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ビラ投函事件に関する考察

2008年04月12日 17時56分01秒 | 法関係
遂に最高裁判決が出てしまいました。報道でも幾つか意見がありましたが、表現の自由という論点に囚われすぎているように思えます。
asahicom:朝日新聞社説syasetu1
東京新聞反戦ビラ配布処罰は合憲 最高裁が上告棄却 罰金刑が確定へ社会TOKYO Web
東京・立川の防衛庁官舎ビラ配布:有罪確定へ 市民運動に危機感 被告「司法に失望」 - 毎日jp毎日新聞


例によって判例Watchさんのところより。
平成17あ2652住居侵入被告事件

判決を読むと、まあそうだろうな、と感じました。法解釈論の部分に焦点を絞り、憲法で保障される表現の自由云々とは関係がない、ということを明らかにしたのでありましょう。しかし、最高裁判決だけからは、本件の問題点が見えてこないのではないかと思われます。いつもの如く、個人的見解を書いてみたいと思います。


1)住居侵入罪は成立する

争点となっておりました、団地やマンション等の共用部分に立ち入って戸別の玄関ポストに投函する行為ですけれども、正当理由とは認定されない、ということでした。住居侵入罪は刑法130条によるものです。

○第百三十条
正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

この条文通り、正当な理由がないのに侵入したので有罪、ということです。政治ビラだろうが、何だろうが、集合住宅の玄関ポストに投函する為に立ち入る行為は、正当理由に該当しないという判断かと思います。それは居住者や管理者たちが事前にビラ配りを拒否しているのにわざわざ立ち入って配るからだ、それが平穏を乱す行為だ、つまり法益侵害だ、ということです。

本件類似事件については、以前にちょっと取り上げたことがあります。
マンション共用ロビーでの喫煙について

この僧侶ビラ投函事件も似ているのですが、1審判決では無罪、高裁判決は有罪、という点も一緒ですね。基本的考え方としては、共用部分は人の看守する建造物だし、事前に断りの掲示等があれば居住者等の意思に反していることも明らかだ、だから有罪だ、というものです。解釈論としては特段の問題点は感じません。


2)戸別配布を禁止されても「表現の自由」は侵害されない

立川ビラ事件も僧侶ビラ事件も、弁護側主張に「表現の自由」を制限するから憲法違反とかいう論点が出されたりするのですが、それはあまり主要な論点ではないように思えます。何故なら「政治ビラ」や「反戦ビラ」を作ることも配ることも制限されていないのですから。「表現の自由」を簡単に言うと、例えば「イラク戦争反対」とビラに書いて表現するか、鉢巻、プラカードや車の車体部分に書くか、歌を作って歌詞に入れるか、みたいなものは自由にしていいですよ、ということです。ただそれだけです。本件の争点は、そのやり方が問題とされただけですので、憲法21条違反とかの論点には繋がらないでありましょう。

仮に、政治風刺漫才コンビがいて、どのような表現をしようと自由でいいですよね(名誉毀損とかはマズいけど、今は関係ないのでおいておく)。そうかといって、自分ちの庭に突如としてその漫才コンビが現れ、庭で漫才をされたらどうしますか?
庭には入ってこないでくれ、と言ってるのに、「表現の自由を侵す気か!」とか言い返されても困るだけです(笑)。手段が問題なのだ、というのはそういうことですよね。
この漫才コンビがどこかの集会だの市民運動会場だので漫才をしようが、テレビや駅前で演じようが、どの政治家や政党をネタにしようが、漫才でも歌でもコントでも自由に表現できますよ、というのが憲法21条の意味でしょう。そのことと、自分の家の庭に勝手に入ってきてその演目をやられるのでは、意味合いが違いますよね、ということです。漫才コンビが「庭に入ってくるのを法的に禁止する」というのが住居侵入罪適用、という意味であり、別に漫才コンビの表現内容とかは何ら禁じていない、ということです。漫才コンビが「音を一切出さずに演じた」としても、やはり庭に入ってきた(=住居侵入罪)のは変わらないし、そのことが居住者の平穏を脅かすものだと言われたとしても不思議ではありません。居住者たちが「入ってきて欲しくない」という主張をしているのですから。


