前の記事で吉行誠氏から難しい宿題を頂いたのですが、少し考えてみました。
コメントの実例についてはよく判らなかったので、基本的な部分だけ考えてみたいと思います。
1)更生法適用となった会社の過払返還訴訟の判決
今年2月の判決では、会社側に支払を求められています。
神戸新聞|社会|消費者金融過払い金 更生手続き免責認めず 地裁判決
カード会社が更生手続を開始していても、普通の債権とは異なり免責されない、とするものです。
判決文はこちら>
平成19ワ875不当利得返還請求
(以下に一部引用)
=====
ある時点で計算される過払額について,10年以上前の弁済によって生じた部分とそうでない部分とを計算によって区分することは(しばしば極めて煩雑であるが)不可能な作業ではない。しかし,そういう計算をして1個の過払金返還債権と人為的に区分し,前者は消滅時効によって消滅しており,後者だけが現存しているなどと論ずることは妥当ではない。同様に,本件取引において,基準日以後のある時点で計算される過払額について,既存過払金に由来する部分と基準日以後に生じた部分とを計算によって区分することは(煩雑ではあるが)不可能な作業ではない。しかし,そういう計算をして1個の過払金返還債権を人為的に区分し,前者は旧法241条に基づいて「自然債権」となり,それ以外の部分は通常の債権の性質を維持していると考えることは,余りにも技巧的な解釈であって,やはり妥当ではない。結局,継続的な金銭消費貸借取引において発生する過払金は,取引終了時に発生した1個の債権として認識すべきであって,そうすると,およそ旧法241条の適用によって自然債権化することはない。
被告は,更生計画による権利変更によって金融機関に対する金銭債権(一般更生債権)の負担を軽減することによって,多数の顧客との間で行っていたクレジット及びキャッシングの営業の継続を図ったのであり,そのキャッシング営業とは,利息制限法に違反する高利貸付営業なのである。そして,営業の継続は,同じく高利貸付営業を行うE1社の全面的な資金援助によって実現された。Eに対する営業譲渡によって営業の継続がされたに等しいのである。超過利息を収受する営業を温存するために会社更生手続が利用され,会社更生手続開始申立ての後であるにもかかわらず,裁判所の許可なしでの新たな貸付とこれに伴う超過利息の収受が容認され,更生手続開始決定の前後を通じて超過利息の収受が行われ続けたのであり,その営業継続は,高利貸付営業の温存を願う被告の意向に沿ったものであり,被告は,基準日の前後を通じて超過利息の収受という多大な経済的利益に浴したのである。その経済的利益のうち法(利息制限法と貸金業法)が収受を許容しない部分は返還されなければならない。ところが,被告の主張に従う限り,結果的に,旧法241条を根拠として,基準日に存在した既払額について法が許容しない超過利息の収受を容認することになり,一般更生債権の負担の軽減以外に,このような経済的利益を被告に享受させることは,本件更生手続の経緯に照らして不相当であるといわざるをえない。高利貸付営業の営業譲渡と実質において異ならない本件更生手続にあってはなおさらそうであるといわなければならない。
=====
私の理解の範囲で、凄く平たく表現しますと、本判決の要点は次の通り。
・債権者として所定の債権届出をしてなくてもよい
・一連の返済なので更生の基準日には関係ない
・裁判所の許可を得ることなく貸付で超過利息収受を行ったので更生手続として不適当
裁判官のロジックというのが判り難いのですが、3千億円を出したのが貸金業者ではなかったら、どうなんでしょう。営業継続は高利貸付温存を目論むものだ、ということで裁判所にお説教されているのですけど、法解釈とはあまり関係がなさそうです。
札幌地裁判決(H14年)のように、返還請求権が認められなかった場合もあります。
本訴訟の原告側主張でも見られたように、更生(民事再生)手続では、裁判所が更生債権ではなく共益債権として過払返還請求権を扱う場合は過去にありました。共益債権であるなら、債権届出は個人すべてに必要ではなく、返還請求権は残されると思われます。この共益債権であることの論証が判決で必要であったのではないかな、と思います。
次項で、検討してみます。
2)過払返還請求権と共益債権
①共益債権とは
会社更生法や民事再生法で規定されています。
○会社更生法 第127条6号
事務管理又は不当利得により更生手続開始後に更生会社に対して生じた請求権
○民事再生法 第119条6号
事務管理又は不当利得により再生手続開始後に再生債務者に対して生じた請求権
両者の文言はほぼ同じです。基本的には不当利得によるものに準ずるべき、というのが返還請求する側の主張であると思われます。更生手続上で裁判所が共益債権として認めた経緯も、同様の認識であったものと思われます。が、被告側主張にあったように、条文上では「手続開始後」となっていることから、これが解釈上の争点になるものと思います。
過払金について、不当利得とか悪意の受益者に関しての判例は、既に論点として明らか(
「悪意の受益者」と推定されうる貸金業者)なので、割愛します。
②会社更生(民事再生)法の意義
そもそもこれらの法の目的や意義を考えるに、窮状に陥った株式会社、企業や事業者等を救済し、破産処理に至ることなく継続可能な事業等を存続させることです。その結果、債権者や利害関係者等の損失を最小限に留め、関係者全員の利益となすことです。なので、違法な営業行為を継続させることが目的ではありません。また例で書いてみます。
