問題になっている助産行為に関する通知ですけれども、これが裁判で取り上げられたことがあります。前にも挙げた判例ですので、そちらから見てみたいと思います。一応、元の判決文全文をお読み頂いた方がよろしいかと思います(私の解釈が混じるので誤りが含まれる可能性が高いからです)。
出生時の過誤と裁判
平成15年(ワ)第11466号 損害賠償請求事件
当該事件を簡単に言いますと、産科診療所において、当直中であった准看護師が破水後入院していた妊婦を監視していたが、異常事態に気付き助産師をコールしたものの解決できず、その後緊急を要する事態となったため開設者である医師をコールして、分娩させたが出生児は仮死状態で生まれ、救急蘇生等処置の数時間後に転院させたものの転院先で死亡した。この因果関係と損害賠償請求が争われた事件であったが、死亡との因果関係は認定されなかったものの、医療機関側に過失が認められたため一部の損害賠償は認定された。
判決文から引用してみます。ちょっと長いです(写すのが大変・・・)。
争点2(分娩監視の適否)について
(1)原告らは、臍帯脱出の可能性が考えられる場合には、出産まで十分に胎児の状況を監視し、異常が認められた場合には迅速な措置をとらなければならないところ、(中略)分娩監視装置記録上の異常の有無の判断能力を欠く准看護師に単独で分娩監視を行わせたこと自体が分娩監視義務の懈怠に当たり、また、厚生労働省の指導(甲B10;筆者注、事件の発生が平成15年であることから、平成14年に出された通知のことであると思われる)に反することが明らかであり、(中略)個人医院の実情のみを根拠に被告を免責することは相当でない旨主張する。
(2)しかし、上記1認定事実によれば、(中略)医師である被告は、被告医院内には不在となったものの、(中略)緊急の呼出を受ければ、数以内に駆けつけることが可能であったと認められる。現に、18日午前3時16分ころにF准看護師から原告Bの臍帯脱出の連絡を受けた被告は、約5分後には被告医院の分娩室を訪れているのである。また、被告は、帰宅に当たり、F准看護師に対し、原告Bの分娩経過に異常が認められたらすぐに連絡すべきである旨の指示をしており、同准看護師は、この指示も踏まえ、被告医院における当直業務に当たっていたものであって、少なくとも原告Bからコールがあれば速やかに病室を訪れて必要な対応をしていた上、原告Bには、分娩監視装置が装着されていて、これによる胎児心拍数、子宮収縮の程度及び胎児心音の確認は、1階の看護師詰所で行うことができるようになっていたものである。
このような事実に加え、F准看護師の経歴(乙A6)及び本件鑑定の内容をも考慮すれば、被告医院における原告Bの分娩監視体制それ自体が、法的注意義務違反に当たるとまで認めることはできない。
原告らの指摘する甲B第10号証の確認事項(筆者注、先の厚生労働省通知のこと)は、「分娩信仰の状況把握及び正常範囲からの逸脱の有無を判断すること」が保健師助産師看護師法第3条所定の助産に当たるとするものであるが、准看護師が分娩監視装置の装着された妊婦を医師の指示の下に監視ないし観察することを禁じる主旨であるとは認められない。(中略、異常所見に関する知識のない)と判断されている特定の准看護師に医師が分娩監視装置の記録観察をゆだねたことの適否を判断する中で述べられたものと認められ、他方同号証同頁には、「わが国の診療所は、人手不足のうえに、人件費を節約するために准看護婦に助産行為類似の行為をさせざるをえないことは鑑定人も理解はしている」とも記載されているのであって、同号証の原告らの指摘の記載をもって、本件における分娩監視体制についての上記判断を左右するものということはできない。
したがって、原告らの上記(1)の主張は、採用することができない。
このように判示されています。私の理解の範囲で平たく表現してみると、次のようなことだと思います。
(1)原告側主張
・(能力の低い)准看護師に「分娩監視」を行わせたのは分娩監視義務の懈怠
・この行為は厚生労働省通知に反することが明らか
・診療所の実情(医療現場)をもって、免責することはできない
で、この主張が退けられたわけです。分娩監視義務は、通知に従えば「医師」か「助産師」にしかできないと解され、それを怠ったので義務違反に当たる、と主張するものですが、これは否認されたのです。とりあえず、続きの部分を見ることにします。
(2)裁判所の判断
・准看護師には「医師の指示」があった
・医師は緊急のコールを受けて直ぐに対応できる体制にあった
・事実、約5分後にはそれが行われた
・分娩監視装置等の装着があり、准看護師が監視していた
・分娩監視体制はそれ自体が法的注意義務違反に該当するとは言えない
・上記条件を満たしている体制下では、通知は准看護師の監視を禁止する主旨とは認められない
・現状の医療現場の置かれている情況に一定の理解を示す?
このように厚生労働省通知の内容について、「監視を禁止する主旨とは認められない」としたのです。これは、助産行為に関する法的解釈として、看護師の診療補助業務として妊婦の監視行為は法的に認められるということを示したものと思われます。
要件としては、
①医師の指示の下
②(一定の安全を担保する)装置等(分娩監視装置等)を装着
③緊急時に医師をコールし、直ちに対応できうる体制
これらを満たせば、助産師以外であっても妊婦の監視ないし観察は可能、ということです。通知の法的解釈上であっても、です。
更に続きを見ていきます。
争点2(分娩監視の適否)について
(4)ア(略)
イ
上記アの事実によれば、F准看護師は、(中略)、被告(筆者注、医師)に対し、本件胎児心拍数陣痛図上、胎児ジストレスと思われる所見ないし遷延一過性徐脈と思われる所見が認められる旨の連絡をすべきであったと認められる。
ところが、F准看護師は、上記遷延一過性徐脈の所見を正しく認識することができず、(中略)原告Bのコールを受けて訪室し、ネオメトロの自然抜去を認めて分娩が進行しているものと考えて、助産師にはその旨連絡したものの、被告への連絡はこの段階では一切行っていなかったのであって、このF准看護師の対応は、原告Bの分娩監視における注意義務違反に当たると認めるのが相当である。
このように注意義務違反が認定された。これは、准看護師の「業務」としての「分娩監視」を許容する一方で、それには相当の責任を伴うものであって、その注意義務に違反することがあれば法的責任を問われる、ということです。特に、重要な「判断」を要する場合があるのであり(本件では遷延一過性徐脈について正しく認識すること)、医師を呼ばずに助産師を呼んだことが「注意義務違反」を問われているのであるから、正常からの逸脱をも一定水準で「判断」するべき義務を負っている、と考えるべきでしょう。これはある意味当然でありましょう。
(注意すべきは、助産師を呼んでもダメということである。正常か否かの判定行為は看護師であっても正しく行わなければならない)
他の診療科であっても、監視装置や人工呼吸器等を装着したりした場合に、その異常を認識し医師に報告する義務を有しているから、その業務(医師の指示の下であれば、4つの診療補助行為が認められる)が許されていると考えられます。業務として許容されるのであれば、それに伴う注意義務も発生すると考えるべきでしょう。本件裁判においては、分娩監視における看護師の義務として判示されたものと思われます。