3)ビラ投函事件での問題点とは何か

法解釈上で整合的であっても、何ら問題がないとは言えません。立川ビラ事件や僧侶ビラ事件での問題点は一体何か、ということになりますが、いくつかあると思います。私の思うのは、2点あります。
①他の同種行為に刑事罰を与えられてないこと
②警察及び検察権力の行使、訴訟手続的な問題

①について:
ピザ宅配業者のビラ投函、訪問販売や宗教勧誘、等々、戸別訪問を行っている人間は他にも多数存在し、行為の実態だけからみると、静かにビラを入れていくよりも平穏を乱していると言えなくもありません。それゆえ、1審判決にはそうした論点が述べられており、ビラを入れるのとその他行為との明確な違いというのが示せないことから、行為自体の認定としては違法であるけれども、社会の実態としては刑事罰を与えるほどの違法性があるとは判断できなかったので無罪としたものと思います。

マンションの入り口、階段、エレベーター等に「~お断り」とか各種禁止事項の掲示は珍しいものではなく、それらが居住者の意思表示ということで法的に有効であり、戸別玄関前まで立ち入れば本件の如く住居侵入罪の刑事責任を負うということになれば、普通に住民が現行犯逮捕できるでありましょう。(起訴するかどうかは別としても)保険の勧誘だとか教材販売とかに訪れた営業マンとかを、いきなり「住居侵入罪により逮捕します」と住民がやってもいい、ということになります。告訴することもできてしまいます。これが認められる社会というのは、どうなんだろうな、と。

②について:
立川ビラ事件では75日間拘留された、ということのようです。僧侶ビラ事件でも拘留は23日に及んだ、ということです。
逮捕や拘留といった警察権力行使に問題がなかったともいえない面があります。また、送検後の検察にしても、長い拘留期間を取らねばらないほどに悪質な犯罪であったのか、ということがあるかと思います。

刑事訴訟法では次のように規定されています。

○第二百十条
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

○第二百十七条
三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。

刑法130条の住宅侵入罪は懲役3年以下、10万円以下の罰金ですので、刑事訴訟法210条の条文からみれば、逮捕状なく逮捕するべき重大犯罪であるとも思われません。213条の現行犯逮捕にしても、217条のように当人の素性が明らかで逃亡のおそれがないのであれば、拘留することに問題があると考えられます。警察や検察にこうした強力な権限行使を認めることに果たして問題がないのか、という論点は、「表現の自由」を主張するよりもはるかに重要なのではないかと思えます。


反論すべきと思うことを列挙すると、次の通り。
・特別な犯意があったわけではない
・軽微な犯罪行為に過ぎない:ピザ屋やサラ金のチラシを入れるのと区別がつかない程度の行為、他人に危害を及ぼした形跡はない
・マンションや団地の掲示が必ずしも万人に明示的ともいえない:気付かない人たちはごく普通にいる程度のもの、見落とすと刑事罰になるのであれば居住者側に定型的な掲示義務を定めるべきではないか、全ての出入り口に掲示をすべきではないか
・外見上では掲示のないマンションや団地との区別がつきにくい:掲示の有無で住居侵入罪の成立か否かが変わってしまう、などとは普通の人には判らない、外見上は掲示の有無ばかりではなく自衛隊官舎も公務員住宅も公営団地も区別がつかないことはある
・被害者側の被害届けがあるだけで行為の重大性を認定するのは問題:行為の態様について基準を明示するべきで、居住者たちからの被害届けがあったことをもって重大と判断するのはおかしい


個人的な意見としては、長期拘留して起訴するべき事件であるとは到底思われない。上にも書いたが、保険屋オバちゃんがピンポーンと来たら「保険勧誘、ビラ、販売等、立入禁止」と明示してあれば、住居侵入罪で現行犯逮捕、が通常の刑事手続として成立してしまう、というのはいき過ぎだと思う。しかし、最高裁判決だけではなく、両高裁判決でも刑事罰を与えるのは当然、ということになっており、社会生活の実態とはかけ離れすぎであると思う。
普通は、注意するとか退去を命ずるのであって、それでもなお従わないとか警告を何度も行っているのに侵入を繰り返すというような場合には警察を呼びますよ、ということで警察権力の介入を求めることもあるかもしれない。それでも、拘留してまで起訴するべき事件とは思われない。警察権力が過大なのは、元国家公安委員長の白川氏が職務質問された上、警察署に連れて行かれた事件を思い出す(白川勝彦Web 政治理念 忍び寄る警察国家の影)。