ある壷販売会社Aがある。悪徳霊感商法により壷を販売し、不当利得を得ていた。この壷販売以外には、こけし製造も行っていたが、こけし製造は通常の合法事業であった。ここで会社Aが会社更生法を申請する場合を考えてみる。関係者として、壷を卸していた壷業者Bは会社Aに未払い代金を100万円請求しており、こけし販売会社CはAにこけし代金として30万円を払う予定になっていた。
更に、悪徳霊感商法の被害者Dが現れたとしよう。Bは債権届出をしていたが、Dは知らずに届け出していなかった。Dは霊感商法に引っ掛かったので、壷購入代金の20万円を返せ、と申し出た。
さて、通常であれば、Bは返済を求めることができるが、Dは届出してないので請求権はない。会社資産やCから受取る30万円は一端凍結され、更生計画に従って債権者に分配されてしまうだろう(今は債権者Bしかいないけど)。Dは泣き寝入りせよ、となってしまう。
私の考えを述べてみる。
・不当利得は会社の財産ではない:
合法の営業活動によらない会社活動で蓄積された会社資産は誰のものになるのか、ということ。法人、株主や債権者に所有させるべきものであるのか、ということである。違法な営業活動を認めることを前提として、会社資産の所有を法人や債権者に許す法的理由はないように思われるのである。よって、不当利得そのものは、会社のものであるということを大前提として考えることはできない。
・被害者Dと業者BやCに違いがある:
被害者DはAとの取引が不法行為に基づくものであるが、BやCは通常の商取引である。壷をAに納入していた業者Bは、悪徳霊感商法に加担していたのであれば法的責任を問われるかもしれない。しかし、納入した壷が悪徳霊感商法に用いられることをBが知らなかったのであれば、AとBの間での取引は通常の商取引によるものであり、通常の関係法令に拘束されるものと思う。会社Aは不当利得を生ずる違法業務(壷売り)を行っていたものの、正当な合法業務(こけし製造)も混在しているので、正当業務から得られる利益(この場合はCからの支払を受けること)は会社資産とするべきであろう。Bが持つ債権の請求可能な範囲は、あくまで正当業務によって会社に蓄積された資産のみであって、不当利得部分は本来的には会社の所有とはいえず、Bの請求権が及ぶものではないだろう。
・被害者Dへの損失補填は優先されうる:
そもそも不当利得は返還義務がある(=本来的な所有権者がいる)ものであって、会社資産でないとすれば被害者Dへ返還すべき財産であり、すると、更生法適用であるとしても更生債権等と同列に扱うべきものとは思われない。
また不法行為に基づく損害賠償請求債権は共益債権とみなすとする判例(H19.3.14東京高裁判決)もあることから、被害者Dの有する債権は共益債権と解するのが妥当であろう。
・正当業務の継続性を考えるのが会社更生法や民事再生法:
未返還となっている不当利得を会社財産となしたり、債権者への分配原資とすることを合法的に行わせるために法令が存在するのではない。もしも不当利得を返還せずに更生開始となってしまい、開始以前の不当利得の所有権が自動的に移動してしまうことを法で認めれば、不正取引等の被害者を救済する手段を失う。両法がそうした目的を有する法であるとは到底思われない。
なので、上記例では、Cから受けた支払30万円のうち20万円は被害者Dに優先的に返還に充てるものとし、その他会社資産と残り10万円を債権者で分配する(例の場合には債権者Bへの返済に充てられる)などの更生手続を行うものとするのが妥当であろう。
③手続開始までに債権申出がないことの問題
不当利得の返還請求権についての消滅時効は、これまでの判例通りとなろう。その範囲にあるもので、更生法の基準日以前のものについて、法127条6号の解釈に議論があるだろう。確かに、手続的には公告しているのだから注意を払って過払金返還請求権を申し出なさい、ということが望ましいだろう。しかしながら、不当利得であったことを全員が開始前に知るのは当然とまではいえない。そうした更生手続関係について熟知している一般個人は極めて少ないだろう。
『更生手続開始後に更生会社に対して生じた請求権』という部分であるが、不当利得がもたらされたのが手続開始後のみであるとする解釈は本来的には誤りではないかと考える。
本条文の趣旨を推測するに、次のようなことであると思う。
仮に基準日を08年4月1日とし、これ以後を開始後、以前を開始前とする。
例えば、07年10月1日時点で不当利得を収受していて、その返還請求を5月1日に行うという場合、被告らの主張のごとく債権申出をしていなかったのだから債権としては4月1日で消滅している、という解釈をぶつけられることがある。私はそのように解釈せず、4月1日以後に請求する者が現れ更生会社に対してその請求権を行使する、という意味であろうと考える。
その理由は、こうだ。
6号の条文は、「事務管理又は不当利得」についての請求権を共益債権とするものである。事務管理についての請求権があるのはどうしてなのか?4月1日の開始後であれば、管財人が存在しているから、それら費用等については127条4号規定に定められているのである。その他調査等の費用もあるのである。となると、「開始後に発生する事務管理」に関する請求権はほぼ皆無なのではないか?
