバイザー就任というのは、第3号規定には抵触していない、と。
では、第4号規定はどうでしょうか。
「営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと」に該当するかどうか、ということです。
「『アドバイザー』というポストに就任していた」ということは、国会答弁からも事実であると思われます。また、「報道ステーション」で入手したとされる「村上ファンドの資料」によれば、「日銀総裁就任後の、03年時点で『アドバイザー』には福井氏の名前が記載されていた」ということのようです(これは昨日報道されていました)。
一般に、『アドバイザー』とはのような立場を指すのか?法的解釈は私には判りません。もっと分かり易い例で考えてみましょう。通常の企業で言うと、「相談役」というポストがあります(トヨタ自動車の奥田さんも、相談役になりましたよね?)。有報酬であったり、無報酬の単なる「名誉職」的な場合があったりするかもしれません。実態としてはどちらが多いとかは関係なく、法人にとっての「相談役」とは、会社(法人)の人間か否か、ということが問題です。一般常識的に考えれば、名刺にも法人名は入るし、法人の立場としては「会社の内部の人間」ということであって、報酬の有無には無関係に「会社に在籍している従業員」というのと同じであると思います。つまり、「相談役」というポストが、報酬の有無には無関係に「会社に属している人間、法人の業務に従事する人間」ということです。
では、『アドバイザー』とは如何なる職種なのか?このポストは「法人に属しないのか?」ということです。相談役と同様の判断を行うとすれば、あくまで「法人に属する人間」であり、その他従業員と何も変わらない、というのが「社外から見た」時の判断であろうかと思います。投資ファンドはどういった法的扱いなのかよく知りませんが、もしも法人格が存在するとすれば、『アドバイザー』は紛れもなく「投資ファンド法人」に属する人間であると考えるのではないでしょうか。他にも、例えば公益法人などにおける無報酬の理事やアドバイザーは、法人の有報酬の役員・職員等と同じであると思います。
となれば、福井総裁が「村上ファンド」の『無報酬アドバイザー』であったとしても、「投資ファンド法人に在籍する人」ということになるのではないかと思います。それ故、村上ファンドの資料には、アドバイザーとして福井氏の名前が表記されていたと考えるのが妥当であろうと思います。
残るは、「村上ファンド」という投資法人が行っている業務のうち、『アドバイザー』の従事する業務が「営利事業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務」に該当するか否か、ということになると思います。これは社会通念上、「利益を目的とする業務」に該当すると判断されることが多いと思われます。誰がどう考えたって、そういう判断になると思いますね。
法的な解釈はちょっと正確に判りませんが、一応書いておきたいと思います。
「アドバイザー」というのが、業務なのかどうか、ということについてです。以前に、「医業」の記事(医業と歯科医業)にも書きましたけれども、法学的には色んな見方があって、報酬の有無や反復継続性の問題などがあり解釈は分かれますが、必ずしも報酬の有無とか反復継続性というのが「業」の決定的な要件にならないという解釈もあります。よって、投資法人の中に「名前が残っている」とか「アドバイザーという肩書きが存在する」という時点で、「業務に従事」と判断するのは合理的でないとは言えないのでは、と思います。民間人時代にアドバイザー就任ということであれば、その後、日銀総裁に就任する時点で村上ファンドに「辞任」申し出を自ら行うべきでしょう。
「実質的に業務には従事してなかった」とか、「うっかり忘れていたんだ」とか、そういった言い訳は通用しないことは当然ですよね。法の規定を知らないことは、法的責任を逃れられる理由にはならないんだそうですから。村上ファンド側に「アドバイザー解任」という証拠が残っているとか、福井総裁のもとに「退職願い」とか「辞任願い」とかを村上ファンド側に提出した、というような証拠があるとか(普通は写しとか残さないと思うけどね、笑)、そうでなければ、第4号規定に抵触している可能性が高いと思います。
◎村上ファンドの「アドバイザー就任」が、日銀総裁就任後にも継続されていた場合、「日本銀行法弟26条第1項第4号」(「服務に関する準則」では第7条)規定に抵触する可能性が高く、これは総裁解任事由となる。
これが明らかとなれば、第25条の規定に基づき解任することになります。
日本銀行法
第25条 日本銀行の役員(理事を除く。)は、第二十三条第六項後段に規定する場合又は次の各号のいずれかに該当する場合を除くほか、在任中、その意に反して解任されることがない。
一 破産手続開始の決定を受けたとき。
二 この法律の規定により処罰されたとき。
三 禁錮以上の刑に処せられたとき。
四 心身の故障のため職務を執行することができないと委員会(監事にあっては、委員会及び内閣)により認められたとき。
2 内閣又は財務大臣は、日本銀行の役員が前項各号に掲げる場合のいずれかに該当する場合には、当該役員を解任しなければならない。
3 前項の規定によるほか、理事については、財務大臣は、委員会からその解任の求めがあったときは、当該求めがあった理事を解任することができる。
第25条第1項第2号の「この法律の規定により処罰されたとき」に該当します。処罰は第26条違反の場合、第65条第5号規定により「50万円以下の過料」となります。結局第26条違反があれば、第65条が適用され、自動的に第25条規定は発動されますね。
よって、第25条第2項規定の通り、「内閣又は財務大臣は、当該役員を解任しなければならない」ということになります。
まとめると、福井総裁には、次の3つの問題点が存在する。
①個人的利殖行為に係る疑念を生じせしめ「コンプライアンス会議」に諮るを怠った過失がある
②「服務に関する準則」第5条の信用・名誉の保持規定に反する惧れがある
③日本銀行法第26条第1項第4号規定(利益目的の業務従事)違反の可能性がある