更に、被害届けが出ているから重大なのだ、というような判断の仕方も不適切だろう。そんな基準で刑罰が成立させられるなら、ささいな行為でも暴行罪だの、侮辱罪だの、被害届けを出すことは可能ですからね。映画やドラマなんかで使う警察の手口として、なんだよと胸を軽く触っただけで「ハイ、公務執行妨害で連行ー!」とか、やめろよと軽く腕を振り払っただけでも「イテテテテ、はい暴行罪で連行ー!!」とか、逮捕理由をいくらでも作り出せるようになるだろう。被害届けがあればいいだけなんですから(笑)。

警察や検察の恣意的な逮捕・拘留の範囲を拡大する口実を与えかねない、という危惧があるのです。


4)その他

最後に、少し気になったことを。
立川反戦ビラ配布事件 - Wikipedia

反論としていくつか書いたのですけれども、立川ビラ事件は複雑な状況もあったみたいなので。
被告人側の所属団体とか活動内容が云々ということが事件に影響したかどうか、というのは判りません。警察に特定集団であるからという理由で狙い撃ちされたのかどうかも、何ともいえません。
が、気になった点を書いておくと、
・居住者らに一度注意されていた
・それでも再び投函に行った
・完全黙秘した
ということですね。

政治的主張は大事だろうし、その活動も自由にやらせてくれ、というのは理解できなくはないですが、「止めてくれ」と注意されたのであれば、そこでやめるべきであったろう、と思いますね。他の手段に切り替えれば済むことだから。門の前で手渡しするとか、駅で配るとか、色々と方法はあったのではないかと。集合ポストに投函でも良かったのですし。
更に黙秘は何故なのか判りませんでした。接見禁止決定に対する抗議の意思とか?警察権力への抵抗意思?
ちょっとよく判りませんが、問題を複雑にしてしまったのでは、と思います。取調べに応じていれば、拘留が短かったとか、不起訴で済んだかもしれないとか、思わないでもありません。


警察の逮捕と検察の起訴ですけれども、これには問題があったと思います。
・最初のビラ投函 12/13、その後12/19~24に禁止事項の掲示を作成し掲示
・次のビラ投函 1/17 → 1/23被害届 → 2/27逮捕 →3/19起訴
・次のビラ投函 2/22 → 3/22被害届 

つまり逮捕と起訴理由は1月17日の住居侵入罪ですね。12月時点では掲示が不備であった為、立件は困難であるということであったのでしょう。起訴後に追加的に2/22分の被害届が出されただけで、逮捕理由には関係がないでしょうね。拘留期間を延長させる為に、別件が追加されたようなものではないかと思われます。
12月時点では刑責成立には至らなかった行為が、1月時点では成立するようになっているとか、普通の人が判ると思いますか?前回と全く同様の行為をすると、今回からは刑事罰を受けることになる、などとは普通は判らないでありましょう。これを逮捕、起訴、拘留すべし、ということにすべきだ、それが当然だ、と思いますか?
12月時点の行為は住居侵入罪が成立せず、1月以降の行為については成立していることが誰の目にも明らかになっていなければならない、ということです。1月に注意されたのであるから、2月時点では方法を改めるべきであったろうとは思いますけれども、これで逮捕というのは…どうかと思います。
2つの地裁判決の方が、高裁や最高裁判決よりも、ずっとまともだろうと思います。


検察側の思惑としては、こうした「便利な摘発手段」を封じられたくない、ということでしょうし、類似事件の関係上無罪にはさせないぞ、という決意があったでしょう。そうした検察の意向とか都合よく用いられる拘留延長とか、それに裁判所が全面協力した結果が本件判決を生んだ、ということではないでしょうか。警察や検察の暴走を止める手段さえも国民は失いつつある、ということの方が、憲法21条違反云々よりもはるかに危険なことだ、と考えるべきでしょう。

国民やマスメディアは、高裁判決後にもっと十分注意して見ておくべきだった、ということはあるかと思います。私自身も反省しています。用心が足りませんでした。