※事務管理とは、民法第697条の「義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は、その事務の性質に従い、最も本人の利益に適合する方法によって、その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。」という規定にある。以下、契約の第三章部分に規定されているものである。
もしそうであるなら、「開始後に発生する」という解釈は意味がなく、事務管理の費用等については開始前からあったものについて、更生手続開始後に請求をしたということになるであろう。127条4号において管財人、保全管理人、調査委員、代理委員等の報酬などは規定されているのであって、それら以外の事務管理の請求可能性は開始後ではなく開始前を当然に含まねばならないはずである。つまり6号条文は、事務管理と不当利得については、4月1日以前か以後かということは問題ではなく、4月1日以前に発生していたものであっても、請求があったのが4月1日以降のものについて共益債権とする、と定めているものと考える。開始前に請求があったものについては当然に4月1日以前に支払うことが多いであろう、ということが含みとしてあるのではないか。
よって、127条6号に従い、不当利得返還請求権は共益債権とする、という結論に至るもの考えました。更生債権ではないので、債権申出を必須要件とする必要もないであろう、と。
3)実際の処分について
会社が潰れているなら、過払金返還請求はできないであろう。会社更生法又は民事再生法に基づくのであれば、それぞれの法令に従って処理するのが当然ということになるでしょう。会社更生法では次のようになっている。
○第132条
共益債権は、更生計画の定めるところによらないで、随時弁済する。
2 共益債権は、更生債権等に先立って、弁済する。
3 共益債権に基づき更生会社の財産に対し強制執行又は仮差押えがされている場合において、その強制執行又は仮差押えが更生会社の事業の更生に著しい支障を及ぼし、かつ、更生会社が他に換価の容易な財産を十分に有するときは、裁判所は、更生手続開始後において、管財人(第七十二条第四項前段の規定により更生会社の機関がその権限を回復したときは、更生会社。次条第三項において同じ。)の申立てにより又は職権で、担保を立てさせて、又は立てさせないで、その強制執行又は仮差押えの手続の中止又は取消しを命ずることができる。
4 裁判所は、前項の規定による中止の命令を変更し、又は取り消すことができる。
5 第三項の規定による中止又は取消しの命令及び前項の規定による決定に対しては、即時抗告をすることができる。
6 前項の即時抗告は、執行停止の効力を有しない。
○第133条
更生会社財産が共益債権の総額を弁済するのに足りないことが明らかになった場合における共益債権の弁済は、法令に定める優先権にかかわらず、債権額の割合による。ただし、共益債権について存する留置権、特別の先取特権、質権及び抵当権の効力を妨げない。
2 前項本文に規定する場合には、前条第一項の規定は、適用しない。
3 第一項本文に規定する場合には、裁判所は、管財人の申立てにより又は職権で、共益債権に基づき更生会社の財産に対してされている強制執行又は仮差押えの手続の取消しを命ずることができる。
4 前項の規定による取消しの命令に対しては、即時抗告をすることができる。
5 前項の即時抗告は、執行停止の効力を有しない。
基本的には132条1項のとおり、随時弁済ということになろうかと思います。
あまりに返還費用が多い場合には、会社更生や民事再生は閉ざされかねないので、裁判所が変更や中止を判断することになるでしょう。ただ、個人の返還申立を阻止するものではない、ということかと思います。完済者が過払金を取り返そうと思って、多数の提訴が生じたとしても、払えない場合にはそれなりの処理がなされる、ということになるでしょう。
貸金業者が更生法適用とかにはならず、保有債権だけを売却することはあるでしょう。全部の債権ではなく、部分的な売却も有り得ます。債権譲渡であっても、債権の購入側は、売ろうとする貸金業者の営業実態、適用金利、返還請求された実績等、情報を求めることは可能です。十分注意して買え、ということ。商法526条の瑕疵担保責任みたいなものかと。なので、債権購入側は「過払返還請求」があるであろう、ということを想定した上で価格設定を行い、買入するべき、ということです。
普通の社債等債券購入の際に、どれくらいのデフォルトがあるかを想定して買入価格を設定するか考えるのは当然で、それと同じことではないかな、と。
なので、仮に貸金業者甲が別な業者乙に保有債権を売却し、それら債権に係る過去の過払金の返還を債務者から請求されても、基本的には乙が支払うことになるでしょう。甲が債権売却の際に悪意であったなら、乙は債務者へ返還した過払金の損害分を甲に請求することができるかもしれません(場合によると思いますが)。貸金業の事業ごと売却であっても、やはり返還請求分を見越しておくのが当然であると思います。それは事業の評価の時に平均約定金利とか、適用金利ごとの債権残高とかいくらでも調べようがありますからね。各個人に「返還請求には応じられません」という不利益を押し付けることは、問題があるかと思いますので。貸金業者が完全に倒産するとか、そういう事態であれば返せません、というのも受け入れられるものと思います。